停滞:なぜサイバー人材は思うように増えないのか
進化が止まった"守り手"たち

サイバー攻撃は、止まらない。
AIを活用したフィッシング、ディープフェイクを用いた詐欺、国家レベルのサイバー作戦。
その巧妙さと速度は、年々加速しています。
しかし、それに立ち向かう「人」はどうでしょうか。
量の面でも、質の面でも、攻撃と同じ速度で進化しているとは言い難いのが現実です。
この分野に入って以来、私は何度も同じ言葉を聞いてきました。
「サイバーセキュリティ人材が足りない」
技術は劇的に進化した。
それでも、このフレーズだけは変わらない。
そこには単なる「人数不足」では説明できない、もっと根深い"停滞"があるのではないでしょうか。
「不足」から「スキル欠如」へ:問題の本質的転換
この構造変化は、最新の調査でも明確に示されています。
ISC2 の 2025 Cybersecurity Workforce Studyは、これまでの議論を大きく転換しました。
もはや問題は「人数」ではありません。
スキルの欠如(skills gap)こそが最大の課題である
主なポイントは以下の通りです:
- 95%の組織が何らかのスキル不足を抱えている
- 59%が「重大または深刻なスキル不足」と回答(前年比44%→59%)
- 人員数ではなく「専門性の不足」が最大の懸念にシフト
- 48%のセキュリティ人材が「疲弊している」と回答
(ISC2, 2025)
さらに重要なのは、次の点です。
72%の回答者が「セキュリティ人材削減は侵害リスクを高める」と認識し、88%が「スキル不足による実害」を既に経験している
つまり、人材の停滞は、すでに"リスク"ではなく"現実の被害"になっている。
停滞の正体:構造的に進化できないシステム
では、なぜ人材は進化しないのか。
これは個人の問題ではありません。構造の問題です。
- 経済的プレッシャー:育成よりも「削減」
世界的な経済不安の中で、
- 採用凍結
- 予算削減
- レイオフ
が発生しています。
ISC2の調査でも、36%の組織が予算削減を経験しています。
結果として何が起きるか。
「未来の人材」を育てる余裕が消える
短期的なコスト最適化が、長期的なセキュリティリスクを増幅させているのです。
- スキルミスマッチ:理想と現実の断絶
企業が求めるのは「即戦力」。
しかし現実は、
- AIセキュリティ
- クラウドセキュリティ
- AppSec
- リスク評価
といった高度かつ横断的なスキルです。
一方で、現場には以下のギャップが存在します:
- IT出身のジェネラリスト
- コンサル中心の構造
- 実運用経験の不足
特に日本では、
「セキュリティはITの一部」という構造が、専門性の形成を阻害している
これは、国際的にも指摘されている問題です(NIST NICE Framework等)。
- 参入障壁のパラドックス
多くの求人が「未経験歓迎」と書きながら、実際には:
- 3年以上の経験
- 複数の資格
- 英語力
を要求しています。
これは典型的な構造的矛盾です。
経験を積むには仕事が必要
仕事に就くには経験が必要
このループが、新規参入を阻害しています。
- 日本特有の構造問題
ここに、日本独自の問題が重なります。
- メンバーシップ型雇用
- 年齢・キャリアの固定観念
- 海外人材・リターン人材の排除
- 大学教育における専攻不足
結果として:
「専門家が育たない構造」と「専門家を受け入れない構造」が同時に存在している
さらに深刻なのは、社会が準備できていない状態で、政策だけが先行していることです
国家レベルで人材フレームワークが整備されても、現場で受け入れる仕組みがなければ機能しません。
見落とされている視点:人材ではなく「人間」
ここまでの議論はすべて、「人材」という言葉で語られてきました。
しかし、本当に重要なのはそこではありません。
ISC2の調査でも明らかなように:
48%が疲弊している
これは単なる労働問題ではありません。
サイバー人材の停滞の本質
それは、人間の限界を無視した設計にある
- 常に高ストレス環境
- 終わらないインシデント
- 判断ミスが許されない文化
- 責任は重いが評価はされない
この状態で、「もっと学べ」「もっとスキルを上げろ」と言っても、成長は起きません。
人間中心のインシンデント対応(HCIR:Human-Centered Incident Response )の視点
ここで、人間中心のサイバーセキュリティ(HCC: Human-Centered Cybersecurity) の視点が重要になります。
人材不足ではない
人間の限界設計の問題である
守るべきは、
- スキルだけではない
- 人数でもない
判断できる状態の人間
では、どうすればよいのか。
- なぜ人は疲弊するのか
- なぜ判断力は失われるのか
- どうすれば回復できるのか
次のブログでは、「守る人が壊れていく構造」を、さらに深く掘り下げます。
References
- ISC2 (2025). Cybersecurity Workforce Study
- National Institute of Standards and Technology (NICE Framework)
- IBM (2024). Cost of a Data Breach Report
- World Economic Forum (2024). Global Cybersecurity Outlook