組み込み系システムに3年、オープン系システムに7年。徹夜がこたえるお年頃。独身貴族から平民へと降格したホリは、墓場へまっしぐらなのだろうか……。

人生の一大イベントはあっさりと終わる

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■入籍■

 2008年9月某日。休日ということもあり、人けのない市役所の守衛室前にたたずむ一組の男女は心細そうに1枚の紙を差し出した。守衛は紙を受け取ると1冊のノートを差し出し、こう言った。

 「ここに名前を書いてください」

 ノートには、先客を表す5組のカップルの名前が書かれていた。

 「今日だけでこんなにいるんですか?」

 「ええ、大安ですからね」

 守衛は印鑑を押し、書類をチェックすると

 「はい、これで終わりです。おめでとうございます」

 と事務的に言葉を発した。

 「あ、ありがとうございました」

 驚くほどあっさりと終わった。

 そう、これで僕たちの入籍手続きは完了したのである。

■出会い■

 今や石を投げればITエンジニアに当たるといわれるほどITエンジニアの巣窟と化した都内に勤務するごく普通のITエンジニア。入社10年目、血を吐くほどの激務でもなければ、暇なわけでもない、どこにでもいる普通の中堅ITエンジニアである。そんな男と結婚することになった不幸な(幸運な?)女性は、都内在住のサービス業に勤めるごく普通の女性である。

 お互いの出会いを赤裸々に語ると、まるで結婚式の紹介VTRのようになってしまうのでやめておこう。きっかけはものすごく月並みだが“知人の紹介”である。といっても「こちらは○○です」というような堅苦しく正式なものではない。下世話な言い方をすれば合コンである。世間でいうところの“知人の紹介”という言葉の意味の半数は合コンではないかと、ひそかに思っている。

 そんな2人は出会ってから約8年の歳月を経て入籍することになるのだが、それまでには当然、紆余曲折があった。ITエンジニアだからこそ直面した悩みもあり、ごく普通の男女間の悩みもあった。今回、このコラムではITエンジニアに関することだけをかいつまんで、フィクションを交えながら書いていきたいと思う。

■忙しさで会えない?■

 入社2年目の夏に付き合いだした2人。男は当然、僕(「ススム」としておこう)。女は仮に「M嬢」としておく。出会ったころのM嬢は普通の会社で事務をするOLだった。若手エンジニアとOLのカップル。別段珍しくもなければ、面白くもない。そう、M嬢が転職するまでは……。

 M嬢は昔からの夢であるサービス業に転職し、僕は若手ITエンジニアとして忙しく働いていた。だんだんと大きなプロジェクトを任されてきた若手エンジニアにとって、平日は家に帰って寝るだけ、デートできるとしたら土日だけである(たまにその土日も潰れるのだが……)。M嬢はというと、サービス業ということもあり、土日が稼ぎ時なので当然、平日休みである。お互いどちらが相手に時間を合わせるのか。ITエンジニアに関わらず男女間の問題として浮き上がってくることだろう。

 不幸なことに1人暮らしの僕の家からM嬢の実家まで、電車で2時間ほどの距離だった。会社から逆方向ということもあり、会社帰りに会うというのは無理だった。さて、どうするか。ITエンジニアならではの解決方法を考えなければならない。

 もし僕がパン屋だったら? 手作りパンを作ってプレゼントしただろう。もし僕が医者だったら? 病気を診てあげただろう。では、ITエンジニアだったら何ができるのか? M嬢の実家に巨大なサーバを持ち込んでITシステムを構築すべきだろうか。部屋は冬でも暖房いらずだが、たちまち月の電気代がうなぎ上りとなり、お義母様に大目玉であり、出入り禁止である。

 このまま手をこまねいていれば、自然消滅が目に見えている。どうにかして、事態を打開する一発逆転なアイデアを考えなければならない。何かITエンジニアだからできることはないのか……。そのとき、僕のパソコンの画面には某レジャーランドシステムの構築仕様書が映し出されていた。

■利用できるものはなんでも利用する■

 ITエンジニアといっても様々な業務がある。プログラマであったり、システムエンジニアであったり、プロジェクトマネージャであったり、保守運用であったり……。僕は客先へ出向くことが多い立場であり、何かと客先担当者と懇意にすることも多かった。

 これはITエンジニア暦10年の経験則なのだが、客先担当者とは必ず仲良くなっておいた方が良い。それも、業務上だけでなく、プライベートの話題を含めつつ、相手に親近感を覚えさせることができればさらに良い。何か問題が起きたときに、上までエスカレーションするかしないかで、その後の労力も大きく変わるからである。

 僕は下っ端の担当者ながら、某レジャーランドのシステム構築プロジェクトに関わり、歳の近い担当者と気軽に話ができる関係となっていた。若者同士の話となれば、女性の話になるのは当然である。担当者と盛り上がりながら、ふと、昔、担当者が口にした言葉を思い出した。

 「こんど従業員と関係者だけのプレオープンがあってね。俺、彼女と行くんですよ」

 僕は自分の状況を切実にアピールし、なんとかプレオープン参加を取りつけた。実を言うと、最初からうちのプロジェクトメンバーにも声をかけるつもりだったらしいのだが、それは後から聞いた話である。そのときの僕は有頂天となり、すぐにM嬢に連絡した。

■で、何に関係しているの?■

 プレオープンのレジャーランドというのは、すこぶる快適であった。M嬢の喜ぶ姿を横目に、誇らしげな表情を浮かべる僕。そんな僕の株をさらに上げるチャンスがやってきた。

 「ススムってここの何に関係しているの?」

 とM嬢は聞いてきたのだ。いくら若手のペーペーとはいえ、自分のプロジェクトには誇りをもっているので自慢げに答える僕。しかし、M嬢は要領を得ない表情をしていた。当然である。システムの根幹部分(スイッチだ、ルータだ)を説明したところで、何の感想を持つはずもない。できるならば、「あのアトラクションのあの部分だ」とか「あのCGだよ」というように、目に見える成果をアピールしたかった。悲しいかな、ITエンジニアの大半は縁の下の力持ちであり、世間の女性に対するアピール度は低い。

 なんだかんだとありながらも、努力のかいあって8年もの長い助走のすえ、無事ジャンプすることができたのは誰のおかげだろうか。大半はM嬢のおかげのような気もするが……。

 本コラム名の由来は、上司に結婚の報告をした際、「人生の墓場へようこそ」と言われたことがきっかけである。“人生の墓場”、自由がなくなるという意味で考えると、そうなのかもしれない。しかし、僕は“人生の終わりに一緒の墓場に入る関係”というように読み替えようと思う。それが“なり得るのか?”という疑問系の理由でもある。

 続く

 今回コラムを書かせていただくにあたり、まずは出会いとその後の助走期間を簡単に書かせていただきました。9月某日に入籍を済ませましたが、肝心の式が11月にあるという状態なので、正直、今はバタバタしています。次回からは、入籍前の準備や新婚生活、そして式が終わりましたらその状況など、ITエンジニア的な視点で書かせていただこうと思います。

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