株式会社ジーワンシステムの代表取締役。 新しいものを生み出して世の中をあっといわせたい。イノベーションってやつ起こせたらいいな。

今さらながら「10年泥のように働け」

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 今さらながら、「10年泥のように働け」について。

 わたしはこれは、伊藤忠の丹羽氏の本で先に読んでいて、しばらく話題になっていることも知らなかった(笑)。

 ちなみに、元になった丹羽氏の話はこんな感じ。

「伝書バト世代」覚悟問う――若手社員の育成法 丹羽宇一郎氏に聞く

【「『人財』潜在力どう生かす」08.05.10日経新聞(朝刊)】

「会社の繁栄は人材にかかっている」と強調する伊藤忠商事の丹羽宇一郎会長に若手育成法を聞いた。

   ◇

私は最近の若手を「伝書バト世代」と呼んでいる。自ら考えることをせず、言われたことを単に伝えるだけ。ひどくなると「飛んでいけ」と言われるまでじっとしたまま指示待ちの姿勢だ。それなのに自負心は強い。少子化やゆとり教育のせいか、競争意欲に乏しく、北風に当たったこともないのに自分はよくやっていると思っている。

会社に入ったら、自分の力を自分で評価してはいけない。学生時代は点数化できる知識の量で評価されるが、会社は社員の能力のうち数値で測れない部分をじっと観察しているということを覚えておいてほしい。

評価するのは未知の世界に挑戦する情熱、逆風での競争力があるか。さらに相手の立場や社会的な視点から物事を考えられる良識と常識を持っているかだ。必要とされている、頼りにされているという実感こそが働きがいにつながる。

リーダーとしての資質は仕事でしか磨くことができない。うちの会社は入社したら完全なゼロからのスタート。平等に機会を与え、だれにも平安な道を用意するつもりはない。厳しくかつ戦略的に鍛え上げる。

まず入社して十年間は泥のように働いてもらう。はい上がる気力や苦しい時に周囲を思いやる気持ちを育てるには、どん底に突き落とすしかない。入社4年までに全員を海外に研修に出す。海外の若者がどれだけハングリーに働いているかを見てきてほしい。

毎日深夜まで会社にいろとは言わない。本を読み、人と会い、ものを考えることで知的能力を再生産する努力を続けることだ。大変ですよ。ついて来られない社員が出ても仕方ない。

次の十年間は徹底的に勉強させる。経営の環境は刻々と変わる。現場で感じた疑問を勉強で解消し、学んだことを現場で検証する。昨年からビジネススクールに短期間通わせている。二十年間以降は本物のリーダーとして人間性そのものに磨きをかけさせる。本気で人材を育てるつもりなら、十年単位の時間と費用をかける必要がある。経営者にとって最大の仕事だ。

 丹羽氏とわたしを比べたらいけないけれど、「まったくそのとおり」と考えている。

 もちろん、弊社では海外に出したりできませんが、ウォータフォールしかあり得ないガチガチの大手SIerも一度は経験してもらうようにしている。

 いずれにしても、どんな道(商社/IT業界)であろうと、最初の10年ぐらい泥のように働かないで「何かをつかめるわけがない」とわたしは思っています。

 IPAの重鎮たちは、3Kと言われる業界にあって、「商社の丹羽さんも言ってるでしょう?(ITが3Kじゃなくって、どこでも同じでしょう)」って言いたかったのかどうかは分かりませんが、少なくとも、わたしにはそんな風に聞こえるのです。

 それに学生が反発したってのが、「なんだかな~」って思ってしまう。

 会社にいたから働いているわけでもない。タイムカードはないけれど、時間をつけずに最後まで残って勉強していました。図太いわたしは、すぐに本を持って帰っても良いか交渉して、ほとんど持って帰るようになったし、欲しい本は会社の金で買うすべも覚えました。自分じゃ、あんな量の本を買えないし、当時はISDNは引いておらず28.8kbpsのモデムしかなかったし、テレホ(死語)もやってなかったし……。

 わたしは、若い頃から呑んだくれていて、1年のうち300日は外食でした。カウンターしかない居酒屋で1人酒とかやっていましたけど、「Oracle チューニングガイド」などを肴に呑んでました。しかも、大阪でも最もディープな天下茶屋という街ですから、周りからは相当、変な人に見えたでしょうね。

 それでも、「明日、会社行ったらこれ試そう!」って、会社へ行くのも楽しみにしていたし、酔っていても、夢の中でも、ずーっとソースコードと戦っていましたから、酔っ払った状態で、夢の中で、昨日つまった箇所が解決することも結構ありました(先週も、ソースコードではないが、夢の中で1つ解決した)。

 もちろん、仕事を忘れてリフレッシュする時間も必要ですけれど、丹羽氏も、「毎日深夜まで会社にいろとは言わない」って書いていらっしゃるとおり、「10年泥のように働く」とは、酔ってても「あのエラーは何で……」って、仕事のことをガムシャラに考え続けるという意味だと思う。

 それに、「10年泥のように働く」のは会社のためではないのです。

 自分のためでしょう。

 そこに反発する若い人は……大丈夫か?

 別にその会社に骨を埋める(転職する/しない)は関係なく、まぁ、10年ぐらいは泥のように働かないと力はつかないし、どんな業界でも簡単には芽は出ないですよ。中には一瞬で芽が出る天才もいるのでしょうけれど、そんな人はとっくに芽が出てるしね。

 簡単に芽が出る業界は、簡単に他の人(例えば外国の労働者)に置き換わってしまう業界です。

 少なくとも、現在の社会は「ほどほどに」ということが許されにくい世の中になってきている。わたしたちの世代は、学校でもそこそこ競争があった。今の若い人たちは、小学校から大学まで本当に無風で育っていますが、社会に出たらかつてないほど厳しい競争が待っています。

 そのギャップはどの世代よりも大きく、ある意味かわいそうに思うけれど、プラスマイナスゼロでしょう。受け入れるしかないよね。

 格差社会というのは収入を指すのでしょうが、努力できるかどうかが本当の格差なんじゃないかな。昔は窓際族なんて、ほどほどに生きていけるポストも存在して、出世コースのガムシャラに生きるポストもあったけれど、今は、ガムシャラに生きるポストか、ドン底の生活の非正規雇用か、両極端になってしまった。

 それでも、若いうちに夢を見てガムシャラに生きる方が楽しい人生ではないですか?

 せめて若いうち、10年ぐらいはガムシャラになってみたらどうでしょう。

 もっとも、IT業界ではガムシャラだけではダメで、要領も、戦略も、かなりの割合でいる。

 単純には、横着な人間でないとダメです。コンピュータは人間が横着するために存在していますから、そもそもの大原則を理解してない(真面目な)人は潰れる可能性が高い。

 「手を抜くにはどうしたらいいか?」を「10年泥のように働いて」考えるわけです。矛盾しているけれど、手を抜こうとしない人は、ただ単に、「10年泥のように消耗した」になっちゃいます。

 あと絶対にやってはいけないのは、人生の時間を切り売りすると考えることです。

 この考えを持って10年もやったら擦り切れて、何もかも残らなくなりますよ。

 同じ仕事をしても、人生を切り売りしている人と、技術を売ろうとする人では、将来に歴然たる差が出る。たとえ人月いくらの仕事をしていたとしても、「自分は技術を売っているんだ!」と強く思うことで乗り切れる(少なくともわたしはそうだった)。

 技術者なら、自分で育てた自分の技術を売らないとね。

 技術を売っている人は、技術を自分で育てられるから、減ることはないどころか、売っても売っても増えていったりするけれど、「切り売りしている」と思っている人は、必ず潰れます。わたしも技術を売っていると思ってやっていたころは自分でも驚くほどタフでしたが、「時間を切り売り」と思った瞬間に自我が崩壊したこともありました(今は何を売ってるんだろう……)。

 時間を売るという感覚でやっているかどうかは考え方だけの問題。アウトプットは同じなので、周りからは分からないけれど、ものすごく危険です。そんな考え方で10年ももったら本当に強靭な精神力だと思う。わたしはナイーブ(笑)なので無理だ。

 とにかく、時間は減っていくから売っちゃダメですよ。

 というわけで(どういうわけ?)要領よく横着する技術をつけるために、SQLのセミナーやります。お問い合わせください。info@g1sys.co.jp

 結局、商売です(笑)。

Comment(8)

コメント

ビガー

ビガーです。

今回のコラムはいつもに増してとても共感しました。
とくに自分の売り方について。
結局お客様が最終的に求めることを如何に提供するかに尽きると思います。

私の場合、実装技術はホドホドですが、実装技術を使うまでの要件の詰め方の
技術には自信を持っていますし、今はそちらに非常に面白みを感じています。
たぶん、無駄な作業をしたくないし、本当に意味のあることのみをすることに
「やりがい」を感じているからかもしれません。
とはいっても、20代の頃は実装技術力を高めるため(というか作ることが単純に
面白かっただけ)仕事を実験台にしていろいろ試してましたね。
ただ、いまでも現場で面白いコードの読み書きができるので実装技術力も上がっていますが。

ただ1点、泥のように。。というのには反対ですね。(主旨かな?)
多分自分で成長できる人には意味がありますが、そうでない人にはキッカケを
与えてあげる必要があると思います。
宣伝と捉えられたら残念ですが、大和さんの『辞めるなんてもったいない!
―入社3年たったら読む本』は鱗が落ちるかもしれません。
たぶん、巷でお勧めな自己啓発本は抽象的過ぎて自分で成長できない人には
巷の本からは本質が気付けないと思われます。

ビガーさん、ども。

恐らく、泥のように働いてダメな人は時間を売ってるんだと思う。

時間を売ってる人が、泥のように働くのは自殺(殺人)行為だと思っています。
心掛けだから、周りでは分からないのですけれど。

> 『辞めるなんてもったいない!―入社3年たったら読む本』

拝見します。

早くもったいないと言われる会社にしたいです。

SARA

こんにちは。
いつも興味深く読んでます。
お気楽コラムニストのSARAです。
同じコラムニストとして並ぶのは大変恐縮です;

>技術者なら、自分で育てた自分の技術を売らないとね。

深く共感です。
時間の切り売りだけしてても
将来身につくことは何もないでしょうね。
やはり本人の意識で生産性の向上の度合いは
天と地ほど差がつくと思います。
時間の切り売りのほうがある意味楽チンなんでしょうね。
自分で考えなくてもいいという点では。
周りの先輩を見てると明らかです。

funada

私の周囲に限って言えば、自分から時間を切り売りしてる技術者はいません。
しかし、会社や営業からは概して切り売りで考えられています。

例えば人日40,000/8h、最低単価は30分単位とします。
ちょっとしたリクエストをお客様からいただき、かかる工数は30分だとします。
営業などは「30分程度ならタダでやってあげてよ」なんて気軽に言いますが、私は「私たちだから30分で出来るんであって、それだけの知識・経験を売ってるんです」と反論しても「じゃぁ、やりかたを教えてあげてよ」なんて返事がきます。

正直なところ、時間の切り売りを強要されていると感じずにはいられないのが実情です。
また、同じ業界にいる知人も似たような境遇ですから、そうした会社は実際には多いんじゃないでしょうか?

記事には共感できる部分が多いのですが、「技術者なら自分の技術を売る」だけではなく「技術者を抱える企業であれば、その技術を評価して売るべき」とアピールしていただきたいです。

普段の記事は読んで励みとしていますが、今回の記事には少し感じるところがあったためコメントさせていただきました。

SARA さん、どうも。

拝見しています。
体調よくなって良かったですね。

私はことごとく変人なので…。
20代の頃は400時間やって、まだ土日にホテルのウェータのバイトやってたからね。(配膳って結構肉体的にきついんですけど)
余裕のあるときは、朝の5時まで飲んで会社に行ってたし(社員がやったら怒るけど、それぐらいヤンチャが欲しいな)

そんな私も精神がおかしくなったことがあったぐらいだから、気をつけないといけないと思う。

「ツラクても壊れない」のと、「それほどツラクないのに壊れる」

の違いは、泥沼に入る前の心の持ちようだけです。

壊れ始めてからでは自分ではどうにもできないし、周りから見たら、何がそんなにツライのか分からないことの方が多いから、難しいですね。

特に私の場合は、自分基準で他人を見ると、何がツライかは理解できない。
理解したいと思っている私もツライ…。

funada さん、こんにちは。

> 記事には共感できる部分が多いのですが、「技術者なら自分の技術を売る」
> だけではなく「技術者を抱える企業であれば、その技術を評価して売るべき」
> とアピールしていただきたいです。

難しいことですけれどがんばります。
金になるか、ならないかは営業の力ですけれど、プライドを持ってやっていればいつか花開くと信じてがんばりましょう。

としろう

残念ですが、10年~は、そう好意的に解釈できるし、するべきでは有るけれども
実質は、若者を時間をすり潰すようにこき使う為に使われるだけになるでしょう
これを振りかざすなら、振りかざす上層部に上司も、マトモなOJTの形等で
時間のすり潰しにならないように上手く手綱を扱わねばなりません。

ですが、その部分は無かったもののように便利に使われるだけです。

前段に
「10年後には立派になれているように、我々が保証するから」
は必要ですね。

ただ、元記事でも「伝書鳩」などと言いつつ
自分たち上層部・上司が責任回避しつつ上前をはねる技術ばかり
見せ付ける事で教育してきた結果ではないのか。
責める先は若者ではない。間違っている

特に大手元受あたりから空洞化他、エンドユーザと下請けの間の「伝書鳩」
いや、管理命令する分もっとタチが悪い。
そこではコンプライアンスなど含め責任回避技術と如何に利益を出すかだけ。

としろうさん、ども。

「伝書鳩」は自分の価値を高めようと努力したりしてない受身の人のことで、もし、指示されるままに「10年泥のように」働いたとしたら人格が壊れるでしょうね。

自分基準はよくないけれど、私は本当に泥のように働きましたよ。
160時間ぐらいしかできないときは、土日にウェータをやってたし、忙しくなってもウェータを抜けれず、400時間を越えてもまだやってたアホです。

「COBOLerにあらずば人にあらず」という金融システム部ところにでやっていたい喰えない派遣でした。
OJTっても、オープン側からすれば、今思えば、やってはいけないことのオンパレードでしたし、もちろん、誰も教えてくれないけれど、それこそ泥のように働きながらOracleを覚えたんですね。

言われたことの何倍もやるタイプでした。

プログラム書かせたら私の倍の単価を取っている人の倍以上できたのに……。
半分の単価だから、ウェータのバイトしてたのですけどね。
もちろん、次の契約更改ではゴネましたが、私は何倍もやっても損したとは思ってない。

「何倍もやったことは評価して欲しい」とは言いました。
「今やらないと損だ」と思っていたし。

「何倍もするなんてことしたら損だ」というメンタリティで、自分が本当にすきでもない仕事に従事することは、定時で帰って私の倍の報酬を得てたとしても、本当に損だと思う。
私はフリータになったけれど、公務員も通ってたのよね。
でも、公務員にならなくって本当に良かったと、この不況の中思ってます。

会社がそれを利用するかどうかは、どうなんでしょう?
「損だ」と思う人から見れば「利用されている」になるし、「今やらないと損だ」と思っている人から見れば、「チャンスを貰えてラッキー!」になる。

もっとも、丹羽氏なら伊藤忠の社長ですから、「その後の人生が違うよ」って言えるのですけれど、私は「やっぱりド貧民」って笑われて終わりか……。

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