『ITの専門知識を素人に教える技』――教えるプロのヘルプデスクがうなった「ティーチング技術」
ITの専門知識を素人に教える技 開米 瑞浩、森川 滋之(著) 翔泳社 2008年7月 ISBN-10: 4798117072 ISBN-13: 978-4798117072 2394円(税込) |
■ヘルプデスク、人に説明する技術の重要性を考える
「ブルースクリーンって何ですか?」
ユーザーにこう聞かれたら、どう答えますか? ヘルプデスクとして、私はよく「擬人化」して説明しています。
「人間に例えると、歩いてたら急に心筋梗塞(こうそく)などでバタッと倒れて意識不明になってるような状態です。その後、その人が蘇生するか亡くなってしまうかは、発見の早さや処置の的確さ、症状の重さなどで左右されますが、PCの場合は蘇生率は比較的高いですから安心してください」
……と、ニコニコ答えつつ、サクッっと対応。この回答が技術者としてどうなのかはともかく、ヘルプデスク業務において「ユーザーに分かりやすく説明すること」はとても重要です。と、同時に「納得してもらうこと」も非常に重要だと日々感じています。
ですから、本書を見つけた時、「これは私に必要な本だな」と、まず感じました(一般ユーザーや初学者を「素人」と表現するのはあまり好きではありませんが……)。
本書はいわゆる「表現のコツ」ではなく、「人に何かを教える技術=ティーチング」(ITに限らない)の本質とその実践について紹介しています。あくまで、教えるための「技術」について述べた本です。
■そもそも「教える」ってどういうこと?
ティーチングとは、何か。まずは、このことを理解する必要があります。
ティーチング、コーチング、プレゼンテーションは往々にして混同されがちですが、本書は以下のように区別して定義しています。
- ティーチングは「あなたがやってください」
- プレゼンテーションは「私がやります」
- ティーチングは「相手がまだ知らないこと」を教えること
- コーチングは「相手がすでに知っていること」を使って「自分で気付く」ことを支援する
それぞれの持つ本質が違うため、実施する側が準備することやゴールは、当然のことながらすべて違います。
■「教える技術の17原則」
本書は人に教える際に重要となってくる「構造化→シナリオ→アクション」の3段階について、全部で17のノウハウを解説しています。それぞれの項目を見てみましょう。
・構造化
人に教えるためには、まず「教える対象」についてよく理解しておく必要があります。知識を「構造化」することで、講師の頭を整理しておくわけです。
・シナリオ化
次に、重要なのは「シナリオ」化です。シナリオ化とは、構造化した知識をいかに記憶に残るように解説するか組み立てること。ここまでが教えるための準備段階です。
・アクション
最後はいよいよ、実際に教える段階です。池上彰さんの解説を思い出してみてください。とても分かりやすいですよね。受講者に質問をしたり、身振り手振り、声の出し方、動きなどにいろいろな工夫が施されています。「構造化」して練り上げた「シナリオ」を、いかに記憶に残るよう解説するか――それが成功するか否かは、講師の「アクション」にかかっているといっても過言ではありません。
■資格取得や技術書を読む際にも、意識しておきたい
これまで、ヘルプデスク業務においてユーザーからさまざまな質問を受け、解説してきましたが、確かに思い当たる点はたくさんありました。
自分なりに構造化やシナリオ化できている知識については、自然と良いアクションになるのか、ユーザーさんから「そういうことか!」「分かった!」と、理解と喜びの反応を得られます。逆に、教科書的で分かりにくい説明しかできない知識については、「うーん、よく分からないけど解決したし、もういいや」という顔をされてしまって、自分の未熟さを痛感することもありました。
教える立場にいる人間は、単に資格を取るとか技術書を読むだけでなく、構造化とシナリオを意識しながら「資格やスキルを取得した“先”」を見据えて勉強することが重要なんだと感じました。“先”とは、例えばユーザーや後輩などに得た知識を説明する時、アドバイスを求められた時などが挙げられると思います。もう、先輩に「資格なんて取っても、実務では大して役に立たない」なんて言わせないのだ!!
■現場に近い感覚で、教える技術のシミュレーション
本書は、ティーチング技法を解説した後、実際に起こりうる場面を想定した練習問題を用意しています。練習問題では、ティーチング技法をどのように生かせばいいのか、現場に近い感覚でシミュレーションできます。
個人的に役立ったのは、OSIレイヤ3やL3スイッチの説明です。ちょうどネットワーク関連の資格の勉強をしていたのですが、実例がとても分かりやすくて知識の整理に役立ちました。
また、私は運用系のため、残念ながら開発経験はありませんが、ポインタの説明は非常に興味深く読めましたし、PMBOKなどプロジェクトマネージャ向けの説明も興味を引かれました。これらの知識は、現時点での業務に直結するものではありませんが、開発者としては素人の私にとって、技術書を読むより理解しやすくて興味をかき立てられました。
本書の具体的な説明で100%理解できなかったとしても、それは別に構わないと思います。そもそも、教育とは「自分でやる(ように仕向ける)もの」です。「面白いから、もうちょっと勉強してみよう!」という気になった私は、筆者の思うつぼにまんまとはまっていますね(笑)。
■まとめ
・本書に書かれていること
- 教えるとはどういうことか
- 教えるために必要な、「企画→資料収集→教材作成→教育の実施→フォローアップ」の解説とノウハウ
・どんな人に読んでもらいたいか
私のようなヘルプデスク、企業や現場で教育・研修には担当者にはぜひお勧めしたい1冊です。ですが、エンジニアが「自分は教育担当じゃないから関係ない」と、購読リストから外すのは非常にもったいないと思います。例えば、構造化とシナリオに関するノウハウは、「現場の業務改善」を検討する際にも応用できそうな知識です。
もしかしたら、これは筆者の狙いかもしれません。なぜなら、「ティーチング」の重要な役割の1つに、「学習者が自ら能動的に学習し、理解を深める」ことがあるからです。
本書は単なるノウハウ本ではありません。学習者=読者が、日々の業務で自分なりのティーチング技法を身に付けていくだけでなく、ノウハウを応用すればどんな業務にでも生かせるのだ、という大事なことを「教えて」くれている本なんだな、と思います。
(“アラサー”IT系女子の来し方行く末』コラムニスト 組長)