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小説「あるエンジニアのクリスマス・キャロル」(2)

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2010年12月21日(火)

 昨夜の寝つきは悪かった。矢崎は朝から眠くて仕方なかった。しかし、それを隠すように彼は気丈に振る舞い、いつもどおりに仕事をして、帰宅した。

 真理の言ったことは本当なのか。精霊とやらが本当にやってくるのか。彼はそう思いながら、部屋の電気を消し、眠りについた。

 そして、深夜0時。

 突然、矢崎の目の前が明るくなり、彼は目を覚ました。火をつけたろうそくのような体をした、不気味な生き物が目の前にいた。彼はびっくりした。

 「お前は……真理の言っていた精霊ってやつか?」

 「その通り。私は『過去のクリスマスの精霊』だ」

と、精霊は名乗った。

 「私はお前に、過去のお前自身のクリスマスの思い出を思い出してもらいにやってきたのだ。さぁ、見るがよい!」

 精霊が言うと、一瞬、部屋の周りが真っ暗になり、徐々に過去に見たことがある景色が矢崎の目に飛び込んできた。

 「ここは……」

 「分かるか?」

 「分かるも何も、ここは俺の故郷……」

 矢崎の目の前には、矢崎が子どものころに住んでいた街の街並みが広がっていた。

 「じゃあ、ついてこい。こっちだ」

 そう言うと精霊は、矢崎の手を掴み、どこかへ向けて歩き始めた。といっても、矢崎には、どこへ向かうかがすぐに分かった。矢崎の実家へ向かっていたのだ。

 「さぁ、中に入るぞ。大丈夫だ、私たちの姿は誰にも見えていない」

 実家に到着すると、精霊はドアを開けて、中に入った。精霊が目指すのは、矢崎が使っていた自分の部屋。

 部屋を開けると、そこには、PCを前にして喜ぶ子どもころの矢崎本人がいた。

 「あぁ、そうだ、クリスマスプレゼントでPCを買ってもらったんだっけ」

 矢崎がはじめてPCを見たのは、従兄弟の家に遊びに行ったとき。その従兄弟がPCを持っていて、矢崎に見せていた。従兄弟は簡単な足し算のプログラムを組む。5と4の和。

 「この『エンターキー』ってやつを押してごらん」

 従兄弟がそう言うと、矢崎はドキドキしながら、エンターキーを押した。画面に表示される「9」の文字。矢崎は心がときめいた。それ以来、矢崎は両親にPCを買ってほしいとお願いしてやまなかった。そして、とうとう、クリスマスプレゼントとして買ってもらったのだ。

 「あのころは楽しかったなあ」

 矢崎はPCを買ってもらった後の記憶を思い出していた。自分でプログラムを組んで遊んでいた。関連雑誌に掲載されたプログラムのソースコードを自分で入力したこともあった。その後、自作PCもした。自宅サーバ作りもした。学生のころは、オンラインゲームをしたくて自宅に専用線を引いたこともあった。

☆★☆

 彼が昔を懐かしんでいると、場面が切り替わった。大学時代の矢崎の姿があった。大学時代の彼は、そのITスキルを生かし、パソコンボランティアに入った。そこで企画されたクリスマスパーティーの様子が目の前で繰り広げられていた。講習会の参加者とボランティアメンバー。みんな楽しそうだった。矢崎も精一杯、準備に取り組んでいた。彼自身も楽しそうにしていた。

 そこで、また1つ、彼の記憶を思い出す出来事が起こった。大学時代の矢崎が、とあるボランティアメンバーの女性と仲良さそうに話している光景だった。

 矢崎と同じく大学生だったその女性。彼は、ほどなくして、彼女と恋人として付き合うようになる。互いに就職してからも関係は続き、将来の結婚も誓い合っていた。

 しかし……。

☆★☆

 また光景が変わった。場面は、矢崎が社会人になって2年目のクリスマス。彼と彼女が口論を起こしていた。

 「あなたは変わった」

 「どこがだよ? 俺はずっと変わってないよ」

 「就職する前のあなたは、私にすごく優しくしてくれた。それが、就職してからはいつも仕事だ仕事だ、と」

 「しょうがねーだろ、忙しいんだから! それに、将来のためにこっちは必死で金を稼いでるんだぞ!」

 「それもよ! お金お金お金お金! 何かにつけてお金お金と、そればっかり!」

 「いい加減にしろよ!」

 「とにかく! あなたは変わってしまった……。もう終わりにしましょう」

 「ちょっと待てよ! 将来の約束を誓ったじゃないかよ!」

 「あなたはあなたの道を歩んで。私はもうついていけないから。それじゃ」

 「おい……」

 彼女は矢崎の元を去った。

☆★☆

 「……」

 ずっと黙ったままだった矢崎がようやく口を開いた。

 「精霊さんよ。もう見たくない……。もう見たくないんだよ! もう俺の家へ帰らせてくれよ!」

 「お前にはもう1つ見てもらうものがある」というと、また光景が変わった。そこに広がっていたのは、数年後、別れた彼女が別の男性と結婚をし、子供を授かって幸せなクリスマスを送っている光景だった。しかし、矢崎は目を背け、その姿を見ようとはしなかった。

 「もういい! もうたくさんだ!! いいから帰らせてくれ!! そして、もう俺の前に姿を現すな!!」

 そう叫ぶと、精霊は突如として姿を消し、矢崎は自分の家の寝室に戻っていた。

 矢崎は疲れ果て、即、眠りについた。

☆★☆

 第二章「第一の精霊」 完

 次回、第三章「第二の精霊」

 12月22日(水)0時 公開予定。

 ※この小説はフィクションです。登場する人物等はすべて架空の設定です。

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