小説「あるエンジニアのクリスマス・キャロル」(1)
2010年12月20日(月)
矢崎来次(やざきくるじ)は残業していた。
彼は会社の中で最も優秀なエンジニアである。技術力が大変高く、彼が携わると短期に、高品質なシステムが出来上がる。
しかし、彼は人間的に多少癖がある人で、仕事の上でプロジェクトメンバーと会話をすることがあっても、プライベートな面まで関わろうとしない。基本的に黙々と仕事をするタイプである。
また、自分の信念に反する人間が大嫌いである。先日も、プロジェクトメンバーの倉木と、彼の帰り際に対立をした。
「矢崎さん、今月の24日、休暇をもらいますね」
仕事中、そう言う倉木に、矢崎はカチンとした。
「てめぇ、この忙しい時期に休もうだなんて、何考えてんだ!」
「いや、でも、前々から言ってましたし、PMと上長にはOKをいただいてますし」
「そういう問題じゃねーんだよ。大体、24日はクリスマス・イブだろ。あれか、既婚者だからって家族と過ごしたいってか。会社からお金をいただいてる身分で『家族のが大事』ってか。こういうときだけ権利を主張してんじゃねーよ!」
「何でそこまで言われなきゃいけないんですか! とにかく、休みはもらいますからね!」
「勝手にしろ!!」
倉木はムスッとしたままオフィスを後にした。仕事が第一、稼ぐことが第一の彼は、甘ったれたことを言う奴が大嫌いなのである。
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残業が終わり、その帰り道。クリスマスのイルミネーションに彩られた街の中を矢崎は歩きながら帰っていった。クリスマス前でにぎわう街並みを見ながら、矢崎は先日の倉木とのやりとりを思い出して、つぶやいた。
「ったく、どいつもこいつもクリスマスで浮かれやがって。無神教のくせにこういうときだけキリスト教徒か? アホくさい」
彼は毎年毎年、クリスマスでも仕事に励むと同時に、人々がクリスマスで賑わう様子に納得していなかった。
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家に着き、風呂と食事を済ませ、寝ようとする彼。そのとき、彼は玄関のチャイムが鳴った気がした。「こんな時間に誰だ」とイライラしつつも、玄関のドアを開ける彼。しかし、ドアの前には誰もいなかった。
「なんだ、気のせいか」
そう思い、矢崎はドアを閉め、鍵をかけなおした。そして、寝室に戻ろうと振り返ったその時。
1人の女性らしき姿が家の中にあった。
びっくりする彼。「誰だ!」と叫んだ。しかし、その女性をよく見ると、見覚えのある顔だった。
「お前……、真理か?」
「久しぶり。私のこと、覚えてたのね」
真理は矢崎と同期入社の女性。新卒で入社した当時から高い技術力を持ち、将来のエースと期待されていた。また、彼女も矢崎と同様、仕事に対してはストイックで、どんなに大変な仕事でも進んで参加。夜勤や土日出勤も厭わなかった。
しかし、3年前のちょうど今ごろ、体調を崩し、突然の他界。ストレス過多による過労死と言われていた。
「私は貴方に忠告しに来たの。私と同じ運命をたどってほしくなくて」
真理の話によると、仕事一筋だった彼女は、死後、その自分の人生を非常に後悔したという。仕事よりもっと大切なものがあったことに気付いたのだそうだ。そのせいで、死んでも死にきれず、ずっと現世をさまよっているのだという。彼女の手足には鎖が巻かれており、その鎖のもう一端には重そうな錘(おもり)が付いていた。その錘をひきずりながら、ずっと現世をさまよい続けているようである。
「私は今、本当につらいの。貴方もこのままだと、私と同じ運命になる」
「え、どういう……」
矢崎が聞き直す前に、真理は立て続けに話した。
「いい? 明日の晩から、毎日深夜0時に、あなたのところに、3人の精霊が1人ずつやって来るの」
「え、せ、セイレイ?」
「その精霊の訪問を受け入れなさい。あと、私は、もう時間がなくて、あなたの前に現れるのが今回で最後になると思う」
「ちょっと待って、だからどういう……」
「それだけを言いに来たの。じゃあね」
と言うとすぐに、真理は矢崎の前から消えてしまった。
「……何だったんだ、今の。精霊? 意味が全然分からない」
矢崎の頭は混乱した。
「あれだ、疲れてるんだ、俺は。とっとと寝るか。馬鹿馬鹿しい」
そう思うと、彼は寝室に戻り、布団に入り、そのまま眠りについた。
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第一章「真理の亡霊」 完
次回、第二章「第一の精霊」
12月21日(火)0時 公開予定。
※この小説はフィクションです。登場する人物等はすべて架空の設定です。