小説「あるエンジニアのクリスマス・キャロル」(3)
2010年12月22日(水)
その日の矢崎は大変、機嫌が悪かった。昨夜、あんなものを見せつけられたのだから、無理もない。それでも矢崎なりに気丈に振る舞ってはいたものの、プロジェクトメンバーに機嫌の悪さは感じ取られていたようである。
とはいえ、仕事上では特にトラブルもなく、帰宅。新たな精霊が現れる深夜0時を待ちつつ、矢崎は床についた。
そして、深夜0時。
寝室の隣の部屋から大きな音が聞こえてきた。矢崎は隣の部屋に向かった。そこには、隣の部屋とは思えない光景が広がっていて、巨人ともいうべき大きな身体の男が部屋の中にいた。
「ほっほっほ。来たな来たな」
「あなたも精霊ですか」
「そう。私は『現在のクリスマスの精霊』だ」
昨夜は「過去のクリスマスの精霊」、今夜は「現在」。今のクリスマスの姿を見せられるのか、と矢崎は思った。
「さぁさぁ、もっと私のそばへ寄るのだ。お前に見せたいものがあるからな」
と、精霊は彼を促す。彼はその言葉に従い、精霊のそばへ寄る。
「私にしっかりつかまるんだ。行くぞ!」
そう言うと、2人の体が宙へ浮かんだ。慌てて矢崎は精霊の上着の袖を掴んだ。
宙に浮かんだ2人は、部屋の天井を突き抜けると、外の上空を優雅に飛び始めた。眼下にはクリスマスに彩られた街並みが見える。
「これは数日後のクリスマスの日の光景だ。綺麗だし賑わってるだろ?」
矢崎の目には、いつもなら「クリスマスなんて馬鹿じゃないのか」とイライラしながら帰る街並みを上空から眺めた姿が映し出されている。普段の矢崎なら何とも思わないのに、今こうして上から眺めると、クリスマスのイルミネーションが大変綺麗に思え、人々の幸せそうな姿にイライラすることもなかった。
☆★☆
「さて、今回お前に一番見せたい場所に連れていくとするか」
精霊がそう言うと、上空を飛びながら、とある場所へ向かった。矢崎にはその場所がどこか、全然見当もつかなかった。
移動すること10分。その家の前に到着した。
「さぁ入るぞ。当然だが相手には私たちは見えてないので安心しな」
精霊はそう言いながら、その家の中へ矢崎と入っていった。
決して裕福そうには見えない家。そこにいたのは、矢崎は会った事のない家族がいた。子どもたちと、その母親、姑といった感じの人々がいた。
「お父さん、まだかな」
「今、健を連れて病院から帰ってくるところだから。もう少し待ちなさい」
「お腹すいちゃったなあ」
その家族は、そんな話をしながら和気あいあいとしていた。
その時、父親と息子らしい2人が帰ってきた。矢崎は大変驚いた。
父親らしい人は、仕事仲間の倉木だった。倉木が、息子をおんぶして帰ってきたようだった。
「ただいま。いやー遅くなってすまなかった。それじゃ夕飯にしようか」
倉木がそう言うと、家族全員、食卓のテーブルの椅子に腰を降ろした。おんぶしていた息子の健は倉木が丁寧に椅子の上に座らせた。食卓の上には、小ぶりのケーキや骨付きの鳥のからあげ。それぞれがコップにジュースやシャンパンを注ぎ、手に持った。乾杯でもしそうな時、倉木が話し始めた。
「それにしても、矢崎さんは今日も休まず仕事していて。いつ休んでるんだろう。せっかくのクリスマスくらい、休みを取ればよかったのに」
しかし、倉木の奥さんらしき女性が不機嫌に言い返した。
「あなた、何でこんなときに会社の話をするの? しかも、矢崎さんって、いつもあなたをしかってくる人でしょ? そんな人のことなんか放っておけばいいのよ」
「確かに、矢崎さんとは口論になることもあるけど、でも矢崎さんは俺のためを思ってしかってくれるんだから。すごく良い先輩だよ」
「ホント甘いのね、あなたって。私なら、そんな先輩、大嫌いだわ」
「まあまあ、そんなことを言ってあげるなって。……まあでも、こうして健も一時的に退院できて、こうして家族全員でクリスマスを迎えられるんだから、幸せだよ。それじゃ、メリークリスマスってことで、乾杯!」
倉木の家族全員で乾杯をすると、決して豪勢ではないが楽しいディナーがはじまった。家族は楽しそうにしているが、矢崎は、時折、激しく咳をする息子の健のことが気になった。
「精霊さん」
矢崎は精霊に訪ねた。
「さっきも病院とか言ってましたけど、あの子は病気なんですか? ずっと入院してるんですか? 助かるんですか?」
精霊はしばらく押し黙ったが、ようやく口を開いた。
「いいや、あの子は助からない。生活が貧しいことも重なってね。彼は今の給料で必死に子どもを病院で看病してもらっているが……残念ながら……」
「そんな……。精霊さんの力で何とか未来は変えられないんですか?」
「俺たちにはそんな力はないのだよ」
矢崎は悲しくなった。と同時に、倉木がこんな思いをしていたとは知らずに、仕事上で感情的になってしかりまくっていた自分を責めた。あれだけしかっていても倉木は自分のことを慕ってくれていた。矢崎は自分の事が恥ずかしくなった。
☆★☆
矢崎がそう感じていると、急に辺りが真っ暗になった。倉木の家族はもう見えない。
「さて、と……」
精霊は言う。
「お前とはもうすぐお別れだが、最後に、俺の足元を見てくれないか」
そう精霊に促され、矢崎は精霊の足元を見た。びっくりした。やせ細った男の子と女の子が精霊の足元でうずくまっていた。
「この子はあなたのお子さんたちですか?」
と矢崎が訪ねると、精霊は答えた。
「いいや。この子たちは人間の子どもだ。この子たちは実の親に捨てられて、貧困で苦しんでいる。こういう子たちだってクリスマスを楽しみたいはずだ」
その言葉に矢崎はハッとした。「クリスマスなんて馬鹿馬鹿しい」と思っていた自分。そんな自分を、矢崎は恥じた。
呻き声をあげながら、矢崎のもとに近づく子どもたち。
「悪かった、悪かった! 悪かったよ!!」
矢崎はそう叫びながら、両手で頭を抱えてうずくまった。
☆★☆
気がつくと、矢崎は自分の家の寝室に戻っていた。
彼は真理の言葉を思い出した。明日の晩にあと1人、精霊が来る。矢崎は不安に満ちた心持ちで、眠りについた。
☆★☆
第3章「第二の精霊」 完
次回、第4章「第三の精霊」
12月23日(木)0時 公開予定。
※この小説はフィクションです。登場する人物などはすべて架空の設定です。