シンガポールでアジアのエンジニアと一緒にソフトウエア開発をして日々感じること、アジャイル開発、.NET、SaaS、 Cloud computing について書きます。

都市のスクラップアンドビルド

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 以前どこかで書いたが、小生、シンガポールの賃貸住宅を約3カ月ごとに移動していた時期がある。ビザの関係で帰国の可能性があり、長期の賃貸契約を結びにくかったころだ。そのころ住んだHDB(公団住宅)フラットの1つに、外見上廃墟に見えるところがあった。日本でいうところのマンション、確か12~13階建てのかなり大きな建物だった。シンガポールの中心に近いTiong Bahruというところにあった。MRT(地下鉄)も郊外の地上ではなく、しっかりと地下を走っており、シンガポールの丸の内であるRaffles Placeから3駅しか離れていない、いわゆる都心である。まわりは商業ビルや、オフィスが立ち並び、HDBでも普通の賃貸なら、家賃が高すぎてわたしなどには住めない地域だった。

 廃墟という表現はあながち間違いではない。大きなマンションの建物に、実際に人が住んでいるフラット(住居)は多分数軒。人が住まないフラットのドアは鎖と南京錠で、絶対開けられないように施されていた。さらに、わたしが住んでいる3カ月の期間中も、毎日のように引越しの車が引越しの家財道具を持ち出している風景が見られた。マンションの窓からあたりを見回すと、となりのマンションの数棟も同じような風景だった。

 どうしてそんなマンションに住むことになったのか。3カ月という短期契約ができ、さらに都心にもかかわらず家賃が安かったからだ。実際住むと、実に快適な生活だった。外見は「廃墟」だが、内装はコンドミニアム仕様。床はフローリングだった。シンガポールのHDBのフラットの床のほとんどは(熱帯の暑さも手伝うのか)リノリウムであるにもかかわらず、である。やはり木の床は良かった。フラットは12階の最上階。大きな窓から見える、シンガポールの中心の高層ビル群の夜景は圧巻だ。キッチンやバスなども高級感漂う仕様で快適だった。近くに、Great World Cityという大きなショッピングセンターがあり、その中にCold Storageという、Expat(国外居住者)御用達の高級スーパーマーケットなども入っていた。ところで、廃墟となると治安を気にする人もいるかもしれない。しかし、ここシンガポールで治安が原因で住めないところなどない。どこもかしこも安全だ。

 さて、そのHDBがなぜ廃墟で、人がどんどん出て行くのだろうか。あっせんしてくれた不動産エージェントの話によると、取り壊しが決まっているかららしい。このマンション、シンガポールにHDBが建ち始めた時期(おそらく1970年頃)に建てられ今回Tiong Bahruの再開発の計画の一環として、取り壊しが決まっていたのだ。多分、まわりのマンションと合わせて、3棟ぐらいの敷地を一度に取り壊して、更地になった土地を再開発し、新しく40階建てぐらいの超高層マンションを5~6本建てるのだろう。彼によると、シンガポールではHDBの取り壊しは分譲オーナーの半分の賛成が得られれば、実行できるということだ。

 HDBは政府が立てたマンションだ。都市計画の一環として取り壊しが決まると、優遇処置が政府から住人に提供される。よりよい物件に優先的に引っ越しができるように、というものだ。その結果、住民の半分の賛同を得ることは、難しいことではないらしい。わたしが3カ月住むことになったこの期間は、取り壊しが決まって住人が新しい住処に徐々に引っ越し始め、実際に取り壊しが始まるまでの期間だった。その期間を人に貸して、少しでも多くのお金をもうけようという目ざとい大家のおかげで、わたしは住むことができたのだ。

■この状況を日本と比較する

 日本にも、戦後すぐに建てられ、老朽化が進んだ2~3階建ての公団住宅やマンションがある。それらが取り壊されていく風景は、あまり珍しくなくなってきている。しかし、12~13階建てで老朽化していないマンションの取り壊しは、まだまだ日本では少ないのではないか。調べたところ、日本の区分所有法では住民の5分の4の賛成が得られないと、取り壊しができないとあった。条件がきびし過ぎるからだろう。長く住んでいる老人が、ほかにずっと良い条件の代替の住居が提供されたとしても、やすやすと引っ越しに応じるとは思えない。また、日本の借家法も借家人への保護がきびし過ぎるため、借家人の同意も簡単に得られないようだ。法律がもう少し緩和されないかぎり、日本の都市のスクラップアンドビルドは簡単にはすすまないだろう。

 Wikipediaによると、シンガポールの人口密度は6489人/km2。 東京都の5847人/km2と同じぐらい。しかし、シンガポール人が住にかけるコストは多分、東京の半分以下ぐらいだ。スクラップアンドビルドに関しても、こんな違いがつもりつもった結果ではないかと思う。

 わたしは今、横浜駅から7分のところにマンションを所有している。日本にいたころは、そこに住んでいたわけだが、マンションの裏手にいわゆる「シャッター商店街」がある。高くても5~6階程度の小型のマンションの間に、小さな平屋のシャッターが下ろされたままのお店が目立つ商店街だ。れっきとした首都圏、しかも横浜駅のすぐ近くにそんな地域がある。シンガポールには存在しない風景であることは確かだ。シンガポールならあたり一面を大型のHDBで埋め尽くして、その一階に商店がある状況だろう。「下町の風景を維持するべきだ」という意見もあるかもしれない。しかし、それは既得権益者の戯言だと、わたしは思う。

 ただ、考えてみるとわたしも既得権益者。日本の住居費が高いおかげで、所有するマンションを人に貸して高い家賃をいただくことができているわけで……といろいろ考えてしまうのだ。

 今回は、池田信夫氏のブログエントリ”砂漠化する日本”を参考に、こんなコラムを書いてみました。

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