エンジニアが敬遠しがちなプロジェクトマネジメントを、テレビドラマを題材に解説する

プロマネ「半沢直樹(仮名)」の倍返しは可能か?

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■流行語大賞確定の半沢直樹の「倍返し」

 今、ドラマ「半沢直樹」が熱いです。視聴率は30%を超え、放送しているTBSではワイドショーで半沢直樹的な生き方の特集を組み、早くも2013年の流行語大賞の候補(他の候補は「いまでしょう」「じぇじぇじぇ」「お・も・て・な・し」)になっています。

「やられたらやり返す。倍返しだ」

がドラマでの決めセリフですが、それにあやかり、TBSのアンテナショップでは「倍返し饅頭」が販売され、あっというまに売り切れています。

■「半沢直樹」とIT業界

 ドラマ「半沢直樹」の面白いところは、半沢を取り巻く社内外の敵から、理不尽で達成不可能な難題を押し付けられ、それに対して、半沢が逆転していくところにあります。正直、昔から同じようなドラマはたくさんあったような気がします。現実でも掃いて捨てるくらいたくさんあります(逆転はしませんが)。

 ある意味、理不尽なことを押し付けられるのが、サラリーマンの宿命であり、それをひっくり返すことがアンチサラリーマンの理想で、その行為に対してリアルサラリーマンが喝采しているのが人気の理由かもしれません。

 さて、「半沢直樹」のいる銀行業界とは異なるIT業界。そこでも、やはり「半沢直樹」的な理不尽が日常のように起こっています。事例はたくさんあるのですが、ある中堅ソフトウェア会社での出来事を紹介しましょう。

■日常劇場「プロマネ 半沢直樹(仮名)」

 ある日のミーティングルーム。システム会社の中堅マネージャ半沢直樹(仮名)が、若手営業の小久保(仮名)に詰められている。

小久保「半沢さん。この案件は絶対に受注したいんですよ。もっと安くなりませんか?」

半沢:「(RFPを見ながら)しかし、この機能だと1000万じゃとても無理だろ」

小久保:「だから、言っているじゃないですか。この案件は、絶対に受注しなくてはいけない案件なんですよ」

そこに入ってくる営業部長、朝井(仮名)

朝井:「半沢君。この案件は私が責任を持つ。990万で入札したまえ」

半沢:「朝井部長、そんな金額では赤字になります」

朝井:「大丈夫。客とは追加費用をもらう約束になっているし、私の知っている外注を使えば安く仕上げてくれる」

半沢:「そんなの、責任持てません」

朝井:「君に責任をとってもらう必要はない」

半沢:「もし何かあれば、責任をとってもらえるのですね」

朝井:「大丈夫だって、言っているだろ」

 その後、この案件を受注したが、客のたちが悪く、仕様がなかなか決まらない。スケジュールは遅延し、さらに朝井が紹介した外注も納期を守らず、品質も悪いものを納めてくる。半沢は東奔西走する日々が続いた。

 ミーティングルーム。半沢直樹(仮名)は朝井部長(仮名)に呼び出されていた。

朝井:「半沢君、あの案件、いったいどうなっているんだ」

半沢:「いま対処中です」

朝井:「対処中じゃない。報告したまえ」

半沢:「要件がやっと固まって、外注のNシスに開発を依頼したのですが納期に間に合いそうにありません」

朝井:「何をやっているんだ。それでもプロマネといえるのか」

小久保:「(机を手のひらでたたいて)そうだ、せっかく受注した案件なのに何しているんですか」

半沢:「(小久保をにらみ)そもそも、この案件はこんな金額でできるとは言っていません」

朝井:「何を逆ギレしている、半沢」

小久保:「(机を手のひらでたたいて)口答えするな」

朝井:「金額について議論があったことは確かだ。しかし、君はそれを了解してマネジメントをしているんだよね」

半沢:「了解ってどういうことですか」

小久保:「(しつこく机を手のひらでたたいて)了解しただろう」

朝井:「君はプロマネなのに、マネジメントを放棄するのか」

小久保:「(さらに机を手のひらでたたいて)放棄するな。無責任だろ」

半沢:「朝井部長からの紹介のNシスも品質が悪いのですが」

朝井:「人のせいにするな」

小久保:「(手が痛くなるくらい机を手のひらでたたいて)人のせいにするんじゃねぇよ」

朝井:「君の言い分は分かるが、君の職務はプロマネだ。ちゃんと仕事をしてくれよ」

 相沢の肩をたたき、ミーティングルームから退室する朝井。後ろについていく小久保。

 このあと半沢が、心のなかで「やられたらやり返す。倍返しだ」、と思ったかどうかはさだかではありません。朝井は、この案件の責任を半沢に押し付け、その後本部長まで出世したらしいです。小久保はバンバン机をたたく癖が治らず、1年後、形成外科に通院することになり、その病院の看護師とできちゃった結婚をしたらしいですが、それは別のお話です。

 これは単に一例であり、「半沢直樹」的な出来事は本当に頻繁に起こっています。悲しいことですが。

■プロマネ半沢の反省点

 この日常劇場では、朝井部長(仮名)は営業、半沢沢直樹(仮名)は開発です。IT業界では開発と営業って、仲悪いですよね。営業は受注が最大の目的で、利益を出すのは開発だ、と考えていたりします。その結果、こんなひどい状況が起こることが多いです。まぁ、半沢も、受注前の段階で、「こんなの受注するな!」と言いきれば良かったのですが、朝井部長に押し切られました。それに「責任はおれがとる」という言葉ほど当てにならないことは、社会人のみなさんはよくご存じでしょう。責任を取らせたければ、ICレコーダーでしっかり録音しておきましょう。

 また、開発を依頼したNシスについては、半沢の知っている会社(つまり今まで使ったことがある会社)ではなく、営業の朝井部長からの紹介というのも問題です。時間単金が安いだけの会社かもしれませんし、裏で朝井部長にマージンが入っているかもしれません。

 そう考えてみると、半沢直樹(仮名)は、プロマネとしては、ちょっと経験不足な人かもしれません。「半沢直樹」を見て、勉強しましょう(何を?)。

■その後の半沢直樹(仮名)

 さて、半沢(仮名)は、本案件をなんとかクローズし、こんどは別の案件に関わっています。

半沢「この案件では新しいパッケージを利用してシステムを構築しなくてはいけない。よし、プロトタイプを作成して、技術検証だ」

 マシン室 深夜。半沢は、技術検証部の渡(仮名)達と協力し、徹夜でパッケージを検証しています。

相沢:「おい、渡。この仕様おかしくないか」

渡:「(モニターを見て)ん? よく気がついたな。さすが半沢だ。こりゃパッケージのバグかもしれない」

半沢:「いまからパッケージの修正を頼めるのか」

渡:「代理店経由では時間がかかる。USに直接依頼した方がいいかもしれない」

半沢:「よし、いまからメールを出す」

 バグを認めようとしないアメリカのメーカとのやりとり、ころころ変わるユーザーの要求。これらを半沢(仮名)は何とかこなし、プロトタイプでの検証を終了。そして、プロトタイプをベースにして、本システムの構築、テスト、ユーザー受入テスト。ユーザーの承認がされ、サービスの開始。

 ユーザーのシステム室で、動作を確認する半沢直樹(仮名)。問題なく動くシステムを見て、半沢は渡と抱き合った。やっと苦労が報われる。これこそプロマネ、いやエンジニアとしての醍醐味だ。半沢の後ろから、じっと見ていたユーザー企業のシステム部長湯麻(仮名)。

 そのとき、システム室のドアが開き、

朝井:「湯麻さん。なんとか完成しましたよ」

湯麻:「(振り向いて)朝井本部長。わざわざいらしてくれたのですか」

朝井:「当然ですよ。弊社で一番力を入れているプロジェクトなのですから」

湯麻:「そうなんですか」

朝井:「私が半沢君に指示して、徹底的に技術検証をしたのがよかった」

湯麻:「ほう、そんなことを」

朝井:「御社のシステムを構築するためなら、いくらでも検証しますよ。失敗してはいけないシステムですからね」

 湯麻に手を伸ばす朝井。

湯麻:「(朝井の手を取り)ありがとう。本当にありがとう」

朝井:「今後とも、相談に乗らさせていただきますよ」

 にっこり笑う朝井。

 システム室を出て、ドリンクコーナーに向かう半沢と渡。缶コーヒー(微糖)を片手に、疲れきった顔の2人。

渡:「半沢、知っているか?」

半沢:「何を?」

渡:「部下の手柄は上司のもの、上司の失敗は部下の責任ということわざ」

半沢:「今、実地体験しているよ」

 このあと、朝井本部長(仮名)は、常務に出世したという噂です。半沢(仮名)がどうなったかは、また別のお話で。

「半沢直樹」
2013年7月7日から、TBS系列の日曜劇場枠で放送。主演は堺雅人(役:東京中央銀行大阪西支店融資課課長→東京本部営業第二部次長 半沢直樹)、共演に上戸彩(役:半沢の妻 花)、及川光博(役:半沢の同僚 渡真利忍)等。原作は直木賞作家 池井戸潤「オレたちバブル入行組」、「オレたち花のバブル組」。「やられたら、やり返す。倍返しだ」が決めセリフ。視聴率は30%超で、9月15日放送第9話では、瞬間最高40%を超えた
Comment(2)

コメント

ardbeg32

ICレコーダーで録音した所で、その案件については逆転できたとしても、その後その会社ではずっと冷や飯喰らいでしょうね。どうかするとリストラ候補のトップにあげられるかも。上司に逆らうことの難しさは日経BPコラムでも特集されてますよね。
「そんなことないだろう」と夢を見る人がドラマを見て溜飲を下げているのでしょうけど、実際エライ目にあったことがある私としてはドラマがあまりにも非現実的すぎてむしろ萎えてきます。

このコラムのドラマは開発会社内部の様子で、私もしょっちゅうえらい目にあいましたが、これ、ユーザー企業の方もこういう内情は知っていて欲しいですよね。
叩けば叩けたほどエライと思っている購買担当の方がいますが、いいところで見切らないと品質が落ちるばっかりでrose-roseなんだよと。

tasuku

>
>叩けば叩けたほどエライと思っている購買担当の方がいますが、
>いいところで見切らないと品質が落ちるばっかりでrose-roseなんだよと。
>
まあ、そうなんですが、これも
>
>営業は受注が最大の目的で、利益を出すのは開発だ
>
と一緒で、会社組織の評価基準が、「値切ること」や「受注件数」の1点のみ。
であれば、構成員の行動としては正しいわけで、
結局は、会社の"評価"というシステムデザインがダメだと、
rose-roseの悪循環からは脱却するのは、難しいかと...。

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