153.【小説】ブラ転8
初回:2021/6/2
ブラ転とは... 『ブラック企業で働く平社員が過労死したら、その会社の二代目に転生していた件』の略
1.組織改革 その2
私(杉野さくら)と二代目の目が合ったので、社内掲示板の真意を確かめたいと思った。二代目もこちらに近づいてきたので、どう切り出そうか、少し悩んだ。
「二代目、おはようございます。あの...」
「二代目、おはようございます。掲示板の事で、ご相談が...」
私が挨拶を終えるかどうかのタイミングで、部長が二代目を見つけて割り込んできた。ちょうど部課長4人組が揃っていたところなので、二代目もそちらの要望に答えなければならないだろう。二代目がそちらのグループに進んでいったので、私もそちらのグループに混ぜてもらう事にした。他にも何人かが集まってきた。
「二代目、掲示板に書かれていた組織改革の件ですが、我々は全く聞いていないんですが...」
部長も単刀直入に切り込んだな、と私は感じた。まあ、部課長制度を廃止すると言われれば心配にもなるだろう。家のローンも残っているのかしら?
「まあ、急な発表だったが、構想は前々から持ってましたので」
(あら、そうだったの?)
「事業部統合は判るよね。リソースの一元化と重複開発の排除。出来ればそれぞれの特徴を融合した、相乗効果やイノベーションを起こして欲しいと思っています」
(まあ、ありきたりの考えね)
「部課長制度の廃止は、確かに君たちにとっては死活問題かも知れないが、逆に君たちにとってはチャンスだと思っています」
(希望退職による退職金の上乗せの事?)
「メインは専属エージェント契約なんだ」
(どこかで聞いた契約ね。えらい目にあった芸人さんの話を聞いたわよ)
「自分でプロジェクトを起こし、リーダーとして活躍する。人員も報酬もリーダーが決めるんだ」
(ん?どういう事?)
「つまり、個人事業主みたいなもので、アイデアがうまくいけば一気に給料も増額できるし、嫌なら今まで通りサラリーマンとして勤めればいい。ただ、プロジェクトに誘ってもらえないと、給料は余り期待できない事になります」
(自己責任ってこと?)
「杉野さくらさん。あなたも専属エージェント契約にして、プロジェクトマネージャーとして活躍してみてはどうかな?」
「な、なにを急に、おっしゃるんでしょうか?」
二代目が急に私に話を振ってきたので、気が動転した。何を言ってるんだ、この人は?
「この制度の最大の目玉は、誰がプロジェクトリーダーになってもいいって事なんだ。例えば、さくらさんがきちんとしたメンバーを集めて、取りまとめられれば、チームができる。きちんとしたチームなら、売り上げが立って利益が出る。そうすれば、利益配分が出来て、また新しいことにチャレンジできる。君にはそういう才能があるから、お勧めするよ」
(そんなことできるわけないじゃない。それに『さくらさん』って急になれなれしい)
「もちろん、一人じゃできない。社内営業を使っても社外の技術者やフリーエンジニアを使ってもいいし、SNSで人材を確保してもいい。製品を作る工場もうちにある。アイデア次第で、個人事業主より安全でかつ大胆な仕事ができると思わないかい」
すでに技術部の大半の社員が二代目の周りを取り囲んで、今の話に聞き入っていた。比較的若い技術者は、目を輝かして周りの技術者に声をかけているようだった。すでに人材獲得合戦が始まっているのかしら?
「僕としても、ぜひ、さくらさんに成功事例になってもらいたいと思っているんだ」
「まだ、よく判っていないんですが、私でも出来る...と」
「その通り!」
複数の技術者からの質問を受け終わった後、二代目は技術部の部屋から出ていった。
2.ハルコの乱
「パパ、パパいるの?いったいどういう事!」
「ハルコ、会社では社長と呼べといつも言ってるだろ」
「社長。あの掲示板はいったいどういう事?パパ...いや社長の思い付き?」
ハルコは、机にしわくちゃになっている一枚の紙を叩きつけるように詰め寄った。
「そんなわけないだろ」
「じゃ、やっぱりアキオの独断?。社長も承認したの?」
「アキオの着想だが、独断と言うのは言いすぎだろ。私が承認してるんだから」
「あの子、この会社を乗っ取るつもりよ」
「乗っ取るも何も、アキオに引き継ぐつもりなんだから、好きにさせても問題ないだろ」
「待ってよ。私も役員なんだから、一言くらいは相談があってもいいんじゃないの」
「そんなことすれば、反対するに決まってるだろ」
「反対するに決まってるわよ」
微妙に沈黙が続いた。社長は手元の資料に視線を移した。沈黙に耐えかねて、ハルコが口を開いた。
「私は反対だからね」
そういうと、社長室から出ていった。
「やれやれ」
社長としては、ハルコには、アキオのサポートをして欲しかったが無理っぽいとつくづく思うようになってきた。まあ、これくらいの苦難で失敗する程度の構想なら、初めから勝算はないだろうと社長のヒイラギ冬彦は思った。
3.山本ユウコ
私(山本ユウコ)は、二代目のスケジュールを確認するため、いつも通り早く出社して社内掲示板の役員予定表でスケジュールの確認をしていた。予定が入るたびに、書き込んで他の役員や部課長にも共有していた。もちろん、私用の予定に関しても、二代目本人だけが内容を見ることが出来るようになっていた。他の人からは、何らかの予定があるという事だけしか見えていなかった。先月までは、ほとんどが私用で、予定はクローズされていたが、ここ最近は、私用の予定が激減している。
本日の予定をチェックした後、掲示板の新着情報に目が行った。
「なにこれ?」
二代目から、何も聞いてなかった。今まで、私用で勝手にゴルフの予定を決めたり、食事の予定を入れたりしたことはあったが、こんな大きな組織変更については聞いたことがない。まあ、そもそも仕事上の話はあまり聞かなかったが...
それにしても、これだけの事を行うとなると、単なる技術部の組織変更だけでは済まない。人事、労務はもとより、システムの改修も必要だろう。一朝一夕には出来っこない。
最近の二代目の行動はよく判らない。まるで別人のようだ。良いのか悪いのか?今までのように私用にかまけて適当に時間つぶししてくれる方が会社の為になるのか、変な改革で会社を無茶苦茶にしないのか...最近、心配事項が増えて仕方がない。
ちょうど秘書部にハルコ常務が顔を出した。なんだか上機嫌だった。私が二代目の専属秘書だという事で、ちょくちょく様子を見に来るようだった。
「なにこれ?」
ハルコ常務が私の端末に身を乗り出して耳元で叫んだ。ちょうど新着情報を読んでいる最中だったので、私と同じ感想を持ったのだろう。いや、それ以上か?
「ねえ、この箇所すぐ印刷して」
大急ぎの様子だったので、私は画面のハードコピーをそのまま印刷してハルコ常務にお渡しした。
「パパ、パパいるの?いったいどういう事!」
ハルコ常務が大声を出して、社長室に飛び込んでいくのが見えた。
======= <<つづく>>=======
登場人物 主人公:クスノキ将司(マサシ) ソフト系技術者として、有名企業に入社するも、超絶ブラックで 残業に次ぐ残業で、ついに過労死してしまう。そして... 母(マサコ):クスノキ将司の母親 母一人子一人でマサシを育てあげたシングルマザー 婚約者:杉野さくら クスノキ将司の婚約者兼同僚。
社長兼会長:ヒイラギ冬彦 1代でこのヒイラギ電機株式会社を大きくした創業社長。ただし超ブラック 兄:ヒイラギナツヒコ 社長の長男。中学時代に引きこもりになり、それ以降表舞台に出てこない。 姉:ヒイラギハルコ ヒイラギ電機常務取締役。兄に代わり経営を握りたいが、父親の 社長からは弟のサポートを依頼されている。もちろん気に入らない。 二代目(弟):ヒイラギアキオ ヒイラギ電機専務取締役。父親の社長からも次期社長と期待されている。 性格も社長に似ており、考えもブラックそのもの。 ただし、この小説では残念ながら出てこない。
ヒイラギ電機株式会社: 従業員数 1000名、売上 300億円規模のちょっとした有名企業 大手他社のOEMから、最近は自社商品を多く取り扱う様になった。
社長一代で築き上げた会社だが、超ブラックで売り上げを伸ばしてきた。
スピンオフ:CIA京都支店『妖精の杜』
ここはCIA京都支店のデバイス開発室。安らぎを求めて傷ついた戦士が立ち寄る憩いの場所、通称『妖精の杜』と呼ばれていた。
P子:CIA京都支店の優秀なスパイ。早坂さんにはなぜか毒を吐く。
早坂:デバイス開発室室長代理。みんなから『妖精さん』と呼ばれている。
P子:「時系列が判りにくくない?」
早坂:「普通に書くと、面白くないと思ったそうだよ」
P子:「で、企画倒れってやつ?」
早坂:「あんまりいじめないであげてください」
P子:「ねえ、結構作者の肩を持つわね」
早坂:「彼も僕と同じ『妖精さん』なんだよ」
P子:「本家・働かないおじさんということ?」
早坂:「本家も元祖もないです」