ふつーのプログラマです。主に企業内Webシステムの要件定義から保守まで何でもやってる、ふつーのプログラマです。

ハローサマー、グッドバイ(35) Point of Impact

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 「全員、動かないように」ボリスは繰り返した。「こう見えても、銃の撃ち方は知ってるんでね。少なくとも、臼井大尉とアックスを射殺するぐらいの自信はある。武器を床に置いてもらいましょうか。全員です」

 「全員、銃を置け」谷少尉が座ったまま命じた。「ブラウンアイズ、下ろせ。リーフ、やめろ」

 ブラウンアイズは舌打ちして銃口を床に向け、狙いをつけようとしていたリーフも動きを止めた。2 人は顔を見合わせた後、UTS-15J をそっと床に置いた。サンキスト、テンプル、シルクワームは、素手でボリスを引き裂いてやりたい欲望を露わにしたが、それでも谷少尉の命令に従った。

 「解放してくれて感謝するよ、島崎さん」ボリスは、床から身を起こしかけた島崎さんに声をかけた。「殴って申しわけなかったが、まあ、そういうことはどうでもいいか」

 「島崎さん」我知らず言葉が出ていた。「なんで......」

 島崎さんは床に座り込むと、持っていたカッターナイフを捨て、ぼくに一瞬視線を向けた後、つらそうに顔をそむけた。

 「ああ、彼を責めないでやってください」ボリスがわざとらしく悲しそうな表情を作った。「顧客の希望をかなえるのが、真っ当なビジネスマンというものですから」

 どうせ立場を利用して、拘束を解くよう強制したに決まっている。だが島崎さんに同情する気にはなれない。その気になれば、拒絶することはできたのだから。

 「その理屈で言うなら」谷少尉が言った。「あなたは真っ当なビジネスマンじゃないですね。顧客に銃を向けてるんですから。今からでも遅くない。とりあえず銃を大尉に返してもらえませんか。そうすれば、少なくとも命だけは保証します」

 「あなたのセリフじゃないですが、そんなうさんくさい取引には乗れませんねえ。私が銃を捨てたら、その瞬間に全員が私に飛びかかってくるに決まってますから。違いますか?」

 そんな答えがわかり切った問いには応じず、谷少尉は逆に質問した。

 「何が目的なんですか?」

 「もちろん脱出するんですよ」ボリスはそう言い、近くの床に置いてあったタブレットの1台を掴んだ。「データを持ってね。もう1 台はどこですか?確か、谷少尉、あなたが預かったんでしたね」

 「そうです。ここにありますよ」谷少尉はレジカウンターの下に手を入れ、2 台目のタブレットを取り出した。「そっちの銃と交換ということでどうでしょう?」

 「なるほど」ボリスは首を傾げた。「まだ、ご自分の立場がおわかりではないようですね」

 ボリスは無造作に発砲した。狙ったのは臼井大尉ではなく、隣に寝ていたアックスだった。額が撃ち抜かれ、鮮血が床と臼井大尉の顔に飛散した。

 「!」

 声にならない叫びと共にリーフとシルクワームが飛びかかろうとしたが、ボリスはいち早く臼井大尉に照準を合わせ直した。2 人は動きを止めたが、手負いの猛獣のような表情でボリスを睨んだ。

 一番近くにいたテンプルが、アックスの首筋に指をあて、すぐに離した。確認するまでもない。確実に絶命している。いや、これはもはや死ではない。恥辱だ。

 「渡してください」今、人ひとりの命を奪ったとは思えない平板な声でボリスは要求した。「これ以上、死者の数を増やしたくなければね。増やしたくないでしょう?そうでなくても下の階にうようよいるんですから」

 「わかった」谷少尉も必死で怒りを抑え込んでいるようだ。「投げればいいのか」

 「いやいや、大変貴重なデータです」ボリスは余裕たっぷりにかぶりを振った。「丁重に扱ってもらいましょう。女を扱うようにね。ここまで持って来てください」

 「わ、私が」不意に島崎さんが顔を上げた。「受け取ってきます。そ、そのかわり、私も一緒に連れていってください」

 「島崎」胡桃沢さんが顔を歪めた。「あんた......」

 「お願いします」島崎さんは必死の形相で訴えた。「私が解放してあげたんですよ」

 ボリスは思案する表情で島崎さんを見ていたが、やがて肩をすくめて頷いた。

 「いいでしょう。その代わり、臼井大尉を上まで運んでもらいますよ。どうせ誰かに手伝ってもらわなければならなかったんですからね。谷少尉、島崎さんに渡してください」

 島崎さんはゆっくり立ち上がると、怒りの視線を突き刺している隊員たちと目を合わせないように、床を見つめながら歩いた。ぼくは何とか島崎さんの視線を捉えようとしたが、それはかなわなかった。

 『今、階段を半分降りました』レインバードが呼びかけてきた。『ここからならギリギリ狙えます。狙撃しますか?』

 『いかん』谷少尉がすぐ応答した。『大尉が危険だ。機会を待て。全員、動くな』

 ボリスは島崎さんを見ながら、無線機を口元に持って行き、小声で何か話した。ほとんど聞き取れなかったが、日本語ではないようだ。さらに数語を交わした後、満足そうな顔で無線機を床に捨て、ブーツで思い切り踏みつけた。

 「迎えを呼びました。もうすぐお別れです。たぶんあなたたちは死ぬでしょうから無意味でしょうが、一応、言っておきます。私がこんなことをするのは、私利私欲のためじゃないんですよ。このデータが必要なんです。US の国土回復のためには、Zをコントロールする技術を確立しなければならないんです」

 「それだってハウンドが独占するんだろう」耐えきれなくなったぼくはボリスを睨んだ。「企業の利益を優先してるじゃないか。このクズ野郎」

 「お前にはわからんよ」ボリスは怒りを見せなかった。「今、Zコントロール技術を有効活用できるインフラを持っているのは、世界でもハウンドしかないんだ。他の企業やどっかのバカな政府に渡したところで、もてあましてムダな時間を費やすだけだ。もっと広い視野を持てよ。まあ、もうそんな機会はないだろうがな」

 「......」

 「そうそう、もう通信が回復してるんでしたね」ボリスは谷少尉に笑いかけた。「これから屋上に上がりますが、上の2 人に銃を置いて、西側の角まで下がるように言ってもらえますか?」

 「なぜだ?」

 「わかるでしょう。脱出のときに邪魔されたくないんですよ。大尉は屋上まで同行してもらいますから、賢明なあなたたちは手を出さないと信じていますが、危険は減らしておきたいんでね」

 ボリスの言葉の意味がわからなかったが、ブラウンアイズが説明してくれた。

 『ドラグノフの弱装弾だと、有効射程距離はせいぜい500 から600 メートル。呼んだヘリの種類はわからないけど、200km/h だとしても、20 秒もあれば確実に射程距離外に出られる。その短い時間の間、スナイパーに発砲させなきゃいいってこと』

 「わかった」谷少尉は頷いて呼びかけた。『スナイパー班、銃を置いて、西側の角まで離れろ』

 不意に仮想モニタ上でアイコンが点滅した。Wi-Fi を近距離モードに戻す許可を求めるメッセージだ。2 機のドローンは少し前に屋上に着陸している。反射的にモードを切り替えようとして思い直した。ドローンを使って、何とかボリスを妨害できないか。ぼくは思わずサンキストを見た。サンキストは、一度だけ小さく首を横に振った。すでに同じことを考え、とっくに結論を出していたらしい。

 『あいつらは』サンキストが伝えてきた。『俺たちの脱出に必要だ。壊したくない。兵装はないから、せいぜい体当たりさせるぐらいしかできんしな』

 島崎さんが谷少尉の目の前で止まった。視線を合わせないまま手を差し出す。谷少尉は何の小細工もせずタブレットを載せた。島崎さんは小さく頭を下げると後ずさりした。バンド隊員たちは燃えるような目で島崎さんとボリスを睨んでいたが、谷少尉の命令を守って動こうとはしなかった。

 動いたのは意外な人物だった。

 ボリスは拘束されている時間を無為に過ごしてはいなかったらしく、立っているのは、壁を背にしてバンド隊員全員を見渡せる場所だった。バンド隊員の誰かが、突発的な行動に出たとしても、慌てなければ十分に対応できる位置だ。だが、どうやら抵抗してくるのはバンド隊員だけだと思い込んでいたようで、朝松監視員はノーマークだった。PC DEPOT で、ヘッドハンターたちでさえ、朝松監視員にテイザーガンを捨てさせたというのに。

 ボリスが気付いたとき、すでに朝松監視員はテイザーガンの先端を向けていた。それだけなら、ボリスが先に発砲することも可能だったかもしれないが、朝松監視員は大柄な藤田の身体を盾にしていた。バンド隊員が装備している火器は基本的に対Z用で、貫通力よりストッピングパワー重視となっている。たとえ藤田を撃っても朝松監視員に銃弾は到達しないだろう。ボリスは取るべき行動の選択に迷い、決定的に重要な数ミリ秒を失うことになった。逆に朝松監視員は何の躊躇もなく引き金を引いた。

 先端に針がついた2 本のワイヤーが飛び、ボリスの腰に突き刺さった。10 万ボルトの電撃が走る。ボリスはビクンと身体を反らせ、文字通り飛び上がった。口が絶叫の形を作ったが音声は出ない。ボリスはこらえきれずに膝をつき、その手からタブレットが床に落ちた。それでもハンドガンを手放さなかったのは、執念と言うべきか。

 リーフとシルクワームが同時に動いた。リーフが前方に身を投げ出し、一回転してボリスの懐に飛び込むと、流れるような動きでハンドガンを叩き落とした。タイミングを合わせてシルクワームがボリスの背中に馬乗りになり、膝で背中を、太い腕で頭部を床に押しつけた。必要以上に力がこもっていたかもしれない。両腕を後ろにひねり上げられ、ボリスは力なく呻いた。

 「このバカが」朝松監視員は立ち上がった。「Z因子保持者に対して、これ以上の非人道的な実験などさせるわけにはいかん。谷少尉、こいつの身柄は監視委員会が預かりますがよろしいでしょうな?」

 「うちの管理部でも訊問したがると思いますが」谷少尉は頷いた。「まあ、それは帰還できたら相談しましょう。それはともかく助かりました。礼を言います」

 「これも職務ですからな。そっちの隊員は気の毒だった」

 「いえ。とにかくお見事でした。リーフ、シルクワームもいい動きだったな。これ以上、そのクソ野郎に悩まされたくないから、しっかり拘束して......島崎さん?」

 谷少尉の視線を追うと、いつのまにかハンドガンを拾い上げていた島崎さんが、銃口を朝松監視員に向けているのが見えた。

 「え?」

 島崎さんがぼくを見て、ニッと笑った。そのまま引き金を絞る。小さな発射音とともに発射された弾丸が、朝松監視員の右肩に着弾し、その身体は後方へ吹っ飛んだ。テイザーガンが床に転がる。

 誰も、何の反応もできなかった。島崎さんは床を滑るように動くと、ボリスの落としたタブレットの1台を拾い上げ、屋上へ通じる階段の方へ走った。

 最初に硬直状態から解けたのは、ブラウンアイズだった。ブラウンアイズはUTS-15J のストラップを足で引っかけて掴むと、階段を駆け上がっていく島崎さんに向けて発砲した。弾丸は島崎さんをかすめて壁に命中しただけだ。

 リーフとサンキストも、それぞれ自分の銃を手にしていたが、すぐに床に伏せた。島崎さんが敏捷に身体をひねると、手にしたハンドガンを連射したのだ。ブラウンアイズがぼくの身体を床に引きずり下ろし、離れた空間を銃弾が切り裂く。誰も被弾しなかったが、そもそも命中を意図した射撃ではなかったのだろう。バンド隊員たちが身を起こしたときには、島崎さんの姿は視界から消えていた。

 目の前で足早に進行する事態に、思考が追いつかない。ぼくは答えを求めてブラウンアイズを見た。

 「あの野郎」ブラウンアイズが小声で罵った。「何がヘルプデスク要員よ。明らかに訓練受けてるじゃない」

 「どういう......」

 「あいつが真打ちなのよ」ブラウンアイズは吐き捨てた。「ボリスのバカは、いいように利用されただけ」

 「追え」谷少尉が短く命じた。『レインバード、スクレイパー、止めろ』

 『は......待った、北東よりヘリが接近中!』レインバードの急報が飛んだ。『島崎が屋上に出ました』

 『阻止できるか?』

 『ダメです』スクレイパーが答えた。『島崎が銃で牽制していて、ドラグノフに近づけません』

 バラバラバラバラ......特徴あるローター音が耳朶を打った。ぼくは、レインバードの視点に切り替えた。白んでいる空を背景にヘリコプターが飛んでいる。そのシルエットは急激に大きくなり、ソリストが勝手に機種を解析して表示してくれた。

推定:Sikorsky HH-60G(Pave Hawk)
- two General Electric T700-GE-701C engines
- maximum speed:296km/h

 『兵装は?』

 『固定兵装はなし。標準装備もかなり減らしてます。軽量化のためですかね。ガンナーが1人見えます。たぶんM60......』スクレイパーの声が一瞬途切れた。『あ、ワイヤーが放出されました。スパイリギング用だな』

 レインバードは屋上に出た島崎さんを見ている。島崎さんはハンドガンを油断なくレインバードとスクレイパーに向けながら、同時に接近するヘリにも注意を払っている。

 『クソ野郎』レインバードが罵った。『素人じゃないわよ』

 『軍人か傭兵か』サンキストが言った。『諜報機関の実戦部隊か。少なくともシステム屋じゃないことは確かだな』

 『ガンナーの死角に入れ』谷少尉は注意した。『絶対に敵の射界に入るな』

 ヘリから何かが投擲され、放物線を描いて屋上に転がった。同時にピンク色の煙がすごい勢いで噴出し始める。

 『スモークだ』スクレイパーが唸った。『こっちの狙撃を警戒してるな』

 レインバードのディスプレイにいくつかの警告メッセージが出現した。推定:XMスモーク。レーザー、赤外線、光学による測定が不可能、または著しく困難......

 「おいおいおいおい」不意に藤田が喚いた。「奴らが昇ってくるじゃねえか、おい。これほどけよ、おいったら」

 「黙れ、バカ」朝松監視員が藤田の頭をこづく。「お前が呼び寄せてるんだ」

 「くそ、まずいな」シルクワームが言った。「あの爆音。Zがこっちに注意を向け始めてます」

 「サンキスト、シルクワームはZを警戒。リーフ、テンプル、屋上へ行って、スナイパー班を援護しろ。ただし慎重に行け。もう誰も失いたくないからな」

 『島崎がハーネスを装着してます』レインバードが悔しそうに報告してきた。『このままだと逃げられます』

 島崎さんはヘリから降ろされたワイヤーを身体に装着していた。そのまま、吊り下げられて脱出するのだろう。ぼくは何かできることがないかと焦った。バンド隊員たちは銃を持っているが、装填されているのはレスリーサル弾だし、ヘリの火力が強力なので手を出すことができない。今、ヘリからの攻撃がないのは、おそらく島崎さんの救出を優先しているからに過ぎないのだ。こちらが攻撃すれば、容赦なく反撃してくるに違いない。

 『ブラウンアイズ』レインバードが言った。『ブラックヘッド持ってる?』

 『AP マグ?あるわよ』

 ブラウンアイズの手がタクティカルベストの背中に潜り込み、何かを掴み出した。ドラグノフの弾倉のようだ。ブラウンアイズは、それを階段を昇りかけていたリーフに放り投げる。リーフは器用にキャッチすると、そのまま上階へ消えていった。

 『アーマーピアシングか』谷少尉が言った。『また命令違反だが不問にしよう。だが、それでもペイブ・ホークを撃ち落とすのは無理だぞ』

 『あの裏切り者に撃ち込んでやるんですよ』レインバードは憎悪を吐き出した。『そうしてやらなきゃ気が済まない』

 『お前たちのドラグノフは100 メートルでゼロインされてるんだぞ。それにスモークで照準は付けられんだろう』

 視野の片隅で、Wi-Fi のモード変更許可メッセージが怒ったように点滅している。ぼくはWi-Fi を近距離モードに戻したが、ふと気付いてWi-Fi 機器一覧を表示してみた。隊員たちのコントローラやヘッドセット、UTS-15J やドラグノフ、ハイゲインパネルアンテナ、そして、全員のブーツに埋め込まれたWi-Fi デバイス。

 ぼくは急いでWi-Fi 機器一覧から「歩行パターン測定用デバイス」のみを抽出し、ユーザ順にソートした。バンド隊員の階級順に並び、ぼくたちゲストユーザが最後に位置している。島崎さんは、ぼくの1 つ前だ。ぼくはデバイス情報の詳細を開いた。

 思った通り「設定」のボタンがある。設定画面を開き、ずらりと並んだ設定項目の中から目当てのキーを探す。リストの上位にそれはあった。"Field Strength"。電波強度だ。設定を"Maximum" に変更する。途端に警告ダイアログが開いた。バッテリーを大量消費し稼働時間が急激に短くなる、と教えてくれている。OK ボタンを押すと、設定は即座に反映された。

 ソリストの管理下にあるWi-Fi デバイスは、全て、対象との距離を取得することができる。ぼくはソースを検索して距離を取得しているクラス群を見つけると、独立したモジュールとして切り出した。

 島崎さんはハーネスの装着を終わり、ヘリに合図した。その身体がふわりと浮かび上がる。ヘリのローターが巻き起こす風圧でスモークが吹き飛ばされる中、島崎さんはバカにしたように手を振った。ホバリングしていたヘリが上昇を始め、レインバードとスクレイパーは飛び出しかけたが、慌てて元の位置に戻った。ヘリが左側面をこちらに向けたからだ。

 『くそったれ!』テンプルが喚いた。『行きがけの駄賃で掃射してく気だ』

 その予想通り、ヘリの射手は遠慮なく掃射を開始した。激しい銃撃が屋上のコンクリートを削り、放棄された乗用車を粉々に破壊していく。置かれたままになっていたドラグノフの1丁が、あっけなくバラバラになった。

 ぼくは必死で火器管制モジュールのリストを探していた。ハウンドが潜ませたバグはクリアされているから、火器管制API も当初の機能に戻っているはずだ。大量のエビデンスまで作成したからには、それなりにテストだって行っただろう。当然、スナイパー用のプログラムもあるに違いない。

 『レインバード』ぼくは呼びかけた。『ちょっといいか?』

 『何よ』ぶっきらぼうな応答があった。『今、ちょっと手が離せないんだけど。デートのお誘いなら日を改めてもらえる?』

 『ライフルのスコープサブシステムをオンにしてくれ』

 そう言いながらも、リストの検索を続け、最適なプログラムを探す。USMC Standard Sniping Program LvII......これはバージョンが一致しない、wimbledon 1000-2/s......これはインターフェースが異なる、Golgo13 Japanese Super Sniper St2......これはゲームらしい......

 ようやく使えそうなプログラムを発見した。C.S.Hathcock II Long Distance Shooting Assist Programs For Soliste ver0.96b。長距離射撃支援プログラム群だ。すぐにコンパイルしてモジュールを作成する。

 『オンにしたよ』

 『少し待っててくれ。3 秒か4 秒ぐらい』

 ぼくはスコープシステムの設定画面を開いた。レーザー測距モジュールの外部インターフェースに、Wi-Fi デバイスの距離測定モジュールからのアウトプットを接続する。すでに距離は26 メートル。一気に離れていかないのは、屋上を掃射するためにヘリが旋回しているからだ。

 『銃撃が止んだ』屋上に上がったテンプルが言った。『離れていく』

 レインバードの視点で見ると、確かにヘリは銃撃を中止して、東の方角へ機首を向けていた。Wi-Fi デバイスとの距離を現す数値が一気に大きくなっていく。

 レインバードは脱兎の如く駆け出し、ドラグノフを掴んだ。リーフが弾倉を投げる。レインバードはそれを受け取ると、コンクリートの壁でコツンと叩いてから装填した。同時にスクレイパーが膝をつく。レインバードは膝立ちになると、銃身をスクレイパーの肩に載せた。スクレイパーは、装着されていたサプレッサーを素早く取り外した。途端に管理コンソールに警告メッセージが表示される。

<減音装置が装着されていません。推定される発射音は、140dBです。これは封鎖区域では危険な音量です>

 『くそ、500 メートルを超えた。ナルミン!』

 ぼくは焦りを押さえて、支援プログラムを組み込んでコンパイルし直したスコープサブシステムをパッケージ化して、アップロードした。

 『できた!』ぼくはレインバードに叫んだ。『ゼロイン自動補正、効いてるはずだ。ブーツのWi-Fi を追尾してる。ここのアンテナとの距離だから、何メートルか誤差がある』

 『サンクス』

 ここからはもうレインバードの腕に委ねるしかない。ぼくは、レインバードのカメラとスコープの映像に切り替えた。どちらも最大ズームになっている。

 すでに島崎さんのブーツからの電波はかなり弱々しくなっているが、ソリストが自動追尾に切り替えていた。電波がキャッチできなくなっても、それまで取得したデータ、ロックした映像、入力したヘリの速度から算出した予測を元に弾道計算をリアルタイムで更新し続けているのだ。幸い風はほとんど吹いていない。光量も十分だ。レインバードのディスプレイには、射撃に必要なあらゆる情報が表示されている。ただし、それらは確度の高い情報というだけで、必中を保証するものではない。さらに、使用する弾丸を変更したことで生じる誤差の調整も必要だろう。すでにヘリは速度を上げて遠ざかりつつある。刻刻と変化しつつある複数のデータを頭の中だけで組み合わせ、最適解を何度も導出し、レインバードはミリ単位で照準を調整し続けた。弾倉には3 発。ムダにはできない。

 『もう1 マイル超えてる』スクレイパーが呟いた。『実効射程距離の2 倍以上だ』

 『黙れ』谷少尉がたしなめた。『全員、邪魔するな』

 距離1,700 メートルで、レインバードは引き金を絞った......というより落とした。500 ミリ秒後に第2 射、さらに600 ミリ秒後に第3 射。サプレッサーを外した狙撃銃からは、落雷のような音が響いた。

 1 発目はヘリの機体下部をかすめた。2 発目は機体右側面に当たって火花を散らした。ヘリの姿勢がやや左に傾くのと同時に、3 発目がワイヤーを制御しているウィンチ機構を撃ち抜いた。

 『よし』レインバードは銃身を上げてガッツポーズを作った。

 島崎さんの身体が宙に放り出された。表情までは見えなかったが、パニックと恐怖で絶叫していてほしいと願った。手足をバタバタさせた姿が、ヨコハマグランドインターコンチネンタルホテルの東側に落ちていく。高度は83 メートル。生存の見込みはゼロだろう。たぶん横浜港のどこかに落ちたはずだ。

 積み荷を失ったヘリは何度か旋回していたが、やがて機首をこちらに向けてホバリングした。

 『再度、攻撃があるかもしれん』谷少尉が警告した。『遮蔽物の陰に入れ』

 だがヘリはもはや興味を失ったようだ。不意に向きを変えると、急速に東へ飛び去っていった。

 『ナルミン、前に言ったこと訂正する』レインバードは満足そうに言った。『結構、役に立つわ、これ』

(続)

Comment(23)

コメント

yas

ナルミン怖え。
島崎さんの突然の裏切りに動揺することなく
冷静に淡々と、復讐の準備を整えおった。
ハリウッド映画の主人公的な精神性を持っているなあ。

名無し

おもしろい!

qwerty

今までの作品の中で一番優秀だなナルミン

へなちょこ

島崎さんは裏切り者のヘタレと思いきや、実は黒幕とは!!。
そして裏切り者には死を
これはいい展開

riri

島崎はZと化して再登場しそうだな

p

島崎さんはラスボス感漂ってたので変身残してるだろうなと思ってましたが、やっぱり第三形態まであったんですね。
ボリスがやられる可能性考えて第二形態やってたんだとしたら、非常に賢く狡猾な人物だったんだなあという感想でした。うん、ぜひパニックと恐怖で絶叫して欲しいですね。
アックスも死んでしまった。安らかに。今作はどんどん死んでいきますね。悲しいなあ。
後半の流れは緊迫した感じで非常にわくわくしました。相変わらず鳴海さんがスーパープログラマさんなの笑いましたが、脳内でnウィンドウシームレスに開いたり高速に並列grepできたりするなら案外やれるのだろうか(もともと優秀なプログラマさんであること前提で)。あとGolgo13プログラムは誰が入れたんだ。
ラストのセリフはいいですね。支援職冥利に尽きると思います。今回も面白かった。

masa

「やがて機種をこちらに向けてホバリングした。」
「やがて機首をこちらに向けてホバリングした。」でしょうか。

もう一か所。
「確かにヘリは銃撃を中止して、東の方角へ機種を向けていた。」

ギリギリ感が良いですよね。
こんなけ裏切られても、最後まで島崎さんで通すナルミンが面白かったです。

nanashi

『実行射程距離の2 倍以上だ』
→『実効射程距離の2 倍以上だ』

早くまとめて読みたひ。

サボリーパーソン

プログラム名振るってるなあ。
カルロス・ハスコックですか。

今週は、いつにも増して読み応えありました。

SIG

ソリストの音量表記が別の基準に基づいていればこの限りではありませんが、
440dBの発射音とは、ちょっと尋常じゃない値です。

dBは線形的ではなく対数的な値であり、
対象の数量は10dBごとに10倍となります。
100dBは50dBの2倍ではなく、10万倍の音圧を表します。

http://listverse.com/2007/11/30/top-10-loudest-noises/
このページによれば、銃声は145~155dBくらい。
1トン爆弾が210dB、1000メガトン級相当のツングースカ大爆発が300dBということから単純計算すると、
地球がまるごと爆弾になっても428dB。
440dBを実現するためにはそのまた17倍、
海王星質量の爆薬が必要となります。
封鎖区域どころか、全世界が危ない。

hoge

440dBなんて周囲の人どころかビルが音波で崩れそうですね

名無し読者

15話のゼロインオート補正がここで出てくるとは

masaさん、ささん、nanashiさん、ご指摘ありがとうございます。
修正しました。

SIGさん、hogeさん、ありがとうございます。
読み返して思わず笑ってしまいました。440dB はあり得ないですね。
140dB です。

レモンT

何かいよいよ超人ぶりが板についてきた鳴海さんと、ここまでボリスをも欺きとおしてきた島崎さんにばかり注目が集まって、真の危地において男を上げた朝松さんの存在が忘れ去られてる(苦笑)。
なんて不憫な(^^;;

しんにぃ

ナルミンの視点って

>バラバラバラバラ……特徴あるローター音が耳朶を打った。ぼくは、レインバードの視点に切り替えた。

からずっとレインバードの視点かと思ってましたが、何度か読むと

>ここからはもうレインバードの腕に委ねるしかない。ぼくは、レインバードのカメラとスコープの映像に切り替えた。

となっていて途中で視点が変わっているようにも読めるけど、仮想モニタ内ではレインバードをモニタしててそちらに意識を向けたってことかな?

Nags

「Point of Impact」はスワガー・サーガの「極大射程」ですね。
それにしても鳴海さんが劇中で「ナルミン」と呼ばれるのは新鮮だなぁ(笑)

CXM

>>しんにぃさん

> 視野の片隅で、Wi-Fi のモード変更許可メッセージが怒ったように点滅している。

で自分の運用/開発環境視点に戻ってますね

しんにぃ

CXMさん

ありがとうございます。脳内環境のイメージでは複数のモニタを出していたので、レインバードのモニタは出したままになっていると思っていました。

視点というか、意識を運用環境/開発環境へ向けてもレインバードのモニタは残っていると思ったので、「映像に切り替えた」に違和感がありました。

CXM

>>しんにぃさん

この機能は、
意識を向けたwindowは(勝手に)大きくなって中央に移動し、
意識からはずれた他のwindowは自動的に小さくなって隅に移動するんでしょう

今回、なにせ"BIAC"がからんでますから、ある閾値の強さで意識しただけで勝手に動くという設定ですね。

ごるる

なるみん、それゎゲィムでゎなぃぞ
それなら島崎を第一射でHS、次弾とその次でヘリのローターシャフトを破壊、その墜落音にZが引き寄せられて一行は悠々と脱出、だったのに。

ん、続きが楽しみですぅ

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