罪と罰(27) 採用基準
最後の応募者が第2会議室から出て行くと、私は思わず深いため息をついて、思い切り伸びをした。
「ああ、疲れた」
足立とマサルも同じように表情を弛緩させていた。実技試験中はずっと無表情を保っているよう厳命してあったので、その反動だろうか、全身で解放感を表している。
「ホント、疲れましたね」足立は自分の肩をもみほぐしながら、しみじみと言った。「こんなに長い時間、真面目な顔してたのは初めてですよ。な?」
同意を求められたマサルは、少し疲れたような顔に達成感のようなものを浮かべながら、無言でうなずいた。
「さてと」私は応募者から回収したプリントアウトを、1枚裏返した。「印象を忘れないうちにまとめとこうか。まず実技試験だけど、足立はどう思った?」
「6番......本郷さんでしたっけ、あの人ですね」
「理由は?」
「消去法です」足立は試験中に取っていたメモを見ながら答えた。「1番と3番は論外ですね。仕切りたがり屋でしょ、あれは。ま、リーダーシップを見せようとしたんでしょうけど。5番は逆にほとんど発言しないで他の人に言われたことをやるだけ。4番は率先していろいろやってましたけど、他人の話を聞かないし、聞いてもそれに反論してばかり。協調性に欠けるオレオレ野郎ですね。2番はあんまり実装に興味なさそうな感じでしたね。パスワードソルトの話題になっても、それが何のことだかわかってなさそうでしたから」
「なるほどね」私は足立の意見を書き留めながらマサルを見た。「マサルは?」
「ぼくは5番か6番の人がいいと思います」
「へえ。理由は?」
「5番の人は3番の人がハッシュのことで間違ったとき正確に指摘していました。それまで、ほとんど喋らなかったけど、言うべきことはきちんと言う人なのかな、と思って」
「なるほど。6番は?」
「言葉数は少なかったですが、要所要所で発言して、全体の流れを自分が望む方向へ誘導していってて。最終的に自分がやりたいようにコントロールしてたみたいで」
「ああ、確かにね」足立も同意した。「あれ、外から見てたからわかりましたけど、自分があの中にいたら、たぶんやられちゃっていましたね」
同じことを感じていた私は、小さくうなずいた。
「それは、自分が一緒に仕事をすることを想像したら、イヤじゃないの?」
「いやあ、むしろ楽しいじゃないですか」足立はニヤリと笑った。「誘導されているように見せかけて、実は裏をかいて逆誘導するとか。でも実のところは、やっぱりぼくの方が操られていて......そういう刺激のある開発って楽しくないですか?」
「フェイントの中のフェイントの中のフェイント」マサルがボソリとつぶやいた。
応募者には「実技試験」と告げ、応募者の6人もスキルを見るための試験だと思っていただろうが、実は課題が達成されるかどうかを、それほど重要視していたわけではない。足立とマサルにあらかじめ言っておいたのは、どの応募者と一緒に仕事をしたいか――またはしたくないか――を観察しておくことだった。
そのことを言ったとき、2人は揃って疑わしそうな顔で私を見た。
「ええ?そんな曖昧な選考基準でいいんですか?」足立が確認するように訊いた。「考えるな、感じるんだ、ってことですか?」
「まあね。だいたい、こんな短時間の試験で正確な実力なんか測定できるわけないしね」と私は五十嵐さんの言葉を引用した。「もちろんスキルも見るけど、そこばっかりじゃなくて、仕事の同僚としてどうかってことを優先して見てね、ということよ」
足立とマサルは自信なさそうに顔を見合わせた。私だって彼らに負けないぐらい自信がなかったが、それを押し隠して続けた。
「大丈夫。一応、書類選考してるわけだから、そんなにひどい人は来ないから」たぶん、と付け加えたかったところだ。
「だといいんですけどね」
疑問が解消したわけではなさそうだったが、とにかく足立とマサルは真剣に応募者を観察してくれたようだった。2人の意見は、私とほぼ一致している。
「6番で印象的だったのは、あのこだわりですね」足立が付け加えた。「ユーザメンテナンス画面をやってるとき、ユーザ種類の判定部分を切り出すかどうかで、ちょっと意見が割れたことがありましたよね」
「ああ、あったね」
「それじゃあメソッドの粒度がバラバラになるだろ!」足立は楽しそうな顔で、そのときの本郷さんが吐き捨てた言葉を再現した。「他の人は、こんな時間がないときに、何細かいとこまでこだわってるんだよ、ってな顔して引いてましたけど」
「あと、このif~else はストラテジにしようとか」マサルも思い出し笑いをしていた。「メソッド名の付け方が変だから、まずそこを直そうとか」
その場面が思い浮び、思わず口元が緩んだ。本郷さんは私たちが観察していることも忘れて、試験の内容に没頭しているようだったのだ。試験官の目の前で「問題の作り方がなってない」と批判するようなものだ。最初は、そのようなパフォーマンスをしているのかと疑ったが、どうやら真剣にそう思っているらしかったから恐れ入る。
「第2開発課は実装重視の方針なわけですから、ああいうこだわりのある人は欲しいですね。マジで」
「あのコミュニケーションスキルは、ぼくも見習いたいです」マサルが羨望の表情で言った。
「確かにね。もっともあたしの心配は、守屋、木下、足立が毎日やってるどーでもいい議論に、4人目が参加するだけじゃないかってことなんだけどね」
<ハーモニー>の開発で必死だった時期には激減していた3バカトリオの口論は、少しヒマになってくると、また復活していた。KSR案件の仕様書作成で心身を削られていたときは、その余裕もなかったようだが。
「えー、別にどーでもいい議論をしてるつもりはないですけど。なんなら箕輪さんもたまには混ざりますか?」
「結構です」私は冷たく答えて、話題を変えた。「じゃあ、次、例の質問の方はどうだった?」
『今が1980年代だとします。あなたの目の前に、2人の人物がいます。1人はビル・ゲイツ、1人はスティーブ・ジョブズです。あなたはどちらか1人の元で働くことができます。どちらを選びますか?』
この質問をするとき、真顔を保つのに苦労した。この問いを真剣に受け止めてもらうためだったが、内心は顔から火が出るような気恥ずかしさでいっぱいだった。
「3番と6番です」足立が答えた。「どちらも前提条件を細かく訊いてきましたよね」
「マサルは?」
「同じく3番と6番です」マサルもうなずいた。「どちらかと言えば6番です」
「へえ」足立が興味深そうな視線を後輩に向けた。「なんで?」
「3番の人はいろいろ訊いてきましたけど、最後まで悩んで結論を出せませんでした。6番の人は質問を終えた後、すぐに答えを出しましたから」
応募者たちは、この質問に隠された意図を探して頭を悩ませたようだったが、実のところ正解などなく、ゲイツでもジョブズでも、もしくは回答拒否でもよかった。私たちが見たかったのは、この情報が少なすぎる問いに対して、細部を訊いてくるかどうか、それだけだった。別の言い方をするなら、与えられた舞台で答えを出そうとするか、舞台そのものを広げるべく最善を尽くすか、だ。
いくつかの企業の採用試験では、似たように意表を突く問題をいくつも出題するところも増えてきていると聞く。おそらくそういう企業では、独自の選定基準や回答パターンが研究されているのだろうが、あいにくうちの会社にはそういうノウハウはない。だから評価基準を極力シンプルにしたのだ。
3番と6番は、どちらも非常に細かく質問をしてきた。自分の年齢は何歳だと想定すればいいのか?働く国はアメリカでか?自分の語学力はどの程度に想定すればいいのか?今、自分が持っている知識や経験を持った上でのことか?80年代以降のIT業界の歴史が変わらないと想定してか?働けるというのは直属の部下という意味か、それとも同じ会社という意味か?などなど。
対照的に他の4人は、「実技試験」の後、改めて質問をしたところ、即座にどちらかを答えた。きっと「実技試験」の最中も、いろいろ考えていたのだろう。ゲイツと答えた人もいたし、ジョブズを選んだ人もいた。訊いてもいないのに理由を述べる人もいた。それらの理由はそれなりに筋が通っていたが、私たちが求めていた言葉ではなかった。
「ま、みんなスキルはそこそこ持ってるみたいですし」足立が総評した。「実業務にアサインすれば、別に大失敗したりはしないと思いますよ。でも、誰がいいかと言われたら6番ですね」
「マサルは?」
「同じですね。何と言うかその......一緒に働きやすいというか」
「結局、それが大事なんじゃないですかね。スキルの多少の差は問題ないと思います」
「そうね。じゃあ、次点は誰にしたらいいと思う?」
瀬川部長が人事課と相談した結果、採用枠は最大2人、と決まっていた。これは2人採用しなくてはならない、ということではなく、条件に一致する人材がいなければ1人でも構わない。その辺りの判断は、私に委ねられていた。ただ、1人だけとした場合でも、その人が辞退することもあり得るから、次点候補者の選出は必須だ。
「まあ5番ですかね」少し考えた後、足立がメモを見直しながらつぶやくように言った。「さっきマサルも言ってましたけど、自分の意見をきちんと言える人だとは思うので」
「マサルもそう思う?」
「はい」マサルはそう答えたが、少し迷うような顔をした。「1番の人もスキル的には問題なさそうな気がしますが」
「1番かあ」足立は顔をしかめた。「あの人はエンジニアというより、マネージャをやりたい人な気がするんだよなあ」
しばらく3人で相談した結果、結局、1番の応募者を次点候補とすることに決まった。技術的要素よりも、陽気で人好きのする性格のようだったことが理由だ。1人ぐらいマネージャ志向の人がメンバーにいてもいい。
「じゃ、次点は1番ということで......ところで」私はさりげない雑談のような口調を作った。「参考までに訊くけど、一番、一緒に働きたくない人って誰だった?」
足立とマサルは顔を見合わせたが、すぐに声を揃えて宣言した。
「4番です」
「お、一致した。マサルは何でそう思ったの?」
マサルに先に発言させたのは、先輩の意見に無意識のうちに同調してしまう傾向があるためだ。それを察してか、マサルは少し考えてから、ゆっくり答えた。
「ええと、4番の人は、どうも他人を無視して自分の思うままに勝手に進めることが多かったと思って。検索用のSQLを勝手に変えて、3番の人ともめてました」
私はうなずくと足立に視線を移し、目で促した。
「何と言うかケンカっ早い人みたいな印象でしたね。別に暴力をふるう傾向があるとかじゃないですけど、反対意見に対して徹底的に戦うというか。今日はぼくたちが見てたから、適当なとこで撤退してましたけど、あれが実業務だったら、絶対に譲ってないんじゃないかな。まあ、それだけスキルに自信があるのかもしれませんけど」
「はい」マサルもうなずいた。「特に、DB関係は詳しそうでしたね。いきなり、ストアド作ったらいいんじゃないか、なんて言ってました。あと、こんなテーブル構造じゃ効率悪い、とか」
「例の質問にしても、4番は質問そのものに批判的なこと言ってましたからね」
私もその場面を思い出して少し笑った。4番の飛田さんは、質問に対してこう言ったのだ。
『どちらかと言えばビル・ゲイツです。ただ、この質問はちょっと曖昧すぎて答えが出しづらいのではないでしょうか?本来ならもう少し前提条件を正確に伝えるべきです。だいたいこんな質問や、先ほどのような短時間の技能試験だけで、人の能力を判断できると考えるのはおかしい。SPI試験など、客観的な指標になるものを適切に取り入れていくべきではないでしょうか?』
「技術職じゃなくて、総務とか人事に応募すればいいのに」
「ああいう人が人事にいたら、あんたは採用されてないんじゃないの?」
声に皮肉さをこめて私は答えた。私が応募したとき、Webシステム開発部の採用面接は、通り一遍の志望動機などを訊かれただけ。他には一般常識の筆記試験があっただけだ。その後、役員面接はあったが、ほとんど雑談みたいなもので、何かを選考している様子はなかった。今回の採用面接に先立って、瀬川部長がある程度の採用プロセスを教えてくれたが、役員面接に呼ばれるということは、イコール内定ということらしい。各部で採用計画を立てるのだから当然と言えば当然だが。
私のときは知らないが、3バカトリオを採用したときには、確か10人ほどの応募者があったはずだ。つまり、採用されなかった人もいたのだから、何らかの選考基準はあるわけだが、もちろんそれは明らかにされていない。3バカトリオを見ていると、アミダか何かで選んだのだと聞かされても納得してしまう。
「まあ、昔のことはいいじゃないですか」足立は開き直ったように笑った。「今はこうして面接を担当するほど信頼できる社員になったわけだし」
「......まあ、いいけど」
その後、念のために、全員の応募者を再評価したが、意見が変わることはなかった。
「うん。ありがとう。おつかれ」私は立ち上がった。「後は部長と五十嵐さんに相談して決めることになるね。助かったわ」
「入社はいつになるんですか?」足立が訊いた。
「そうね。とりあえず今日、明日中にも結論を出して、候補者に連絡して、早ければ今週中に役員面接。まあ役員面接は形式的なものだから、後は本人の都合次第かな。でも、応募者は全員が現在無職だからね。1日でも早く仕事を始めたいということであれば、希望に添うことになるはず。どんなに遅くても、年明けには一緒に仕事ができると思うわよ」
実際には、第2開発課に新たなメンバーが加わったのは、それよりずっと早く、翌週の水曜日のことだった。ただし、その顔ぶれは、足立とマサルの予想とは若干異なっていたのだが。
(続く)
この物語はフィクションです。実在する団体名、個人とは一切関係ありません。また、特定の技術・製品の優位性などを主張するものではありません。
コメント
とりあえず
本郷さんじゃなくて、一文字さんがやってきましたとか。
力づくの一号、寝技の二号なのかと。
az
細部を質問した人が正解かあ。
「題意のまま解釈してください。試験管への質問は受け付けません」的な筆記問題をたくさん受けている身としては青天の霹靂だなあ(--;
BEL
お、まだまだ終わりそうにないですね。
楽しみ楽しみ
技の1号、力の2号。ですね
藤岡さんかも。
たた
> さりげない雑談のような口調を作った
が気になりすぎるので4-6
一番働きたいと思った人と働きたくないと思った人が同居するのが
面白いですし,そこに五十嵐さんがつける理由が今回のクライマックス
かなと思いました.
J
名前が出てる人は重要なんでしょうから、4(飛田)-6(本郷)なんでしょうね。
一緒に仕事したいと思える人っていうのは正解なようで、それもこんな短時間でわかるわけじゃないと思うので結局はなんていうか運命というか縁とかいうか、そんなもんでしょうか。
BEL
本郷タカシだから、ほんとにあるかもと思ったけど。
仕事したくない人をあえて入れる、かと思ったけど、そうか4も名前がでてるのか。
「両方入れる」ってのがありそうですね。
Masa
わざとあいまいな質問を出したんだから、それに対してあいまいすぎると指摘するのは求めていなかったにせよ悪い回答ではない気がする。面接時にやるのはすごいですが。
DBに対する見識がある、確か第二開発課にDBに詳しいメンバーはいないんだから飛田さんは貴重な人材のような気がします。
問題はコミュニケーションですが、採用されるとしてどう矯正するんだろう…。変なところにこだわって人の話を聞かないっていう意味では三バカも似たような傾向があるしなんとかなる気もしますが。
macchaka
どれぐらい質問できるか、というのを評価するのは同意なんですが、このお題だと、まがいなりにもどちらか決めてしまう気がします。
だって「直属だったらジョブズだけど、直属じゃなければゲイツ」みたいな判断は私だったらしないなぁと思うし、どっちもアメリカ人なんだから語学力とか関係ない(どっちにしても要る)じゃん、とか。
「私(試験官)がどちらかで働けるとします。どちらを勧めますか?」ぐらいだったら、質問する人か否かをフィルタできるような気がします。
an
全シリーズ楽しませてもらってます。
「舞台そのものを広げるべく最善を尽くすか」を見るというのは面白いですね。
文中の質問には全て応えたのでしょうね(笑。
明らかにされていませんが、どの程度の質問まで答えるか、とか
実際の想定回答も用意していたんでしょうかね。
macchakaさんの感想とも重なりますが、「非常に細かく質問する事」には
以下の問題点もあると思います。
・課題には伝えられていない前提条件がある、事を前提としている事
※回答者自身が前提条件を想定して質問をしていますが、
「回答者自身が前提条件を想定する」事の是非。
まず前提条件の有無を確認する方が良いのでは。
・非常に細かく聞いた質問の内容が、どの程度回答の判断に有効かが不明な事。
※年齢、国籍、語学力、経験等の条件によってどちらを選択するかが
変わる余地があり、かつ条件の違いによる判断の違いの根拠を
示せなければ、その質問は無意味だった事になると思います。
何かを判断した時に、その根拠を示さずに相手に伝える事は
極力しない方がいい事だと思っているので、質問だけして答えた人よりは
訊いてもいないのに理由を述べて回答した人を評価しますね。
判断の良し悪しを判断できないので。
最善は誰でも尽くしていると思うので、要は「最善を尽くす」為に取り得る
行動の範囲の広さが各人で違うのだと思います。
入社後のあらゆる事象(明文化された規則から口頭の指示に至るまで)が
その判断の対象になりますが、範囲の広い人は、その広さに比例して
「最善を尽くす」為になされる行動も多くなります。
組織としてしっかり応えられない場合は、「より良い職場を探す」が
最善を尽くす事になってしまうでしょうね。
mt
村瀬さんだ。
az
自分も村瀬さんな気がする
とりあえず
>技の1号、力の2号。ですね
すんません。間違えました。
では、力づくの武田さんで。
(なんでやねん)
BEL
あー、村瀬さんか~
力と技の風車が回る。風見さんかな。(本来こんなの知らない世代ですが)
wwJww
実は武田氏 + 久保氏ではなく、主人公 + おバカトリオも粛清対象!!
とか妄想してみた。
n
細かい質問をした方が評価が良いのは、あくまでこの会社の判断であり、一般的かどうかは別ですね。
与えられた情報だけで判断できるのも大切な能力です。
ケースバイケースですが。
みつる
『「大丈夫。一応、書類選考してるわけだから、そんなにひどい人は来ないから」たぶん、と付け加えたかったところだ。』
この部分って
『「大丈夫。一応、書類選考してるわけだから、そんなにひどい人は来ないから、たぶん」と付け加えたかったところだ。』
の間違いじゃないですか?
fuga
元の文章であってる