安全に失敗するとは、どんなことだろう

前回、しなやかさには二つあるのではないかと考えました。
一つは、間違えそうになったときに、はっと気づき、立ち止まり、判断を切り替えるしなやかさ。
もう一つは、間違えたあとに、その事実に気づき、支援を受けながら戻ってくるしなやかさです。
では、この二つの力は、どうすれば育つのでしょうか。
人は、教えられ、学び、失敗し、そこから立ち上がって、また学びます。
けれど、いつもまっすぐに成長するわけではありません。
迷います。
揺れます。
ときには、間違います。
私もそうです。
分かっていたはずなのに、焦りや不安に動かされることがあります。あとになって初めて、自分に見えていなかったものに気づくこともあります。
それでも、迷ったことを振り返り、揺れた自分を知り、失敗から学ぶことで、人は少しずつ成熟していくのではないでしょうか。
迷わないことが、成熟なのではない。
揺れないことが、強さなのでもない。
迷い、揺れながら、それでも自分の判断へ戻ろうとする。その過程そのものが、人間らしさなのかもしれません。
しかし、サイバーの世界では、一度の失敗が思いがけない速さと広さで影響することがあります。
失敗から学ばなければ成熟できない。
けれど、本当の失敗が大きな被害につながることもある。
だとすれば、私たちはどこで失敗すればよいのでしょうか。
そこで必要になるのが、「安全に失敗できる場」なのだと思います。
実際の事故が起きる前に、現実に近い状況を体験してみる。
不審なメールの、どこに違和感を覚えたのでしょうか。
急かされたとき、どんな感情が動いたのでしょうか。
どこで立ち止まり、判断を切り替えられたのでしょうか。
もし間違えたら、いつ気づいたのでしょうか。
なぜ、すぐに伝えられなかったのでしょうか。
誰に助けを求められたのでしょうか。
どうすれば、そこから戻れたのでしょうか。
ここで大切なのは、正解できなかった人を評価することではありません。
その人がなぜ迷い、どこで揺れ、何があれば立ち止まれたのかを、一緒に見つめることです。
訓練とは、間違えない人を選ぶためのものなのでしょうか。
それとも、間違えそうになったときに判断を切り替え、間違えたあとにも戻り方を思い出せるようにするためのものなのでしょうか。
体験する。
迷う。
気づく。
立ち止まる。
やり直す。
振り返る。
その繰り返しのなかで、サイバー判断力とサイバー回復力は、人間のなかに少しずつ育っていくのかもしれません。
安全に失敗するとは、失敗を勧めることではありません。
人が迷い、揺れ、ときに間違える存在であることを受け入れながら、判断を切り替えることと、失敗から戻ることを稽古することです。
では、この稽古を一人ひとりに合わせ、何度でも繰り返す相手に、AIはなれるのでしょうか。
この問いを、次回考えてみます。
人間らしく迷い、揺れながら、間違える前に立ち止まる力と、間違えたあとに戻る力を育てることはできるのでしょうか。
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