7. あなたの依頼に反論するとき
プログラマはその職業柄、ほとんどが理系の出身者で、物事の考え方、特に仕事内容に関する判断基準が極端なまでに論理的で合理主義です。
あなたが依頼してくるプログラムの作成や修正に反論してくる場合、たいていはその依頼内容が理にかなっていなかったり、非効率であったりということに起因しています。
もちろん、あなたが依頼する仕事の内容が悪いといっているわけではありません。
正しいことだけで仕事が進まないのは、世の常です。
例えば、取引先との政治的なしがらみであったり、あなたの力の及ばないところですでに決められていて後戻りに大きなコストがかかる場合など、さまざまな要因からくる「仕様」というものが考えられるでしょう。
これを、さももっともらしい理由をつけてプログラマにやらせようとするのは、やめた方がいいと思います。
逆にいい負かされ、大ヤケドを負うことになるでしょう。
判断基準のほとんどが「論理性と合理性」である相手に、理屈でかなうわけがありません。
彼らは正しいことをいっています。
もし、あなたが正論を通せる立場にいるならば、彼らの指摘に従ってください。でも、それが不可能な場合はどうすべきでしょうか。
この場合、あなたは自分の立場や政治的な背景を、ありのままに説明すべきです。
おそらく、その場でたくさんの不平不満の言葉が出てくるでしょう。しかし、結果的に見れば、案外あっさりと受け入れてくれた状態になっているはずです。
プログラマは、「作るからにはより良いものを」とプライドを持って開発を行っています。それゆえに、納得のいかない仕様を受け入れることができません。
では、なぜそのような孤高のプライドを持ったプログラマが、政治的な背景を伴う悪しき仕様をあっさりと受け入れてしまうのでしょうか。
それは、この悪しき仕様が『自分の責任によるものではない』ことがはっきりするからです。
彼らもサラリーマンですので、会社や上司の都合には従わざるを得ません。会社のために『不本意ながら』も対処してあげたという認識になり、少なくとも自分とは別のところに原因があることでプライドが保てるわけです。
そして、あなたが正論を通せる立場にない場合、この『不本意ながら』にあなたも乗っかりましょう。
不本意ながらもこの仕様なのだ、といい切ってしまえばいいのです。
そうすることで、悪しき仕様を生んだこの政治的な背景は、チーム(プロジェクト)全体の仮想敵のような存在になります。こうして、この仮想敵を彼らとともに共有していくことで、お互い仲良くなれるのではないかと思います。
実は、彼らはチーム(プロジェクト)の立場に伴う社会構造上の軋轢(あつれき)に対して、驚くほど冷静です。
ドロドロとした俗世間になるべくかかわりたくないのでしょうか、そういった方面の話題に疎く、またそれだけにこれらの問題に深入りしようとはしません。
そこには、正論だけでは解決できないグレーな話が山ほどあるからです。
プログラマは論理的に正しく、合理的な発言さえすればいい世界にとどまろうとします。
その世界から少しでも外れた話題には、ほとんど興味を示しません。
彼らは、あなたの口から出てくる政治的な話そのものを、議論の対象としないのです。これはつまり、あなたが仕様の妥当性を説明する必要がないことを意味します。
『ありのままに説明する』ということは、変に理屈で押さえつけようとするよりもよっぽど簡単で、むしろ健全ですらある方法だと思うのですが、いかがでしょうか。
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コメント
楽人
楽人と申します、はじめまして
上司が『ありのままに説明する』ことも有効かもしれませんが、それを都合のいい言い訳としてとられることも度々あります。
事実を説明すると同時に自分が考えていることや、どのように動いたのかを説明することで
不満の共有やプログラマからのレスポンスがもらえる事もあると思います。
自分の不利のみを語って信頼を失った方もたまに見かけますから…。
玄米茶
楽人さん、はじめまして。
コメントありがとうございます。
楽人さんのおっしゃる通りだと思います。
免罪符のようになってはいけないということですよね。
少なくとも何らかの努力や自分の考えがあって、その上での発言でなければ、単なる言い訳ばかりの上司と見られかねないですね。
確かにそういう人たまに見かけます。
気難しく頑固なプログラマ
はじめまして
ありのままに説明されて納得することもあれば、納得しないこともあります。
『自分の責任によるものではない』と納得するのでなく、政治的な判断にも論理があり、その論理性に納得するからです。
当然、「政治的な判断」のバランスの悪さにウンザリし、納得しないことも多々あります。
玄米茶
はじめまして。
このような稚拙なコラムにコメントいただきありがとうございます。
仕事にはとかく政治がつきものですよね。
政治にも論理はありますが、それは必ずしも合理性や確実性、一貫性を携えたものであるとは限りません。
気難しく頑固なプログラマさんのように、こういうこみいった話を十分咀嚼・解釈し、判断できる方であれば、上司の説明に納得できないことも多々あることでしょう。
すべてのプログラマが政治的背景の理解を放棄し、上司の説明に納得するなどとはもちろん私も思っておりません。
このコラムではプログラマが論理的思考を得意とするあまり、論理だけでのみ成り立つ世界に思考がこもりがちであるという特徴を紹介しようと書いたものです。
しょせんはただの読み物ですので多少デフォルメされている部分があることはご了承ください。
それにしても、このコラムを投稿して早二年ですか。
いまだに記事が読まれ、こうしてコメントがいただけることに感謝感謝です。