『深く聴くための本 アサーション・トレーニング』――話を聞けない、言いたいことが言えないループを抜け出す
深く聴くための本 アサーション・トレーニング 森川 早苗(著) 日本精神技術研究所 2010年9月 ISBN-10: 4931317162 ISBN-13: 978-4931317161 1575円(税込) |
アサーションとは、リスクを覚悟した上で、話してみるか、話すのをやめるのか、話すとしたら何をどのように話すのか、自分が決めることができるのです。つまり、自分が納得して自分の言動を選ぶかどうかという主体性の問題でもあります。(p.104)
■「新人」から「先輩」になって思うこと
去年の私は新人でした。その自分が今年、新人研修の世話役を務めました。指導する立場になってあらためて思ったのは、「入社したての新人はなにかと萎縮しがちな存在である」ということです。
先輩・上司という立場が違う相手に対して、何か思うところがあっても遠慮して言い出せない新人たち……。彼らを見ていて、目上の人に言いたいことを言えず、後悔した新人時代の思い出が蘇ります。また、彼らが言いたいのに言えずにいることを、こちらがうまく引き出せないか、と思う場面が多々ありました。
「言いたいことを言えない」――この問題を軽減する一助になればと思い、本書を手に取りました。
■アサーションって何だ?
アサーションとは、「人が生まれながらに持つ自己表現の権利」です。相手の立場も大切にしながら「自分の欲求や意見、気持ち、価値観などを、正直に率直に、その場に適切に表現すること」(p.64)を指します。働く人々が、職場で自分の意思を伝えられず心身を病むことがないよう、メンタルヘルスの予防策として近年、注目されている手法の1つです。
こんな場面を想定してみましょう。先輩から、来月分の予算見積もりに関する計算を頼まれた新人のAさん。しかし、計算方法を勘違いしており、明らかに異なる数字を先輩に提出してしまいました。
ミスに気付いたAさんの反応、ミスの指摘にはどのようなものがあり得るでしょうか。想定できる状況をいくつかに分けて、「アサーティヴ」な言い方について理解してみたいと思います。
●アグレッシブ(攻撃的)……自分優先で、他人の存在を軽視した言い方
- Aさん:「ミスは私のせいじゃありません。先輩の教え方が雑なんです」とふてくされる
→相手の気分を悪くし、口論になる可能性があります
- 先輩:「なんでこんな簡単なことを間違えるの?」と詰問口調でAさんを叱る
→Aさんは萎縮して、何も言えなくなるかもしれません
●ノン・アサーティヴ(非主張的・受身的)……自分の言いたいことを抑え、他人を優先した言い方
- 先輩:「間違いを指摘するのも時間かかるし、言って傷つけるのもなぁ」とミスを自分で直し、Aさんには何も伝えない
- Aさん:ミスの原因は計算式にあるのではないかと気付いたが、指摘すれば逆に先輩を否定するのではないかと思い、何も言い出せない
→その場は何事もなく収まっても、後日また同じ過ちが起きるかもしれません
●アサーティヴ……自分の言いたいことを伝えつつ、相手の存在も配慮した伝え方
- 先輩:「私の教え方が良くなかったかもしれないけど、ここは数字がちょっと違うかな。どうやって計算したか教えてもらえる? 正しいやり方をもう一度教えるね」
- Aさん:「私はこう理解したんですが」と、自分の計算プロセスを相手に見えるように伝える。間違いを犯したことをわびつつ、次回同じ過ちを繰り返さないために、正しい計算式を再度教えてもらう
→お互いの関係を良好なまま保持しつつ、仕事面の失敗もうまくカバーされています。
やや単純化した形で例を示しましたが、もちろん、正しい対応は上に示した限りではありません。状況や関わる人間の性格によって、伝え方は臨機応変に変える必要があります。
■話の聴き方については教わらないからこそ
アサーションは<自己表現>に関わる権利であると前述しました。では、本書の副題が「深く聴くための本」となっているのはなぜでしょうか。
それは、アサーションが自分の主張だけではなく、「相手も大切にする」表現であるためです。相手を尊重するとはすなわち、相手の言いたいことをきちんと「聴く」ことです。アサーションは<言う><聴く>の対で成り立っている――これが、本書の基本的な立場です。
先ほど、新人を例に出しましたが、実はアサーティヴな表現が求められるのは、上司や先輩の方なのかもしれません。
考えてみれば、私たちは自分を「伝える」方法を教えてもらうことはあっても、話の「聴きかた」について教えてもらう、または考える機会はなかなかありません。
「相手がうれしい時の話を聴く」「時間がない時に話を聴く」「会議の席で部下の意見を聴く」など、本書の終わりには、さまざまなシチュエーションでの「聴き方」に関するアドバイスが載っています。各シチュエーションへの対処法はさまざまありますが、そこには共通点があります。それは、「相手の立場になって、相手が感じていることを想像しながら動く」ということ。
聴き方に正解はありません。著者の言葉を借りれば、「あなたがどうしたいかで決まります」(p.122)。このことを念頭に置きつつ、少しでも相手の気持ちに近づこうとする心掛けが、より良い聴き方を育てるのかもしれません。
■アサーションをする・しないはあなたの自由
本書を読んでいて、最も気持ちが楽になったのは、次の一節でした。
「権利を持っているからといって、保証されるわけではありません。また、権利があるからといって、使わなければいけないわけでもありません。(権利を持つとは)『アサーションをしていいよ』ということであり、『アサーションをしない』ということも選べるのです」(p.81)
そう、アサーションは「義務」ではありません。大切なのは「言う/言わない」「聴く/聴かない」を自分で決められるということなのです。
自分は何をしたいのか。<したいこと>を口にするかしないか。する、あるいはしないとしたらなぜか。こうした気持ちの1つ1つをきちんと言葉にすることで、自分が他人に対して求めているものを自覚できるようになるかもしれません。これは、仕事に限った話ではありません。人生のさまざまな局面で「アサーション」を意識することで、日々の生活をより良いものにできたらと願っています。
(営業統括部企画推進部 松岡瑛理)