「エンジニアの人生=エンジニアライフ」に役立つ本を紹介します。

壊さなきゃ分からないこともある。壊して学ぶ電子工作――『Make: Electronics』

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Make: Electronics ―作ってわかる電気と電子回路の基礎 Make: Electronics ―作ってわかる電気と電子回路の基礎

Charles Platt(著)
鴨澤眞夫(翻訳)
オライリージャパン
2010年11月

ISBN-10: 4873114772
ISBN-13: 978-4873114774
3150円(税込)

■人は失敗から学ぶ生き物である

 『アプレンティスシップ・パターン』(書評)という本で、「壊してよいオモチャ」(Breakable Toys)というパターンが紹介されている。「ソフトウェア開発の技術を伸ばすには、安心して失敗できる環境を用意し、そのうえで無謀なチャレンジをすることが必要だ」という内容である。

 本書Make: Electoronics 作ってわかる電気と電子回路の基礎』は、「失敗から学ぶ」プロセスを電気と電子の学習に適用するという、ある意味“おきて破り”な本である。まさか「壊してよいオモチャ」パターンを、実世界で物理的に適用する日が来るとは思わなかった。

■フィジカルコンピューティングへの入り口

 ここ数年、「Gainer」や「Arduino」といったマイコンボードのおかげで、電子工作に入門するためのハードルが劇的に下がった。難しい回路設計やハンダ付け、アセンブラやCなどの難解な言語でのプログラミングが必要なくなり、USBポートにつないだマイコンボードに数行のプログラムを転送するだけで、LEDを光らることができるようになった。

 このようなムーブメントは「フィジカルコンピューティング」と呼ばれ、コンピュータ(ソフトウェア)と現実世界を橋渡しする入り口として注目を集めている。わたし自身も何度かイベントで登壇したことがあり、興味を持ってくれる人の多さに驚いたり喜んだりした。2009年末に開催された「DevLOVE2009 FUSION」では「ソフトウェア開発者向け・フィジカルコンピュータ入門」というテーマで、話をさせていただいた。動画が残っているので、興味がある方はわたしのブログをご覧いただきたい。

■「Hello, World!」のその先へ

 フィジカルコンピューティング入門書としては『+GAINER―PHYSICAL COMPUTING WITH GAINER』や『Arduinoをはじめよう』といった定番の名著があり、一方で「手芸」を切り口として電子工作にアプローチした『テクノ手芸』という本もある。

 これらの書籍でフィジカルコンピューティングを体験することは、プログラミングにおける「Hello, World!」に相当する。未体験から“最初の一歩”を踏み出し、自分の手で何か動くものを作り出す。これは、初めてのことに挑戦した報酬として、とても気分が良いものなのだ。

 本書は、「Hello, World!」から次のステップに進むための本だ。フィジカルコンピューティングで電子工作に入門した人が、電気や電子回路について基礎を学ぶことができる。

■壊してよいオモチャ(むしろ壊せ)

 冒頭に書いた通り、本書最大の特徴は「壊して学ぶ」というコンセプトである。

 なにしろ、

  • 実験1:「電気を味わえ!」(自分の舌で9Vの電池をなめてみる)
  • 実験2:「電気を乱用しよう!」(アルカリ単三乾電池をショートさせてみる)

という内容である。たいていの本では「絶対にやるな」と書いてあることからスタートするのだから面白い。

 わたしが中学生のころは、電子部品を壊すなんてとんでもないことだった。中学生の小遣いでは、数十円の部品でも大変な貴重品である。400円もした7セグメントLED(こんなの)を壊したときは、本当に落ち込んだ。

 それから4半世紀。わたしも大人になり、数十円の部品を壊してもショックを受けない程度には小遣いを持てるようになった。しかも、基本的な部品の価格は4半世紀前からほとんど変わっていないのだ! 参考書があったり、部品を気軽に買えるようになったり。いい時代になったものだな……としみじみ思いながら読んでいた。

 閑話休題。とはいえ、壊してばかりでは何も生まれない。書かれている実験をこなしていくうちに、だんだんとトランジスタやLEDの使い方、汎用ICを使ったやや実用的な作例などが登場する。実際に手を動かし、動くものを組み立てることで、飽きずに理解を深めていけるようになっている。

 本文は赤黒2色とフルカラーのページが混在しており、回路図や実体配線図はもちろん、パーツそのものの写真まで掲載されている。何をどこにつなぐかが分からない初心者にとって、お手本があるのは大変心強い。また、本当に危険なことにはきちんと注意書きがあるため、安心して「壊す」ことに専念できる。

■まとめ:電子工作やってみようぜ

 本書は初めて電子工作に触れる人や、「フィジカルコンピューティングをやってみたはいいけれど次にどうしたらいいか分からない」という人を強力にガイドしてくれる。致命的ではない失敗から基礎を学び、本当に作りたいものへ近づく足掛かりにしてみてはいかがだろうか。

 個人的な話で恐縮だが、わたしはこの本の「実験」を、2011年1月に誕生した息子と一緒にやってみる日を心待ちにしている。生まれて初めて「電気を味わった」とき、彼はどんな顔をするだろう?

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