108番目のきのこを生やすのはあなただ! 『プログラマが知るべき97のこと』
プログラマが知るべき97のこと Kevlin Henney(編集) 和田卓人(監修) 夏目大(翻訳) オライリージャパン 2010年12月 ISBN-10: 4873114799 ISBN-13: 978-4873114798 1995円(税込) |
■プログラマと救命胴衣
学校で、計算機科学や情報処理を学ぶことはできる。しかし、プログラマとして成長する方法や良いコードを書くための心掛け、チームで仕事をするためのプラクティスなどを学ぶことは難しい。きちんとした教育を受けてきた若者であっても、ソフトウェア開発の現場に配属されるのは「救命胴衣を着けずに海に放り込まれるようなもの」(*1)である。
荒波に飲み込まれずにプログラマとして生きていくためには、生き残り、成長するしかない。成長の方法はさまざまある。仕事の現場で「師匠」に巡り会えれば、正しい方向に進む手助けをしてくれるだろう。職場にいなければ、開発者のコミュニティで師匠を探すこともできる。
また、先達が書いた本にもよいものがたくさんある。例えば『達人プログラマー』(*2)や『ハッカーと画家』(*3)、『情熱プログラマー』(*4)といった名著からはたくさんの学びを得て、「成長の種」とすることができる。
■プログラマが知るべきのこと
本書には、そういった「成長の種」――現役プログラマ73人による97本のエッセイが詰まっている。それぞれのエッセイは2~3ページ程度の分量なので、1つひとつを読むだけなら短い時間で事足りる。しかし、内容そのものは、現場で活躍しているプログラマ諸氏の知識や経験を凝集した、とても密度の濃いものである。
先ほど挙げた名著に対して、この本が持つ大きな価値とは何か。それは、「書かれていることの多様性」だ。プログラマとしての振る舞いや成長戦略、チームや顧客とのコミュニケーション、テストやデバッグの技法、そして実際のソースコードを示した設計の指針まで、ソフトウェア開発の各レイヤを縦断した内容といえる。
中には矛盾することも書かれている。例えば、あるエッセイでは「IDEの力を使いこなそう」とあり、別のエッセイでは「IDEを閉じてコマンドラインツールに習熟しよう」といった具合。この多様性があるからこそ、エッセイの内容をうのみにするのではなく、よく咀嚼(そしゃく)して血肉にすることが求められる。
■この訳書は原著を超えた
もう1つ、本書の大きな価値がある。日本語版に寄稿された、日本のプログラマ8人(小飼弾氏、関将俊氏、舘野祐一氏、まつもとゆきひろ氏、宮川達彦氏、森田創氏、吉岡弘隆氏、和田卓人氏)による10本のエッセイだ。監修の和田卓人氏が「監修者まえがき」で「本書(邦訳)は原著を超えている」と胸を張るとおりで、ただの翻訳にはとどまらない新たな価値が加えられている。
オリジナルの97本に日本語版で追加された10本、合わせて107本のエッセイはどれも素晴らしい内容なのだが、ここで見逃せないのが和田氏による「監修注」だ。エッセイに対する適切なフォロー、難解な語へのサポート、紹介された書籍へのポインタなど、理解を深める手助けが手厚く施されている。ぜひ、脚注にも気を付けながら読んでみてほしい。
■成長の種と「きのこ」
未来のいつか、プログラマとして直面した問題を解決するために、この本のエッセイが役立つ瞬間が突然やってくるかもしれない。いま読んで理解できなかったことも、数日後、数カ月後、あるいは数年後に突然「ああそうだったのか」と腑に落ちるかもしれない。この本を読むことは、そうした「成長の種」を自分の中にまくことなのだと、読後に強く思った。
本書のタイトルには「きのこ」の文字が隠されている(分かるかな?)ので、発売前からTwitterなどでは「きのこ本」という愛称で親しまれている(*5)。有志の手でマスコットキャラクターまで描かれている(*6)のも面白い。
知識や経験を買うことはできない。しかし、知識や経験を凝縮した文章に触れておくことは、プログラマとして生きていくための「救命胴衣」になるのではないだろうか。そして、いつか誰かの「成長の種」になるかもしれないから、あなたが考えた「プログラマが知るべきのこと」を、108番目のきのことして書いてみてはどうだろうか。それが、本書に寄稿するような「あこがれのプログラマ」に近づくための第1歩なのだから。
■Links
O'Reilly Japan - プログラマが知るべき97のこと
『プログラマが知るべき97のこと』和田 卓人(監修)、夏目大(翻訳)
*1:ソースコード、読んでいますか - 記者の眼:ITpro
*2:『達人プログラマー システム開発の職人から名匠への道』アンドリュー ハント、 デビッド トーマス、村上 雅章(翻訳)
*3:『ハッカーと画家 コンピュータ時代の創造者たち』ポール グレアム、川合 史朗(翻訳)
*4:『情熱プログラマー ソフトウェア開発者の幸せな生き方』Chad Fowler、でびあんぐる(翻訳)
*5:Twitter / Search - #97prog_ja
*6:きのこ。
(『Wife Hacks ~仕事と家族とコミュニティと~』コラムニスト kwappa)