教えずに学ばせることを目指す――『「日本で最も人材を育成する会社」のテキスト』
日本で最も人材を育成する会社」のテキスト 酒井穣(著) 光文社 2010年1月 ISBN-10: 4334035426 ISBN-13:978-4334035426 777円(税込み) |
わたしは人間を弱者と強者、成功者と失敗者には分けない。学ぼうとする人としない人に分ける。 ベンジャミン・ハーバー(社会学者)
■OJTの時代は終わった
ITベンチャー企業 フリービットで人材育成を担当する著者によれば、「OJTの時代は終焉を迎えた」という。OJTといえば聞こえはいいが、企業は実質的には「人材を現場に放置」してきた。かといって、プログラム型の研修で、欲しい人材がうまく育つわけでもない。いま、人材育成のためにデザインすべきは「研修」ではなく「経験」である、というのが著者の意見だ。
■ 自分はどのタイプか? 人材の3タイプ
著者によれば、人材は以下の3タイプに分けることができるという。
- 積極的学習者(全体の10%)
- 消極的学習者(全体の60%)
- 学習拒否者(全体の30%)
「積極的学習者」は「自分の能力は成長させられる」ということを信じている人々だ。これまでの経験から、自分の成長を実感している。学習すること自体に喜びを感じるため、OJTでも伸びるタイプである。
組織の中に半数以上いる「消極的学習者」は、役に立つことが明らかな場合や報酬が十分である場合に勉強する。彼らは「知識は得られても、自分の能力は変わらない」と考えていることが多い。だが、著者はこうした「固定的知能感」は払しょくできる、と主張する。消極的学習者をいかに「積極的学習者」にするかが、人材育成担当者の腕の見せどころとなる。
「学習拒否者」は、いわれたことだけを淡々とこなしたい人々である。彼らは習慣を崩すことを嫌がる傾向にある。彼らにどれだけの育成リソースを使うのかは、非常に難しい問題だ。
■失敗は自分のせい? それとも、他人のせい?
伸びる人材、ハイパフォーマンスの人材は、いくつかの共通点を持っている。
- 顧客志向の信念を持っている
- ロールモデルを意識している
- 明るくて社交的である
- 「失敗は自分のせい、成功は運のおかげ」と考えるくせがある
- 人を見る目を持ち、他者の力を活用できる
- 問題意識を持ち、自分で調べられる
- つっこまびりてぃ(他人につっこみを入れてもらえる能力)を持っている
- 孤独に耐えられる
特に、「失敗を自分のせいと考えるか、他人のせいと考えるか」は、成長に直結するポイントだ。
著者によれば、ハイパフォーマーは総じて「リスク意識」が強い。リスクを避けるために準備をしっかり行うから、失敗した場合は「想定できたはずのリスク対処をしなかった」と考える。一方、「失敗は他人のせい」と考える人は、そもそもリスク対処をしていないことが多い。
なぜ、ハイパフォーマーはリスク意識が高いのか。それは「挑戦」するからだ。未経験であることへの挑戦は、どうしてもリスクが高い。しかし、リスクを取らない限りは経験できず、経験なくして成長はできない。「好奇心が強い人材は伸びる」といわれる所以(ゆえん)はここにある。好奇心が強い人は、リスクを覚悟でいろいろな物事に挑戦する。そのため、自然とリスク意識が高くなるのである。
■人は教えた瞬間に、自ら学ぶことをやめる
「人は教えた瞬間に学ばなくなる存在」なのですから、人材育成のデザインは「教えずに学ばせる」ことを目指さなくてはなりません。(本書 p.99)
人は教えた瞬間に、自ら学ぶことをやめる。「どのようにして自発的に学習する環境や習慣を作るか」が、人材育成のポイントとなる。
■成長のサイクルを回す
自ら学ぶ習慣を身に付けるには、「好奇心を持って挑戦する」「挑戦するからには、できる限りのリスク対処をする」という、「成長の好循環」を回す必要がある。
この法則は、個人だけではなくチーム全体にも通用する。著者は「朱に交われば赤くなる」という言葉を引用し、「積極的に学習する人が多くなれば、周りの人も影響を受けて学習するようになる」と主張している。
著者のアドバイスは、人材育成の担当者だけでなく、自分の成長戦略を考えるエンジニアにとっても参考になるだろう。
コメント
yuu
現在、4月から新人教育の担当に任命され、自分が提供できることを
してきたつもりです。そして7月から「OJT」として現場に出てもらう
ようになるのですが、「放置」ということにならないようバックアップしたいと
改めて思いました。
書籍自体もおもしろそうで、読んでみたいと思います。
次回のコラムも楽しみにしております。
かねたけ@IT自分戦略研究所
yuuさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
本書は「いつ育成するか」「誰が育成するか」「誰を育成するか」「なぜ育成するか」「どのようにして育成するか」という、人材育成の4H1H(どこでが入っていないので)を概観する構成になっています。
オーソドックスなことが簡潔に書いてあるので、時間があればぜひお手にとってみてください。
何か取り上げてほしいテーマなどございましたら、コメント残していただければうれしいです。
こんにちは。ご紹介いただいた本書の著者です。まずは、本書のお買い上げ、ありがとうございました。また、とても嬉しい書評を頂戴し、ありがとうございます!
本書は人事や人材育成を考える経営者向けに書かれてはおりますが、ご指摘のとおり、自分の成長戦略を考えたいという方にも読んでいただけると嬉しいです。
今後とも、よろしくお願いします。
yuu
>かねたけ様
先週末に購入してきました。
もう第4章までは読み終えていますが、自分自身もまだまだ足りないこと
だらけですが、あたらめて、人を育てることを難しく感じるとともに
一緒に成長できる環境をつくっていくことができたら、すごく楽しいだろうなと
も感じることができました。取り上げてもらえたことに感謝しております。
ありがとうございます。
>酒井様
著者ご本人さまが登場していただけるとは思っておりませんでしたが、
私自身、初めて人を育てる側に回っているのですが、
とても参考になることばかりです。
ご紹介いただいている育成プログラムの1つめの読書に関しても、
読書に対する考え方は、すごく今の私にマッチすることでした。
自分が在籍している会社でも読書を推奨する動きは出ているのですが、
全社なのか?と考えるとまだまだだと思っています。
全社に浸透してくように、がんばっていこうと思います。
>酒井様
酒井様、こんにちは。
まさか著者の方からコメントいただけるとは思ってもおりませんでした。ありがとうございます。
人材育成担当者と成長戦略を考える個人、どちらも自分研の読者層にぴったりでしたので、取り上げさせていただきました。
ブログも運営されていらっしゃるのですね。
これからも読ませていただきます。よろしくお願いいたします。
>yuuさま
yuuさま、こんにちは。こちらこそ、うれしいお言葉ありがとうございます。
わたしは教えてもらう立場にあるため、いかに教えてもらうことを吸収できるか、ということを念頭において読みました。
>一緒に成長できる環境をつくっていくことができたら、すごく楽しいだろうなとも感じることができました
本当にそうですね。環境作りって大事なのだなあと、しみじみ思います。
どうやったらよい環境を作れるのか、じっくり考えながら実践していこうと思います。