人形つかい(10) 第1回情報共有ミーティング 議事録
11月1日、高杉上級SEから、情報共有ミーティングを週に1回のペースで実施する、との通達があった。これは簡単に言えば、右手がやっていることを左手にも知らせよう、という目的で行うものだ。
これまで、橋本さんが作成し、高杉さんが承認した設計書は、各協力会社のメンバーに個別に渡されていた。そのため、下手をすると同じ協力会社のメンバー間でさえ、互いが何をやっているのか、どういう問題を抱えていて、どのような手段で解決したのか、という情報の共有がされていないことがあった。
ぼくなどは、目の前の設計書にだけ集中すればいいので、特に不自由を感じているわけではなかったが、より高所から全体に目を光らせなければならない高杉さんからすると、それはいかにもまずい状況に思われたらしい。全メンバーの参加は強制ではなかったが、各協力会社から最低1名の出席が求められていた。
以下はその第1回の議事録である。ここまで細かい議事録を作るのも、エースシステムならではといえる。ボイスレコーダーで録音した音声データから、橋本さんが書き起こしたものだ。
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承認くん開発プロジェクト 第1回情報共有ミーティング 議事録
日時:20xx年11月4日(木) 14:00 ~ 15:30
場所:エースシステム横浜 カンファレンスルーム3A
参加者(敬称略):
エースシステム(A) 高杉、橋本
ライズシステム(ラ) 石川、大宮、田中
サードアイシステム(サ) 東海林、細川
アズマデザイン(ア) 綿貫
(A)高杉:皆さん、お忙しいところ……(中略)……では、早速始めるとしましょう。まずは、各社、簡単に進捗を。
(ラ)石川:ライズの担当分は大体予定通り。Aフレの不具合と思われる事象があり、一部機能の進ちょくが遅れている。
(A)高杉:Aフレ開発チームには?
(ラ)石川:伝達済み。回答待ち。
(サ)東海林:サードアイの担当分の進ちょくはA04F002がやや遅れ気味。そのほかは順調。
(A)高杉:遅延の理由は?
(サ)東海林:同じくAフレの不具合と思われる。
(A)高杉:開発チームには?
(サ)東海林:伝達済み。回答待ち。
(ア)綿貫:アズマ担当分は完了。次の設計書待ち。
(A)高杉:橋本、設計書は?
(A)橋本:作成中。本日中に承認に上げる予定。
(A)高杉:それでは、今日はライズさんから担当している機能の説明を。
(ラ)石川:ライズは申請部分(パッケージR)を担当。新規申請(R01)、取り消し(R02)、引き戻し(R03)、承認ルートスキップ(R04)、再申請(R05)が主な機能。
(サ)東海林:取り消しと引き戻しの違いは?
(ラ)石川:取り消しは1人も承認していない状態のときのキャンセル、引き戻しは1人以上が承認した状態でのキャンセルとなる。
(サ)細川:取り消し、または引き戻し後の申請は、どのようなステータスになるのか?
(ラ)石川:再申請待ち(ステータス:016)となる。
(サ)細川:取り消しと引き戻しの違いがよく分からない。
(A)橋本:取り消しは申請者が自由に実行できるが、引き戻しは承認者の許可が必要。
(サ)東海林:承認部分(パッケージA)で、否認(R06)した場合、やはり再申請待ち(ステータス:016)となる。区別はつくのか?
(A)橋本:承認者によるアクションか、申請者によるアクションかは分かるので、区別はつく。
(サ)東海林:引き戻しは承認者の許可が必要と言われたが、具体的には「引き戻しの申請」のような処理を行うのか?
(A)高杉:その部分はエンドユーザーと要件を調整中。
(サ)東海林:かなり重要な機能に思われるが、なぜ今になって要件定義を行っているのか。
(A)高杉:こちらの事情なので(サ)には無関係と理解されたし。
--(中略)--
(サ)東海林:再申請期限は、どのように決まるのか?
(ラ)石川:申請種類によって日数が定義されている。
(サ)東海林:質問の意味が違う。いつから起算するのか?
(A)橋本:例えば取り消しなら、取り消し処理が完了した時点で、再申請期限が計算される。
(サ)東海林:日数か?時間か?
(ラ)石川:日数で計算される。計算は共通ロジック(パッケージC)に計算用メソッドが用意されている。
(サ)東海林:C01F008#F01D003を使用しているのか?
(ラ)石川:その通り。
(サ)東海林:引数に申請日付を渡しているが、なぜこの引数はStringになっているのか?
(ラ)石川:分からない。
(A)高杉:処理完了日付は、8けたの文字列になっている。
(サ)東海林:なぜ文字列なのか?
(A)高杉:テーブルの定義がvarchar2(8)になっているため。
(サ)東海林:なぜ文字型なのか?
(A)高杉:質問の意味がよく分からない。
(サ)東海林:日付を扱うのに文字型を使うのは変ではないか?
(A)高杉:どこが変なのか?
(サ)東海林:Date型を使わないのはなぜなのか?
(A)高杉:Date型は扱いにくい。
(サ)東海林:扱いにくいとはどういう意味か?
(A)高杉:文字通りの意味である。
(サ)東海林:例えば日付計算を行う場合はどのようにするのか?
(A)高杉:年と月と日に分解して計算すればいい。そのような共通ロジックはすでにAフレ共通機能として存在している。
(サ)東海林:それは、うるう年も考慮しているのか?
(A)高杉:当然、考慮しているはずだ。
(A)橋本:確認しておく。
(サ)東海林:それでもまだ不安が残る。
(A)高杉:どのような不安か?
(サ)東海林:レコードに格納されている値が、正しい日付であることが保証されていない。
(A)高杉:意味が分からない。
(サ)東海林:例えば00000000や99999999が格納されている可能性はないのか?また、そのような格納を防止する手段はあるのか?
(A)高杉:ありえない。そのようなことを考慮して設計するのは上流工程の職務である。協力会社は実装にだけ集中することが望ましいと考える。
--(中略)--
(A)橋本:他に何か?
(A)高杉:1つある。前から気になっていたが、(サ)東海林はタバコ休憩の時間が長いようだ。先日計測したら、1時間に5分から10分の割合で喫煙室に行っている。これは時間のロスなのであらためていただきたい。
(サ)東海林:その程度の休憩は認めてもらいたい。
(A)高杉:限度を超えている。控えてもらいたい。
(サ)東海林:明示的に何分まで許されるなどのルールはないはずだが。
(A)高杉:あなたが喫煙室でムダに過ごしている時間に対しても、弊社は金を払っている。
(サ)東海林:適度なリフレッシュは必要だ。
(A)高杉:繰り返すが限度を超えている。そもそも、いつも服や呼吸からタバコ臭がするのは迷惑だ。
(サ)東海林:それは謝罪するが、今後、どうすれば?
(A)高杉:喫煙室へ行く際には、わたくしか橋本に許可を得ていただく。ただし、昼食休憩の60分内は自由とする。
(サ)東海林:2人とも不在の場合はどうするのか?
(A)高杉:喫煙室へ行くことは認められない。
(サ)東海林:それはいくらなんでもひどいのではないか。喫煙の権利は認めてもらいたい。
(A)高杉:子供ではないから我慢できるはずだ。どうしても我慢できないというのなら、御社の営業か社長にこちらから話を持って行くことになるが。
--(中略)--
(サ)東海林:了解した。
(A)橋本:他になければ、これで終了とします。
(続く)
この物語はフィクションです。実在する団体名、個人とは一切関係ありません。似たような行動や言動があったとすれば偶然の一致でしかありません。また、特定の技術・製品の優位性などを主張するものではありません。
コメント
くらにさん
今回も面白いですね。
まず、もし部下がこの議事録持って来たら、自分なら軽くどつくと思うw
議事録と速記録は違うんだよ、と。
そもそも議事録の必要構成要素として、日時・場所・参加者が記載されているのは良いとして、
・議題
・決定事項
・未決事項・発生課題
・持帰事項および対応担当者(社)
・次回予定と議題
が最低限必要(他にも必要事項あったかも・・・?)で、逆にこれらさえ簡潔にまとまっていれば、細々としたやり取りは不要、というのが持論。
ちなみに、情報共有MTG自体は私は賛成派で、特にマルチベンダー体制のプロジェクトでは言った言わないで揉める事が多いので、有効だと思います。
もっとも、今回の記事のそれの場合、議題も運営方法も如何なものかとは思いますが・・・w
eto
えっと、エースシステムとサードアイシステムの契約種別はなんでしたっけ?
最初に500万円の案件と出ているところから請負と思っていましたが、違うんですか?
請負ならタバコの時間とか言う権利はないですし、そもそも労働時間でお金を払ってるわけじゃないと思うんですが…。
がると申します。
ん…「提供フレームワークが不具合の塊り」とか「"成果物ベース"で金額が決まっているあたりは請負契約っぽくて、でも具体的な範囲は曖昧で、かつ"それでも時間ベースで、超過は払うつもりないけど欠落で減額する気は満々"なあたりは準委任っぽくて、まぁなんていうか"発注者に一方的に都合のよいハイブリッドにしたいんだろうなぁ"的雰囲気」とか、大変に「リアリティがあるなぁ」と思いました。
もちろん、現実にはそんなことが起きるはずはありませんが。えぇもちろん、絶対に(笑
AC
「提供フレームワークが不具合の塊り」
某●士ソフト●BCと仕事したとき、これで悩まされた記憶が…
アロン
請負契約なんだけど稼働時間とかステップ数!とか報告させるのってなんだかなぁと思うよね。
過剰な進捗管理をさせられて利益を圧迫することは良くあると思います。
レモンT
まあ確かに業務によっては日付型では日付を扱えないので文字型にする必然性があるケースもままありますが、電子申請承認システムでそれはまずないですよね。どう考えてもホストで使っていたCOBOL製の部品を、PC-COBOLに移植してそのまま持ってきたっぽい(まあそれならそれで、十分枯れた部品と言えるから品質的な不安は却って無いかも知れませんが)。
しかし東海林さんの危機感知能力と危機回避能力の低さはもう少し何とかならないものか。この議事録の時点で完全に新しいマトにかけられてるのに……。
とりあえず御武運を祈るしかないか(到底勝ち目は無さそうですが)。
BU-SON
BU-SONと申します。
書き手の方が巧みなおかげだと思いますが、読んでいて引き込まれます。
毎回楽しく拝読していて次回が楽しみな状態です。
めっちゃ面白いですね。
同じ業界だとは思いますが、自分がベンダーやアウトソースされる側でお仕事した経験がないため、一歩引いた視点から楽しませてもらってます。
これからも連載応援しております。
ガンバってください~
bRadio
他業種ですが、IT業界ではこんな議事録あり得るんでしょうか?
そういえば、役所がこれと似たような議事録を作ることがありますが、、、
あれはここでいう議事録とは違う意味で作成されていると思います。
しかし、よく書きましたね。
date1206
Null撲滅委員会では日付型を文字列型で定義することを推奨しているようです。
Null撲滅委員会で検索してみてください
> nul
「Date型は扱いにくい」からString型って単にスキル不s・・・ゲフンゲフン
anony
あれ?請負じゃなく派遣なの?
請負だったらタバコ関係ねー。
匿名
日付にDate型を使わない理由とは・・・高杉やべえ奴だな