[小説] Close To The Edge(5)慧可断臂(えかだんぴ)
「アドホックネットワーク?」
「そう、うちらの虎の子。そのデータを解析し、行動履歴の可視化をすれば、実体が見えてくるはずだ。それと……」
「それと?」
「その話は後だ」
僕たちは、データセンターへの入館手続きを行い、再度入館した。サーバの前に立ち、コンソールを開くと、見慣れたプロンプトが表示された。
「実はな」
キーボードでコマンドを打ちながら、リョウタに話しかけた。
「もう、行動履歴をGoogleMAP上に表示するマッシュアップは作ってあるんだよ」
「え、マジか?」
「ああ。でも個人情報の絡みがあって、正式にはリリースしていなかったし、これを作っていること自体、用途外の個人情報利用ということで、個人情報保護法違反とも云えるな」
「いや、行動履歴だけだろ?」
「ご丁寧に、携帯の電話番号で検索できるようにしているんだ」
「……」
「一応、アイマ内でのフレンド限定しか、検索できないようにはなっているんだけどね。そして」
「そして?」
「つぶやき機能があるだろ? あれも、アドホックネットワーク経由で、サーバにアップロードされているんだ。だから、行動履歴とつぶやきを連動させると、その人と、その周りの状況が分かるはず。そして、このデータは、回線がパンクしていても、いつかは届いてくるんだ」
「なるほどな。だが、それをやると」
ここまで云い、リョウタは天を仰いだ。僕は、そんなリョウタの肩を叩きながら、口を開いた。
「厳密には、いや疑いの余地なく法律違反だ。だが、やらないと確実にパニックになる。やるしかない。十数分で立ち上げる。立ち上げた後は」
「後は?」
「メディアにURLを連絡し、SNS上で拡散してくれ。僕の名前でやってくれていい」
「なるほどな、分かった。ただ」
「ただ、なんだい?」
「拡散と連絡の責任者は俺の名前でやる。広報担当は俺がやる。だから、お前はこのシステムの御守りに専念してくれ。ここまで来たら一蓮托生だぜ、コウヤ」
「……、ありがとうな、リョウタ」
まだ、余震が続いているようだ。データセンターは免震構造になっているため、屋形船のように緩やかに揺れている。この揺れは、先週の平和だった隅田川での宴を想起させ、少し感傷的になったが、自分でできることに邁進しようと覚悟した。
(続)