[小説] Close To The Edge(2)武陵桃源(ぶりょうとうげん)
そよそよと凪ぐ風が涼しい。九月も終わりに近づき、夜はすっかり過ごしやすくなっていた。
新データセンターでのサービスインを、多少のトラブルはあったものの、無事終えた僕たちは、その週末、打ち上げと称して、隅田川で屋形船を手配して宴を催した。数日前に通り過ぎた台風の影響により、普段よりは少しばかり風が強く、船は軽く揺れていたが、秋口の肥えたハゼと、美味しい日本酒に舌鼓を打った僕たちには、その揺れは全く気にならなかった。
プロジェクト遂行のプレッシャーから解放された僕たちは、軽い酔いにも後押しされ、将来のビジョンについて熱く語っていた。
「今のビッグデータ活用の機運に乗って、行動履歴のデータ、買い取ってくれる企業がありそうですよね」
「それ、どこかのキャリアが既にやっていたよ。位置ゲーの会社と組んで」
「うちはさ、それにアドホックとモーションキャプチャのデータがあるじゃない? もっと面白いことが出来そうだけどね」
「確かにね。だけど今のデータ構造だと、完全に個人情報と切り離されている、とは云い難いね。ちょっと余裕が出たら考えようか
「そうだよなあ。まずは一息入れたいよなあ。個人情報保護法に関しては、周りの見る目が厳しいしね」
「そうしよう。僕は来週、またデータセンターに行ってくるよ。今後の拡張計画について、打ち合わせしたいしね」
「俺も同行するよ」
「私も!」
「二人とも居なくなるとオフィスに誰もいなくなるでしょ。リョウタは付いてきて。アキちゃんは留守番」
ニヤリとするリョウタと、頬を膨らますアキの顔を交互に見ながら云った。
「それにしても、東京とはいえ、ここはなんか別世界のようですね」
「そうだね。いつもは、メガロポリスを闊歩する電子狂、だもんな。少し人間に戻れる気がするよ」
「よし、頭をクリアにして、また来週から頑張るとするか」
川の上とはいえ、夜ということもあり、僕たちは控えめに気勢を上げ、引き続き大将の揚げるハゼにかぶりついた。