AIと織り合わさる時代、それでも芯は人間に残す
日本でセキュリティに携わる人なら、IPAの動向に注目している人も多いのではないだろうか。私もいつものようにサイトを見ていて、一つの研修案内に目が留まった。
「実務者向けプログラム 重要インフラ分野におけるAIセキュリティトレーニング 2026年度 東京開催」。詳細を見ると、AIに任せる範囲と、人が判断する範囲を議論する項目があった。IPAの開催案内
AIセキュリティが、技術教育にとどまらず、判断の分担や運用設計の問題としても扱われている。そのことが気になって、手が止まった。
AIに任せるもの。人間に残すもの。
そこから、AIによって変わるものと、変わらないものについて考え始めた。AIがどんどん進化していく中で、仕事も暮らしも変わっていく。では、変わらないものは何か。人間そのものだろうか。でも、その人間も変わっていくのではないか。
哲学の領域に入ってきたな、と思った。
考え続けるうちに、問いの置き方が違うのかもしれない、と感じた。変わらないものを見つけても、好奇心の強い人間は、きっとそこに新しい挑戦を見いだす。それさえも変えようとするのではないだろうか。
だとすれば、「何が変わらないのか」と問うだけでは足りない。
何を変えてはいけないのか。何を人間が判断すべきなのか。何を人間の手に残しておきたいのか。そこから考える必要があるのではないだろうか。
いまAIにできないことを、人間の領域とする。その考え方では、AIが進化するたびに、人間の居場所を探し直すことになる。人間に残すものを、技術の限界だけで決めたくはない。
だから、AIに任せる範囲と、人間が判断する範囲をきちんと決める。境界線を引く。
境界が見えないからこそ、人間は不安になり、AIとの競争を始めてしまうこともあるのではないか。何を任せ、自分は何を担うのか。それを考えることは、AIとともに生きるための足場になると思う。
もちろん、その線も変わっていくだろう。好奇心の強い人間は、決めた範囲にも挑戦する。技術が変われば、任せられることも変わる。一度決めた役割を、ずっと守り続けることはできないし、そうする必要もない。
それでも、どこまで任せるかを考え、境界線を引き直す意思は、人間の側に残しておきたい。
そこで、人間を中心に考えることが、さらに大切になる。
AIに何ができるか。その可能性を追いかけることには、私自身も好奇心をかき立てられる。でも、それとともに、人間はどう生きたいのか、何を自分たちで決め続けたいのかを考えたい。
人間から始まり、人間を中心に、AIや新しいテクノロジーを設計していく。その順序を見失いたくない。
AIがAIのために働く仕組みは、これからも生まれるだろう。それが人間の役に立つこともある。ただ、人間がAIの都合に合わせて生きることを、当たり前にはしたくない。技術がどこまで進んでも、AI for Humansという方向を、私は持ち続けたい。
そのためには、「最後に人間が承認する」という形だけを残しても足りない。考えるための情報や時間があり、違うと思えば止められる。判断を人間に残すなら、判断できる条件も残す必要がある。
そして、人間を中心にすることは、人間がいつも正しいという意味ではない。AIの指摘から学ぶことも、自分の誤りに気づくこともあるだろう。人間同士でも、守りたいものは違う。だから、自分たちの判断によって影響を受ける人の声を聞き、選び直せるようにしておきたい。
人間とAIの領域は、きっと、きれいな形をしていない。
一つの境界線があるわけでもない。仕事や暮らしの無数の場面で、それぞれに境界があり、動き、重なり合っていく。人間とAIは、そうして織り合わさっていくのだと思う。Interwovenという言葉が、その姿に重なる。
私が人間に残したい芯は、何のために技術を使うのかを問い、自分たちの判断も問い直し、選び直すこと。そして、その選択への責任を引き受けることだ。
人間も変わる。AIも変わる。その関係も変わり続ける。
それでも、芯は人間に残す。
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