ふつーのプログラマです。主に企業内Webシステムの要件定義から保守まで何でもやってる、ふつーのプログラマです。

魔女の刻 (37) 弓削ゼンジロウのナラティブ

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○居酒屋(夜)
   騒々しい店内、多くの客。
   弓削、Q-LIC社員1、社員2、テーブル席で談笑している。
   3 人とも、手にビールジョッキ。
 弓削「(大声で)だいたいあいつら、この仕事の重要性ってもんがわかってねえんだよ。俺たちが動かしてる金額とよ、あいつらの給料、比べるまでもないよな」
 社員1「ですよねえ」
 社員2「このプロジェクトなら入りたい業者はいくらでもねえ」
   わざとらしく周囲を見回し、声を潜める弓削。
 弓削「ま、こんなことは口にしないよ。しないけどさ。心の中じゃあ俺はいつも叫んでるよ。お前らの代わりはいくらでもいるーってな」
   爆笑する3人。
   弓削、何かに気付いたようにポケットに手を入れる。
   スマートフォンを取り出し耳に当てる弓削。
 弓削「はい、おお、どうした」
   真剣な表情に変わる弓削。
 弓削「わかった。すぐ行く」

○Q-LIC 本社・外観(夜)
 T『Q-LIC 本社』
   ほとんどのフロアは消灯されているが、22 階だけが明るい。

○同・会議室
   7、8 人の男性が座っている。みな疲れた顔。
   弓削が急ぎ足で入ってくる。
 弓削「遅くなってすまん」
   弓削、座る。社員1が立ち上がる。
 社員1「今日の午後、くぬぎ市の文房具屋に導入した<Q-FACE>が誤作動しました。1人の女子中学生に万引きアラートを上げたんです。同じ学校の男子生徒と誤認識したようです」
 弓削「(うんざりしたように)またかよ。何件めだ、これで」
 社員1「33 件です」
 弓削「ひどいな。まあいい。それでどうした」
 社員1「店主がアラートを見て、女子中学生を万引き犯として警察に通報してしまったんです。おそらく機能をしっかり理解していなかったんでしょう」
 弓削「(眉をしかめて)警察沙汰か。まずいな」
 社員2「すぐに誤解は解けたみたいですけどね。ただ、中学校の方に自動でデータが連繋されるんで、学校が事情を説明して欲しいと言ってきてます」
   弓削、テーブルを指でコツコツと叩く。
 弓削「かー面倒だな。(社員1を見て)お前、行ってきてくれない?」
 社員1「あいにくですが責任者をと言ってきてるので。ぼくを責任者にしてくださるなら行きますよ(笑う)」
 社員2「それから市長からも連絡があって、やはり説明を要求しています」
 弓削「しゃあねえな。じゃ、行ってくるか。にしても、学校はともかく市の方が面倒だな。あの市長、最近、カリカリしてんだよな」
 社員2「4 月には図書館がリニューアルオープンが控えてますから。自分の施策にケチつけられるのが怖いんでしょう」
   弓削、鼻で笑う。
 弓削「ICT 音痴のくせに、言葉の響きだけでICT 先進都市宣言なんかするから。まあ、俺たちには関係ないけどな。よし、じゃ、詳しい経緯を説明してくれ」
   社員1、数枚のプリントアウトを配布する。
   弓削、老眼鏡をかける。
 社員1「18:17 、くぬぎ市の加藤文具で......」

○くぬぎ市役所・外観
 T『くぬぎ市役所』
   アウディが駐車場に入っていく。左ハンドルの運転席にスーツ姿の弓削。

○同・小会議室
   小牟田市長、他、2 名の市幹部。向かい合わせの席に弓削。
   弓削、プリントアウトを手に説明している。
 弓削「以上が経緯となります。対象の女子生徒はすでにホワイトリストに入れてありますので、再発しないことをお約束します」
 小牟田市長「(腹立たしげに)そんなことはどうでもいいんだよ」
   弓削、小牟田市長を見る。
 小牟田市長「時期が悪いなあ。なんで今、こういうことが起こるかね」
 市幹部1「弓削さん。来週、市民団体が外の有識者とやらを連れてきて、図書館関連について質疑応答があるんですよ。ご存じですよね」
   弓削、頷く。
 市幹部1「うちのICT 先進都市戦略に批判的な団体でね。何かと難癖つけてきとるんです。そんなときに、<Q-FACE>に不具合があったなんて知られたら......」
 弓削「なるほど、大変ですな」
 市幹部2「他人事みたいに言わんでくれ。君だって当事者なんだぞ」
 小牟田市長「夕方、学校に行くんだろう。何と説明する気かね」
 弓削「そりゃあ、ありのままに」
 小牟田市長「そのことなんだが(言葉を切って周囲を見回す)、<Q-FACE>に問題があったことは確実なのかね」
   上目遣いに市長を見る弓削。
 小牟田市長「つまりだな......」
 弓削「(考え込みながら)確かに、まだ十分に調査が尽くされたとは断定できませんな。もしかすると、本当にその女子生徒が万引きをしたのかもしれない」
   安堵したように頷く市長。
 小牟田市長「完全な調査にはどれぐらいの日数がかかるかね」
   全員の視線が壁にかかるスケジュール表に向けられる。
   今日の日付が12 月2 日。
   12 月11 日に『図書SYS、説明』と赤字で書き込み。
 弓削「10 日、いや余裕を見て2 週間、といったところでしょうか」

○くぬぎ東中学校・外観(夕方)
 T『くぬぎ東中学校』
   下校する生徒が門を出て行く。
   グラウンドから野球部の練習する音や声。

○同・進路指導室
   教頭、弓削、顔を近づけ、小声で話をしている。
   ドアが開く。担任、学年主任が入ってくる。
   教頭、弓削、口を閉ざす。
 担任「(教頭に向かって)もうすぐ本人が来ます」
   担任、学年主任、座る。
   弓削の方を見る担任。
 担任「今回の件、明らかに<Q-FACE>の不具合だと思いますがね。沢渡さんは万引きなどするような子ではありませんよ」
 弓削「(薄笑い)私は万引きだと断定しているわけではありませんよ。ただ、確実な報告を出すには少し時間をいただきたい、と申し上げているだけです」
 教頭「担任として心配なのはわかるがね。少し落ち着きなさい、先生」
   ノックの音。
 担任「どうぞ」
   ドアが開く。沢渡レナが一礼して入室。
   4 人の顔を見て動きが止まるレナ。
   教頭、椅子を示す。
   おずおずと座るレナ。
 教頭「沢渡さん。昨日、君が加藤文具店で万引きをしたと連絡が入っている。これは事実かね」
 レナ「(驚いたように)いいえ、違います。誤解だったんです」
 担任「詳しく話してもらえるかな」
   頷くレナ。

○同・進路指導室
   顔を見合わせている3人の教師。
 教頭「つまりシステムの不具合だということかね」
 レナ「はい。そう言ってました」
 学年主任「なるほど。ありうる話ですね」
   眉を寄せ、弓削をちらりと見る教頭。
   弓削、小さく顎を上下させる。
 教頭「だが、<Q-FACE>はHSSJ が出してる製品だよ。国際的な大企業だ。そんな不具合なんか起きないと思うんだがね。違うかね、弓削さん」
 弓削「ええ、もちろんですとも。うちのテストでも、そんなことはほとんどありませんでしたから。何ならエビデンスをお持ちしますよ」
   教頭、弓削を見て笑い、レナに視線を戻す。
 教頭「いやいや。それには及びませんよ。沢渡さん。君、本当のことを言ってるんだろね」
 担任「(怒り)教頭!」
 学年主任「何を言うんです」
 教頭「私は確認してるだけだよ。どうなんだね。間違ってないということかね」
   レナ、教頭を睨む。
   教頭、少しひるんだような表情。
 レナ「私は何もやっていません! 警察の人もそう言っていました」
 教頭「本当かね。君がそう言っているだけじゃなくて?」
 レナ「(怒り)違います」
   教頭、頷く。
 教頭「ああ、わかった。確認しただけ、確認しただけだから。君、教室に戻って待っていてもらえないか。ちょっと打ち合わせがあるから」
   助けを求めるように担任を見るレナ。
   担任、教頭の方を向き口を開くが、すぐにレナを見る。
 担任「教室で待っていなさい。すぐ呼びにいくから。心配しなくていい」
   レナ、立ち上がると一礼して指導室を出る。
   担任、ドアを閉め、弓削を睨む。
 担任「あなたの言う確実な報告とやらは、明日にはもらえるんでしょうね」
   弓削、バカにしたように笑う。
 弓削「先生はシステムのことを何もご存じないようですね。こういう調査には時間がかかるものですよ」
 学年主任「では、いつ頃になりますか」
 弓削「まあ少なくとも10 日、おそらく2 週間見てもらえば確実でしょうな」
   担任と学年主任、顔を見合わせる。
 担任「もっと早くはならないんですか」
 弓削「なりませんな」
 担任「沢渡さんの内申データには<Q-FACE>からのアラートと、警察への通報が履歴として残ったままになっています。これは、いつ消えるんですか」
 弓削「<Q-FACE>側のアラートが解除されれば、自動的に反映されますよ」
 担任「すぐ解除してもらいたいですね。沢渡さんは3 年生です。推薦のために内申書データをきれいにしておかなければならないんです」
   弓削、横を向いて小さく舌打ち。顔を上げたときは笑顔。
 弓削「すぐに対応させます。ご存じかと思いますが、履歴のキャンセルは通常手順ではできないのでね。シスオペ操作になるんですわ」
 担任「とにかく急いでいただきたいですね。アラートから48 時間が経過するとアカウントが自動的にロックされてしまいますから」
   教頭、咳払い。
   教頭を見る担任。
 教頭「あー、そのことだがね。正式に<Q-FACE>の不具合だと確認が取れるまでは、彼女の疑いが晴れたわけではないと思う。どうかね」
   担任、学年主任、驚いて教頭を見る。
 担任「何を仰ってるんですか」
 教頭「(無表情に)規則に従って、彼女は自宅待機にすべきではないかな」
 担任「バカなことを!」
 教頭「これは規則だからね。とにかく疑いが完全に晴れたわけではないのは確かだ」
 担任「疑わしきは罰せず、という言葉をご存じないんですか」
 教頭「規則だからね」
   担任、鋭く教頭を睨む。
   *  *  *
   (フラッシュ)
   小声で何かを話している教頭と弓削。
   *  *  *
 担任「Q-LIC から要求があったんですか」
   教頭、顔を背ける。
 教頭「何があると言うんだ。とにかく規則だから」
   弓削、立ち上がる。
 弓削「それでは、私はこれで」
   背を向ける弓削。口元が緩む。
   

○くぬぎ市役所・外観
 T『くぬぎ市役所』
   数人の男女、ロータリーに停まったタクシーから降りる。
   市幹部1、エントランスから走り出て迎える。

○同・会議室
 T『くぬぎ市の図書館問題を考える会』
   並んで座る市民団体の男女。
   向かい側に、小牟田市長、市幹部1、市幹部2、他、職位数名。
   市長の後ろに弓削。
   団体代表(男性)が質問。
 団体代表「Q-LIC という一企業に、市民の個人情報を提供することになることを、市長としては容認なさる、との理解でよろしいでしょうか」
 小牟田市長「ああ、そこんとこね、ちょっと誤解があるんじゃないかなって思うんですよね。つまりね、私としては、元々、誰が何の本を借りたかってことが、なんでこれが個人情報になるんだ、って思ってるんでね。Amazon なんかのショッピングサイトでね、あなたへのお奨めはこれこれです、なんて出ると便利でしょ。そういうのを図書館でやりたいんですよ」
 団体代表「しかし多くのセキュリティ専門家が危惧を表明しています」
 小牟田市長「(鼻で笑って)セキュリティ専門家? たとえば誰?」
 団体代表「産総研の高村さんとか......」
 小牟田市長「(遮って)その方たちは地方自治ということを理解しておらんでしょ。勉強が足りないとしか言いようがない」
 団体代表「専門家ですよ」
 小牟田市長「自分のフィールドではね。まあ、あの人の話はもういいでしょう。それからQ-LIC という一企業、という言い方をされたようですが、私はQ-LIC さんを、単なる業者とは考えておらんのですよ。くぬぎ市のパートナーと思っていますよ。パートナーを信頼するのは当然でしょう」
 団体代表「市内のいくつかの店舗に導入された<Q-FACE>ですね、あれにもいろいろ批判の声が上がっているようですが」
 小牟田市長「批判って?」
 団体代表「誤認識が相次いで、お店とお客さんの間でトラブルになったとか」
   問いかけるように後ろを振り返る小牟田市長。
   弓削、小さく頷く。
 小牟田市長「導入したばかりですからねえ。多少の不具合は想定内です。トラブルの報告は受けていますが、いずれも笑ってすむようなレベルですよ」
 団体代表「深刻なものはない、という認識ですか」
 小牟田市長「ありません。これからもありません」
   ニヤリと笑う弓削。

○くぬぎICTセンタービル・外観(夜)
 T『くぬぎICTセンタービル』

○同・デジタルセンター
 T『デジタルセンター(現開発センター)』
   PLに指示する弓削。
 弓削「とにかくさ、市長のお墨付きなんだよ。<Q-FACE>に図書館の貸出記録と、学校情報の生徒情報、夜間バッチで送信するお許し出たから。問題ない。(おどけた口調で)粛々と進めてくれたまえ」
 T『開発プロジェクトリーダー』
 PL「すでにもうメンバーはいっぱいいっぱいですよ。先月、4 人外れましたし」
 弓削「補充すればいいじゃん。何なら単価上げてさ」
 PL「今から入れても、学習コストとコミュニケーションコストが......」
 弓削「(冷たく)おい、言い訳並べてんじゃねえよ。そこを何とかするのがプロってもんだろが。新しい奴入れるのがNG なら、いまいる奴らで何とかしろよ。PL の役目だろ」
   Q-LIC 社員1、社員2、走ってくる。
 社員1「弓削さん、ちょっとまずいことになりました」
   部下1、PL を気にするように見る。
 弓削「いいから言え。何だ」
 社員1「例の女子生徒の件、ネットニュースが調べてます。<Q-FACE>の不具合だったという線で記事が出そうです」
 弓削「(舌打ちして)もう収まったんじゃなかったのか」
 社員2「誰かがリークしたんです。うちとHSSJ に批判的な記事みたいです」
 社員1「かなり詳細な内容まで掴んでるみたいですからね。うちの広報にも事実確認の問い合わせがあったみたいです」
 弓削「まさか答えちゃいないだろうな」
 社員1「それは断ったみたいですけど」
 社員2「誰がリークしたんでしょう」
 弓削「どうせ、学校の教師あたりか、もしかしたら本人かもな。ま、それはどうでもいいが、今、おかしな具合に騒がれるのはまずいな。<Q-FACE>にデータを集約させるのにストップがかかりかねん」
 社員1「マーケティングモデルのチームも力入れてますからね」
 弓削「これが頓挫したら、何のために、こんな田舎町に金つぎこんだのかわからん。おい、何とか止められんのかよ。圧力かけるとか」
 社員2「どこのヒモ付きでもないネットメディアですから」
 社員1「ヤバイ連中使うのも、今どきじゃ逆効果ですし」
 弓削「(舌打ち)面倒だな」
   弓削、少し考え込む。
 弓削「おい。(PL の方を見て)前に、学校情報システムに不正侵入されたことがあったな」
   PL、戸惑ったように頷く。
 PL「あ、はい。タブレットから。Apache の脆弱性を突かれて、教師用アカウントを乗っ取られました。生徒の誰かがやったようですが」
 弓削「その生徒が誰だかわかってるのか」
 PL「ログは残ってるはずです。でも、そのときはサーバ側に対策することで、特に本人に注意などはしなかったと思います。市教育委員会の意向で」
 弓削「何を見たんだ、そいつは」
 PL「同級生の内申書やテスト結果でしょう。本人は試験問題を探してたらしいですが、そこには到達できなかったみたいです。あれはワンタイムパスワードがいりますから」
   弓削、なれなれしくPL の肩を抱く。
 弓削「なあ、脆弱性って作れる?」
   PL、驚いて弓削の顔を見る。
 PL「脆弱性を作る?」
 弓削「できる?」
 PL「そ、そりゃできますが、何のために、そんなこと」
 弓削「それは、あんたにゃ関係ないよ。じゃ、作って。今日中に頼まあ」

○同・デジタルセンター
 T『一週間後』
   PL、弓削に抗議している。

 PL「例の女子生徒の件、LINE や学校裏サイトに流出してるそうじゃないですか!」
 弓削「あ、そうなの」
 PL「そうなの、じゃないでしょう。アクセスログ、調べました。教師用の共通フォルダに、<Q-FACE>からのアラートログ、が置いてありました。通常、あるはずがない場所です。どういうことですか」
 弓削「(ニヤリと笑って)さあね。誰かが置き場所間違えたんじゃないの」
 PL「先週、弓削さんに言われてわざと作った脆弱性。次の日に、早速攻撃されて、共通フォルダのファイルをダウンロードしてます」
 弓削「へえ。偶然って怖いねえ」
 PL「とぼけないでください。あなたがやったんですよね。脆弱性があることをリークして、攻撃を誘発したんです。例の女子生徒のレコードを置いてダウンロードするように仕向けた。違いますか」
 弓削「へえ。何のために」
 PL「<Q-FACE>の不具合を誤魔化すためでしょう。事実、<Q-FACE>の件は話題になってない」
 弓削「知らないよ。そんなことより、図書館の方、スケジュール遅れてるよ。ちゃんと間に合わせてね」
 PL「そんなことって何ですか。問題の女子生徒はこのせいで高校の推薦が取れなかったらしいじゃないですか。Q-LIC にも問い合わせあったんですよね。何て回答したんですか」
 弓削「(低い声で)いい加減にしろよ。余計なことに口突っ込んでるヒマあったら、自分の仕事しろよ。図書館と学校、絶対に間に合わせろ。お前の責任だぞ」
   弓削、歩き去る。
   立ち尽くす、PL。

○くぬぎICTセンタービル・外観(夜)
 T『数日後』

○同・地下駐車場
   弓削、車に歩いて行く。
   柱の陰から、レナの担任が現れる。
 弓削「(驚いた顔で)お、先生。どうしました」
 担任「(怒り)弓削さん、あんた、あの子を犠牲にしたな」
 弓削「あの子? ああ、万引きの」
 担任「あの子は万引きなんかしてない! あんたはそのことを知ってて、<Q-FACE>の導入を失敗だと言われるのを怖れて隠蔽した。違うか」
 弓削「何のことですかね」
 担任「とぼけるな」
 弓削「(ニヤニヤ笑い)やれやれ、先生。もっと温厚な人だと思ってたんですがね。教師なんだから、言葉遣いには気を付けましょうや。証拠もないのに、人に疑いをかけるもんじゃないですよ」
 担任「このままで済むと思うなよ」
   担任、背を向けて歩み去る。
   弓削、肩をすくめて車に向かう。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 不意に身体に衝撃を感じ、私は驚いてゴーグルを外した。弓削さんが同じようにゴーグルを外し、ついでタブレットを床に叩きつけたところだった。振り上げた腕が細川くんにあたり、驚いた細川くんが私にぶつかったらしい。
 「くそ!」弓削さんは床に落としたゴーグルを踏みつぶした。「くそ、あいつか」
 「あの、弓削さん?」
 私は声をかけたが、弓削さんは私の言葉など耳に入らない様子で、執拗にゴーグルとタブレットを踏み続けた。
 「あの野郎、くそ!」
 私は細川くんと顔を見合わせた。さすがに止めた方がいいかな、と考えたとき、第4 の人物の存在に気付いた。私たちがコンテンツに集中している間に、防災指揮ルームに入ってきていたらしい。
 「弓削さん」瀬端さんは穏やかな声で言った。「それ、くぬぎ市の資産ですよ。足蹴にするとは感心しませんね。市政アドバイザともあろう方が」
 振り向いて瀬端さんを視認した途端、弓削さんは大声で叫んだ。罵声の続きかと思ったが、その口から洩れたのは悲鳴のようだった。弓削さんは怯えたような顔で後ずさると、いきなり踵を返して細川くんを突き飛ばし、ドアに向かってまっしぐらに走った。そのまま、弓削さんの姿は消えていった。
 「あの、瀬端さん」呆気に取られた私は、瀬端さんに訊いた。「どうしてここに? 図書館の方に行っていたんじゃ」
 瀬端さんは小さく頷いたが、まずビデオチャット中のタブレットに歩み寄った。画面の中の白川さんが、小さく手を上げた。
 『瀬端さん、おつかれさまです。順調ですか?』
 「ええ」瀬端さんは微笑んだ。「予定通りです。そちらはどうですか」
 『問題ないです。プランB ですけどね。われらが市政アドバイザ殿は出ていったみたいですね』
 「さすがにあれを見ればね」
 『ですね』白川さんはクスクス笑うと、私の方に視線を向けた。『川嶋さん、訊きたいことが、一つ二つ増えた、って顔ですね』
 「一つ二つどころか」私は答えた。「百個ぐらい増えたみたいですよ。一体、どういうことなんですか。このコンテンツは何なんですか」
 『まあまあ。もうすぐ全部説明しますが、まずは、3 つ目のコンテンツを見てもらえますか。話が早いと思うので』
 「私も見させてもらいますよ」瀬端さんはタブレットとゴーグルを手にした。「白川さんの力作ですからね」
 私は、弓削さんが消えたドアの方を見た。瀬端さんは慣れた手つきでペアリング操作を行いながら、安心させるように言った。
 「弓削さんなら心配ないです。もう、ここには戻ってこないでしょう。行き先はだいたいわかってますから」
 どこに行ったのかを訊いても、今は答えが得られない気がしたので、私はゴーグルをかけなおした。3 つ目のコンテンツを再生する。再び、私の周囲に別の世界が広がった。それは、私が見慣れた場所だった。

(続)

 この物語はフィクションです。実在する団体名、個人とは一切関係ありません。また、特定の技術や製品の優位性などを主張するものではありません。本文中に登場する技術や製品は実在しないことがあります。

Comment(26)

コメント

匿名

不誠実な人間はいるものだと思ってたが輪をかけて屑だった…

匿名

>団体代表「産総研の高村さんとか......」
高村ミスズ、ちょっとだけ本編に絡んでるみたい。

匿名

この話の元ネタのオマージュですね。
高木先生と武雄市長のバトルは。

匿名

おー、担任の先生、口だけじゃなく、何か行動起こしてたんですね。
ということは、レナちゃん自殺エンド、ってわけじゃないのかな?だとしたらちょっと救いがある。

匿名

>どこに行ったのは訊いても

瀬端さんもグルだったとは…

VBA使い

まさか2つ目が弓削さん視点とは思わなかった。
担任=瀬端さん?って思ったけど、瀬端さんは元南中学の教師だったのに対して、今回の舞台は東中学だったorz

ところで、3つ目を再生し始めたけど、2つ目は中断した形になっているのでは?
実はまだ続きがあって、後でその内容が謎解きのキーになるとか。

匿名

元ネタをどの様に仕入れてきてるのか気になる。
監視カメラの録画から拾うにしてもそんなに都合よく残ってるのかな。

コメダ

確かに弓削視点の物語とか、どうやって作ったんだろう。
今枝さんのあんな写真を入手していた事といい、白川さん自身の力か、コネなのか分からないけどすさまじいハッキング力ww まさか鳩貝さんが協力してた??

3つ目は白川さんか鳩貝さん視点かな?

匿名

シナリオの羅列っぽいのでこのコンテンツは紙芝居なんじゃないかな
かまいたちの夜とか街とかそんな感じの

まさか台本をそのまま映すとかそういう(うっ頭が

えいひ

重くて悲しい物語は、身を削るわ(でも読む

匿名

コンテンツが文字だけなのなら創作だと一笑に付す事もできるだろうに、弓削がそうしないと言う事は確証あるデータを再生してると考えられる。とは言え全てを録画していたと言うのは都合が良すぎる。
となると、各人が隠し撮りしていた音声に絵(CG)を重ねて作ってる?

SQL

瀬端さん、白川さんの側だったのか。
(瀬端さん=担任の先生ということなのかなと思いましたが、
 他の方のコメントを見るにどうやら違う・・・?)
 
瀬端さんまで、このプロジェクトが終わったら死ぬとか言い出さないことを願っています

せいろ

〉どこに行ったのは訊いても、
前回、今回と、世の中の理不尽さに読むのが辛くなってくる話ですね
3つ目はどんな話なのか…

匿名

MapleStory 2 | Official Website

これから怒涛の展開でハウンドの秘密も明らかになyていくことを期待している。

匿名D

弓削氏視点とは意外。
瀬端氏がハナから噛んでいたとは、ちとズルいような。
ま、それはともかく。


Q-LICどころか、
行政ぐるみで女子高生を冤罪に落とし込んでいたとはね。
システムは、信頼性が確実じゃないのなら、
余計なことをさせないのが基本だけど、
Q-FACEは、そんな行儀の良いことでは意味がないプロジェクトだったってことか。
いや、弓削たちの都合であって、連中の行状を正当化できるものではないが。


これで、担任視点も解決されちゃったな。
見慣れた場所、とは開発センターかな。

匿名

ところで、「T『くぬぎ市役所』」とか「T『数日後』」のTとはなんでしょう?

匿名

>Tとはなんでしょう?

テロップのTではないかと思います。

見慣れた場所が開発センターだとしたら次の視点はプロジェクトリーダーかな
今までの情報で過労的な方向で自死したかと思ってたけど、この問題のせいなのかな

Dora

Q-LICのPLって若宮さんじゃないのかな?
3つ目はQ-LIC時代の開発センターが舞台で若宮さんナラティブと予想。

匿名

2人目か3人目にゲートシステムの誤動作で止められた小学生が来るかと思ったんですが、外れでしたね。

匿名

匿名Dさんと同じく、弓削は意外だった
「名前は出てるけどここに存在しない人」と予想していたので
永尾、若宮、ユウト君の彼女あたりかと
 
瀬端さんは…まあ、共犯と予想はしてたけど来るとは思わなかった
12話を3人の猿芝居と想定して改めて読むと面白いと思うよ
 
最後は会話の内容から、私は瀬端さんのナラティブと予想
自身のストーリーをどう仕上げたか、見てみたいんじゃないかな?
というか、そうでないと話が早くならなさそう

リーベルG

匿名さん、せいろさん、ご指摘ありがとうございました。

>Tとはなんでしょう?

テロップです。
今回はシナリオ風にしてみたのですが、ちょっと読みづらかったかもしれません。

行き倒れ

シナリオだとはわかりましたよ^^

初出時に
テロップ(T)
あるいは
テロップ(以下T)
とかにするとわかりやすかったかもです。

私は演劇台本とか映像台本など
読んだことがあるので、
テロップかな?と想像はできました。

kemi

白川さんは未来人とかいう落ちでしょうか

レモンT

>kemiさん
>白川さんは未来人とかいう落ちでしょうか

 あるいは時間遡行者とか?
 アツコさんのクリスマスがアーカムホラーだったし、これが惨劇Rooperでも驚くほどの事じゃないかもしれませんね(^^;;

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