ふつーのプログラマです。主に企業内Webシステムの要件定義から保守まで何でもやってる、ふつーのプログラマです。

魔女の刻 (24) 魔女の帰還

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 白川さんは、予定通り9 月18 日、月曜日の朝から仕事に復帰した。私と細川くんが、8 時45 分に開発センターに出社すると、すでに白川さんがエース席の横に立って、サブリーダーたちと話していた。まだ右足の回復が完全ではないのか、ロフストランド杖で補助している。
 9 時ちょうどにフリースペースに集合した私たちの前で、白川さんは自らの不在とプロジェクトの混乱を短く詫びた。その声は小さくはなかったが張りが欠けていて、入院前に感じられた無限のエネルギーが枯渇してしまったようだった。表情もグレイスケール変換したように色褪せている。
 「私の代理を務めてくれた今枝ですが」白川さんは平板な声で続けた。「当面は私の補佐役として、業務を継続してもらいます。私はまだ身体が本調子ではないので、今枝はもちろん、みなさんの助けも必要となるでしょう。よろしくお願いします。指示あるまで、現在アサインされているチケットを粛々とこなしてください」
 何人かが思わず、といった様子で失望のため息をついたのは、白川さんが今枝さんの不手際を責め、「もうここには来なくていい」と言い渡すようなシーンを期待していたからだろう。
 先日、東海林さんの調査で発覚した、KNGSSS から<Q-FACE>への貸出記録送信機能の件が、高杉さんや白川さんに報告されていないはずがなく、私はさすがに今枝さんに対して、何らかのペナルティが与えられるのでは、と予想していた。他人の不幸を喜びたいわけではないが、どちらのエース社員もクライアントからの叱責を軽視するような管理者だとは思えなかったからだ。だが、白川さんは特に非を鳴らすこともなく、こう言っただけのことだった。
 「先週、キャンセルとなった追加機能要望について、何人かに訊きたいことがあるので、連絡を受けた人は13:00 に第2 会議室に集まってください。では、仕事にかかりましょう」
 杖を突きながらコマンドルームに消えていく白川さんの背中を、誰もが言葉もなく見守っていた。成功の階段を登ってきたエリートが思いがけないトラブルに見舞われると、一般人よりも受けるダメージが大きく、非うつ病性うつ病などと呼ばれる症状に苦しむそうだ。エースシステムの社員は、サードアイのような小さなベンダーから見れば十分にエリートだ。白川さんも思いがけない事故により、継続して携わってきたプロジェクトから一次離脱せざるを得なくなったことで、大きな挫折感に襲われてしまったのだろうか......
 いや、それは違うかもしれない。私は素人心理学の真似事を中断して思い直した。白川さんは、このプロジェクトの前、病気で長期休職を余儀なくされていたのだ。挫折するなら、とっくにしているだろう。
 自席に戻ろうとしたとき、私の腕が優しくつかまれた。
 「川嶋さん」
 声を聞く前から草場さんだとわかっていた。草場さんの身体的接触は、何というか絶妙な優しさなのだ。
 「今日の昼なんですが」草場さんは早口で告げた。「一緒に行きませんか」
 嬉しいお誘いだが、珍しいことだ。草場さんは必ず前日までに予定を決めてくれる。
 「すいません」私は草場さんを見ないようにしながら答えた。「今日はお弁当なんです」
 「午前中に内密に話しておきたいことがあるんです。どこかで時間取れませんか」
 これも珍しい。草場さんは決してこの手の無理強いをしたことがない。
 「それが......午前中、ずっと打ち合わせが入っていて」
 「そうですか......」
 何か言おうとした草場さんは、東海林さんが近付いてくるのを見て、さりげなく離れていった。
 「川嶋」東海林さんは、草場さんと会釈を交わした後、私に言った。「先週言った、KIDS ライブラリの修正点、まとめてあるか」
 「ああ、はい。ドキュメントフォルダにコミットしてあります。あたしは午前中、ずっと打ち合わせなんで確認しておいてください」
 「わかった」東海林さんはコマンドルームの方を見た。「白川さん、復帰したってのに元気なかったな」
 「足がまだ痛むんじゃないんですか」
 「そうかもな。KIDS ライブラリの件で相談したかったんだけどな」
 「復帰初日だと何かと忙しいでしょうから、明日にした方がいいかもしれませんね」私はさっきの白川さんの言葉を思い出した。「そういえば、午後一の事情聴取って、東海林さんも呼ばれてるんですか?」
 「いや、俺は呼ばれてない。草場さんが呼ばれてるみたいだな」
 「え?」私は思わず東海林さんの顔を見た。「草場さんですか。何か関係ありましたっけ?」
 「おいおい」東海林さんは苦笑すると、私の肩を軽くこづいた。「俺は知らんよ。むしろ、今、そのことを仲良く話してたのかと思ってたんだがな」
 「べ、別に」動揺が声に現れてしまった。「仲良く話してはいません」
 東海林さんはからかうように笑った。
 「気になるなら訊いてみたらどうだ」
 「いえ、別に......」そう顔を背けたものの、疑問が湧き起こるのは止められない。「あの、先週言ってた協力者のことなんですけど......」
 「ああ、例のコンテナ分割の協力者か。草場さんじゃないかと心配してるのか」
 「......東海林さんはどう思います?」
 「さあな。俺はやれるスキルを持ってると思われる人間を挙げただけだ。その先は知らんよ」
 私は自席に戻ると、グループウェアで会議室予約状況を確認した。13:00 からは白川さんが60 分の予定で予約していて、参加者は今枝さんと草場さん、武蔵野第一コンピュータの志村さん、それにランチ仲間のユミさんだ。
 これは一体、どういう組み合わせなのかと、考えているとモニタ上にメッセージがポップアップした。白川さんからだ。

 今日のお昼、先約がなければ、ランチをご一緒しませんか。
 少し内密に話しておきたいことがあるので。

 またもやランチのお誘いだ。白川さんがプログラマの誰かとランチに出ること自体は珍しくないが、たまたま時間が一致した場合に限られる。こんな風に、わざわざアポを取るなど聞いたことがない。白川さんは簡単な連絡でも、電子的手段よりも、対面しての会話を好むからだ。
 好奇心に駆られたものの、草場さんの誘いを断っておいて、白川さんのそれに応じるのも悪いので、「今日はお弁当を持って来ているので」と、草場さんにしたのと同じ返事をしておいた。白川さんからは「わかりました」と返ってきたが、先ほどの杖を突いた姿を見たせいか、その短い言葉が意気消沈しているように見えてしまった。内密な話とは何なのかを訊こうと思ったが、アラームが打ち合わせの時間を告げてきたので、謎の解明は一時的にお預けとなった。
 打ち合わせは予定を5 分ほどオーバーして終わり、私はランチボックスを持ってブレイクルームに急いだ。いつものテーブルにキョウコさん、ユミさん、チハルさんが陣取っている。3 人は私を待たずにランチを開始していたが、これはいつものことだ。最初の話題はやはり白川さんのことだった。
 「まだケガが治りきってないんすかね」チハルさんが、旺盛な食欲であんかけ焼きそばを口に詰め込みながら言った。「元気なかったですね」
 「さすがに骨折は治ってると思うけどね」ユミさんがアスパラをかじりながら答えた。「他に悪いところが見つかったから、これだけ長引いたんでしょ」
 「悪い病気でも見つかったのかしらね」キョウコさんは筍のおこわをゆっくり噛みながら言った。「うーん、これはちょっと味が薄かったか。うちの旦那、人間ドックで高血圧気味だって言われたのよね。だから塩分控えめにしといたんだけど。ね、ちょっと食べてみて」
 「あたしも前に自分のお弁当で塩分控えめやったことあるけど」私は、キョウコさんがランチボックスの蓋に取り分けてくれたおこわの味を確認しながら言った。「急に薄味にすると、何て言うか充足感? みたいなものがなくなって、結局、味が濃いポテチとかせんべいとかを買い食いしちゃうのよね」
 「やっぱりそうよね。1 年計画で徐々に塩分減らせるようなレシピプログラム作ろうかな」
 「ライフログ的な?」チハルさんが言った。
 「そこまで本格的じゃなくていいから」
 会話を楽しみながら、どうやってユミさんに水を向ければいいのか、と考えていると、自分から話し出してくれた。
 「ああ、昼から呼ばれてるのよね」ユミさんは憂鬱そうにサラダをフォークで突いた。「何訊かれるんだろ」
 「あ、例の」チハルさんが好奇の視線を向ける。「今枝さんが瀬端さんに怒られてたやつですね。ユミさん、何か絡んでましたか」
 ユミさんは、ちょっと迷うような表情で周囲を見回すと、心持ち声を小さくした。
 「絡んでたというか、貸出記録の送信コンテナって、実はかなり前に井ノ口課長から一度要望で出てきた奴なのよね。6 月ぐらいだったかなあ。ほら、白川さんが何かでぶちキレてモニタぶっ壊したときあったじゃない。そのすぐ後だったから」
 そのことならまだ記憶に新しい。白川さんが却下した井ノ口課長の機能追加要望を、高杉さんが受けると宣言した日だ。
 「あれは白川さん、すごかったねえ」キョウコさんが思い出し笑いを浮かべた。「結局、何でキレたのかわからなかったけど」
 私も細川くんも草場さんも、Q-LIC の利益誘導追加要望を、白川さんの意に反して高杉さんが受けたことは口外していないから、今でも、プログラマたちは白川さんがキレた理由を知らないはずだ。ただ、その後、Q-LIC 絡みの追加機能要望がチケットに上がってくる頻度が増加したので、何となく見当を付けている人はいたかもしれない。
 「その後すぐ、貸出記録を<Q-FACE>に送信するコンテナの打ち合わせがアサインされてたのよね。だから打ち合わせに行ったわ」
 「へー、ユミさんだけ?」私はさりげなく訊いた。
 「ううん。打ち合わせにアサインされたのは、私と草場さん。Q-LIC の何とかいう頼りなさそうな人と打ち合わせして、コンテナの構成を決めたんだけど」
 「あ、そういえば」チハルさんが何かを思い出したように顔を上げた。「そのコンテナの実装、あたし、アサインされましたよ。JSON 変換機能のコンテナ」
 「そうなんだ。終わったの?」
 「それが、手をつけてすぐにキャンセルになったんですよ」
 「まあ、さすがに個人情報だからねえ」ユミさんは肩をすくめて、キョウコさん作成のおこわを口に入れた。「白川さんが気付いてキャンセルしたってことかなあ。ああキョウコさん、これはちょっとお醤油が足りないわよ」
 「やっぱりかあ」キョウコさんは笑った。「今頃、だんなもそう言ってるかも」
 「でも、筍はおいしいね。あく抜きどうやってるの? ベーキングソーダ?」
 「ごめん、それビン詰めのやつ」
 「あ、あたし、"やわらぎ"が好きです」チハルさんが手を挙げた。
 「あれはラー油でしょ」キョウコさんは箸で筍をつまみ上げた。「これは水煮。でも、"やわらぎ"は白いご飯に載せると美味しいよねえ」
 「そう、それ、それが言いたかったんです!」
 話が筍関連に流れていき、私は適当に相づちを打ちながら、今インプットした情報について考えていた。白川さんが草場さんとユミさんから話を訊きたい理由はわかった。草場さんと白川さんが、内密に私にしたがっている話の内容は不明のままだ。
 13 時少し前になると、草場さんと志村さん、ユミさんが連れ立って第2 会議室に入っていき、後を追うように今枝さんが入った。白川さんは杖をぎこちなく操りながら、13 時ちょうどに会議室のドアを開けた。
 私は自分の作業を開始したが、会議室が、というより草場さんのことが気になって、何度もBackSpace キーを叩く羽目になった。
 30 分ほど経過した頃、今枝さんが会議室から出てくると、急ぎ足で東海林さんの席に歩いてきて、何か話しかけた。東海林さんは頷いて立ち上がり、今枝さんと一緒に会議室に入っていった。私と細川くんは顔を見合わせたが、どちらの顔にも答えが書かれているわけではない。
 東海林さんは10 分ほどで戻ってきた。私たちのもの問いたげな視線に気付くと、「経緯を少し訊かれただけだったよ」と答えてくれた。
 会議室のドアが開き、参加者が出てきたのは、14 時過ぎだった。今枝さんや草場さんは、それぞれの席に戻ったが、白川さんだけはフリースペースの椅子に座ると、何やら考え込んでいる。私は少し躊躇った後、席を立った。
 「白川さん」私は声をかけた。
 「ああ、川嶋さん」白川さんは笑顔を見せてくれた。「どうもご無沙汰です。お元気でしたか。いつぞやは御社にいきなりお邪魔して申しわけありませんでした」
 「いえ、それは......お身体、大丈夫ですか?」
 「まあ、こんな具合です」白川さんはアルミ製の杖を少し持ち上げて見せた。「頭はしっかりしてるんで仕事に支障はありません。心配してきて下さったんですか? ありがとうございます」
 「あの、午前中にもらったメッセージの件ですが......」
 白川さんは頷き、小さく手招きした。私が顔を近づけると、白川さんは囁いた。
 「いろいろ訊きたいこともあると思いますが、先に片付けなければならないことがあるんです。申しわけないんですが、新美にここに来るように言ってもらえますか」
 新美さんは声の届く範囲にいる。少し大きな声を出せばいいのに、と思わないでもなかったが、喉の調子がよくないのかもしれない。私は頷いた。
 「わかりました」
 「それから」白川さんは笑顔のまま言った。「何があっても驚かないでくださいね」
 訊き返そうとしたが、白川さんは小さく首を横に振ると、テーブルに置いてあったタブレットで何かを操作し始めた。早く呼んできてくれ、ということらしい。
 私は言われたとおり、新美さんの席に行き、白川さんが呼んでいることを伝えた。新美さんは首を傾げたが、タブレットを掴んで立ち上がると、フリースペースへ向かった。白川さんに向かい合う椅子に座り、小さく頭を下げる。
 自席で見ていると、白川さんは穏やかな顔で、新美さんに何かを話している。こちらに背を向けている新美さんの表情は見えないが、何度か頷いているのがわかった。
 2 人が話していたのは、3 分にも満たない短い時間だった。白川さんがゆっくりと立ち上がると、座ったままの新美さんに何かを言った。新美さんは、その言葉に驚いた様子で腰を浮かせながら、何かを否定するように手を横に振る。「ちょっと待ってください」と言った声が聞こえ、全員が顔を上げてフリースペースの方を見た。次の瞬間、白川さんが取った行動に私は言葉を失った。
 仁王立ちになった白川さんは、杖を振り上げると、勢いよく新美さんの顔面に叩き込んだ。鈍いイヤな音と、小さな叫び声が開発センター内に響く。不安定な体勢に強烈な運動エネルギーを与えられた新美さんの身体は、ひとたまりもなく椅子ごと床に転がった。
 「このクズ」
 白川さんの口から発せられた言葉が、倒れた新美さんに浴びせられた。状況を考えれば異常なほど冷静な口調だ。女性の誰か、たぶんチハルさんが短く悲鳴をあげた。新美さんの鼻から鮮血が流れ出したからだ。
 事前に警告されていたため、ある程度の心構えができていたのかもしれない。誰よりも早く動き出すことができたのは私だった。フリースペースへ走り、新美さんを見下ろしている白川さんに話しかけようとしたが、先に声をかけられた。
 「川嶋さん、あまり近付かない方がいいですよ。今から、もう一発、こいつにお見舞いするので。杖の旋回半径内に立ち入らないようにね」
 私が止める間もなく、白川さんは宣言した行動を実行に移した。もっとも、とっさに新美さんが身体を丸めたため、杖は右肩を打ち据えただけだった。
 「白川さん」私は駆け寄った。「どうして......」
 白川さんは私を見て小さく頷いたが、すぐに視線を部下のサブリーダーに戻した。
 「新美」冷たい声だった。「立ちなさい。もう物理的な暴力はふるわないから」
 その言葉を裏付けするように、白川さんは杖を後方に投げ捨てた。私はとっさに白川さんに手を伸ばしたが、白川さんの両足はしっかり床を踏みしめている。
 「白川さん、足は?」
 「ああ」白川さんは、きれいな白い歯を見せた。「とっくに完治してますよ。フルマラソンだって走れるぐらい」
 クックックッと喉で笑いながら新美さんが、片肘を突いた体勢になった。
 「そこまでやりますか」
 「どういうことですか?」
 私は困惑しながら訊いた。その頃になると、ようやく、プログラマたちが近付いてきていた。サブリーダーの一戸さんと佐野さんが、人垣をかき分けるように前に出てくる。
 「白川さん」一戸さんが震える声で訊いた。「何やってるんですか。新美が何か......あ、杖は大丈夫なんですか」
 質問の論点が散らかっている。私に負けないほど混乱しているようだ。
 新美さんがふらつきながら立ち上がったので、私は少し緊張しながら白川さんとの距離を計算した。白川さんに反撃するのではないか、と警戒したからだ。今朝からの白川さんの覇気のなさは演技だったようだが、それでも単純な腕力勝負となれば、新美さんに分があるのは間違いない。
 だが、新美さんにその意図はないようだ。頭を軽く振って、右手を持ち上げたが、ポケットからハンカチを取り出しただけだった。
 「ひどいな」新美さんはハンカチを鼻に当てながら言った。「暴力ですよ、これ。警察に駆け込んだらどうしますか」
 「そのときはあなたを背任で訴えるだけよ。私はか弱い女性だし、病み上がりだし、心神喪失を訴えれば、不起訴処分になる見込みは高い。会社が優秀な弁護士をつけてくれるだろうしね。でも、あなたは絶対に起訴まで行くわよ。Q-LIC は前科がついた人間でも拾ってくれるかしらね」
 新美さんは笑った。ハンカチのせいでくぐもった声だ。
 「ということは、私はクビになるだけですむんですか」
 「それで十分よね。会社としても、必要以上に事を荒立てたくはないから。退職金なしの依願退職ってことで、法務と話がついてる」
 「感謝の言葉は述べませんよ」新美さんは血で黒く染まったハンカチを広げて、折り直した。「どうしてわかったんですか」
 「訊いてどうするの」
 「後学のためにですよ」
 「あなたの好奇心を満たしてやるほど、私は親切な人間じゃないわよ。いいから、さっさと出て行きなさい。カバンだけ持ってね。PC には触らないで。もっとも、あなたのアカウントはさっきロックしたから何もできないけどね」
 新美さんは肩をすくめると歩き出した。集まっていたプログラマたちが慌てて道を空けたが、新美さんは誰とも目を合わせないまま自席に戻った。カバンを取り出し、机の上にあったスマートフォンや筆記用具、ペットボトルなどを詰め込む。1 分も要さず退去準備を終えると、新美さんは再び白川さんの前に立った。
 「私がこんなことをした理由は訊かないんですか」
 「ええ、だいたいはもうわかってるから。永尾の件よね」
 その姓を聞いたとき、新美さんの表情が変化した。
 「知ってたんですか」初めて新美さんの声に憎しみが混じった。「知ってて、それで......」
 永尾、という姓に聞き覚えはない。少なくとも、このプロジェクトの参加者でないことは確かだ。
 「つまり私を利用したんですか」
 「さあ。どうかしらね。好きに想像していたらいいんじゃない」
 新美さんは床に唾を吐き捨て、次に、血まみれのハンカチを叩きつけた。
 「あんたなんか、地獄に落ちればいいんだ」
 「そうなるかもね。さよなら。二度と会わないことを願いたいものね」
 白川さんの言葉が終わらないうちに、新美さんは踵を返してドアに歩き出した。センサーにID をタッチしてドアを開けると、ID も床に放り投げた。振り返らずに出て行った新美さんの背後でドアが閉じる。私たちが新美さんの姿を目にしたのは、それが最後だった。

(続)

 この物語はフィクションです。実在する団体名、個人とは一切関係ありません。また、特定の技術や製品の優位性などを主張するものではありません。本文中に登場する技術や製品は実在しないことがあります。

Comment(31)

コメント

user-key.

杖は未だ治っていない様振る舞う錯誤魔法を使って、武装としても使うって、単なる魔女と、ちゃいますやん。
でも、こんな感じで以前歯を折ったのかな?

「~杖の旋回半径内に立ち入らないようにね」は「~杖の間合いに~」の方がしっくりきそう。

匿名

真犯人を炙り出すために一芝居打っただけだと思うけれど、新美さんを追放することでどう繋がるのか全くわからない……

匿名

Q-LICの肝いりコンテナのアサインが増えたが、
実装完了前にキャンセルになったってことは、
白川さんは、転んでもそのまま屈服はしなかった、ということかな。
猪瀬さんとは同志的なつながりもあるようだし。


今枝氏をねじ伏せた写真に高杉さんがやたらビビってるなと思ったが、
なるほど、撃たれる理由は十分にあるし。
さて、高杉さんの現在の立ち位置は、今はどうなってるんだろ?
宗旨替えはしたようだが。


白川さんはカッコイイな。
彼女なら地獄に堕ちても、VIP席で眼下の阿鼻叫喚を肴に
真っ赤なワインを傾けていたりしそうだ。

SQL

一気に分からなくなった
面白い!
 
内密な話って何だったんだろう・・・
川嶋さん、
そこは読者の空気を読んでお二人と話してよw
弁当は夜食べたらええがな

匿名

>> 白川さんは杖をぎこちなく操りながら、13 時ちょうどに会議室のドアを開けた。

ここだげ13の後ろが全角スペースかな

匿名

SQLさんと同じこと考えましたw
物語の世界に没入しちゃいますね。

へなちょこ

衝撃の展開にびっくり。
この先が読みたくて堪りません

匿名

わからん!

匿名

優秀なスパイは信を得るために仲間を売るというが…
虫を炙り出すために犠牲の羊を仕立てて、本命の油断を誘うという話も聞いたことがあるような

新実さん、今枝ご乱心騒ぎの顛末でてっきり白川派だと思ってたんだがはてさて

匿名

>何か絡んでましたんですか
何か絡んでたんですか
かな?

匿名

>何か絡んでましたんですか
何か絡んでたんですか
かな?

atlan

自前の弁当とどっかで購入した弁当でお話しておいて欲しかったなぁ・・・・

asd

user-key.氏
> 「~杖の旋回半径内に立ち入らないようにね」は「~杖の間合いに~」の方がしっくりきそう。

俺は逆に、あえて「間合い」という単語を使わなかったのが良かった思う。
「間合い」なんて荒事慣れした人間の単語を使わせたら、いよいよ白川がカタギの人間かどうかも怪しく感じてたと思われるし。


ただ、怒りで冷静さを失ったりしてない状況で、人の顔面を杖で殴打できる時点で、
白川も相変わらず、相当修羅場慣れしている事には変わりなさそうだが……。


一方の草場。
実は今回の声かけは、単に川嶋をデートに誘いたかっただけでした、ってオチだったら笑えるが、はてさて。

$_

永尾さんとは亡くなったというKIDのマネージャーさんかしら?

匿名

>そこは読者の空気を読んでお二人と話してよw


>自前の弁当とどっかで購入した弁当でお話しておいて欲しかったなぁ・・・・


本当に小説を読んだことがない連中ばかりなんだな。
連載中は読むの辛抱して、単行本になってからにしたら?

匿名

>本当に小説を読んだことがない連中ばかりなんだな。
>連載中は読むの辛抱して、単行本になってからにしたら?

何様なんでしょうねー
ツッコミ入れながらやきもきするのも、ひとつの小説の読み方だと思いますが。

リーベルG

匿名さん、ご指摘ありがとうございます。

user-key.

asd氏
>「間合い」なんて荒事慣れした人間の単語
少しでも武[道|術]や護身術の心得が有れば出てくる言葉です。
>ただ、怒りで冷静さを失ったりしてない状況で、人の顔面を杖で殴打できる時点で、白川も相変わらず、相当修羅場慣れしている事には変わりなさそうだが……。
それによっぽどでないと一般人がモニターを真っ二つや歯を折ったりしませんし、できません。
ですから、言葉に出す時には、どっちにしても「旋回半径内」と回りくどい言い方より「間合い」の方がしっくりきます。もちろんどんな言葉を使うかは作者さんが決める事です。

匿名

「間合い」だと、単に攻撃が届く距離という意味合いだけど、
「旋回半径」だと、松葉杖を振り回すという映像的な効果に加え、「意図せず巻き込む」というニュアンスも含まれます。

ということをわざわざ説明しないと駄目ですか

コバヤシ

1人で1冊の本を黙々と読むのも楽しいですが、連載モノをいろんな人の感想を見ながら読むの楽しいですね。
「こんなとこにこだわるのかよ」とか「そんな解釈できるのねー!」など、面白いです。

匿名

>ツッコミ入れながらやきもきするのも、


イベントに対してのツッコミならありですが、構成に対してはありえませんよ。
例えば、新美について、白川さんの口からネタバラシが先に出てしまっては、
今回の立ち回りによるインパクトは無くなってしまいます。


私は小説が読みたいのですよ。
プロットのリストが読みたいのではないのです。

匿名

言葉遣いをどうするか決めるのはーとか
わかってんならだらだら反論せずに即座に黙れば

匿名

少女マンガに「はやくくっつけ」とヤキモキしている人に「くっついたら漫画が成立しませんよ」とかマジレスしちゃうタイプの人かな?
評論家への転職をお勧めします

Dai

> おこわの味を確認しながら行った。

 言った。

> 何人が思わず、といった様子で失望のため息をついた

 これひっかかるんですが、あってます?

 何人かが? 思わず失望の? 「ため息」でなく「表情」?

へろへろ

ここの人たち、何で小説の読み方程度のことで人にマウントを取ろうとしてるんだろう?

リーベルG

Dai さん、ありがとうございます。
何人かが、ですね。

匿名

>少女マンガに「はやくくっつけ」とヤキモキしている人に「くっついたら漫画が成立しませんよ」とかマジレスしちゃうタイプの人かな?
>評論家への転職をお勧めします

同意です。世の中には、いろんな人がいますね。

3STR

とっさの言葉の端々に、為人は顕れるという

白川さんの自宅には

タミヤやドラゴンの未開封箱が積み上がってたり
コマツやCATのミニカーがガラスケースに鎮座してたり
46センチ砲塔(1/200)がライトアップされてたり

するという隠れ設定がある

(と妄想している)

じぇいく

3STRさんと同感です。
きっとクルマ好きか建設機械好きかミリタリー好きなんだなと妄想しています。

so1

>きっとクルマ好きか建設機械好きかミリタリー好きなんだなと妄想しています。

これはきっと重要な伏線だったり…しないよなーw

asd

so1氏


なるほど、白川がミリオタ(もしくは自衛隊あがりか?)だとするなら、あの修羅場慣れっぷりも納得。

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