業務知識ゼロ、研究開発支援を主業務とする技術屋の述懐

わたしの「仕事のやりがい」について

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 わたしは中学生のころからプログラミングをなりわいにしたいと思っていましたので、現状の仕事にほぼ満足しています。ただ、兼業農家の長男なので、今でも両親や農地のことを考えると地元企業で働きたいという気持ちがあります。何度かUターン就職を考えて情報収集したのですが、結局、転職せずに現在に至っています。

 地元企業の募集要項を見ていて気付かされるのは、「どんな仕事でも取り組む」つもりでいても「最新の技術を実践する機会」を望んでしまうということです。飽きっぽくて新しいもの好きとしては、やはり最新の技術や概念に触れていたいという願望がありますが、経験上、実際に使わない技術を学んでも身につくことはありませんでした。研修制度をうたう企業もありますが、それだけでは不十分です。責任ある状況で学び、実践し、フィードバックを得る……こうしてはじめて技術として身につくと思うのです。

 幸いにして、現在の主業務ではこのような機会があります。新しい技術を得て、それを生かしたアプリケーションを作ることができる……日ごろ考えたこともありませんが、これがわたしの「仕事のやりがい」なのかもしれません。

 ちなみに、わたしの派遣先には、事業部が必要な人材を公募する制度があります。正社員は希望する事業部が人材を公募していれば(上司など異動を阻害する人に許可を得ることなく)自由に応募することができます。

 もし、あなたがやりたい仕事のために転職するつもりなら、転職する前にこのような制度を利用してみてはどうでしょうか? 残念ながらわたしの会社にはありませんが、比較的規模の大きい企業では類似する制度があるのではないでしょうか?

 この制度を利用して異動した方を何人が知っていますが、ほとんどの方が「社会に貢献する仕事がしたい」という理由で応募されたそうです。わたしの場合、担当した業務で数本のソリューション製品の製造にかかわることができましたので、彼らに言わせれば、社会に貢献する仕事をしていることになります。楽しみながらプロトタイプを製造し、うち数本が製品へと昇華する……わたしは技術屋として幸せなほうかもしれません。

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コメント

みながわけんじ

「自分の開発したプロダクトを使っていただけるお客様がいるということを誇りにする」おっしゃるとおり、それがエンジニアとして健全な姿だと思います。

高度なテクニックを駆使して自慢しても、使っていただけるお客様がいないということは自己満足です。

「お客様は神様です」という考え方は危険だという考え方もあります。自分も無理な要求にどう答えたらいいのか迷うこともあります。そういうときは妥協案を考え開発し使っていただくことにします。ひとりでも自分の開発したプロダクトのユーザーを増やしたいのです。

画家ゴッホは死後才能を認められた人ですが、生前に1枚だけ売れた絵があるという話を聞いたことがあります。彼は自分流の絵を死ぬまで描きつづけたわけですが、生前に1枚売れた絵があるということは、なんとかして自分の絵が認められたいと自分の絵売りに出してたわけです。彼のやったことは決して自己満足ではなく大衆に訴えかける挑戦を死ぬまで続けたということかもしれない・・・

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