セキュリティは、挑戦するための余白を守っている
昨日は、人間の成果をどう測るのかについて考えました。
正解した数だけではなく、
何に気づいたのか。
どこで立ち止まったのか。
助けを求められたのか。
失敗から何を学んだのか。
そうした判断のプロセスに、人間の変化が表れるのではないか。
そんな問いを立てました。
今日は、少し視点を変えて、そもそもセキュリティは何を守っているのかを考えてみたいと思います。
光を浴びる仕事が、うらやましかった
昔、私は同僚にぼやいたことがあります。
「新しいサービスを導入する部門は、いつも光を浴びていてうらやましい」
新しいサービスを始めました。
新しい技術を導入しました。
利用者が増えました。
仕事が便利になりました。
そうした成果は、目に見えます。
組織のなかでも注目されます。感謝されます。新しい未来をつくっているように見えます。
一方で、セキュリティは裏方です。
何も起きないように、見えないところで守ります。
事故が起きれば注目されますが、何も起きなければ、その存在はあまり意識されません。
うまく守れたときよりも、守れなかったときに名前が出ます。
華々しいことなど、一つもない。
そんなふうに感じて、少し寂しくなっていたのだと思います。
同僚が教えてくれたこと
私のぼやきを聞いた同僚は、自分の故郷について話してくれました。
彼が育った国では犯罪が多く、警察を十分に信頼することも難しかったそうです。
だから、人々は自分と家族の安全を守ることに、いつも大きな力を使わなければならない。
常に周囲を警戒します。
誰を信じてよいのかを考えます。
今日を安全に過ごすために、時間も心も使います。
そんな状況では、新しいことに挑戦したり、希望のある未来を思い描いたりする余裕が生まれにくい。
そして彼は、私にこう言いました。
「セキュリティの人たちが頑張ってくれているから、僕たちはいろいろな新しいことに挑戦できるんだ」
正確な言葉は、もう覚えていません。
けれど、その意味は、今でも私のなかに残っています。
私は、とても勇気づけられました。
安全は、何かを始めるための土台です
それまでの私は、セキュリティの価値を「何かを防ぐこと」として考えていたように思います。
事故を防ぎます。
情報漏えいを防ぎます。
業務停止を防ぎます。
損失を防ぎます。
もちろん、それは大切です。
けれど、同僚の言葉によって、もう一つの価値が見えてきました。
安全があるから、人は前を向けます。
守ることだけに力を使わず、新しいことを考えられます。
この技術を試してみよう。
新しいサービスを始めてみよう。
これまでとは違うやり方に挑戦してみよう。
そう思える余白が生まれます。
セキュリティは、挑戦を止めるためのものではありません。
人や組織が安心して挑戦するための、土台をつくるものなのかもしれません。
セキュリティはブレーキなのでしょうか
セキュリティは、ときどきブレーキにたとえられます。
危険だから止めます。
リスクがあるから認めません。
ルールに合わないから使えません。
確かに、止めなければならないこともあります。
けれど、ブレーキは、ただ車を止めるためだけにあるのでしょうか。
安全に速度を調整できるから、私たちは前へ進めます。
必要なときに止まれると分かっているから、安心して走れます。
セキュリティも、同じなのかもしれません。
何でも禁止するためではありません。
どこに危険があるのかを一緒に考えます。
どのリスクなら引き受けられるのかを判断します。
何かが起きたときに、どう止まり、どう戻るのかを準備します。
そうすることで、人や組織が前へ進めるようにします。
セキュリティは、挑戦に反対する存在ではありません。
挑戦を、続けられるものにするための存在です。
光を浴びなくてもよいのかもしれません
新しいサービスをつくる部門が、光を浴びます。
新しい技術に挑戦した人が、評価されます。
その姿を見て、私はうらやましいと思っていました。
けれど、セキュリティそのものが、光を浴びなくてもよいのかもしれません。
守られた人たちが、安心して光のなかへ出ていける。
失敗しても、組織に戻ってこられる。
新しいことへ、もう一度挑戦できる。
そのための場所をつくることが、セキュリティの仕事なのかもしれません。
これは、目に見えにくい価値です。
事故を防いだ件数だけでは、表せません。
損失をいくら回避したかだけでも、十分ではありません。
セキュリティがあったから生まれた挑戦。
安心して提案できた新しいアイデア。
失敗を隠さず相談できた関係。
何かが起きても、もう一度前へ進めるという信頼。
そうしたものも、セキュリティが生み出している価値なのではないでしょうか。
その価値を、どう示せばよいのでしょうか
あのとき、同僚が言葉にしてくれたことで、私は自分の仕事を少し違って見られるようになりました。
セキュリティが守っているのは、今日の安全だけではありません。
人が明日へ向かって挑戦できる余白も守っています。
けれど、ここで次の難しさが出てきます。
その価値を、どうすれば組織に伝えられるのでしょうか。
何も起きなかったとき、セキュリティが機能したと、どう確かめればよいのでしょうか。
事故件数がゼロなら、安全だったと言えるのでしょうか。
反対に、報告件数が増えたら、セキュリティが悪化したことになるのでしょうか。
次回は、
「何も起きなかった」セキュリティに、どのような価値があるのか。
という問いを考えてみたいと思います。
セキュリティの価値を、事故がなかったという結果だけではなく、人や組織が気づき、相談し、挑戦し続けられる状態から捉えることはできるのでしょうか。
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