新規事業立ち上げに立向かうベテラン技術者の現在進行形奮闘記

“i”のわな

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 われわれの周りに、ごく自然にはびこる“i”の文字。iPod、iPad、iモード、iGoogle……そしてiPhone!

 二十数年もSEをやってきて、課長、部長と順調に階段を登ってきた。この後もこのまま歩んでいけば、まずまず悪くない人生だ! 正直、多くの時間はこう思っていた。あの日までは……。

 その少し前から、何かの拍子にふっと、いつもと違う思考が脊髄を通って脳幹を刺激する時があった。

 『やりたいことがあるんだろ?』

 脳幹を刺激する思考は、「こっちに来れば、それはそれは楽しいぞ」と言わんばかりに一瞬だけパッと輝いて、すぐに消えていく。

 『それは会社と、なにより自分の今後に必要な……“何か!”』

 誘惑的なその思考は、日に日に出現頻度を上げて、まずまず悪くない人生とは違う方向を指す。

 でも、私はかたくなに思考が指す方向を見ない。

 いや、見られない。

 面倒くさい……かったるい、近いが違う。怖い、びびってる、こちらの方が近い感覚だ。

 気のせいか少しだけ、その思考の出現頻度が減ったように感じていた、ある日。突然にあれが私の前に現れた。

 “iPhone”

 携帯電話なのに画面しかない!

 まろやかなボディにリンゴがよく似合っていた。

 携帯とは逆の発想のデバイス。似て非なるモノ。だけど、すこぶる魅力的。

 あ~こういうことをやりたいんだ。『こういうこと』の形は、かなりボヤけてはいたが、この時はそれで十分だった。この瞬間から、私の頭の中は完全に逆転した。

 新しいことにチャレンジしていきたい!

 会社のためにも、なにより自分のために。

 ならば、あとは行動あるのみ!!!

 と、決めたハズなのに、

 『無難にいきたいんだろ?』

という以前まで自分を支配していた思考が猛烈に刺激してくる。

 封じ込められた憤りを隠そうともせずに。ちょっと前までいた場所に戻りたいと。

 ……と、小説風に書き始めましたが、“iPhone”の衝撃は、私にとって本当に強いものだったのです。

 もともと、新しもの好きではあったのですが、それはあくまで個人的な物欲の世界のことでした。しかし、iPhoneに関してはそれだけではなく、ビジネスのにおい(=朝刊のインクのにおい)をも感じていた気がします。携帯電話には感じなかった感覚です。

 でも、まだiPhoneをはじめとしたスマートフォンに、どう関わっていけばいいのか、まるでイメージが湧いていなかったし、初代iPhoneは日本で発売されていなかったこともあり、特にビジネスの世界ではおもちゃ的な扱いを受けていました。

 ひたすらネットで調べて、自分なりに理解して、周りに面白いデバイスだと言い回って、1人で騒いでいた……まだ、そんなレベルでした。ほんの3年ちょっと前の話です。

 中小のソフトハウスの多くは、大手SIerの元で、いわゆるSES(システムエンジニアリング サービス)と呼ばれる技術者を派遣するサービスで売上の多くを得ています。

 私の会社も、その例にもれず、SES中心の会社でした。

 このビジネスモデルは実は不況にかなり弱い。契約社員の比率を上げれば業務改善できるものの、私の会社のように100%正社員で構成する場合、どうにも弱い。

 しかし、中小ソフトハウスが、SESを脱却するのは相当に苦痛を伴う作業になります。だから、分かってはいるけれど、変えていけない。

 やるなら、好景気のうちに始めるべきなのですが、喉元過ぎればなんとやら。現状でうまく回っている時は手が出ないもの。しかし、このままでは……何かしなければ。そう、考えている時でした。

 冒頭のiPhoneに出合ったのは!

 iPhoneをどう料理すれば、うちの商売になるのか、当時はまったく分かっておらず、ただ、単純に衝撃的であり、絶対に日本でも流行ると確信したのみでした。それでも、少なくとも方向だけは見えてきた! そんな気分でした。

 あっちへ行けば、苦労とプレッシャーが待ち受けていることはなんとなく分かっていたのですが、この“i”の誘惑には抗しがたい魅力があった。いま思うとこの事件は、巧妙に仕組まれた“i”わなだったのではないか?

 『なんとかなるさ』

 これまでと同じ、根拠のない自信が、今回ばかりは見事に打ち砕かれるとは、この時、まだ少しも考えていませんでした……。

【使用上の注意】

 最初に断っておきます。

 この手の話は通常、紆余曲折しながらも最後には成功を収めた人物の足跡を追うものですが、私が書こうとしている自分の体験は、まだ成功に至っていません。

 つまり、現在進行形の話なのです。

 なので、一気に書いてしまうとすぐに現在に追いついてしまいます。

 ダラダラと寄り道をしながら、新しい事業が成功を収める(?)までを書いていくつもりです。ぜひ、成功を祈りつつ、ご愛顧いただければ幸いです。

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