エンジニア歴20年のおっさんが語る、いろいろな経験やこれからのソフトウェア業界についてです。

第4話 ソフトウェアの価値

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 さて、今回からメインテーマである「ソフトウェア開発に幸せな未来はあるか」ということについて書きたいと思います。

 ソフトウェア開発という仕事は比較的新しい産業だと思います。そして、その発展の速度が他の産業に比べてかなり速いと思います。「発展」と書きましたが、実際は肥大化しているだけだと個人的には思っています。基礎技術はほとんど何も変わりませんが、規模だけは大きくなっていますから、今風に言えば「メタボ」でしょうか(あぁ、わたしも人のこと? 言えないかも)。

 わたしは、ソフトウェア開発という「職業」がこれから先どのようになっていくのかと、非常に不安を感じています。当然、ソフトウェア開発というものは絶対になくなることはありませんが、日本での「職業」としてはどうでしょうか? まったくなくなることはなくても、従事する人がかなり減るのではないかと予想しています。さすがに数年先ではないとは思いますが、状況的には一寸先は闇に近いと思えます。

 そう思う要因というのは1つではありません。いくつかの要因が重なり合っていると思います。そして、その兆候は徐々に大きくなっていると感じます。

 今回から何回かに分けてソフトウェア産業に対しての「問題」を書きたいと思います。このコラムを読んで下さっている中には「そんなことわかりきっている!」方もいらっしゃると思いますが、しばらくお付き合い下さい。今回は「産業としての問題点」です。

■不況だけでしょうか?

 昨年のリーマンショックを皮切りに、日本でも派遣切りに代表される就職環境の悪化が目立つようになりました。主に製造業ですが、ソフトウェア開発関係も同様に厳しくはなっていると思います。

 わたしの会社もその影響を受けた1つです。実は今年の初めに民事再生法を申請し、事実上倒産しました。幸なことに同業他社(今はこの会社の社員です)が救済合併してくれたおかげで、何とか無職にならずに済みましたが、他人事ではないと実感しています。

 日本の企業は不況で売上げが落ちると、まず経費削減を考えます。それはそれで大事なのですが、本来は無駄なコストを省いて、売上げを上げるための方法を考えるのが本筋です。でも、日本の企業はなぜか人を減らし、人件費をカットして利益を出そうとします。ビジネスの考え方としては非常に稚拙で、それで良ければ誰が社長になっても変わりません。IT業界、とりわけソフトウェア開発は人材こそ最大の商品ですが、目先の利益にしか目がいかないようです。

 設備投資も見合わせる企業が多いです。可能な限り、今の人員で今のシステムをメンテナンスして延命させようとしているようです。わたしの知る限りでも、結構な数の案件が止まっています。ソフトウェア開発、とりわけSIerやそこにエンジニアを派遣している会社は不況を実感しているでしょう。

 そうはいっても、必要な所には投資が必要です。世の中不況でも増益している企業も当然あります。ハードウェアもソフトウェアも昔ほどクローズしている世界ではないため、選択肢も多く、費用も(昔に比べれば)かなり安価に構築が可能になっています。これはIT業界の努力の賜物ですが、他方自分たちの首を絞めている結果にもなってます。

■ソフトウェアはハードのおまけ?

 歴史的にはソフトウェアはハードウェアの付属品、いってしまえばあって当たり前のものです。組み込みソフトなんかは付属品とは違いますが、あって当たり前の代表的な例だと思います。

 わたしはある自動車メーカーのスピードメーターやカーナビのソフトウェアを開発したことがあります。買う側からすれば、ほとんどの人がハードウェア(自動車やカーナビ)を買ったという意識はあっても、内蔵のソフトウェアも一緒に買ったと認識する人はまずいないでしょう。これが一般から見たソフトウェアの認識です。

 昔のコンピュータ(パソコンと呼ぶには少々高い時代)にも、最低限動かすためのソフトウェアが添付、もしくはROMで内蔵されていました。ハードウェアだけ購入すれば取りあえず動かす事はできたのです。今はハードウェア以外に別途ソフトウェア(OSやアプリケーションソフト)の購入が必要です。もっとも今は部品単位で購入可能なので、ソフトウェアも部品の1つと考えることはできるでしょうけど。

■ソフトウェアは高いのか?

 お客様から良く「ソフトって高いよね」って言われませんか? それぞれの立場で金額は異なるのですが、よく聞く話です。我々エンジニア側からすると、それなりの人数でそれなりに期間をかければ、やはり金額もそれなりと思います。ユーザーでも使う人(現場の人)やシステム部の人は割合理解してくれても、お金を出す人(経営者)からするとそこまで高いことに理解を示してくれないのが普通です(システム開発出身なら別でしょうが)。

 ソフトウェアは、一般の人には価値観が見出しにくい商品だといえます。数千円のソフトも数十万円以上のソフトもメディアとしてDVDに入れてしまえば、同じに見えるからです。極論すれば、数千円の映画のDVDとなんら変わりません。見た目で価格差が分かりづらいのです。昔みたいに分厚いマニュアルが何冊もあればそこに価値が見えますが(これも間違っていますが)、最近ではPDFなんかで電子化してしまうことも当たり前になり、ますます価値が分からなくなっています。

 昔より減っていると思うのですが(思いたい)、ソフトウェアの違法コピーも高いと感じる要因だと思います。パソコンソフトでもゲーム機でもたいていのものはコピーできるようです。何より、本屋さんでコンピューター雑誌のコーナーに行くとDVD(映画など)やゲーム機、パソコンソフトは無料でGETが当然、みたいな見出しの雑誌がたくさん出ていますこの状況も良くないのですが、無料で手に入り動作するなら例え数千円でもソフトウェアは高いと感じてしまうと思います。

 ゲームなんかは思い入れがあって好きなら購入するでしょうが(最近のドラクエみたいに)、アプリケーションソフトはどうでしょう? 知り合いにもこの不況下、新しいパソコン用にオフィスソフトをコピー(インストール)させてと普通にいってきます。当然断りますが、そこにあまり罪悪感がないところがコワイです。

■ソフトウェアのデフレスパイラル

 最近は、個人でプロ顔負けのフリーソフトや安いシェアウェアを作る人がいます。これは良いのですが、競争が激しい分野では値下げ合戦の引き金になってしまいます。近年ではオープンソースソフトウェアも無料のSaaS/ASPサービスも増えています。googleは無料OSを、マイクロソフトも、次期Officeをネットワークで個人向けに無料で提供するらしいです。

 そういう状況だけ捉えられると、「よそは無料なんでしょ?」って言われてしまいます。エンジニアとしてオープンソースを見ると有益なんですが、商売的に見ると完全にマイナス要素です(過去に、無料なのになんでお金取るの? って真剣に言われたことがあります)。特に最近ではコア技術に限らず、アプリケーションまで探せば何でもオープンソースでありそうで、安いハードウェアで安価にシステムが組めそうです(実際は自分たちの環境に合わせたカスタマイズが必要ですけど)。大企業なら戦略としてそういうこともできますが、そうでないところは確実に体力は減っていきます。

 GoogleやYahoo! などはソフトウェアを開発し、それを売って儲けているわけではありません。ソフトウェアを使って無料サービスを提供し、知名度を上げて広告収入で利益を上げます。ソフトウェアが「商品」ではなく「サービス」を提供するための手段になっており、日本人にはなかなかマネのできないビジネスモデルです。

 結局、「買う」ことに対しての付加価値が見いだせなくなり、無料や安価なものでも代替できるようになると段々ソフトウェア開発という「仕事」は成り立たなくなると言えます。人件費はかかるので、やればやるほど赤字のスパイラルになる可能性は否定できません。Googleにしても圧倒的なシェアを背景に可能なビジネスモデルであって、これを出来るのはほんの一部の会社だけです。組み込み以外のソフトウェア開発会社はなかなか難しい舵取りを迫られているのかも知れません。

■サービス化がもたらすもの

 Webアプリケーションも、使う側から見れば一種の「サービス」だといえます。ネットブックの売上げが増え、大企業ではシンクライアントの導入も行われています。ソフトウェアがネットワークの普及によって、クライアント側からネットワークの向こう側へ確実にシフトしています。

 Webアプリケーションを作っていて思うのですが、従来のプログラミング技術に加え、デザインセンスも必要になっています。これからはプログラマよりはデザイナーの方が有利かもしれません。

 今の状況が劇的に変わることはなくても、少しずつソフトウェア開発の仕事としての環境は厳しくなっていると思います。オープンソースやフリーソフトが悪いとはいいませんが、これからはソフトウェアを開発するだけではなく、その先のサービスまで見据えて開発することが求められるような気がします。ソフトウェアを組むだけで収入が得られる時代はそう遠くない未来に終焉を迎えるかも知れません。

 次はエンジニアの問題について書こうと思います。年齢的には「最近の若いもんは……」とつい言ってしまいそうなんですが、若いもんに限らなくなってきたと思うのはわたしだけでしょうか? 結構、頭が痛い問題です。

Comment(10)

コメント

インドリ

まっていました!仰るとおりだと思います。
今の状況は「1960年代ソフトウェア」を連想します。
バンドリングが当たり前の時代に逆戻りしつつあるではないでしょうか。
この他の要因としては、経営者が情報処理技術を知らず、怠惰な技術者ほど出世させたりと、理不尽な事が横行している現状だと思います。
(次回に登場しそう)
その他にも、机上の空論で何もしないほど儲かる産業構造とか、お客様が看板しか見ないという現実もこの産業にダメージを与えていると思います。
そういったこの産業界の悪さを考えると将来は暗いと私も思います。

saki1208

にゃん太郎さん、こんばんわ。

saki1208です。

今の時代、ハードウェアでも稼げないんですよね。
なのにソフトウェアでも稼げない。
# まぁ、ハードウェアで稼げそうなのはメーカーだけですが…

いったいどこで稼げばいいのやら。orz

そのために何をすればいいのか、いつも考えさせられます。しかし、私の周りには
同じことを考えてくれる人はあまりいないようです。

好き好んで儲からないような仕事のしかたをしてるとしか思えない。orz

にゃん太郎

インドリさん、ありがとうございます。

 経営者がエンジニアの発想でいると会社はなかなか回って行かないのですが、
そうは言っても技術を知らなければ現場の技術者の言いなりか、現場を無視した
経営になってしまいます。バランスが難しいのでしょうが、やはり技術よりも
儲けてくる人が出世します。どこの業界でも同じでしょうが。

 得てして出来るエンジニアほど潰してしまうので、先々が思いやられます。
本当にタフでないとやっていけないと思いますが、インドリさんも結構タフで
すごいと思います。

にゃん太郎

saki1208さん、ありがとうございます。

 ソフトウェアもハードウェアも大企業しか儲けが出にくい構造になりつつあり
ます(なっているかも)当然、働いている我々もそうです。うちの会社もそうで
したが結構有名なブランドを持っていてもあっけなく無くなってしまいます。

 本当は、働いているエンジニアも危機感を持った方が良いのですが、そういう
人は少ないです。生産性は考えず、残業すれば良いと安易に考え、そのくせ、面
倒なことはやりたがらない。コスト意識は皆無で…って書いていると腹が立って
きそうです。

 本当に悪いのは経済危機でも世の中でもないんですけどねぇ。

saki1208

saki1208です。

> 本当は、働いているエンジニアも危機感を持った方が良いのですが、そういう
>人は少ないです。生産性は考えず、残業すれば良いと安易に考え、そのくせ、面
>倒なことはやりたがらない。コスト意識は皆無で…って書いていると腹が立って
>きそうです。
技術者の側から仕事のやり方を変えていかないとダメですよね。出来ることはどん
どんヤる、少しでもいいと思ったことは提案してみる。

IT土方なんて言われてる内は、どんなにがんばってもみんなが不幸になると思いま
す。もちろん、お客様もです。
生産性をあげて(口で言うのは簡単なんですけどね)、みんなで定時で帰る。それが
できない内は、残業する人だけが儲かる? 仕組みが変えられない。
多少語弊がある気がしますが、本来は残業なんて物は仕事がこなせない人がする物
でこなせる人がすることじゃない。でも、残業した方が給料が多く、がんばってる
感が醸し出されるんです。なんだかんだといいながら、そういうところが評価され
ることも多いし...
# まぁ、私の職場では特定のメンツにだけ極端に多く仕事が廻ってくるのではなっ
# からめちゃくちゃなスケジュールだったりするんですけどね...
# その上に余計な割り込みまでガンガン入ってくる。orz

で、結局、経済危機なんて物に左右されるんじゃないかと思います。

にゃん太郎

saki1208さん、ありがとうございます。

> 多少語弊がある気がしますが、本来は残業なんて物は仕事がこなせない人がする物
> でこなせる人がすることじゃない。でも、残業した方が給料が多く、がんばってる
> 感が醸し出されるんです。なんだかんだといいながら、そういうところが評価され
> ることも多いし...

 いや、私は全然語弊があるとは思いませんよ。例えば急に休んでしまってその分
を取り返すための残業なら良いのですが、そうでないなら早く帰れと。このあたり
は次のコラムで出てきます。

 ちなみに私は朝は多少早く出社しますが、ほとんど残業しません。これが普通だ
と思っています。

インドリ

その問題の原因は日本の評価システムだと思います。
日本は看板(役職や企業の規模)で価格が設定され、実力が殆ど考慮されないので、それが報酬と実力とのギャップを生み、悪循環に陥るのだと思います。

にゃん太郎

インドリさん、ありがとうございます。

> 実力が殆ど考慮されないので、それが報酬と実力とのギャップを生み

 多重構造と会社が抜きすぎている関係でエンジニアの給与もあまり良くないです
よね、一部の大企業以外は。人月の弊害でしょうね。

くま

はじめまして

暗い気分になりますが、仰る通りだと思います。

人月工数は推奨しませんが、労働者の給与を人月
で渡しているので、予測がしやすいというのはあ
るのではないでしょうか?

ここは、ジレンマなのですが、労働基準法の残業
や最低賃金法の考え方が、「時給」をベースにし
ております。専門職型裁量労働制を適用する方法も
あります。その場合は、残業代は必要なくなります。
ただ、とんでもプロジェクトもお気楽も同じ給与
で納得するでしょうか?

多重構造で中間の会社が継続して中抜きするのも
おかしな話です。う~ん。


次回の記事、楽しみにしております。

にゃん太郎

くまさん、ありがとうございます。

 本当はエンジニアにとって「正社員」ってあまり馴染まない雇用形態だと思うん
ですよね。会社から見るといかに多く稼いで少ない給与で済ますかを労働基準法に
照らし合わせて考えますから。みんながフリーとかなら良いのでしょうが、これは
これで社会保険制度の関係上、難しい部分もあります。

 結局、いろいろな問題を放置してきたツケですよね。

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