長い間、エンジニアをやっているうちに嫁き遅れた老婆の足跡。

1999年のマリリン

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 相変わらず寒いねぇ。暑さ寒さも彼岸までって言うから、あとふた月足らずだねぇ。

 ショコラ・オレンジ、準備しといたよ。

 ありがたいねぇ。また来てくれて。ちょっとお待ち。今淹(い)れてあげるよ。暖まっておいき。

 今日も箱の中を眺めてたんだ。目を閉じて、1つだけ記憶の欠片(かけら)を拾いあげてみる。

 ……あぁ、このビー玉はあれだね。2000年問題で世間が大変な騒ぎになってたときのことだよ。

 ……おまえさんもビー玉を覗いてみるかい?

※文中すべての固有名詞は仮名・捏造・偽称・詐称です。

 皆さん、このアタクシを誰だと思っていますの? たかが地方中小企業の一エンジニアだなんて考えていただいては困りますわ。アタクシの会社は、世界に大きな影響力を持っているワールドワイドな会社なんですのよ。その証拠に連日全国ニュースでも報道されていますでしょ? 頭が高いわっ! お控えなさいっっっ!!

 今日は1999年12月28日である。2000年問題前夜と言っても、わたしが担当しているシステムについては問題点の修復は終わっており、「今年は久々の優雅な正月だなぁ」などと暢気(のんき)に欠伸をした時に、その電話は鳴った。

 「Xさーん、お電話ですよー。キクタさんからです」

 「キクタさん? 知らんなぁ……もしもーし、もしもーし」

 いきなり金切り声が炸裂した。

 「世間では2000年問題2000年問題って騒いでますけどッ! どうしてくれるんですかッ!」

 「は!?」

 「世界中大騒ぎじゃないですかッ! どう責任を取ってくれるんですかッ!」

 いきなり豆鉄砲をくらったハトのような気分である。いったいあなた誰?

 ……そうだ、マリリンだ。会話の語尾がすべて怒気を含んだ「ッ!」になる語り口で思い出した。

 電話口で金切り声を炸裂させたキクタさんは、南の島にあるB社の事務のオバサンである。わたしが担当しているお客さんではなかったのだが、一度だけ代理で打ち合わせに行ったときの激しいインパクトは、1年経っても記憶の片隅に存在していた。

 名刺交換後、あたりさわりのない話題を交わしながら、さりげなく顔を観察すると、福々としたフェイスラインに配置された唇は、グロスでぬらぬらと光り、上唇の片方にはほくろがある。「あんたさ、絶対マリリン・モンローを意識してるよな? よし、君の名は今日からマリリンだ」と、わたしは勝手に決めた。

 マリリンは要求事項の確認をするたびに、ひっ詰めた髪のゴムを取り、左右に首を振って、挑戦的な上目遣いで挑みかかる。

 「その機能ホントに要るの? 削ったら金額下げてくれるんでしょうねッ!」

 マリリンの間違いは、その「ッ!」にある。せっかくセクシーなシネマスタアを気取っているのに、「ッ!」では色気半減だ。

♪Happy Birthday, Mr. President~♪

 ゆっくりと余韻を持たせて ♪ミスタ プレジデーン……♪ と歌うからこそJ.F.ケネディの頬も緩んだわけであって、これが

♪Happy Birthday, Mr. President~ッ!

 だと、世紀のロマンスも生まれなかったであろう。男を誘惑したかったら、語尾を「ッ!」にするのはやめたほうがいい。

 そのマリリンが「ッ!」爆裂で怒り狂っている。

 どうも聞けば聞くほど、わたしの会社が2000年問題を引き起こしたと思って御立腹のようなのだ。苦情の爆裂先が、何か間違っているような気がするのだが? しかしマリリンはチョー真剣だ。

 世界で最初に2000年を迎えるニュージーランドには報道陣が大挙して押し寄せているらしいが、あれもわが社のせいらしい。

 そうなのか……わたしは全然知らなかったが、ニュージーランド向け国家防衛制御システムとか、ニュージーランド向け財務会計システムとか、ニュージーランド向けERPシステムとか、ニュージーランド向け羊発情管理システムとか、ニュージーランドのすべてをIT化する極秘プロジェクトが社内では進んでいたのだな。

 電気や水道が止まるのも、食糧の備蓄をしなきゃいけないのもわが社のせいらしい。

 マリリンのボルテージは上がりっぱなしである。

 「食糧危機になって飢え死にしたらどうするんですかッ!」

 もう、世界を代表して不正に挑む正義のマリリンここにあり! である。

 「うちのパソコンは絶対に大丈夫なんでしょうねッ!!!」

 そんなん知らんがな。

 「はぁ……担当者が考えうる限りのテスト・検証はしていると思いますが、絶対に大丈夫かと言われると、実際2000年になってみないと何とも言えない……というのが実際のところなんですよねぇ。おそらく大丈夫だとは思いますが」

 「そういういい加減なことを言うから信用できないのよッ! だから騒ぎになるんでしょッ! しっかりやってないから、毎日ニュースでもいろいろ言われてるでしょうがッ!」

 毎日ニュースで報道されるなんて、わが社も大したモンである。しかし、いくら頑張って悪いことしても、せいぜい地元紙かローカル局のテレビに出るくらいで、金を積んでもNHKの7時のニュースで報道されるようなことは未来永劫ないと思うんだが……。

 どうやらマイクロソフトと間違われたようなのだ。「ご質問の回答につきましては、1インシデントを消費しますが、よろしいですか?」と言ってみればよかったな。

 「何かあっても費用は払いませんよッ!」

 はいッ! 最終的に言いたかったのはソレですねッ!

 「とにかく、この騒ぎの責任をどう取るのか、はっきりしなさいッ!」との捨て台詞を残し、マリリンの電話は一方的に切れたのだった。

 あぁ……ビー玉を覗いてるうちに、うたた寝しちまったようだね。

 懐かしいねぇ、Y2K問題。そんときゃ大変な騒ぎだったけど、結局大したことは起こらなかったねぇ。年の情報を2桁で持ってたシステムはあれこれ大変だったけどね。随分以前からY2K問題は言われてたから、計画的に作業が進められて、大事に至らなかったんだろうねぇ。

 そのうち2038年問題ってのもやってくるだろうけど、まぁ、あたしは生きてないかもしれないねぇ。

 おや、あんた、つきあってくれてたのかい? 悪いねぇ。

 仕事にお戻りよ。気が向いたら、また寄っとくれ。当てにしないで待ってるからさ。マリリンときたら、次はイングリッド・バーグマンでどうだい? あぁ、女優さんじゃあなくってカクテルの話さ。北欧のアクアビットって蒸留酒を使ったカクテルなんだ。

 今日も寒いねぇ。風邪ひかないように、暖かくしておやすみよ。

 今日のBGM:「1986年のマリリン」 by 本田美奈子

Comment(6)

コメント

ヨギ

Xさん、こんにちは。

最近はそうでもなくなったけど、昔、2000年より前くらいだと、マイクロソフトと似たような社名の会社がけっこうありましたね。社名のどこかに「マイクロ」が入ってるとか。オフィス製品のExcelやAccessをちょっともじったような社名とか。

しかしまた、大規模というか、超長距離な間違いですね。わはは。

2038年ねえ.........僕は生きてるかもしれないけど、間違いなく引退してるから、後は野となれ山となれ、かな。
次の記事楽しみにしてます!!!!!!!

組長

こんにちはー。ショコラオレンジごちそうさまでした(笑)。今回も面白くて感動しました。

1999年って、もう10年前なんですね。早いなぁ。私はまだ学生でしたのであんまり縁がなかったです。2000年問題。あ、でも、水とか灯油ストーブとか買いに行きました!懐かしいですね。

この手の女性って絶対どこにでもいますよね。ITリテラシー以前の問題で、何ていうか無駄に必死というか、視野が狭いというか、余裕がないというか。

生きてれば2038年には"アラカン"(Around還暦)になってると思うので、マリリンさんみたいな感じのオバサンにならないように気を付けたいと思います(笑)。次回以降も楽しみにしております。

X

ヨギさん、いらっしゃい。

そうなんだよ。あたしの会社も、ある部分がマイクロソフトに似てたんだ。鋭いねぇ(笑)。

>しかしまた、大規模というか、超長距離な間違いですね。わはは。

まったくその通りさ。
あたしゃ外資系って聞いただけで、ひれ伏しちまう田舎モノなんだ。マリリンと電話の受け答えしながら「あぁ、なってみてぇ、外資系!」って身もだえてたよ。

それと、あっちで教えてもらった黒龍・・・福井の日本酒なんだねぇ。おやおや、サイトを見てみたら、ネット販売はしてないようだねぇ。ちょいと小売店で探してみるよ。

X

組長さん、いらっしゃい。
そっちも寒いかい?。

ココアはポリフェノールが多い点では赤ワインと一緒だねぇ。お肌の曲がり角になったら、ポリフェノールの抗酸化作用で錆びない体を目指したいもんだねぇ。

田舎のオバチャンにはすごい人がいるんだよねぇ。マリリンったら、うちがマイクロソフトだって、ちっとも疑ってなかったんだもの、びっくりしちまったよ。世の中のIT企業は、全部マイクロソフトだって勘違いしてたんじゃないかねぇ。

いや、それにしても笑っちまったよ。
>"アラカン"(Around還暦)
こりゃあ是非今年の流行語大賞に(笑)。

それと、あっち(ヨギさんち)で紹介してた菊水、たくさん製品があるんだねぇ。おすすめは「菊水の辛口」かい?。

そうそう、あたしゃ、明日は明太子の街に行かなきゃならないんだけど、明太子ってのが、焼酎がいいんだか日本酒がいいんだか、悩ましいねぇ。

またお寄りよ。

mmsaru

そっか、次は、私もアラカンじゃわ。。
2000年問題かぁ・・・・
正月休みがボロボロになりましたが、終わってみればマスコミに踊らされただけという風潮になりましたね。。
※うちのオカンなんかノストラダムスとごっちゃになってますが。。
クレームというのは、ある意味自分の経験値を高めれるし、先方との信頼関係を深めるチャンスでもあるいい機会だと思うようにしていますが、さすがにコレはねぇ。。
時々「言ったもん勝ち」みたいな文化の人もいますが、所詮、人対人ですから履き違えも過ぎると逆に損する機会が多いのではないのかなと思います。

マリリンか。いいネーミングだ。
じゃ、私の知人の安藤TLはどうだい。
キザな彼は"ラ"の発音が"ルゥァ"になっちまうんだよ。
「コルゥァ!しっかりやルゥァんかい!!」
とか言われても逆に士気下がるわなぁ。。
そんな彼を「アンドゥ・トゥルゥ」と私は呼ぶ。
ん?紹介してほしいって??フッ、エレガントな君に彼は似合わないよ。

X

あぁぁ、やっと明太子の街から帰ってきたよ。年寄りに長旅はきついねぇ。

おや、mmsaruさん、いらっしゃい。
そうそう、1999年と言やぁノストラダムスの年でもあったねぇ。あれもY2Kと同じくらいの肩透かしだったよねぇ。

あたしに殿方を紹介するときは、パンチパーマ以外にしておくれ。そのアンドゥトロワさんがパンチだったら、縮毛矯正かけてからだねぇ。

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