君がいるだけで
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相変わらず寒い日が続くねぇ。
マルコ・ポーロ、準備しといたよ。ありがたいねぇ。また来てくれて。ちょっとお待ち。今淹れてあげるよ。いい匂いだろう? さぁ、おあがり。暖まっておいき。
今日も箱の中を眺めてたんだ。目を閉じて、ひとつだけ記憶の欠片(かけら)を拾いあげてみる。……あぁ、きれいなビー玉だ。小さいけど、きらきら光ってるよ。
……おまえさんもビー玉を覗いてみるかい?
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※文中すべての固有名詞は仮名・捏造・偽称・詐称です。
絲山秋子の芥川賞受賞作「沖で待つ」の帯にはこう書いてある。
同期入社の太っちゃんが死んだ。
約束を果たすべく、彼の部屋にしのびこむ私。
仕事を通して結ばれた男女の信頼と友情を描く傑作。
わたしは同期とがっぷり四つに組んで仕事をしたことがない。入社時の同期はたくさんいたのに、なぜかそういう組み合わせにはならなかった。しかし、同期ではなかったが“仕事を通して結ばれた男女の信頼と友情”については、いくつもの思い出がある。ウエダ君はその中の1人だ。
あるシステムの保守を担当していたグループリーダーが病気で倒れた。直後に火を噴いたシステムトラブルの火消し役に指名されたのが、わたしとウエダ君だ。ウエダ君はわたしより少し年下で、支社から転勤で戻ってきたばかりだ。
システムが導入されているのは6つの事務所。わたしたちは社用車で隣の県に南下し、北部の事務所から1カ所ずつ回っていった。
最終顧客に出さなければならない帳票の期限は迫っている。短期決戦で処理しなければならない。
2人ともそのシステムに関する業務知識がなく、どんな結果を出せば正しいのかもわからない。いきなり渡された何十冊ものキングファイルをめくりながら、ひたすらに夜を徹して処理を流し続けた。
一連の処理の中には、更新系のバッチ処理が入っていたので、MTにデータセーブを取っては処理を流し、またデータを戻しては再度処理を流す繰り返しだ。オフコンでCOBOLのシステムだが、各事務所に導入されているシステムは、それぞれにSU、CU、LMがあり、同期が取れているかどうかも疑わしい。そもそも入力されたデータがおかしいのか、プログラムのバグなのかもわからない。
6つの事務所すべてで、デバッグのためにソースにDISPLAY文を山のように入れて、STOPをかけながらパラメータの内容を確認し、おかしな個所を探さなければならなかった。
車で移動中は交代で睡眠を取りながら運転をした。信号待ちの間、助手席でコートをかぶって眠るウエダ君の横顔を見て、「わたしたち、なんでこんな目に遭わなきゃいけないのよ!」と思いながらも、とにかく早くウエダ君をラクにしてあげたかった。おそらくウエダ君もそう思ってくれてたんじゃないかと思う。
システムが導入されていた事務所の職員も状況を理解してくれて、テスト結果の確認に夜遅くまでつきあってくれた。頑張った甲斐があって、10日間ほどでシステムトラブルは鎮火した。ボロ雑巾のように疲れきっていたはずなのに、クライマーズ・ハイならぬエンジニアズ・ハイに取り憑かれていたのか、脳が不思議な興奮状態のままで、肩をたたきあってバカ笑いしながら、帰路についた。
そんなウエダ君とは、数年ペアで仕事をしたあとグループが分かれ、一緒に仕事をすることはなくなった。フロアは同じだったので、よく見かけてはいたが、プロジェクトが違うと話す機会は減っていった。
地獄のようなデスマーチ・プロジェクトで残業をしていたある日の丑三つ時、誰かが出先から戻ってきた物音がする。視線を上げると、戻ってきたのはウエダ君だ。
「お疲れー。遅かったねー」
「おう」
「なんかウエダ君と話す機会も減っちゃったなぁ」
「フロアの端と端だもんなぁ。……オレさ、話をしなくても、外出先から帰ってきた時に、『あ、今日も頑張ってるな』って視界の隅で確認してたりするわけよ。元気で仕事してりゃ、それでOKって感じ?」
「……」
「……あれ? どした?」
「ウエダ~、抱きしめたくなったぞー」
そこにいるだけで心が強くなれる……ウエダ君はそんな大切な仲間の1人だ。
“仕事を通して結ばれた男女の信頼と友情”は、辛い思いをしている時に、心を支えてくれる。
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あぁ……ビー玉を覗いてるうちに、うたた寝しちまったようだね。
このシステムは、グループリーダーが1人で面倒見てたんだ。開発のときには大変な工数をかけて作ったシステムだったんだけど、保守に入ってからはずっと1人だった。開発メンバーも異動でいなくなってたし、グループリーダーがぶっ倒れたら、ブラックボックスになっちまうことはわかりきってたんだ。規模の小さなシステムじゃなかったから、担当者が1人だけってのは、そりゃまずいだろうって感じだよねぇ。中小企業なんて、どこもそんな状況でまわしてるんだろうけどさ。
男女の間に友情は成立するか……なんて、中学生が考えるテーマみたいだねぇ。そりゃあ成立するさ。たまにゃあ喧嘩もするけど、仲間で同志でライバルで戦友で……困ったときにはこっそり助けてくれたりもする……そんなヤツがあんたの隣にもいるだろう? たいせつにしなきゃいけないよ。
今日も付き合わせちまったね。悪いねぇ。
仕事にお戻りよ。気が向いたら、また寄っとくれ。当てにしないで待ってるからさ。今度はココアはどうだい? バンホーテンのショコラ・オレンジを飲むと、ほっこりと穏やかな気持ちになれるよ。そうそう、オレンジピールをチョコレートでカバーしたお菓子もあるだろう? オレンジとカカオってのは、相性がいいんだ。
今日も寒いねぇ。風邪ひかないように、暖かくしておやすみよ。
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今日のBGM:「君がいるだけで」 by 米米CLUB
コメント
組長
また寄っちゃいました。笑
仕事でも、プライベートでも、こういう異性の友達って良いですよね。私にもいます。で、相手が結婚とかしちゃうとちょっと切ないですが、でも奥さんとは違う絆があるっていう感じで良い切なさです。そういう気分でワインとか飲んじゃうと良いですね。笑
X
おや、組長さん、いらっしゃい(笑)。
異性の友達って、なんだか心強いんだよねぇ。嬉しい言葉をもらえたりしたら「よぉし、頑張らなきゃ!」なんて妙に張り切ったりしてね。
あたしゃ、たいせつな異性の友達が結婚しちまったときに、なんとも切なくって、一人でワインバーに飲みに行ったことがあるよ。
ヨギ
こんにちは。最近コラムニストになったヨギです。
おもしろいコラムですねえ。この頃は「自分戦略研究所」に寄るときは、まずXさんの新しいコラムが出てないかチェックします。
僕の課の後輩で、本(というか文章自体)を殆ど読まない人がいますが、その彼でさえ「これオモシロイっすね」と言って読んでます。
異性の友達ねえ。 僕もけっこういるんだけど(いや、いたんだけど)、自分が結婚してちょっと遠のき、異性の友達側が結婚してまた遠のき、それでもって最近はカンタンに別れるから、離婚しては更に遠のき、43才の今、異性の友達は3本の指で足りちゃいます。
欧米は結婚すると、より親しくなるって言うけど、日本はその逆な気が.....
いやまあそれより、次のコラム、首を長くしてお待ちしてます。
寒いので体調にお気をつけを。
X
おや、ヨギさんもいらっしゃい。
よく来ておくれだねぇ。
高齢者なんて忘れられた存在さ。そんなとこに通りすがってくれただけで嬉しいよ。後輩くんにもよろしく伝えとくれよ。
異性の友人の数は、男女で違うだろうねぇ。
嫁き遅れエンジニアだと、圧倒的に男性の友人の方が多くなっちゃうんだよねぇ。
年食っちまったら、既婚女性とは生活リズムが合わなくなっちまうし、仕事の愚痴なんかをやいのやいの言ってストレス発散する相手は、男ばっかりになってくるんだよねぇ。
>寒いので体調にお気をつけを。
気ぃ遣ってくれてありがとよ。冷えは老いぼれた婆には命取りだからねぇ。
mmsaru
私の場合、ネットワーク屋でありフィジカルな仕事が多いのであまり異性と組むことはありませんが、やはり同じ釜の飯を食う、というか苦楽を共にしたメンバーは大切な仲間ですよね。
別部門の女性のエンジニアと話す機会もありますが、どちらかと言えば愚痴が多いような・・・
やはり同じ目線で、しんどい思いをしながら目標に向かって共に戦っていかんと、いい話しはできないし、仲間意識も芽生えませんね。
泥にまみれてヘドを吐きながらも、皆で前へ前へと転がしていった経験は、いつか酒場での昔話として仲間と懐かしむことができるだけでも満足です。
こんな寒い夜には人の温かさが身にしみるねぇ。。
生物の共生関係なんて考えたら、人間なんて所詮ちっぽけさ。
キープしてあったヤクルト、残っているかぃ?
今夜はホットで頼むよ。
X
mmsaruさんのキープは・・・っと・・・あぁ、これだね、これ。ヤクルトね。
おまえさんも変わった趣味だねぇ。こんなもんキープしたら、L.カゼイ・シロタ株が生きてるかどうか怪しいもんだよ。
そういやぁ、おまえさん、前に赤玉パンチの話してたよねぇ。ひょっとして下戸なのかい?。それならサングリアなんかおすすめだがねぇ。スペインの白壁の村で、車のボンネットで目玉焼きが焼けるくらいの気温のときに飲むサングリア、うまいんだ、これが。これにスパニッシュオムレツなんかあったらサイコーだよ。
ネットワークエンジニアだと、確かに女性との付き合いは少ないかもしれないねぇ。
あたしゃアプリケーション系だったけど、結構ネットワークエンジニアと組んで仕事してたんだ。プレゼンも一緒にやったしねぇ。でも、ネットワークエンジニアが天井ひっぺがして配線してたり、山の中に無線アンテナ立てたり・・・なんて作業の時は、さすがに別行動だったからねぇ。
愚痴を言い合える仲間がいるだけでも儲けもんさ。吐き出せなくなったら、人間は壊れちまうからね。
mmsaru
確かに。
愚痴すら言わなくなったらホンマにクリチカルな状況かもしれません。。
共生関係云々からヤクルトに入ったのは我ながら分かりにくいですね・・・でも、L.カゼイ・シロタ株で返して頂いたのでいい感じです(?)
新たなご紹介ありがとうございます。酒はけして下戸ではないですよ。(ゲコゲコガエルみたいな口してますが)
小学生の頃から親父に赤玉パンチ飲まされたり、梅の酒漬け喰わされたりしていたので人の倍は飲めます。
Xさんの文章を拝見してると、こんな人と飲んだら面白いだろなーっていつも思います。
※サングリアはサンガリアと勘違いしました。スイマセン。。
プふァー
ひと仕事終わった後のヤクルトは格別だな。童心に還れるよ。
だけど・・・これじゃ酔えなぃな。
すまない、次は梅酒で割ってくれないか。
X
ヤクルトの梅酒割りなんて、相当すごい味がしそうだねぇ。
おまえさん、一度毒見をおしよ。あたしゃそれから味見してみるからさ。いっひっひ。
で、イケル口なんだねぇ。あたしも老いぼれる前は、かなりイケル口だったんだけどねぇ。ザルなんて言われてたし。最近は「奢れる者久しからず、唯、春の夜の夢のごとし」だよ。