ゆるゆるビジョン
◆夏の思い出
こんなに暑い夏を過ごしていると、思い出すことがある。
あれはわたしが大学4年生のときのことだ。
就職することが決まった会社の内定者が参加していたメーリングリストで、「内定者同士で集まろう!」という話が持ち上がった。
就職活動も終わり、出席すべき授業も少なくなっていて、暇を持て余していたわたしは、すぐに参加を表明した。
そして、今年と同じくらい暑かった2000年の真夏の夕方。わたしの同期となる内定者(10人くらい)が一堂に会した。
場所は、たしか新宿のコマ劇場の近くの居酒屋だったと思う。
集まったメンバーはみんな話が面白く、コミュニケーションも上手くて、とても楽しい時間が和やかに過ぎていった。
そんななか、話題は「なんでこの会社に入ろうと思ったのか?」的な方向に。
いやな予感がした。
「業務分析」とか「コンサルティング」とか「マネジメント」みたいな単語が、みんなの口からばんばん出てきた。
やばい……とてもわたしが発言できる雰囲気じゃないっ!
そう焦っているうちに、わたしが発言する番に。
「……いや、なんかエンジニアっていいなーと思って……」
しーんと静まり返る一同。案の定、わたしの発言はスルーされ、場は次の話題へと進んでいった。
わたしは、みんなの話を聞きながら笑顔を作りつつも、内心では周りの内定者の就職に対する意識の高さに圧倒されてしまっていた。
◆システムエンジニア?
内定をもらって暫くして、大学で出会った友人に就職先を伝えたことがあった。
「就職決まった。SEになるわ。」
「SEって何の略だっけ? システムエージェント?」
いろいろツッコミどころの多い友人の返答だったが、当時のわたしもSE(システムエンジニア)については何も知らなかった。
そもそも、ITに関する知識がほぼゼロベース。
ワード・メール・ネットでしかPCは触ったことがなかったし、IT用語に至っては、何を意味することばなのかも分からなかった。
就職活動中、ITに詳しい友人に話を聞いたときも「C? VB? Java? なんなの、それ? ……言語? ……コンパイル? ……ごめん、もういい」みたいなお手上げ状態。
実際のところ、わたしは就職活動期間中、そして内定をもらった後も、システムエンジニアに対しては「何かのシステムを作る人」という漠然としたイメージしか持っていなかった。
◆なぜシステムエンジニアになろうと思ったのか?
なぜ、わたしはシステムエンジニアになろうと思ったのか?
それは「技術職」というフレーズが格好いいと思ったから。
「システムエンジニアは文系でもなれる唯一の技術職!」
就職活動中に就活雑誌を読んでいたとき、このコピーが視界の端に入ってきた。
わたしは職人的な仕事に憧れていたので、手に職がつく感じを想起させる「技術職」というキーワードに目が釘付けになった。
「文系でもなれるのか……(よく分からないけど)これになろう!」
その記事を読んだ瞬間、わたしは直感でそう決めてしまっていた。
当然、「技術職」というフレーズに惹かれただけで臨んだ就職活動は、困難を極めた。
なかでも困ったのが、企業に提出するエントリーシートに書かないといけない志望動機。いくら本当のことだといっても、「『技術職』というフレーズが格好良いと思ったので……」とは、もちろん書けない。
そして、部屋に篭ってウンウン言いながら捻り出した志望動機がこれ。
「日常生活を支えるインフラシステムの構築に携わりたいと考えたため、御社を志望しました」
いろんな会社の採用試験で使い回した志望動機なので、今でもよく覚えている。
この志望動機は面接においても、何度となく語った。
「志望動機を教えてください」
「現代社会はシステムが支えています。わたしは、そんな現代人の日常生活を支えるインフラシステムの構築にぜひ携わりたいと考えています!」
無知であったがゆえの、曖昧で思い切った発言。いま思えば、我ながらよく言えたものだなーと思う。
しかし、そのときの本音をいうと「日常生活を支えるインフラシステムの構築」なんて考えたこともないし、別にやりたいことでもなかった。
なにせ、わたしは「技術職」というフレーズが気に入って応募してるだけなんだからっ!
そんな無茶な志望動機しか持っていなかったので、システムエンジニアになることが決まった時点では、わたしは将来のビジョンを全く描けていなかった。
◆エンジニアとしてのゆるいビジョン
「みんな、ちゃんとした目標を持ってるんだなー。自分もなにか目標を持たないとなー」
内定者同士で集まった飲み会の帰り道、わたしはそんなことを考えていた。
それから数日間、わたしは目標作りに打ち込んだ。
しかし、ネットで調べたり、システム構築に関する書籍を購入して勉強してみたものの、具体的な仕事のイメージがさっぱり湧いてこなかった。
「うーん、やっぱり無理。みんなみたいな目標は、無理。全然思いつかない」
そう音を上げた瞬間、わたしのなかで何かがピンと閃いた。
人は人――自分は自分――なんだ
わたしはこの気持ちをこれからの自分の目標にしてみようと思った。
「わたしの目標は、わたしにできることをちゃんとやっていくこと!」
頭の中で描いたのは、そんな幼稚で自己中心的なゆるいビジョン。マイペースなわたしの性格を投影した、ゆるゆるビジョンだ。
入社してからは、そのビジョンにもとづいて自分にできることを精一杯やりながら、自分にできることを増やしていく、ということを心がけるようにした。
そのうちに転職もしたし、学生のときには想像していなかったようなことも経験した。社会人になってからは、良くも悪くも予想外の出来事の連続だった。
気付けば、エンジニアになってから7年が経っていた。
◆2008年、夏
2008年、うだるような暑さの夏。
前の会社の同期から、退職するという内容のメールが届いた。お互いの将来について熱っぽく語り合った仲の良い同期だった。
みんな、いろいろ考えてるんだな……。
メールに目を通していると、ちょっと忘れかけていたあのビジョンが頭に浮かんだ。
わたしがいまだにエンジニア生活を続けていられるのは、あのときのビジョンが頭のどこかに残っているおかげかもしれない、と思った。
そのメールに返信してから、強い陽射しが照りつける外に出た。
空は青い。夏がきらきらと輝いていた。
わたしとして――わたしは――進んでいくんだ
吹き出る汗をぬぐいながら、わたしはかつての自分のビジョンをもう一度思い描いた。
★今週のゆるゆるぱつぱつ率
ゆるゆる:70%
個人的に温めていたアイデアをベースにアプリケーション開発を開始できたので。やっぱりエンジニアは開発してナンボのものだなーと感じた次第。
ぱつぱつ:30%
夏休み明けということで、週の前半はタスク多めだったので。