『アート・オブ・コミュニティ』――コミュニティ運営は、猫を集めることに似ている
アート・オブ・コミュニティ ――「貢献したい気持ち」を繋げて成果を導くには Jono Bacon (著)、 渋川よしき (翻訳) オライリージャパン 2011年5月 ISBN-10: 4873114950 ISBN-13:978-4873114958 2940円(税込) |
■猫を集める
「今日までぼくはあまりに多くの時間を、猫のためにドアを開けたり閉めたりすることに消費しすぎていた」――ロバート・A・ハインライン『夏への扉』
「コミュニティ運営は、猫を集めること(Herd Cats)に似ている」
世界最大のオープンソースプロジェクト「Ubuntu」のコミュニティ・マネージャである著者は、コミュニティの運営をこう例えている(How To Herd Cats And Influence People)。
コミュニティ・メンバーは、仕事や誰かの命令でコミュニティに参加しているわけではない。参加するも抜けるも自由、彼らをしばる窮屈なものは何もない。
では、なぜエンジニアたちはコミュニティに貢献しようとするのか? このような疑問を感じた人、あるいはその問いに答えられる人は、本書を手に取るべきだ。
『夏への扉』に登場する愛すべき猫ピートは、主人をつついては夏に通じる扉を開けさせようとした。コミュニティに参加する人々が開けようとしている扉はどこに通じているのか?
■信用こそがすべて
本書は、コミュニティを運営するために必要なノウハウや、コミュニティの設計思想を解説している。
ここでいう「コミュニティ」とは、Ubuntuのような技術コミュニティだけに限らない。定義上は、「同じ環境にいてお互いに会話したりやりとりをする集団」だ。しかし、ただ集まっているだけではコミュニティは動かない。
彼らを動かすのは「コミュニティの中で行われる“相互作用”と“一体感”」である。
一体感というと何やら抽象的だが、シンプルに言えば「ポジティブな信用経済による、ポジティブな成果」ということになる。信用経済における対価は、金銭ではない。代わりに流通するものは、他者からの信頼や尊敬である。コードを書くたび、フォーラムで技術的な問題に回答するたびに信用通貨は上がる。そしてそれはポジティブな成果――例えば自尊心や周囲からの評価、プロダクトを作った達成感など――をもたらしてくれる。
■グラスは半分だけ満たせ
編集という仕事をやっているとつくづく思うことだが、1人でできることはあまりにも少ない。原稿を書いてくれる人と編集者、カメラマンやイラストレータ、著者とつながりを持つエンジニアたち、いろいろなスキルや考えを持っている人が集まってこそ、面白いことができる。
グラスはいっぱいに満ちている必要はないのだ。半分だけ中身が入っている者同士が集まってコラボレーションすれば、グラスはあっという間に満ちる。本書の著者は、コミュニティにおける「多様性」の重要性を強調している。
「責任を持つ人や、無責任な人など、さまざまな人がいますが、多様性が広がるようにするためには、敬意を大事にする必要があります」(p.35)
■コミュニティの中の人として考える
オープンソースのコミュニティとはひと味違うが、私(自分研の編集者)もある意味で「コミュニティ運営」に携わる1人なので、ささやかながら具体例を書こうと思う。
エンジニアライフは、IT業界に携わる人(多くはエンジニア)がコラムを投稿するCGMだが、ここ最近はコミュニティ要素が強くなってきたと感じている。初めは個々のノード(点)だったコラムニストたちがSNSやオフ会などでつながってネットワーク(線)を結ぶようになり、他のコミュニティともつながるようになった。
では、彼らのために運営局ができることは何か?
著者は、コミュニティ運営者という自身のポジションを「世の中に変化をもたらそうとする協力し合う世界中のボランティアたちに対して、それを達成することを『可能にする』のが仕事」と説明している。エンジニアライフ運営局の場合は「コラムニストが気持ち良く情報発信できる機会と場を提供し、サポートする」といったところだろうか。ざっくりまとめると、大体いつもこんなことをやっている。
●内部
- コミュニケーション:新規コラムニストの対応、既存コラムニストからの質問・相談対応、運営側からの情報発信、ドキュメント執筆など
- 土台作り:ツールの改善、ルールや募集要項の定期的な見直しなど
●外部
- アピール:新規読者/リピーターを獲得するための施策など
- 見え方:UIの見直し、導線の設計、ツールの導入など
エンジニアライフはメディア媒体なので、内部コミュニケーションだけでなく、外部コミュニケーションにも同じぐらいのウェイトを置いている。なので、外部コミュニケーションについては少々勝手が違うものの、内部コミュニケーションについては、「これは分かる」「なるほど」とうなずく場面が多かった。
コミュニティは扱う技術や来歴、メンバーによって個性が異なるものだと思っていたけれど、思った以上に共有できるノウハウがあるのはうれしい驚きだった。
■オープンであれ、誠実であれ
このノウハウは、コミュニティ運営だけではなく、チーム運営やディスコミュニケーションの解決にも使えるかもしれない。実際、本書は「コミュニケーション」や「対立の対処」といった、人と人が集まるところになら必ず起こるであろうトピックに、かなりのページ数を費やしている。
特に「風通しの良いコミュニケーション」(第3章)と「対立への対処」(第9章)は、普段から意識していることや考えていることについて書いてあり、親近感と驚きを覚えたものだ。
オープンなコミュニケーションは摩擦を生みにくくするし(もっとも、オープンすぎて議論が大白熱する場合も往々にしてあるが)、対立を解決するには誠実な対応が必要だ。
「オープンであれ、誠実であれ」――これはコミュニティの“核”だと思う。
■対立は、出来の悪い料理に似ている
「対立は出来の悪い料理に似ている」という。多様な人を受け入れる以上、どこかで考え方や文化の違いによる衝突は生まれる。食材それぞれの個性が素晴らしくても、組み合わせ方が悪かったり衛生状態が良くないと、料理は最悪にまずくなる。
まずい料理は、誰も幸せにしない。著者は、まるまる1章を費やして(わざわざ「運営」の章からスピンアウトしているのだから、その気概が分かろうものだ)「対立への対処」のノウハウを紹介している。
●対立解決のために必要なこと
- 客観的であれ
- ポジティブであれ
- オープンであれ
- 明らかにせよ
●対立を解消するステップ
- 冷静さを取り戻し、関係者を安心させる
- 顔合わせ
- ディスカッション
- ドキュメントを作成する
- 振り返りと維持
上記のうち、地味だが重要だと思うのが「顔合わせ」。エンジニアライフの場合、実際に顔を合わせたことがある人はごく一部にすぎない。普段は文章ベースのコミュニケーションで問題ないのだが、何かトラブルが起きた時は「文章コミュニケーション」から「文章以外のコミュニケーション」へ切り替えることを推奨している。
仕事柄、言葉にはかなり気をつかうが、一方で文章で伝えられることは思った以上に少ないことも痛感している。ちょっとした言葉やニュアンスが問題をややこしくすることはままある。声のトーンや表情、語り口など、ノンバーバルで伝えられる情報は思った以上に多く、重要なのだ。本書ではこうアドバイスしている。
「可能であれば、SkypeなどのVoIP(音声通話)を使ってください。メールや、IRCのようなチャットと比べると、電話懐疑派対人コミュニケーションの割合が高く、すばやく多くの情報を交換することができます」(p.252)
■まとめ:中身がつまったあんパンのような本
本のタイトルを見た時、最初は「ずいぶんマニアックな本を出したなあ」と思った。
だが、本書は決してコミュニティ運営者やコミュニティ・リーダーという、限られた人のためだけの本ではない。むしろ、「誰かを巻き込んで面白いことをしたい」という人なら誰でも、読んで得るものがあるだろう。今いる環境がつまらないと思うなら、面白いことをしたいけど自分1人ではどうにもなりそうにないなら、Twitterで面白そうな人にメンションを飛ばしてみるだけでも、もしかしたら何かが変わる。
本書には、「人を巻き込んで実現する」プロフェッショナルのアドバイスが詰まっている。訳者の渋川氏は、「あんパンみたい」と評している。
「ビジネス書を流行のマカロンだとすれば、アート・オブ・コミュニティは伝統のずっしり餡のつまったあんパンみたいな感じです。――渋日記: アート・オブ・コミュニティ出ます」
何かを始める最初の手掛かりとして、あんパンを装備してみることは悪くない選択肢だと思う。
●本書をおすすめする読者
- コミュニティの運営者
- コミュニティを立ち上げてみたい人
- コミュニティに参加してみたい/参加している人
- チームを運営するリーダー/メンバー
- ディスコミュニケーションに悩む人
- 「風通しの良いコミュニケーション」の中身が気になる人
■リンク
- 渋日記: アート・オブ・コミュニティ出ます
訳者の渋川よしき氏による解説。あんパン。
- アート・オブ・コミュニティを読んだ(未来のいつか/hyoshiokの日記)
カーネル読書会や勉強会勉強会など、さまざまなコミュニティ・マスターをしてきた、よしおかひろたか氏による感想。
(@IT 金武明日香)