お客様から信頼される人材になる(後編)
前回は「お客様から信頼される人材」となるための3つのステップと第1段階で必要となる要素について考えてみました。後編となる今回は第2段階、第3段階で目指すべき目標と必要となる要素ついて考えてみたいと思います。
■専門スキルを活かすためには、顧客視点と表現力が必要不可欠
第2段階では、専門スキル・知識を活用するための顧客視点や表現力を身に付けていきます。この段階では「相手との関係を意識した適切なコミュニケーション」、「お客様視点で物事を考えることができる」、「ITの事を分かりやすく伝える能力」の3つの要素を習得していきます。
コンサルタントして仕事をしていく中でわたしが感じたのは、伝えたい内容をお客様の視点やITリテラシーを考慮した上で整理をして提供することができなければ、お客様に本当の意味での付加価値は提供できないということでした。
IT人材に限らず、専門家が専門領域のことでお客様に真の付加価値を提供するためには顧客視点や表現力を身につけなければなりません。わたしも最初の頃はそうでしたが、専門家というのはどうしても自分の基準でアウトプットをしてしまう傾向が多いように感じます。しかしながらお客様に満足をして頂くためには思考の出発点が「わたしは~」や「技術的には~」ではなく、「お客様が~」に常にならなければなりません。
具体的には以下のようなアウトプットができることをスキルとして身に付ける必要があると思います(図2)。
図2:顧客視点によるアウトプットのイメージ
- 情報の“伝え方”は相手によってまったく異なる
- アウトプットする相手(=情報の受け手)の視点で客観的に考える
- 同一テーマであっても相手の視点や情報リテラシーによって伝え方を変える
上図のようなアウトプットができるようになるためには、3つの要素が必要になると思います。
まず最初に「お客様視点で物事を考えることができる」ことを意識します。「お客様視点で物事を考えることができる」とは、実務担当者、実務責任者、予算権限者、協力会社の担当者など仕事上のいろいろな立場の利害関係者の視点で物事を考えられる、ということです。
頭ではなんとなく分かっていても、なかなか実践できていない人が多いと思います。できるようになるためにはいくつかの段階を踏んで行く必要があると思います。まずは打合せの場などで実務担当者や実務責任者、予算権限者がどのようなことに興味を持って聞いているか、どのような発言をしてくるかを把握することからです。
それぞれの利害関係者の視点を大枠で把握したら、次は実践に移していきます。具体的にはアウトプットをする前に必ず利害関係者の視点で考える癖を付けることです。ミーティングであれば、その日のアジェンダで利害関係者が何を知りたいのかをまずは考えて列記してみることです。その後でドキュメントを作成して利害関係者が知りたいことが網羅されているかをチェックします。そして実際の打合せでのお客様の反応や発言などから不足していた視点や考え方を次回に反映させて行きます。このような進め方を繰り返し行う事で段々と顧客視点が身についてくると思います。
顧客視点が身についてくると、「相手との関係を意識した適切なコミュニケーション」が取れるようになってきます。「相手との関係を意識した適切なコミュニケーション」とは、電話やメール、会議での発言などで自分と相手の関係構築レベルを考慮してコミュニケーションの取り方を変える、ということです。大切なのはコミュニケーションをとる前に「相手の立場だったらどう思うか?」という顧客視点で考える癖をつけることだと思います。この1クッションを入れるだけでも不用意なコミュニケーションの取り方で相手を怒らせたり、信頼を低下させたりといったことが少なくなるはずです。
顧客視点の強化と並行して取り組んで行きたいのが「ITのことを分かりやすく伝える能力」です。主にはドキュメンテーションとプレゼンテーションです。これはコンサルタントに転身したわたしが最初にぶつかった壁でした。わたしはエンジニア時代にもITの知識があまりない人達向けにドキュメントを作成したり、技術的なことについて説明をするという機会がありましたが、事業会社のエンジニアとサービス提供会社のコンサルタントでは求められるものがまったく違いました。
エンジニア時代のドキュメンテーションは、技術者向けのドキュメントを書くことが中心だったので、対象は自分と同じエンジニアでした。システム開発や運用に関する書類は一般的な書式というものがありますし、用語もエンジニアが理解できれば問題ないのでそれほど言葉の使い方にも配慮は要りませんでした。
ところが、ドキュメントの対象者が職責やITリテラシーも様々な人々となってくると、そういうわけには行きません。文章表現、図解表現、抽象化、論理思考といったことを習得して表現できるようにならないとお客様に正しく理解をしていただくことは困難です。
過去に書いた自分のドキュメントや仕事上で目にする技術者が書いたドキュメントを見て感じるのは主に以下のようなことです。
- 伝えたいことがシンプルに表現されておらず、要点が分かりにくい
- 伝えたいことが言葉不足だったり、表現が曖昧で分かりにくい
- 何を強調したいのかが分かりにくい
- 伝えたいことに論理的な整合性がない
- 分類の仕方に網羅性がない
- メリット/デメリットが顧客視点になっていない
- 図表や文章の色使いに意味がない
図3:ドキュメントの課題と改善に必要な要素
上記の課題は顧客視点とともに文章表現、図解表現、抽象化、論理思考といったものを身につけていけば必ず解決され、伝えたいことが確実に相手に伝わるようになって行きます(図3)。
プレゼンテーションは段取り(準備)がとても重要です。誰に、何を、どのように伝え、理解してもらい、行動してもらうのか、を考えてアジェンダの時間配分や資料の使い方を確認しておきます。特にポイントとなるミーティングでは各テーマ毎にお客様がどのような質問・発言をして来るのかを考え、準備不足がないようにしておきます。
実際のミーティングの場では自分が説明している時でもお客様の反応を見ることがとても重要です。「自分が説明している内容で本当に理解してくれているか?」を常に意識をし、お客様が本当に理解しているかどうかを要所で確認しながら進めていく必要があります。中にははっきりと「よく分からない」と言ってくださる方もいますが、分かっていなくてもそのままにしてしまうお客様もいるからです。
また、説明をする際にはまず要点を簡潔に伝え、理解をしてもらった上で詳細内容の説明をしていくことが重要です。そして大きな声ではっきりと伝えることも重要です。声が小さいとお客様から見ると自信がないように感じられ、いくら資料の内容が良くても説得力がないからです。
第2段階で必要となる「相手との関係を意識した適切なコミュニケーション」「お客様視点で物事を考えることができる」「ITのことを分かりやすく伝える能力」は、すべてのIT人材が身につけ、高めていかなければいけない能力だとわたしは思っています。
これらのスキルが身につき、高められることによって、お客様により満足いただける情報システムやITサービスの提供につながるはずです。
■中長期視点を養い、能動的に行動する
第3段階ではよりお客様満足度の高い仕事をしていくために必要となる能動性と中長期視点を身につけて行きます。この段階では「2カ月先までを想定した行動が取れる」、「何をすべきかを能動的に考えて行動する」、「適切なタイミングでプロセスを可視化できる」の3つの要素を習得して行きます。
わたしが中長期視点の必要性を感じたのは、コンサルタントとなり大企業を相手としたプロジェクトにかかわるようになってからでした。企業規模が大きくなると、意思決定までのプロセスや利害関係者との調整など同一タスクであってもより多くの時間が必要となります。中小企業であれば意思決定から作業完了まで1週間あれば済むことが大企業では数カ月かかったりすることも珍しくありません。
いくつかのプロジェクトをこなしていく中でわたしが実感したのは、直近2カ月間の中で起こりうるリスク要素を可能な範囲で予測して、事前に予防措置を打つことができればプロジェクトへの影響を最小限に抑えられるということでした。
プロジェクトの規模や内容にもよりますが、「2カ月先までを想定した行動が取れる」ことで想定外の事が発生しても軌道修正ができ、スケジュール遅延などのリスクも最小限に抑えられます。2カ月先までを想定することが出来たら3カ月先、6カ月先、1年先というようにより長期視点でイメージできるようにするとリスク予防だけでなく、より質の高い仕事につながります。
例えば、わたしは3カ月で終了するプロジェクトであれば、終了してから1年後、2年後の姿をなるべく具体的にイメージして仕事をするようにしています。例えばシステム開発であれば、プロジェクト完了後から1~2年後に求められるであろう拡張性や保守性などを考慮しています。
将来の姿をイメージすることができたら、「何をすべきかを能動的に考えて行動する」ことを実践していきます。仕事をしていくスタンスとしては大きく「受動的」か「能動的」かに分かれますが、「受動的」なスタンスで仕事をしていても大きな成長は望めません。人から指示されたことだけをやっていては思考が停止してしまうからです。
また、仕事のスタンスが受動的だと担当部分の意思決定が遅くなり、スケジュールの遅延などプロジェクト全体にリスクを及ぼす結果につながります。プロジェクトをリスクを抑えて円滑に進めていくためには能動的に利害関係者と調整していくことが求められます。そして来週ではなく今週、明日ではなく今日、午後ではなく午前中、というように頭で考えてから行動に移すまでの時間をなるべく短くすることが重要です。
能動的に行動することが身について来たら、次に意識をすべきは「適切なタイミングでプロセスを可視化できる」ことです。仕事では最終的な成果はもちろんですが、プロセスも同じくらい大切です。プロセスがきちんと可視化されていないと最終的な成果に疑問符がついたり、お客様を不安にさせて信頼を低下したりと大きな問題につながるからです。
例えば、障害発生から障害復旧までに2時間かかった障害があった場合、復旧時間が同じでも対応の仕方によってお客様から見た時の印象は大きく違います。Aさんは障害発生の連絡を受けてまずお客様に障害発生報告をし、その後は障害対応の進捗状況を見守り、障害復旧後の2時間後にお客様に完了報告をしました。
Bさんは障害発生の連絡を受けてまずお客様に障害発生報告をし、その後は障害対応の進捗状況を見守りながら30分毎に進捗状況と復旧見込みについてお客様に中間報告をし、障害復旧後の2時間後にお客様に完了報告をしました。
結果だけを見れば障害復旧時間は同じ2時間ですが、Bさんはお客様の立場を考えてプロセスを可視化し、復旧作業中でも一定の安心感を与え続けました。この両者の差はその後お客様との関係構築においてとても大きいと思います。
第3段階で必要となる「2カ月先までを想定した行動が取れる」「何をすべきかを能動的に考えて行動する」「適切なタイミングでプロセスを可視化できる」は、第2段階の要素と共にIT人材がパーソナルブランド化を目指していく上でとても重要な要素です。
■まとめ
今回は前編、後編の2回に分けて「お客様から信頼される人材」となるために必要な要素とステップアップの仕方について考えてみました。
前編の冒頭で挙げた「お客様から信頼される人材」のイメージをもう少し具体的に示すと以下のようなことが実現できている人だと思います(図4)。
図4:「お客様から信頼される人材」のイメージ
「お客様から信頼される人材」となるために必要なことは、“専門スキル・知識”以外の分野にスキル習得の視野を広げ、“ヒューマンスキル”や“視点・考え方”といった点を一定水準まで引き上げることです。
“専門スキル・知識”に“ヒューマンスキル”や“視点・考え方”が加わることで仕事の質やお客様との関係構築レベルは確実に高まり、“替えの効かない人材”への道が大きく開けてくると思います。
次回からは“替えの効かない人材”となるために必要なことについて考えて行きたいと思います。
コメント
こんばんは。ちょりぽんと申します。
こちらのコラム、実は初回からこっそり拝見しておりましたが、反論するところが何もなかったので、コメントしていませんでした(笑)
私は社会人歴17年目で、この業界は10年目になるSE(たまにPL)をやっている34歳です。10年というのは、猪目さんがコンサルに転身なさった節目の年数でもありますね。ですので興味深く拝読させて頂いております。
やはり、我々ユーザー業務の改善を担う(自覚していない人も多いですが)エンジニアは、『ユーザーの代わりにスキルを磨いている』と解釈して職務に励んできました。そして、ユーザーゴールへの潤滑油が対人スキルなのだという結論のもとで、仕事をしています。
このあたりは私が申し上げるまでもなく、猪目さんも御承知のことと思いますが、どちらかと言いますと第3者のビジターに読んで頂きたく思い、コメントしました。
僭越ですが、今後とも引き続き、地に足のついた、ためになるコラムを期待しております。
ちょりぽんさん、
はじめまして、猪目です。
コメント有難うございます。
ちょりぽんさんのコラム、拝見させて頂きました。
共感する部分がとても多く、親近感がわきました。
34歳というと今後のキャリア形成において、大きな節目の時期に当たりますね。
今まさに色々と考えられている時期かと思いますが、35歳を過ぎてからのキャリア形成は40歳、50歳の時点での具体的なイメージがあるかないかで大きな差(というかイメージがないと到達できない)となるので、この1年は特に時間を大切にしてさらなる飛躍をしていって頂きたいと思っています。
ちょりぽんさんのような視点・考え方を持った方にはIT業界を魅力的な業界にしていくためにさらに上のステージを目指して頂きたいと思っています。
今後のちょりぽんさんのコラム、楽しみにしています。