IT技術者のためのスキルアップ研修の内容を一部公開します。

ネゴシエーション編:第1話 「交渉の本当の目的」

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 はじめまして、セイ・コンサルティング・グループの人財投資コンサルタントの山崎有生と申します。

 皆さんと一緒に「ネゴシエーション」=「交渉・提案」をテーマに考えていきたいと思います。

◆交渉の本当の目的

 皆さんはネゴシエーションは好きでしょうか? それとも嫌いでしょうか?

 研修の冒頭でこのように質問すると約7:3の割合で“嫌い”という方のほうが多いです……。では、なぜ我々はネゴシエーションが嫌いなのでしょうか?

●交渉の目的は“きょうそう”である

 われわれが交渉が嫌いになる理由。それは交渉の持つ“競争”的側面ではないでしょうか?

 たとえば問題です。ここに1つのパイがあり、これをAさんとBさんの2人で分けるとします。あなただったらどのように分けますか?

 「真っ二つに分けるというのが公平でいいんではないでしょうか?」

 では、Aさんがもっと欲しいと思った時にはどうなりますか?

 「Bさんの取り分が減りますね」

 では、Bさんにもっとあげたいときには?

 「Aさんの取り分が減りますね」

 このような状況を表す言葉にゼロサムゲームがあります。ゼロサムゲームとは、「自分の得は相手の損、自分の損は相手の得」であるということです。つまり、“競争”的な状況です。

 ITベンダとITユーザーの関係においてもこういうことはよくあります。

 例えば、ベンダが高い価格で受注を獲得することは、ユーザーにとっては予算を圧迫することになります。仕様変更をいつまででも受け付けることはユーザーには都合が良いことかもしれませんが、ベンダーは予算超過で赤字プロジェクトとなってしまいますね。

 「しかし、それはある意味当然ではないですか?」

 いいえ、決してそうではありません。では、続けて問題です。

問題

 ここに1つのパイがあり、これをあなたとわたしの2人で分けるとします。相手の取り分を減らさずに、自分の取り分を増やすにはどうしたらいいですか?(制限時間1分)

 「それは無理でしょう!」

 いいえ、単純に考えてみてください。

 「そうか! パイを大きくしたらいいですね」

 そうです。2人で協力してパイを大きくしたらいいですね。

 そうすれば相手の取り分を減らすことなく、むしろ相手の取り分を増やしつつ自分の取り分を増やすことができますね。つまり交渉によって、一方で自分の取り分を増やしつつ、相手の取り分を増やすこともできるのです。

 これは、プラスサムゲームという言葉で表現できます。プラスサムゲームというのは「相手の得は自分の得」となる状況のことです。

 ITベンダはITユーザーにとって単なる一業者ではなく戦略パートナーであるべきだとわたしは信じています。“競争”ではなく一種の“共創”関係にあるわけです。

 「交渉の目的はユーザーとベンダが共同でより良いシステムを作ること」にあるわけです。

 我々がえてして交渉が嫌いになってしまう原因は、交渉を“競争”ととらえてしまい、“共創”ととらえないことにあるのではないでしょうか。

■鉄則:交渉とは○○であると心得よ!

◇◇◇

●交渉の目的は大所高所から捉える

 「しかし、そうはいっても、つい勝ち負けで交渉結果を考えてしまう自分がいます」

 ゲーム理論をご存じでしょうか? 近年最もノーベル賞経済学賞を出している理論ですから、聞いたことがあるという方も多いと思います。ゲーム理論のエッセンスは、囚人のジレンマという例えを使って説明されることが多いので、ここではそのたとえを使って説明します。

 A、B2人の銀行強盗が捕まりました。警察は2人が口裏を合わせないように別々の留置所に入れてこういいます。『もし、おまえらが2人とも黙秘したら、2人とも懲役2年だ。だが、一方だけが自白したらそいつは刑を1年に減刑してやろう。ただし、共犯者の方は懲役15年だ。もしも、おまえらが2人とも自白したら、2人とも懲役10年だ』と。

 このときA、Bのそれぞれには共犯者と協調して黙秘すべきか、それとも共犯者を裏切って自白すべきか、という2つの選択肢があります。

 この関係を表にまとめると、以下のようになります。

                                               
 A 協調 B 裏切り
A 協調 (2年、2年)  (15年、1年)
B 裏切り(1年、15年)(10年、10年) 

 表の見方:(Aの刑期、Bの刑期)

 自分だけ助かりたい一心で裏切り、双方が自白してしまうことで2人合わせて20年の懲役生活になってしまうというのが囚人のジレンマの結論です。上記の表から明らかなように、合理的な答えは2人とも協調して黙秘を通すことです(左上の象限で2人合わせて4年の刑期で済む)。

 交渉を競争と捉えてしまうと囚人のジレンマに陥ってしまうのです。

●話し合いの重要性

 この囚人のジレンマの例はわたしたちにもう1つのことを教えてくれています。それは、「話し合いの重要性」です。今回の事例でもA、B2人が連絡を取り合い、話し合うことができたなら、お互い黙秘を通し、合計4年の刑期で済むことも可能だったのです。

■鉄則 交渉では徹底的に○し○う!

 そしてその話し合いに望むときに重要な原則があります。それは、交渉の目的を低くとらえずに高く捉えるということ。狭く捉えずに広くとらえるということです。そうすることで共通の利益がみえてくるので、パイをふくらませる交渉が可能となるのです。

 「あと数%高くしてもらう/安くしてもらう」

のように小さく、低く設定するのではなく、

 「お互いが成長するため/この苦難を乗り越えるため」

といった大所高所からの目的を設定することです。

 呉越同舟という故事がありますね。昔の中国で、呉と越は隣国の常として大変仲が悪かったそうです。しかし、両国の人が同じ舟に乗り合わせていた時、暴風に襲われ舟が転覆しそうにったとき、舟が沈まないよう互いに助け合ったという故事です。

 仲が悪い者同士でさえそうなのですから、ベンダとユーザーも共通利益の前では協力し合えるのではないでしょうか? そして交渉においては常にそのような共通利益を念頭に置くとよいのです。

 「その目的は公言するのでしょうか?」

 交渉における話し合いの最中で、口に出すことで共通認識を深めるのも良いでしょうし、あらためて口に出さなくても言外にそれを匂わすというのも良いでしょう。

 いずれにせよ、交渉の目的を正しく認識することが、交渉の第一歩なのです。

 「道が間違っていたら走ってもしょうがないというわけですね」

 そしてこの交渉目的を広く、大きく捉えることは後ほどお話しする「逆提案」で生きてくることになるのです。

■鉄則 交渉の目的は○所○所から考えよ!

 交渉には“目的”と同時に“目標”が必要になります。次回は交渉の“目標”の重要性について考えていきましょう。

<今回のまとめ>

■鉄則:交渉とは共創であると心得よ!

■鉄則:交渉では徹底的に話し合う!

■鉄則:交渉の目的は大所高所から考えよ!

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