Engine YardはRuby界のRed Hatではないだろうか?
RubyやPHPのPaaSを提供する米Engine Yardが日本進出を準備中です。すでに法人登記済みで、現在は数名のスタッフが活動を開始しているそうです。2012年6月25日に東京・麹町で行われた「Tokyo Rubyist Meetup」で、日本法人の代表を務めるTim Romero氏が同社のビジネスについて概要を紹介していたので、ここでシェアしたいと思います。
本格操業に向けて準備中
Engine Yardといえば、先日までJRubyやRubiniusといったプロジェクトのコア開発者を雇用していたことでRuby界では有名です(JRubyの2人はRed Hatに、RubiniusのEvan PhoenixはLivingSocialにそれぞれ移籍しました)。しかし、Engine Yardのサービスのほうはといえば、EC2を使ってRuby/PHPのPaaS事業を行なっているということ以上には、あまり知られていないのではないでしょうか。競合ともいえるHerokuに比べると、サービス内容が多様で複雑。ちょっと試してみるような感じもありません。日本ではまだ本格的にオペレーションを開始していないこともあり、ほとんど存在感はありません。
というように、私はEngine Yardについて、今ひとつよく分かっていなかったのですが、Romero氏の話を聞いて膝を叩きました。Engine YardとRuby on Railsの関係は、Red HatとLinuxの関係に似ているのではないか、と。端的にいうと、Ruby/Railsアプリを開発するのに必要な技術サポート、教育サポート、プラットフォームサポートなどを全面的に展開している、ということです。
互換性検証の専属チーム
例えば、Engine YardにはGem(Rubyのライブラリ)のテストばかりやっている互換性検証の専任チームが存在しているそうです。顧客に対して、どのGemはバージョンアップしたほうがいいか、どれはバージョンアップを待ったほうがいいかをアドバイスしてくれるそうです。どのGemでどういう問題が発生するかも把握していて、Engine Yardのエンジニアがアップストリームに対してパッチを書いたりもするといいます。
従来、こうした情報は開発会社単位やコミュニティで共有されることはあったでしょうし、それはRuby/Railsを使っていく上で必要なコストと見られてきたのではないでしょうか。誰かがGemfileを書き換えてGemのバージョンを上げると、どうもテストが落ちる。ソースコードで追う。結果、GitHubで対象のGemをフォークしてモンキーパッチを当てたものをアプリからBundleするようにする、といったことです。PostgreSQLやPostfix、Redisなどサーバやミドルウェア管理・運用するのがコアバリューを生む行為でないのと同様に、Gemの互換性やトラブル対応といった仕事を、Rails開発者はアウトソースするべきなのかもしれません。RubyやRails自体はシンプルで簡潔ですが、それを支えるソフトウェアスタックは結構複雑です。
クラウドというものが企業やIX、時に大陸をまたいだ開発者同士の分業だったのだとしたら、Ruby/Railsスタックのエコシステムにグイグイと食い込んでサポート業務をやるEngine Yardのビジネスモデルには説得力があるように思えます。現に、Engine Yardは2006年創業ですが、すでに社員数は140人。58カ国に有償の2400顧客を抱えていて、年間売上は2800万ドルとなっているそうです。
サポートチケットの23%は顧客でなく、EYがオープン
もう1つ、Engine Yardのサポート業務を象徴する言葉だなと思えたのは、Romero氏の次のような発言です。「日本ではサポートとは謝罪のことだ、というジョークもありますが、われわれのサポートは違います、プロアクティブ・サポートと呼んでいます」(Romero氏)。
どういうことかというと、ホスティングしている顧客のアプリに関して投げられるサポートチケットのうち23%は、顧客側ではなく、なんとEngine Yard側がオープンしているのだそうです。“プロアクティブ”という用語はマーケターが好みそうな空疎なバズワードの代表ですが、問題が起こる前、あるいは顧客が気付くより先にチケットを作ってしまうというのですから、これは確かにプロアクティブです。Engine Yardは、技術的検証のために80個ほどの“ミニアプリ”を持っていて、常にこれらのアプリでテストをしているといいます。
Engine Yardはコールセンターを持っていないそうです。サポートは、すべて開発者やエンジニアが直接行うからです。さらに、ペアプロやセキュリティ監査、アーキテクチャ評価、データベースクラスタリング、マルチリージョンDRなど、顧客が必要とする技術的サポートのほとんどを提供していると豪語します。
オープンソースのスタックを使い、技術者集団がエキスパティーズを“サポート”というカタチで提供している点で、Engine YardはRed Hatに似ているなと思います。実際には極めてエンジニアリング・セントリックなのに、外から見るとエンタープライズの匂いが強いというところも似ています(Engine YardのWebサイトに行くとホワイトペーパーがあってダウンロードしようとすると会社情報を登録しろと来て驚きます)。何よりも、オープンソース界のスターエンジニアを抱えていて会社としてコミュニティに一目置かれている、というところは、Engine YardとRed Hatでそっくりだなと思うのです。