攻撃に対して「ハックされにくい人間」に

従来の犯罪とサイバー犯罪―変わらない人間と、変わる仕組み

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サイバー犯罪という言葉から、特別に高度な技術を持つ人物を思い浮かべる人は少なくありません。
しかし、公式機関の報告や研究を見ていくと、そこで目立つのは、むしろ人の動機、仲間関係、生活事情、学習の場、そして犯罪を成立させる仕組みです。英国の国家犯罪対策庁(NCA)は、若年のサイバー犯罪関与者について、金銭だけでなく、挑戦そのものの面白さ、仲間内での評価、達成感、オンライン上の評判などが重要な動機になりうると報告している。また、「匿名だから捕まらない」と考えたり、「被害者が見えない」ために自分の行為を軽く捉えたりする傾向も示している。ただし、NCA自身が、この知見は少数の面接資料に基づくもので、逮捕・接触済みの英国事例に限られ、一般化には注意が必要だとしている点も重要である。

つまり、人間の側の動機は、従来の犯罪とサイバー犯罪で完全に別物になったわけではない。
金を得たい、生活を支えたい、仲間に認められたい、自分は大丈夫だと思いたい――こうした心理は昔からある。違いが大きいのは、そうした動機を実行に変える仕組みである。

まず結論:何が同じで、何が違うのか

一言でいえば、こう整理できます。

観点 従来の犯罪 サイバー犯罪
動機 金銭、地位、承認、生活、防衛的合理化など 基本的に同じ
被害者との距離 対面・物理的接触が多い 画面越しで距離が生まれやすい
実行条件 現場への移動、接触、物理的手段が必要な場合が多い 遠隔・越境・自動化がしやすい
必要能力 実行者本人の技能に依存しやすい ツール、サービス、組織が不足能力を補える
拡張性 人手・場所・時間の制約が大きい 同時多発・反復・大量化がしやすい
組織構造 分業はあるが地理的制約を受けやすい 離れた場所で分業・委託・サービス化しやすい
捜査 現場・物証中心 電子的証拠、国外サーバ、越境協力が重要

この違いは、国際機関が使う区分とも整合する。INTERPOLは、サイバー犯罪を大きくcyber-dependent crimes(コンピュータやネットワークがなければ成立しない犯罪)とcyber-enabled crimes(もともと存在する犯罪がICTで規模や到達範囲を拡大したもの)に分けている。詐欺や窃盗は後者の代表であり、ここに従来の犯罪との連続性がある。他方、マルウェア拡散やDDoSのように、ICTが前提でなければ成立しないものは前者である。

  1. 変わらないもの―人の動機と合理化

従来の犯罪とサイバー犯罪に共通する第一の点は、人の動機である。
NCAの報告では、若年の関与者は金銭だけでなく、技術的な挑戦、仲間からの承認、評判、達成感に動機づけられていた。また、「被害者が見えない」「匿名だから安全だ」といった認知が行為のハードルを下げていた。

この点は、「サイバー犯罪者は特殊な人間だ」という見方を弱める。
特殊なのはまず人間そのものではなく、人を引き込み、続けさせ、成功させやすくする環境のほうである。

  1. 変わるもの―遠隔性と越境性

従来から国境を越える犯罪はあった。
しかしデジタル化によって大きく変わったのは、被害者のところに行かなくても、その場から接触し、欺き、攻撃できることである。INTERPOLは、人身取引を伴うオンライン詐欺拠点について、被害者が世界各地に広がっていること、さらに翻訳ソフトが、拠点にいない言語圏の相手を狙う助けになっていると説明している。最近ではAIや大規模言語モデルの利用も報告されている。

つまり、犯罪者が日本に来なくても、日本で暮らす人を狙える。
それだけでなく、言葉の壁が以前より低くなり、異なる国・地域の被害者にも接近しやすくなっている。

ただし、攻撃が国境を越えても、捜査権限まで国境が消えるわけではない。日本の法務省資料も、国外逃亡した被疑者や国外にある証拠については、相手国への引渡し要請や捜査共助が必要になると説明している。日本の捜査機関が外国で自由に捜査できるわけではなく、主権の制約の中で国際協力が必要になる。

ここが重要である。
攻撃は越境しやすくなったが、捜査と処罰は依然として国家ごとの制度に縛られる。
この非対称性が、サイバー犯罪対策を難しくしている。

  1. 一人で全部できなくてもよくなる

従来の犯罪にも分業はある。
だが、サイバー犯罪では、その分業が遠隔・オンライン・サービス化しやすい。INTERPOLの戦略ガイドは、詐欺のような従来型犯罪がICTで規模と到達範囲を拡大することを明確に述べている。

さらに学術研究では、西アフリカの「hustle kingdoms」が、サイバー犯罪の訓練拠点・徒弟制度・半階層組織として機能していることが論じられている。そこでは、オンライン詐欺の技術が体系的に教えられ、先輩・管理者・実行役といった役割分担が見られる。つまり、サイバー犯罪は「天才的な個人」が単独でやるものというより、教えられ、支えられ、分担される活動として成立しうる。

この点は読者に強く伝わる。
サイバー犯罪の特徴は、「誰でも高度化する」ことではなく、「実行者本人が全部できなくても、犯罪全体が回る」ことである。

  1. 速さ・数・反復可能性が大きく変わる

英国NCSCは、AIが2027年までにサイバー侵入の一部をより効率的・効果的にし、脅威の頻度と強度を高める可能性が高いと評価している。偵察、脆弱性探索、ソーシャルエンジニアリング、マルウェア生成、盗んだ情報の処理などでAI利用が進み、特に既知脆弱性の悪用や自動化、スケーラビリティの向上に寄与するとしている。また、AIは高度な新種攻撃を突然生むというより、既存の手口を速く、多く、扱いやすくする方向で作用すると整理している。

ここから見える違いは明快である。
サイバー犯罪では、一つの仕組みから、多数の標的に、短時間で、反復的に働きかけやすい。
このため、個々の攻撃が単純でも、総体としての被害は大きくなりうる。

加えて、FBIとCISAは、ランサムウェア実行者が休日や週末を狙う傾向を警告している。理由は、ITやセキュリティ担当者が少なく、初動が遅れやすいからである。これは、サイバー攻撃が被害者の生活時間や勤務時間の外側から入り込めることをよく示している。

  1. 被害者との距離が広がりやすい

サイバー犯罪では、加害者が目にするのは、しばしば顔ではなく、
アカウント、送金額、認証情報、メッセージ履歴、達成件数である。

NCA報告にある「被害者を意識していなかった」「匿名だから自分は無敵だと思った」という証言は、この距離感を端的に示している。画面越しになるほど、被害者の生活や感情が抽象化されやすい。

もちろん、対面犯罪でも加害者が被害を軽視することはある。
したがって、これは「サイバー犯罪だけの特徴」と言い切るべきではない。
しかしサイバー犯罪では、物理的距離・視覚的距離・組織的分業が重なることで、その傾向が強まりやすい、と整理するのが妥当である。

  1. 加害者の立場が一枚岩ではない

サイバー犯罪に関わる人を、単純に「攻撃者」とひとまとめにしないほうがよい。
INTERPOLは、東南アジアを中心とするオンライン詐欺拠点で、偽求人に誘われた人々が拘束され、詐欺行為を強要される人身取引型の構造を警告している。そこでは、実行役自身が被害者でもある。

この視点は、従来の犯罪との比較でも重要である。
従来の犯罪にも、主犯、周辺協力者、脅されて従う者、搾取される末端実行者は存在する。
ただしサイバー犯罪では、国境を越えた人身取引、遠隔管理、詐欺拠点化によって、その分離が見えにくく、かつ広域化しやすい。

  1. 従来の犯罪とサイバー犯罪は「断絶」ではなく「連続+増幅」である

ここまでを整理すると、従来の犯罪とサイバー犯罪は、完全に別の世界ではない。
むしろ、次のように捉えるのが最も正確である。

第一に、人間の動機や合理化はかなり連続している。
第二に、ICTがその実行条件を大きく変え、規模・速度・反復性・越境性を増幅している。
第三に、一部にはICTなしには成立しない犯罪もある。

この三点を併せると、サイバー犯罪は「新しい人間」が生んだものというより、古くからある人間の動機が、新しいインフラと組織形態に乗ったものとして理解するのが適切である。

最後に

従来の犯罪とサイバー犯罪の違いを一文で言えば、

「人はそれほど変わらないが、犯罪を可能にする仕組みが大きく変わった」

ということである。

金銭欲、承認欲求、生活不安、合理化、被害の軽視といった心理は、従来の犯罪にもサイバー犯罪にも見られる。

しかしサイバー犯罪では、遠隔性、越境性、サービス化、学習のしやすさ、自動化、24時間性が加わることで、少ない現場性で、広く、速く、何度も実行できるようになる。

だから対策も、技術だけでは足りない。

必要なのは、技術的防御に加えて、国際捜査協力、犯罪サービス基盤の摘発、だまされにくさを高める教育、搾取的な勧誘や強要から人を守る仕組みまで含めた対応である。

参照・出典文献

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