孤独のエンジニアめしばな 第3めし「ラーメン」(前編)
あらすじ: ITエンジニア向け情報サイト「&IT」の企画により、『エンジニアめし』という題材で、お互いのめし論をぶつけあうことになった3人のコラムニストたち。2番手のコラムニストIが「寿司」を題材にエンジニア観を披露し、共感を得た。そして最後の語り手となったコラムニストJが題材に選んだのは――“ラーメン”――!!
Iさん・Tさん「「“ラーメン”……!? 」」
Jさん「そや……“ラーメン”や……」
ううむ……と黙りこむ2人。見かねた竹金は、思わず声を上げた。
竹金「あの……“ラーメン”が『エンジニアめし』だと、何か問題あるんでしょうか? 」
しばしの沈黙を破り、Tさんが応えた。
Tさん「そうですね……強いて問題とするならば、“ラーメン”と一口に言うのは、『あまりに広すぎる』」
Iさん「ええ、そのとおりです」
Iさんも頷く。
Iさん「“ラーメン”は言わずもがなの国民食であり、『ラーメン屋がない街は存在しない』と言っても過言ではないでしょう。生活の一部として“ラーメン”が密着している我々日本人にとって、“ラーメン”とは特定の店の、特定の“ラーメン”を指す場合が多いのです」
Jさん「そやな。一口に『ラーメン食べにいこか』と言っても、それは『△△という店の××というラーメンを食べに行く』の省略表現にすぎないんや」
Tさん「典型的なのが『ラーメン◯郎』ですね」
Jさん「そや。あそこのは、もはや“ラーメン”ではなく『◯郎』という食べ物やからな」
Tさん「ええ。そしてそのように『狙った店のラーメン』が何らかの要因――たとえば臨時休業だったり、行列になっていたり――といった理由で摂取が阻害されると、代換手段を失ってしまう……代わりに他の店でラーメンを食べても、逃した幻のラーメンが脳裏にチラついて心からいま口にしているラーメンを味わうことができないという、恐ろしいリスクを抱えた『めし』なのです」
Iさん「『がーんだな……頭の中はすっかりあの店のラーメンになっていたのになあ……』という絶望感は、例える言葉が見つからないですね」
Jさん「そやな……気持ちはよう分かるで。そないな時に食う飯はいくらうまくても、どこか上滑りしていくんや……」
Iさん「加えて近年のラーメンブームにより、“ラーメン”は従来の『しゅうゆ・とんこつ・みそ・しお』という分類が、もはや通用しないほどに差別化が進んでいます。そんな中で“ラーメン”を『エンジニアめし』として定義するのは、あまりに範囲が広すぎる。言い方を変えれば、少々、乱暴すぎるのではないでしょうか?」
Tさん「しかも選択肢はラーメン屋のラーメンだけではありませんよ。修羅場の友、非常食および夜食として、机の中にカップラーメンを常備しているエンジニアは、俺の統計では80%以上にも達しています」
竹金「(それはどこから取った統計なんだろう……)」
Jさん「そやな……不夜城と化した開発室の中、作業待ちの時間でコンビニへと走り、ふたとビニールを急いではがして粉スープとお湯を入れ、深夜遅くにすするカップラーメン……あれは体に悪いことは分かりきっとるのに、悔しいくらいうまいんや……」
Tさん「さらに言うなら、カップラーメンの中でも定番中の定番『カップヌ◯ドル』でさえ、小エビが嬉しい『しょうゆ』、一部で絶大な人気の『カレー』、抜群の安定感の『シーフード』、この3つによる宗教戦争は、長きにわたって不毛な争いを続けています。カップラーメン全体を視野に入れてしまえば、それはもはや『世界大戦規模』と言っても過言ではありません」
Iさん「Jさん、あなたならこの“ラーメン”という『めし』の選択が、非常にリスキーなことくらい、百も承知しているはずです。 ならば、なぜ!? 」
Jさん「そやな……少し長くなるかもしれんが……聞いてくれるか……」
Jさんは淡々と語り始めた。
Jさん「あれは……数年前のことやった……」
……
Jさん「わては突然の障害対応でIDCへ呼び出されたんや。業務時間中に突然、社内システムがまったく応答しなくなったらしい。タクシーをカッ飛ばして、息を切らせてたどり着いたIDCの入り口では、ユーザー側システム担当者が鬼のような形相でお出迎えしてくれたんや……」
Iさん「想像するだけで……」
Tさん「胃が痛くなりますね……」
Jさん「わては怒鳴りちらすユーザーさんにひたすら頭を下げつつ、とにかくトラブルシュートを始めたんや。その結果、LAN内でつないだ端末からルータ経由で各サーバへのpingは通るが、どうもディレクトリサービスへの接続がリジェクトされているところまで突きとめたんや」
Iさん「なるほど……」
Jさん「で、そのディレクトリサービスを動かしているサーバのログを見たら、障害発生と思しき時刻から後のログが出てへん。こりゃあ怪しいと思ってシステム構成図を確認すると、綺麗に冗長構成が組まれとるんや」
Tさん「それは……」
Jさん「お察しの通りや。見事にスレイブへの切り替えに失敗してたんや。いや、厳密に言えばフェイルオーバー自体は成功してたんやが、ルータ間の通信が失敗しとる。まさかNICから線が抜けとるとかそういうオチやないやろな……と思ってラック内を見回したら……」
竹金「見回したら……?」
Jさん「構成図に載ってないNASらしきものが1個、増えてたんや……」
Tさん「…………」
Iさん「…………」
竹金「…………」
「うわぁ……」と言いながら宙を仰ぐ3人。Jさんは遠い目をしながら続けた。
Jさん「どうもユーザーさんが勝手にNASを増設して、適当にIP割り振ったらしいんやな。それがスレイブのIPと重複してるのに誰も気づかず、なんかの拍子にディレクトリサーバがスレイブ側にフェイルオーバーして、初めて分かったという訳や」
Tさん「それは……」
Iさん「お察しします……」
Jさん「まあそんな経緯やから、無闇にNASの線を引っこ抜くわけにもいかず、とりあえずマスタ側へ切り戻して無事業務が動くようになったんや。原因を告げると今までの高圧的な態度が嘘のように、今度はユーザーさんがひたすら頭を下げだしてな。なんとも言えない気持ちになりながらIDCを出ると、空調で芯まで冷え切った体に鞭打つように、夜風が吹きつけてきたんや……」