ふつーのプログラマです。主に企業内Webシステムの要件定義から保守まで何でもやってる、ふつーのプログラマです。

レインメーカー (42) 対談と再会

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 急遽、設けられた打ち合わせの席に集まったのは、イズミ、田代、根津、紫吹、QQSの金城の5名だった。金城は何度か「すみません、急なことで」と謝っていたが、それが口先だけのことであるのは明らかだった。金城にしてみればアリマツは一業者に過ぎない。へそを曲げられては困るので、とりあえず最小限度の機嫌ぐらいとっておくか。そんな意思は見え透いていた。
 「えっと」金城は時計を見ながら言った。「エースさんも呼んでおいたんですが、まだ来ないですね。ま、いいか。先に始めてましょう。お伝えした通り、21 時、正確には21 時5 分から、スポットで受電をお願いしたいんです」
 「急なことで詳細をうかがってませんが」根津が応じた。「スケジュールにない話ですし」
 「さっき、こちらの」と金城は紫吹を示した。「紫吹さんが引き取ってくれたコールなんですがね。ヴァロの熱心なプレイヤーなんですよ。なんでエペばっかり取り上げるんだ、ヴァロの方が面白いし勢いもある、QQS はどういう意図でエペをピックアップしたんだ、と、延々と文句を言われていたみたいで」
 あれか、と田代が呟いた。イズミは出たり入ったりしていて全ての事情を知っているわけではなかったが、クレーマーのようなコールのために、OP がなかなか終話できず、サーバの切り替えがギリギリだった、という話は聞いていた。
 「それでですね」金城はソーシャルディスタンスのことなど気にする様子もなく身を乗り出した。「その人、ゲーム配信かいわいじゃ、ちょっとした有名人のゲーマーらしいんですよ。マルドゥック19s ってハンドルで。どうやら目的は自分のゲーム配信を実況してほしい、みたいなところだったようですね。ぼくも一応、企画の方に上げたんです。そしたら企画の方もちょっと興味をひかれたみたいでね。ゲームの実況はできないんですが、エペのユージーン222 さんとオンライン対談したらどうか、という話になったんです。早速、マルドゥック19s に話を持ち掛けてみたら、即答でOK 出まして。21 時からの72hマラソン中継の前に、30 分コマを割り込ませることになりました」
 「それで」根津が訊いた。「うちのセンターは何を?」
 「その対談中に、リアルタイムで投票を受け付けることになりまして。あ、これはぼくのアイデアなんですが」金城は得意そうに言った。「どっちの意見に賛成するか、エペとヴァロのどっちのゲームが面白そうか、やってみたいと思うか、を聞き取って、最後に結果を発表する、って具合で」
 メモをとっていた紫吹が顔を上げた。
 「電話で受付するんですか?」
 「スマホアプリでも投票受付はできるんで、するんですけどね。ただ、アプリの投票機能って、単純にA かB かどっちか、みたいな選択肢だけなんですよ。それだけじゃなくて、電話でゲームに対する熱いコメントみたいなものも取って、番組内で紹介したいんですよね。二人のプレイヤーに、こういう意見ありますけど、どうでしょうか、みたいにMCが振れるじゃないですか」
 「つまり」紫吹はせわしくペンを走らせながら訊いた。「二つのゲームのどっちが好きか、プラス、ホットボイスをヒアリングするということですね」
 「はい、その通りです」
 それほど複雑な話ではない、とアリマツ側の参加者に弛緩した空気が流れた。今、いったような受電の項目追加は、NARICS の標準機能で可能だ。これなら、わざわざイズミや田代が話を聞くほどのことでも......
 「で、ここからが本題なんですけど」金城は事もなげに、その空気を吹き飛ばす言葉を口にした。「途中経過を番組MC のPC にリアルで届けてほしいんですよ」
 難易度が一気に上がった。
 「PC に届けるって」田代が訊いた。「メールとかですか?」
 「いやいやいや」金城は笑った。「番組中にメール開いて、読んで、なんてやってるヒマないですよ。そうじゃなくて、現在、エペが何票、ヴァロが何票、こういう意見が来てる、みたいな画面をリアルタイムで更新してほしいってことです」
 「どういう経路でですか」
 「うーん、、そのあたりの技術的なことは、エースさんに確認してもらった方がいいと思うんですけど」
 金城の言葉が終わらないうちに、会議室のドアが開き、エースシステム東海の雨宮と沼田が入ってきた。
 「どうも遅れまして」雨宮は金城に一礼した後、アリマツ側の出席者にちらりと視線を投げた。「いろいろ準備がありましてね。で、どこまで話しました?」
 「リアルタイム連携のところまでです」
 「ああ、そうですか」雨宮は部下を振り返った。「アリマツさんに説明してあげて」
 沼田は抱えていたクリアフォルダから、数枚のプリントアウトを取り出すとイズミたちに配った。受け取ったイズミは急いで目を走らせた。予想通りAPI の仕様が書かれている。外部のAPI となると、RM システムの分担だ。
 急いで作ったらしく、仕様書はところどころ誤字脱字がある。とはいえ、これまでのように口頭での説明ではなく、印刷物があるだけマシだ。
 「やることは単純です」沼田は説明した。「最初にGET で登録トークンを取得。次にPOST で内容を登録って感じで」
 内容を理解しているのかいないのか、沼田の説明は数秒で終わった。とはいえ、API そのものはしっかり作られているようで、イズミが見る限り矛盾はない。これまでのAPI も、説明した沼田自身が詳細まで理解しているとは思えなかったが、API が正しく動作しなかったことはない。
 「ということは」田代が呟いた。「NARICS で受電内容を登録した後、どれをどうRM に連携するかが問題か」
 「こっちで受け取り用API を用意するのは簡単です」イズミは答えた。「受電登録後に、それに渡してもらうのはどうですか」
 「それをやるとなると再起動になるな。やれないことはないが......」
 田代の躊躇いはよくわかった。この調子だと、番組終了までの間にどんなスポット案件が飛び込んでくるかわからない。できるだけ再起動をしたくないのだ。
 「例のシェルスクリプトでロジックを起動する方法は?」
 「同じだ。特定の受電完了後にスクリプトを実行するとなると、やはり再起動になる。どうするかな」
 田代が悩んでいるのを見て、雨宮の顔に愉快そうな表情を浮かび上がった。他人の不幸は、というやつではない。他ならぬ田代の困惑を楽しんでいるのだ。
 「一部、アナログでやるのはどうですか?」イズミは紫吹を見た。「SV さんにもちょっと協力願いますけど」
 「というと?」
 「OP さんが受電を終わって登録完了したら、対応処理No が出ますよね」イズミは説明した。「その時点で手を挙げてもらって、SV さんにNo を渡す。SV さんはそれを田代さんか、相沢くんに渡す。二人はシェルスクリプトを手動で実行する。コマンドラインにNo 付けて」
 「......そうなると、ずっとTeraTerm 開いたままで待ってることになるが」
 「たかだか30 分です。それぐらい何とかなりませんか」
 少し考えた末、田代が頷いた。
 「よし、それで行こう。スクリプトはすぐに用意する」
 「21 時に間に合うのかね」根津が心配そうに訊いた。
 「問題ありません。朝比奈さんの方のAPI は?」
 「こっちはPython なので再起動は問題ありません。まだアイカワの人が残ってるので、急いでやってもらいます」
 「えーと」話についていけてなかった金城が訊いた。「つまり、問題ないってことでいいんですね」
 「問題ないです」田代が答えた。「予定にないイベントは、これで打ち止めにしてくださいよ」
 「え、ああ、はいはい」金城は気もそぞろに答えて立ち上がった。「じゃ、上にそう伝えてきます。進捗は随時、報告してくださいね」
 金城が出ていくと、エースシステムの二人も立ち上がった。
 「じゃ、よろしく」
 雨宮は不機嫌そうな顔で言うと、さっさと出ていった。沼田が小さく一礼すると後に続く。
 「本当に」田代が根津に言った。「こういうのは終わりにしてください」
 「わかったわかった。とにかく準備を頼む。もう終わりになるだろうから」
 もちろん終わりではなかった。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 金城が前言を翻したのは、21 時からの受電が始まって20 分後のことだった。
 「すみません。意外に好評でアプリからのアクセスも多いので、90 分に枠を拡大することになりました。引き続き、お願いしますね」
 イズミも田代もたいして動揺しなかった。時間が伸びただけで、やることが増えたわけではないのだ。だが、5 分後、金城は再び現れた。
 「すみません。かなり対談が盛り上がってしまって」金城は頭を掻きながら言った。「朝6 時までやることになりました。あー、もちろんずっとそればっかり放送してるわけじゃないんですが。他のコーナーを放送してる間は、ネット配信で継続です」
 顔色を変えたのは紫吹だった。答えた声には、さすがに怒気の成分が含まれている。
 「うちのOP のシフトは23 時までなんですが」
 「そこを何とか」金城は手を合わせた。「ほんと、すいませんね」
 紫吹は急いでOP のシフト調整に動いた。残っているOP は3 名。元々、20 時30 分までのシフトだったのを、無理を言って残ってもらっている。一人はどうしても帰らなければならない用事がある、ということだったので、2 ブースでの受電に切り替え、何とか対応を続けることになった。それでも休憩もなしに、朝までぶっ続け、というわけにはいかない。紫吹は何人かのOP に電話をかけ、時給の割り増しと、タクシーでの出社を条件に、何とか3 名を補充することに成功した。
 田代も同様に、電話とLINE を駆使して、すでに帰宅してしまったDX 推進ユニットのメンバーに緊急招集をかけた。何人かは渋ったようだが、日頃から田代がコミュニケーションを取ってきた成果か、倉田を除く全員を出社させることに成功した。田代自身を含めたシフトを素早く作成し、残りは仮眠させておくよう手はずを整えた。
 イズミも眠い目をこすりながら、API の処理ログを監視していた。エースシステムが用意したAPI が、処理自体は問題ないものの、時折タイムアウトになる現象が見られたからだ。一度、タイムアウトになると、リトライしても同じ結果になるため、別のエンドポイントに切り替えなければならない。tail コマンドでログを眺めている時間が大部分だが、気を抜くことはできなかった。
 日付が変わって、20 分後、またしても金城がやってきた。
 「もうしわけないですが、ゲーマーが一人、対談に参戦することになりました。cs:go の人です。投票の項目が一つ増えます。あと、テレビを見たのか、ネット配信を見たのかも、ヒアリング項目に追加してください」
 さらに30 分後。
 「本当に申しわけないんですが、SNS で対談がかなり話題になっていて、希望者の中から何人か、オンラインで番組に参加してもらうことになりました。2 分限定ですけど。電話で申込してもらい、折り返しで発信して意志と出演可能な時間帯、環境なんかを確認です」
 さすがに今回はスクリプトで対応というわけにはいかず、田代は急遽、ロジックを追加し、Tomcat を再起動した。すでに常時受電は終了しているのでサーバには余裕があったが、短時間のスポットだったはずの受電業務が、長時間に変わり、それにともなって、一回のコール時間も次第に長くなってきている。切替は慎重に行わなければならない。
 その後も1 時間に一度ぐらいの割合で、金城が現れ、大小様々な仕様追加を申し渡していく。イズミも田代も、エナジードリンクを何本も摂取し、何とか意識を保っている状態だ。
 ゲーマーの対談は、予定を大幅に超えて、朝8 時に終了した。9 時には最終日の受電業務が始まる。紫吹は別のSV と交代して仮眠室に直行し、イズミも申しわけなさを感じながらも、同じく仮眠室に向かわざるを得なかった。
 目覚めたのは10 時で、すでに最終日の受電が開始している時間だった。イズミは超特急で洗顔とメイクを済ませると、CC に走った。幸い、業務は問題なく進んでいるようだ。
 イズミはSV に簡単に状況を確認した後、田代の席に近付いた。無精髭で顔の下半分が覆われている。デスクには缶コーヒーが何本も置かれていた。モニタに向かい、めまぐるしくコーディング中だった。
 「田代さん、大丈夫ですか?」
 田代は顔を上げた。ほとんど休む時間も取れなかったらしく、疲労の色は隠せなかったが、視線も声もしっかりしている。
 「ああ、大丈夫だ。ゆっくり休めた?」
 「私は何とか。田代さん、寝てないんじゃ」
 「若い頃は徹夜で修正作業とか平気だったんだがな」田代は笑った。「もう年だ。さすがにこたえるな」
 「倉田さんも出勤してるんですよね。少し仮眠されたらどうですか」
 「さっき、ちょっとした修正が入ったんだ。これだけ対応したら、ちょっと休ませてもらうよ」
 そのとき雨宮と沼田が入ってきた。こちらは、たっぷり睡眠を取ったらしく、疲労の気配すらない。
 「やあ、どうも」雨宮は田代に言った。「お元気ですか?」
 「おかげさまで」田代は素っ気なく答えた。「何かご用ですか」
 「さっき御社の横浜から、椋本さんが来ていました。ご挨拶させていただきましたよ」
 「そうですか」
 「昔の話をいろいろ話しておきましたから」
 「用事がないなら、こっちの作業に集中させてもらえませんか」
 「ああ、失礼しました。よかったら、うちの人間を一人サブで付けますが、どうでしょう? かなり繁忙のようですね」
 「お気持ちだけいただいておきます」
 「そうですか?」雨宮は意味ありげな笑みを浮かべた。「優秀な人間なんです。柳本というんですが、ご存じありませんか」
 「知っているはずがないでしょう」田代が苛立ちの声を上げた。「すいませんが、忙しいので......」
 「ああ、来ました」雨宮は新たに入ってきた人物を手招きした。「ご紹介だけさせてください」
 仕方がない、と言いたげにモニタから目を離した田代の顔が、瞬時に強張るのをイズミは見た。田代の視線の先には、一人の女性が立っている。にこやかな笑み、費用をかけてセットしたとわかる髪、ファストファッションではないスーツ。
 「なんで......」
言いかけて絶句した田代を、雨宮は嘲笑するように見下ろした。
 「柳本リオさんです。田代さんには、木内リオさんと言った方がわかりやすいでしょうかね」
 田代の浮かせかけた腰が、崩れるように椅子に沈みこんだ。茫然とした表情が刻まれている。度重なる仕様変更に対して、チームを見事に統制してきたが、このとき、それを失った、とイズミは感じた。

(続)

 この物語はフィクションです。実在する団体名、個人とは一切関係ありません。また、特定の技術や製品の優位性などを主張するものではありません。

Comment(10)

コメント

匿名

Twitter使わんのか

匿名

ここで次回へ続くか・・
田代さんどんな仕打ちを受けるのだろう。

匿名D

いやはや、今までにもいやらしい(褒め言葉)人物が何人も登場してきましたが、
この雨宮とやらは極めつけですな。

匿名

この後に着地点はわからないが、
ある程度は田代さんが報われないと悲しすぎるわ。

匿名

イズミさんがんばれ、今の状況でみんなを救えるのは多分君しかいない。
救っても来年以降顧客がどうなるかはわからないが(ここまで無茶要求されたら実働部隊は願い下げだろう)

匿名

雨宮のこのモチベーションはどこから出てくるのか
掘り下げ楽しみにしてます

匿名

72hマラソン...72時間走るのか?

匿名

リオさんは、実は田代さん側だと思いたい、、、

匿名

雨の宮さんこそレインメーカーでは?

匿名

なるほど、雨だけに…

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