ふつーのプログラマです。主に企業内Webシステムの要件定義から保守まで何でもやってる、ふつーのプログラマです。

鼠と竜のゲーム(23) トゥルーライズ

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 対談の後半の展開が急すぎて、たぶん思考がスリープ状態にあったのだろう。ぼくは、田嶋社長に促されるままに、五堂テクノの社屋を出て、帰社の途についた。電車の中で、田嶋社長と東海林さんは別件の業務の話をしていたが、ぼくは混乱した頭で窓の外を眺めるのが精一杯だった。

 横浜駅に到着し、ぼくたちは市営地下鉄の方へ歩き出したが、途中で社長が思い出したように言った。

 「お、もう5時過ぎか。ちょっと腹減ったな。どっかで何か食べてくか。どうせ、2人とも今日も遅いんだろ?」

 「そうですね」東海林さんも賛成した。「じゃあ、混む前にどこかに入りますか」

 ぼくたちは地上に出ると、適当なお店を探してうろうろした。社長と東海林さんとで食べたいものの意見が食い違い、選定は困難を極めた。ぼくも一応、希望を申請してみたものの、1秒もかからずに却下されてしまった。

 結局、ベイクォーターまで歩き、ハワイアンバーガーのクア・アイナに入ることになった。仕事帰りのサラリーマンや、大学生らしい集団、微笑ましい高校生のカップルなどで混み始めていたが、運良くテラス席が空き、ぼくたちは無事に滑り込むことができた。

 注文を済ませた時になって、ぼくはようやく先ほどの対談の様子を冷静に振り返ることができるようになった。

 「こんなにあっさり非を認めさせることができたなんて、すごいですね」ぼくは水を飲みながら言った。「また、のらりくらりと言い逃れされるんじゃないかと思ってたんですけど」

 「そうだな」東海林さんは喫煙できる場所を探してでもいるのか、キョロキョロと周囲を見回していた。「まあ、正義は勝つってことだよ」

 「あのソースが決め手でしたね。あ、そういえば……」ぼくは対談の途中で浮かんだ疑問を再び口にした。「あれはどこから入手したんですか?」

 「言っただろう。アングラ系のサイトだよ」

 「そうですか。でも、よく、このタイミングで提供してくれる人がいたもんですね。交渉してた相手ですか?」

 「まあな」

 ぼくは素直に感心したが、同時にあることを思い出した。

 「そういえば、例の、ソースも流出している、ってメールは、結局誰からだったんでしょうね」

 真剣に答えを期待していたわけではなかったのだが、東海林さんはなぜか沈黙した。違和感を感じたぼくが見ると、東海林さんは何か言いかけて口をつぐみ、また開いた。

 「あー、あれか。そうだな……」東海林さんは唸った。「ああ、面倒くさいな。社長、イノウーには話しときますか」

 「そうだな」社長はうなずいた。「一応、当事者だからな」

 「え?」ぼくは2人の顔を交互に見た。「何ですか?」

 「あのメールを送ったのは、さっき会った野崎さんだよ」

 ぼくは絶句した。2人の上司は、そんなぼくの顔を面白そうに眺めている。

 「ど、どういうことですか?」ぼくは舌を噛みそうになりながら訊いた。「野崎さんが送ったんですか?うちに?」

 「そう言っただろ」

 ぼくはバカみたいにポカンと口を開いて、東海林さんの顔をまじまじと見つめていた。きれいな顔のウエイトレスさんが、注文したバーガーセットを持って来なかったら、いつまでもそうしていたことだろう。

 「さ、食えよ」東海林さんは楽しそうに言った。「今日は社長のおごりだそうだから」

 「はあ……」

 ぼくはアボカドバーガーを一口かじりながら、考えをまとめようと脳細胞に努力を促したが、ダークマターのような混沌とした空間が頭の中に充満していくだけだった。バーガーが三日月の形になったとき、ぼくはとうとう諦めた。

 「一体、何がどうなってるんですか?」

 「んー、何から説明したもんか……」東海林さんは、早くもバーガーを平らげてしまい、ポテトを指でつまんでいた。「まず、すまん。さっきのあれはウソだ」

 「あれって?」

 「ソースの入手先だよ」

 「善意の提供者って言ってたやつですか?」ぼくは食べる手を止めて、東海林さんの顔を見た。「違うんですか?」

 「違う」

 「じゃあ……」

 東海林さんはポテトを放り出し、コーヒーを飲んだ。

 「お前には言わなかったが、お前と社長が五堂テクノを訪問する前の日に、社長宛の親展で、USBメモリが届いたんだ。中にはJavaのソースが1つだけ入ってた。それが例のソースだよ」

 ぼくはまたもやポカンと口を開けた。

 「おいおい。お前、子供か」東海林さんは顔をしかめて、ナプキンを指で弾いてよこした。「アボカドが口からこぼれてるぞ」

 「……すみません」ぼくはナプキンで口元を拭った。「それ、差出人が野崎さんだったんですか?」

 「いや、差出人は書いてなかった。正直、最初は扱いに困ったんだ。それが何のソースなのかわからなかったし、送ってきた人間の目的も不明だったからな。わかったのは、コメントから五堂テクノのLIBPACKシリーズの中の1つだということぐらいだ。イタズラにしては手がこんでいる」

 「それでも」と社長が続けた。「あのソースはうちにはないはずのものだから、とりあえずは事情がはっきりするまで、秘密にしておこうと決めたんだよ。次の日のツイッター作戦の方が重要だったしな。もちろんおれはソースなんか読めないから、東海林に見てもらった。あの作戦の日は、決まった時間にツイートする以外はヒマだったはずだからな」

 「ちょっとソースを追えば、コネクション解放が漏れてるのはわかるよな」東海林さんが続ける。「ソースコメントによれば、作成者も最終更新者も、城之内さんになってた。つまり、コネクション解放漏れを実装したのは、城之内さんだということだ」

 「そうですね」ぼくは五堂テクノでの開発作業を思い出しながら言った。「外注の場合は、Zから始まる数字になりますから」

 「まあ、そういうわけで、五堂テクノの誰かが、言ってみれば内部告発しようとしているんだとわかったんだ。おれたちがまず推測したのは、それが野崎さんなんじゃないかいうことだ」

 「どうして野崎さんだと?」

 「もちろん確信があったわけじゃない。ただ、この件でうちと直接関わったのは、野崎さんと城之内氏の2人だけだからな。どちらかだと思ったんだよ。で、実際に対面してみて、城之内氏ではありえないな、と確信した」

 「そりゃそうですね」

 「で、秘かに野崎さんにコンタクトを取って、東海林と2人で会いに行った。会社じゃなくて、夜に、ファミレスでな。まずは、探りを入れてみようと思ったわけだ」

 「探り?」

 「そう、こんな感じだ」社長は思い出し笑いをしながら言った。「もし仮に野崎さんがうちの会社の社長だったとして、何らかの方法で証拠となるソースを入手したとします。野崎さんならどうしますか?ってな」

 ぼくも思わず笑い声を上げた。

 「それ、探りなんてもんじゃないですね。うちが入手しましたって言っているようなもんじゃないですか。野崎さんは何て言ったんですか?」

 「きょとんとしてたな。向こうはてっきり、例の個人情報流出の件で、こっちが何か言ってくるんだと思ってたみたいだな。タイミング的に」

 「ああ。実際、そういう揺さぶりをかけようとしてましたね」

 東海林さんも思い出し笑いをしていた。

 「こっちも、いきなりソースを突きつけるのは交渉上、得策じゃないと思ってたから、あれこれいろんな婉曲表現で探ってみたんだが、どうも野崎さんじゃなさそうなんだな」

 「そう。おれもそう思った」と社長。「ただ、ひょっとしたら、本当にうちがソースを入手したのかもしれない、とは思ったんだろうな。とうとう、こう言ってくれた」

 私なら元凶を排除するために使うでしょうね。

 「どういう意味ですか?」

 「形としては、こちらの最初の質問に答えたわけだが、そのメッセージは明白だった。要するに、もしそういうものが本当にあるなら、この一連の騒動の元凶となった人間を排除するのに手を貸してくれ、ということだ」

 「どういうことですか?」とっさには意味がわからなかった。「元凶ってのは、もちろん城之内さんのことですよね。あの人をクビにするってことでしょうか」

 「いやいや」社長は小刻みに首を横に振った。「正社員をクビにするのは、普通でも難しいからな。ましてや、あんな厄介な人間を充分な理由もなしにクビにできるもんか。不当解雇だと訴えられるのがオチだ。そこまでじゃなくて、LIBPACKシリーズの開発から外れるようにしたいということだよ」

 「確かにああいう人と仕事したくはないですけど……でも、どうやって?」

 「それが難問だったんだよな」社長は頭の後ろで手を組んで即席の枕を作った。「どうも城之内氏には親のコネか何かがあるらしいからな。五堂テクノの中からではどうしようもない。形だけ訓告か何か食らって終わりだ。それで何とかなるぐらいなら、野崎さんがとっくに手を打っていただろうしな」

 「つまり、外からの何かじゃないとダメだってことですか。それでうちが……」

 「そういうこと」社長はうなずいた。「ただし、ただ単にソースを突きつけたって、やっぱり形だけ謝罪して終わりになる可能性が高い。ソースをネットに公開して、五堂テクノの非を問う、という手もあるが、それはやりたくない。うちと五堂テクノとの間の秘密保持契約はまだ有効だし、ソースの入手経路を明かすこともできないからな。それに、野崎さんからは、五堂テクノ内で犯人捜しが始まるような事態になることだけは、絶対に避けてほしいと、きつく言われていたんだ」

 「なるほど」

 東海林さんはポケットからタバコを取り出したが、テラスが禁煙であることを思い出したのか、名残惜しそうに見つめた後、再びしまいこんだ。それを見た社長が苦笑した。

 「中に喫煙室があるだろう。そこで吸ってこいよ」

 その言葉に東海林さんは破顔すると、いそいそと立ち上がって屋内の方へ消えていった。それを見送った社長は、その後の経過を簡単に話してくれた。

 まず、うちがソースを入手した理由が必要だった。匿名の誰かから届いたというのでは、五堂テクノ内部に疑いの目が向けられることが確実だろうからだ。野崎さんが、例の個人情報流出の際、ソース一式が同時に流出していた可能性を示唆してくれたので、それを利用することにした。

 「じゃあ、ソースの流出は実際にはなかったんですか」ぼくは、対談終了間際の城之内さんの悲痛な叫びを思い出した。

 「さあなあ」社長は興味なさそうに答えた。「事実は今もわからんし、うちにとってはどうでもいいことだな。もっとも、対談のときの野崎さんの話から推測すると、城之内氏自身が作った納品物一覧には、ちゃんとソース一式が含まれていたらしいから、流出があっても不思議じゃなかったことだけは確かだ。まあ、ああいう大手企業なら、普通は検査部門がチェックして削除するんだと思うが」

 「そのことを城之内さんは知らなかったんですかね」

 「これはあくまでも想像だが、検査部門のちょっとした嫌がらせか何かで、城之内氏には知らせなかったんじゃないかな。ああいう人間だから、反感を買うことも多いと思うし」社長は肩をすくめた。「まあ、そういうわけで、実際にソースの流出があった、という状況を作るために、野崎さんにメールを出してもらったんだよ」

 「別に野崎さんじゃなくてもよかったんじゃ?」

 「野崎さんじゃなきゃダメなんだよ」社長はぞっとするような酷薄な笑みを浮かべた。「あっちにも、しっかり手を汚してもらわないとな。でないと、いざというとき、全部うちが勝手にやったことだと責任を押しつけられるかもしれないからな」

 「ああ」ぼくは納得した。「つまり野崎さんを信用していたわけじゃないんですね?」

 「そのときは、まだな。これまで、エースシステムとか、大手SIerにはいろいろ煮え湯を飲まされてきたからな。そういう印象は簡単に払拭できるもんじゃないよ」

 「じゃあ、野崎さんも、ずいぶん危ない橋を渡ったものですね」少し驚きだった。「下手すれば、うちと心中だったかもしれないじゃないですか」

 他社と共謀して、自社の正社員を陥れる陰謀をたくらんだ、と非難されれば、会社に対する背任行為として、降格や減俸ではすまなかったかもしれない。

 「そのあたりの心情は推し量るしかないが、野崎さんとしては、それほどうちに期待していたわけじゃないと思うよ。ただ、万が一のことを考えて、うちに小さな協力をしてくれたわけだ」

 例のメールが届いたことで、うちはソースが流出しているという「情報」に基づいて行動を開始することができた。確かに、業務システムのソースがネット上に放り出されているというのは、常軌を逸しているから、普通のエンジニアならその可能性を思いつくことさえしないだろう。五堂テクノの厳しいソース管理体制を知っていれば、なおさらだ。

 「じゃあ、あのとき、ぼくの席の周囲であれこれ騒いでたのは、みんなお芝居だったってことですか?」

 「川嶋くんには話してないけどな」

 ともあれ、東海林さんは「大義名分」を得て、流出したソースを探し始めた。というか、正確には探しているふりをした。

 「てことは、ぼくたちがネットカフェでやってたことって、意味がなかったんですね」

 「そんなことはない」

 「だって手元にあるソースを、わざわざネットで探す意味なんて……」

 「わからんかな。お前たちがやってたことは、五堂テクノ側に、というか、城之内氏にソースの流出が実際にあって、誰かが入手しようとしている、と信じ込ませるために必要だったんだよ」

 「……」

 「例の探索を開始して少ししてから、東海林が城之内氏に匿名メールを送るか何かしたはずだ。ソースを入手したが買ってくれ、とか。当然、城之内氏は、どこでソースを入手したのか訊いてくるだろう。そしたら、お前たちが書き込みしていたサイトを教えるだけだ」

 「やっぱり後から交渉に参加してきたのは、城之内さんだったんですね?」

 「そういうことだ」社長はにやにや笑いを浮かべた。「慌てただろうな、きっと」

 「要するにこういうことですか」ぼくは整理した。「うちはソースを入手したけど、その出所が五堂テクノの誰かだということを明かすことはできない。ソースをぼくたちの無罪を証明するために使うには、入手先を別に設定する必要があった。それも説得力のある入手先を。だから、アングラ系サイトの掲示板にあんな書き込みを続けたんですね」

 「正解」

 「うまく成功したんですね」

 社長と東海林さんが書いたシナリオは、想定通りの効果を上げたのではないだろうか。対談のとき、城之内さんが最初に叫んだのは「でっちあげだ」であって、「流出などありえない」ではなかったのだから。

 残った問題は、この爆弾を城之内さんに叩きつけるタイミングだけだった。社長と東海林さんは、もう一度、五堂テクノを訪問する機会を作り、その場でぶつけようと考えていて、秘かに時期を見計らっていた。

 「そんなときに、倉敷さんが神代記者を紹介してくれたのは、渡りに船だった。信頼できる第三者になり得るからな。対談という提案をしてくれたのも最高だった。記者の元での対談となれば、野崎さんと城之内氏だけというわけにもいかんだろう。少なくとも広報か法務の人間が同席するはずだ」

 そして今日の対談となり、爆弾はもくろみ通り、城之内さんの目の前で爆発した。

 「うちが本当にソースを入手できたのかどうかは、最後まで明かしてないから、野崎さん的には、あくまでも五堂テクノのDiv長として城之内氏を守る立場で、今日の対談に臨んだんだろうな。事実、最初のうちは会社の人間として、城之内をカバーしていたじゃないか。もし、うちがあのままソースを出さなかったら、そのスタンスを貫いたに決まってる」

 「でしょうね」2回会っただけだが、野崎さんがいくら城之内さんを嫌っていたとしても、そういう個人的な感情を優先させる人だとは思えない。

 「だけど、東海林がソースを叩きつけたとき、野崎さんは、城之内氏を何とかする千載一遇のチャンスだとわかって、一瞬のうちに180度方向を変えたんだな。本来、五堂テクノのDiv長としての正しい行動は、うちが何を言おうとシラを切り通して、シリアル番号の照合なんぞするべきじゃなかったんだ」

 「そうされていたら、うちは手も足も出なかったですね」

 「まあな」社長は乾いた笑いを漏らした。「今だから言うが、内心、冷や汗ものだったんだぞ」

 うちと野崎さんは、それぞれ目的のものを手に入れることができた。うちは信頼回復につながる約束を、野崎さんは城之内さんという手に余る部下を放り出す口実を。

 これ以上ない解決方法だと言える。ただ、ぼくには一つだけ不満に思っていることがあった。ぼくはそれを口にした。

 「どうして、ぼくに何も言ってくれなかったんですか?言ってくれれば、何か協力ができたかもしれないのに」

 「この爆弾をぶつけるときには、五堂テクノ側に否定させてからにしようと思っていたんだ。最初に嘘を言わせておいて、逃れられない証拠を突きつけた方が、効果も大きいからな。それに最初に否定させておかないと、ただのケアレスミスと言い逃れられる可能性もあった。だから、こっちが本当にソースを入手していないと思わせておく必要があったんだよ。つまりお前の行動や言動が自然であることが。これが第2の理由だ」

 そう言った社長の言葉に、ぼくは対談のときの、自分の熱い発言を思い出して、顔が赤くなるのを感じた。

 「いや、若いっていいことだな、イノウー」社長はニヤニヤ笑いながらぼくを見ている。「おれや東海林じゃあ、あんな風に叫べやしないよ。とてもとても」

 「大人って……」ぼくは恥ずかしさで顔を上げられなかった。「汚いですね」

 「Welcome to the real world」社長は映画のセリフで答えた。

 「……じゃ、第1の理由は何なんですか?」

 社長は笑いを消すと、顔を上げ、テラスの向こう側に広がるみなとみらいの高層ビル群を見つめた。夕映えに照らされた建造物が眩しいオレンジ色に輝いている。

 「それはだな。おれたちが計画したことは、どれもこれも、確実に成功する保証がなかったからだよ。野崎さんと確実な意思疎通が取れているわけでもないしな。今回は城之内氏があんな間抜けな人間だったから成功したわけだが、彼がもう少し利口に立ち回っていたら、逆にうちが追い詰められていたかもしれない。たとえば、何かの手段でソース管理システムのシリアル番号履歴を削除していたとかな」

 「……」

 「そうなったら、うちがやったことは、城之内氏を不当に貶めようとした名誉毀損行為に該当しかねないんだよ。そのとき、お前を実行犯の1人にしたくはなかったんだ。これは、東海林と話し合って決めたことだ。形勢がうちに不利になったときには、やっぱりお前の態度が、どこまでも自然である必要があったから、何も言わなかったんだ」

 ぼくはしばらく言葉を紡ぎ出すことができなかった。眼下の発着所から、シーバスがゆっくりと出発していった。

 「それでなんですか?」ぼくは小声で訊いた。

 「ん?何が?」

 「あれだけの証拠をつかんだのなら、五堂テクノに対して、もっと大きな譲歩を迫ってもよかったんじゃないかと……」

 「大きな譲歩って何だよ」社長は呆れたように言った。「損害賠償とか、法的手段とか、そういうことを言ってるのか?」

 「まあ、そうです」ぼくは城之内さんがやったことを思い出しながら言った。

 「そんなことをして、誰が何の得をするんだ?」

 「得とかそういうことじゃなくて……」ぼくは言葉を探した。「正義とか……」

 我ながら恥ずかしい言葉だったので語尾を濁したが、社長はぼくの思いなど気にせず一刀両断した。

 「ばか。正義なんかでメシが食えるか」

 「……」

 「おれたちは、別に正義のために、こんなことをやったわけじゃない。そんなのはおれたちの仕事じゃないだろう。自分たちの会社が危機に瀕していたから、それに対する防衛策を講じた。ちょっとばかり過剰防衛だったかもしれないが、それだけのことだよ」

 「でも、城之内さんは、うちに対して悪質な営業妨害をしたじゃないですか。成功していれば、うちは倒産までいかなくても、大きなダメージを負ったかもしれないんですよ。なのに、城之内さんの方は、クビになるわけでもなければ、罰金払うわけでもないんですよね。それって、悔しいじゃないですか」

 「そりゃ、おれだって悔しいよ。今だって、これからだって、城之内氏のしたことを許すつもりはない」

 「じゃあ……」

 「だからといって、これ以上、五堂テクノにダメージを与えるつもりなら、それこそ法的手段に訴えるしかない。それが可能かどうかはともかく、そうなれば、野崎さんがどう思っていようと、向こうは向こうで対抗策を取ってくる。弁護士を山ほど雇ってな。うちにはそんなことに付き合ってるヒマはないし、そこまでするメリットも少ない。というか、ない」

 「でも、城之内さんをこのまま放置しておいたら、また別のどこかの会社が、同じような目に遭うかもしれないじゃないですか」

 「たとえそうなったとしても、うちは、そんなことまで責任は持てんよ」突き放すような口調だった。「自分の腕が届く範囲の火の粉を振り払うだけで精一杯だからな」

 ぼくは黙り込んだ。社長は少し柔らかい口調で続けた。

 「あのな、やられたらやり返す、ってのは、ガキの思考だぞ。そんなのは、いい年した社会人のやることじゃない。うちは今回の件で、五堂テクノに大きな貸しを作った。すでに野崎さんからは、口頭ベースでだが、いくつかの開発案件の話をもらってる。この件が完全に片付くまでは公にできないから、黒野が水面下で交渉してるが、うちにかなり有利な条件で受注できそうだと喜んでるよ。それ以上、何を望める?」

 ぼくが何も言えないでいるうちに、ニコチンをたっぷり吸収したらしい東海林さんが、満ち足りた顔で戻ってきた。それを見た社長は、伸びをして立ち上がった。

 「城之内氏のことなら、たぶん心配いらんよ」社長の手がぼくの肩を軽く叩いた。「ああいう失態をした人間を、そのままにしておくほど、会社は甘くない」

 「そういうことだ」東海林さんも言った。「素直に自分のバグを認めておけば、軽い訓告程度ですんだだろうに。ケアレスミスなら誰にでもあるけど、他社に責任をなすりつけようとして何だかんだと工作したとなったら……しかも、それが失敗してるしな」

 「……あの人の未来は明るいとは言えないですね」

 「暗いな」社長がスマートフォンをチェックしながら、ぼくの婉曲表現をストレートに変換した。「五堂テクノとしても、企業としての責任を追及されないためにも、城之内氏に全部、罪をおっかぶせる方向にいくだろうしな」

 そうなるだろうな、とぼくも思った。城之内さんが叫んだ「これは陰謀だ」という言葉は、結果的に正しかったわけだが、残念ながら、それを証明しようという人間は、少なくとも五堂テクノ社内には、1人もいないだろう。

 「さ、帰るか」社長はカバンにスマートフォンを放り込んだ。「これで明日から、いや、今日から落ち着いて仕事ができるな」

(続く)

 この物語は事実を基にしたフィクションです。実在する団体、個人とは一切関係ありません。また司法当局の捜査方法などが、現実のそれと異なっている可能性があります。

Comment(16)

コメント

アボカド好き

はじめまして。
☓アボガド → ○アボカド(avocado)

今回はとうとう種明かし。「あーなるほどー!」という顔で読ませて頂きました。

a

いつも楽しく見ています。

残った謎はソース提供者だけかな?
城之内がサードアイに責任転嫁しようとしたと知っていて、野崎でもなくて、最初の訪問前のタイミングでサードアイ社長に送れる人って・・・?

abc

いつも思うが「avogado」と書いたら明らかにスペルミスだけど、「アボガド」は間違いではないだろう。
外来語の読み方は正しいも間違いもないと思う。カタカナになった時点でもう日本語なんだから。多数派か少数派かの問題。

readman

毎回楽しく読まさせていただいています。

アボガト・アボガドはどっちでも気にならないけどw

そのとき、お前を実行犯に1人にしたくはなかったんだ。

そのとき、お前を実行犯の1人にしたくはなかったんだ。

ここは気になったかも。

アホかと

>> abc

日常会話ならそうかも知れないけど、今回のは実在する店の看板メニューの商品名。
アウトでしょ。

名無しPG

どちらでもいいなら辞書などに載っているほうにしておくのが無難かもしれないですね。
ちなみにgoo辞書には「アボカド」は載っていて、「アボガド」はありませんでした。
あとクア・アイナのサイトのメニューでも「アボカドバーガー」となってました。

では毎度細かすぎて恐縮ですが全角数字の箇所です。

> ぼくは2人の顔を交互に見た。
> 2人の上司は、そんなぼくの
> ソースが1つだけ入ってた。

あと、

> 匿名の誰から届いたというのでは

ここの「誰」は「誰か」のほうがしっくりくる気がしたので一応。


>> readmanさん
> アボガト・アボガドはどっちでも気にならないけどw

確かにそれはどっちでも同じですしね。^^

あああ

しかし、読めば読むほど今回のインタビューや事件そのものが壮大な茶番に見えてくる。
(もちろんこんな茶番で人生を狂わされた側にしてみれば、たまったもんじゃないだろうが…)

わるを

もういい加減、添削コメントには飽きてきましたわ。

アボカド好きさん、readmanさん、名無しPGさん、どうも。
ご指摘ありがとうございました。

恥ずかしながら、今まで、アボガドだと思ってました。
全国のアボカド好きのみなさま、すみませんでした。

むなしい

名無しPGさんの重箱の隅にまで付き合う作者様には本当に頭が下がる思いです

P

(17)でサードアイがGTSに凸した日と、怪メールの日が同じ日だと読んでしまったのですが...どなたか解説してください。

ゴノレゴ

アボカドバーガーでこんなに言い合うなんて、
もうね、アボカド。バーガーかと。

luv3tw

ソースが来た日の夜か、密談したのは
来た日は、東海林さんがちょっとだけ追っていた
で訪問の時に一応全部追ってみた

ちなみに送ったのは西尾ミドリさんだと予想

Pさん、どうも。

ううむ。確かにつじつまが合わんですね。
無理矢理合わせようとしてみましたが、断念して、
(17) の方を修正し、謎のメールが届いた日を1日ずらすことにしました。

You've hit the ball out the park! Incerdblie!

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