ふつーのプログラマです。主に企業内Webシステムの要件定義から保守まで何でもやってる、ふつーのプログラマです。

鼠と竜のゲーム(17) 個人情報流出

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 「2のワンペアで勝てるとはな」

 田嶋社長はそう言うと、会議室に揃った面々を見回した。ギャンブル好きの社長らしい言葉だが、その顔に浮かんでいるのは勝利感というより、戸惑いのようだった。

 ぼくたちは、サードアイに戻ったその足で、会議室に直行した。帰りの電車の中から電話したので、会議室には東海林さんと黒野さんが待っていた。

 東海林さんが提案したのは、東海林さん本人もうまくいく可能性が高いとは思っていなかった作戦だった。目的は、ウワサの発信元として最も可能性が高い2つのアカウントが、五堂テクノの人間であることを確認することだ。

 「むしろ五堂テクノの人間ではないことが確認される方がありそうですけどね」東海林さんはそう付け加えた。

 作戦の手順は簡単だった。まず、五堂テクノの2人、野崎Div長と城之内主任にアポを取る。そして、あらかじめ決めておいた時刻になったら、誰かが2つのアカウントに対して、名指しで、興味の引きそうな内容をツイートするだけだ。そのときの相手の反応をよく観察する。

 「無視されたら終わりだろう?」

 田嶋社長は疑わしそうに訊いたが、東海林さんは首を横に振って、プリントアウトの1枚を抜き出した。

 「ほら、これを見てください」

 

Icon1でも最終的な責任は五堂テクノにあるだろう。サードアイもむしろ被害者じゃないか?

sajin_mon 09/01 18:14:01
Icon1@sajin_mon 大手だからといって全てをチェックできるわけではないだろう。被害者は五堂テクノの方だよ。
justice_speaker 09/01 18:15:14
 

 「他のツイート見ても、このjustice_speakerとtetsurou999というやつらは、この話題に対しては、念入りにいちいち応答してるんですよ。こういう反対意見には特に。しかもかなり早いリプです。だから……」

 それが名指しなら、なおさら早いリプライなのではないか、というのが東海林さんの考えだった。

 「たぶん、こいつはスマホかタブレットか、とにかくモバイルでやっているんだと思います」

 「じゃあ、たとえばおれが行って、こっそりテーブルの下からでもツイートして、相手に届いたかどうかを見てるってことか?」

 「いや、それじゃあ、相手に対して不自然なので、それはその場にいない別の人間がやるべきですね」

 「それで時間を決めておくわけか」

 「そういうこと。その時刻に相手のスマホにでも着信があって、返信がくればビンゴ」

 少しの間、沈黙が降りた。

 「うーん、こう言っちゃなんですが」黒野さんが口を開いた。「ちょっと偶然に左右されやすい作戦ですね」

 ぼくも同感だった。いくらこれまでのリプライが早かったといっても、他社との打ち合わせの場所でも同じとは限らない。本人がこちらの目論見通り打ち合わせに参加してくれるとは限らない。事前に時間が決めてあっても先方が時間通りに来るとは限らない。ありていに言って、不安要素だらけの作戦だ。

 「それはおれも思うけどな」東海林さんは欠点を認めて、頭をかいた。「でも、そもそも、前提からして状況証拠からの推測にすぎないからな。やってみても損はない」

 「どう思いますか?」黒野さんは、我が社の最高経営責任者の方を向いた。

 「まあ、やってみるか」田嶋社長は他に手がないから、やむを得ないといわんばかりに答えた。「ハズレでも失うものはないからな」

 その後の短い打ち合わせで、訪問するのは社長とぼくの2人に決まった。ぼくは開発担当だったので、同行を命じられても不思議ではないからだ。先方と話をするのは社長に任せて、ぼくは決まった時刻に先方に注意して反応を見逃さないようにする。秒単位で時刻を合わせるために、社長が、古いデジタル時計を貸してくれることになった。

 作戦会議が終わり、東海林さんがタバコを吸いに外に行ったときに、社長はつぶやいた。

 「まあ、ほとんど無駄足だろうなあ」

 ぼくも五堂テクノの来客スペースに案内されたときは、同じ思いだった。だから、既定の時刻になって、城之内主任のスマホに着信があり、続けて操作を始めたのを見たときには、自分の目が信じられなかった。思わず声を上げそうになるのを、必死でこらえなければならなかったぐらいだ。

 最初のツイートは、tetsurou999 のアカウントに投げることになっていた。こちらを先にした理由は、justice_speakerアカウントのツイート数が、ここ何日かはめっきり減少しているためだ。逆に、tetsurou999の方は増大している。

 正確に3分後、城之内主任の内ポケットから、2つめのスマホが現れたのを、ぼくはしっかり確認した。社長も見たはずだった。これで知りたいことが全てわかったので、社長は早々に話を切り上げて、ぼくたちはその場を辞した。

 帰りの電車の中から会社に電話して結果を伝えると、自分でも成功するとは思っていなかったらしい東海林さんは、しばらく絶句していた。そして、会議室で待っていると言うと、電話を切ってしまった。

 「イノウーから電話をもらってすぐ、モリシタに電話してみました」東海林さんは難しい顔で話していた。「渕上さんは何も言ってくれないだろうと思ったので、日比野さんの方に。うちのことについて匿名のメールが届いたようです。内容についてはさすがに教えてもらえませんでしたが。日比野さん自身、それがなければ、T市立図書館の事件のことなど知らなかったようです」

 「私も相模ソフトの土屋さんに聞いてみました」続けて、黒野さんが、ぼくの方を見ながら言った。「井上くんが担当していた案件です。やはりフリーメールで注進があったようですね。土屋さんも詳しいことは教えてくれませんでしたが、察するに、うちが同種のミスを連発している会社で、付き合いを考え直してはどうか、という内容だったようです」

 ぼくは言葉を失った。どうして、そこまでの悪意を向けられなければならないのか、全く理由がわからなかった。

 「なんでそこまでされなきゃならんのかな」ぼくの心中を代弁するように、社長が疑問を呈してくれた。「話を聞く限りだと、五堂テクノは、うちをつぶそうとしているみたいじゃないか」

 「五堂テクノが、というより、その城之内というやつが、でしょうけどね」東海林さんが考えながら言った。「イノウー、お前、何か個人的な恨みでも買ったんじゃないだろうな?」

 「え、個人的って」ぼくは驚いて手を振った。「そんなの記憶にないですよ」

 「まあ、恨みなんて知らないところで買ってるかもしれないけどな」東海林さんの目が面白そうに光った。「向こうがお前に惚れてて、アプローチしてたけど、お前は気付かなかったとかな」

 「やめてください」ぼくは東海林さんを睨んだ。「だいたい、ぼくがあの人にあったのは、今日が初めてですよ。T市立図書館の開発のときは、名前を忘れましたけど、女性の担当者の方としか話してませんし」

 「じゃあその女性がお前と仲良くしているのを見て、城之内のやつが嫉妬したとかじゃないか?」

 「別に仲良くしてません」ぼくは冷たく応じた。「それに、2年も経ってから、どうして……」

 「漫才はそれぐらいにしてくれ」田嶋社長が割り込んだ。「これからどうするかを考えよう」

 「もう一度、アポを取って、正面からぶつけてみてはどうですか?」黒野さんが提案した。「証拠もあるわけだし」

 証拠というのは、東海林さんがPCから送信したツイートと、田嶋社長がこっそり撮影した、打ち合わせ中の映像のことだ。スーツの胸ポケットに差したペン型の隠しカメラで撮影したものだった。後で見せてもらったところ、1920×1080の映像が非常に鮮明に録画されていた。城之内主任がスマートフォンを操作するシーンや、野崎Div長がたしなめるシーンが、スーパーインポーズされた日時と一緒に確認できる。ぼくは、技術の進歩に驚嘆するとともに、社長はこのアイテムを本来、どのような目的で使用していたのかと首をかしげた。

 「いや、証拠といっても、まだ状況証拠でしかないからな」東海林さんが苦笑した。「偶然、その時間にメールでもしてたと言われれば、こっちはそれ以上追求できない。まさか、あなたのスマホを調べさせてくださいとは言えないしな」

 「確かにそうだな」田嶋社長が悔しそうに言った。「それをやるなら、さっきやるべきだったな。オレが話をして気を逸らしている間に、井上が城之内さんの携帯を盗むとか」

 「窃盗で逮捕されるじゃないですか」ぼくは抗議した。

 「会社のためだ」社長は35%ぐらいは本気のような顔でぼくを見た「それに若いうちの苦労は買ってでもしろと言うぞ。まあ、過ぎてしまったことは仕方がない。何かないか?」

 「ぼくですか?そうですねえ……」腕を組んで考えてみたが、何も思い浮かばない。「城之内さんじゃなくて、野崎さんの方に言ってみたらどうですか?まともな人に見えましたけど」

 「人間としては城之内さんよりまともには違いないが、あの人だって所詮は五堂テクノの人間だ。しかもDiv長だぞ。会社の不利益になるようなことをするとは思えないな」

 手詰まりだった。せっかく、社長とぼくが敵陣に乗り込んで、証拠をつかんできたというのに、それを生かす手段が何もない。

  ややあって、社長は諦めたように肩をすくめた。

 「まあ、少し様子を見るとするか。何かできないか、考えてみることにするから。とりあえず仕事に戻ってくれ。おれは打てる手を打ってみるから」

 「打てる手って何ですか?」

 黒野さんが訊いたが、社長は曖昧に笑っただけで答えなかった。仕方なく、黒野さんとぼくは、社長と東海林さんを残して会議室を出た。

 「打つ手があるんですかね」

 「さあねえ」黒野さんも、ぼくに劣らず不安そうだった。「おかしなこと考えてなきゃいいんだけどね」

 ぼくが自席に戻ったとき、川嶋さんがぼくを手招きした。

 「ちょっとこれ見て。おかしなことになってるよ」

 

 川嶋さんが発見したのは、一連のツイートだった。といっても、これまでのように、うちの会社に対する根拠のないウワサに関することではなく、五堂テクノに関するツイートの数々である。発端は産業技術総合研究所の高村ミスズさんだった。

Icon1私のところに、五堂テクノのFTPサーバに個人情報が無防備で置いてあるという情報が届きました。アクセスしたところ、確かにそのような情報の存在が確認できました。
misuzutakamura 09/06 12:05:59
Icon1すでに管理者に連絡したため、FTPサーバは閉じられています。ただ、どれだけの期間開いていたのか、個人情報を第三者が入手した可能性があるのか、ということはわかっていません。
misuzutakamura 09/06 12:08:06
Icon1また五堂テクノかよ。あそこはダメだな、ほんとに。


danny_el4u 09/06 13:12:44
Icon1どんな個人情報なんだろう。図書館の利用者かな。


sigmaforce7890 09/06 14:03:01
 

 翌日の昼過ぎには、いくつかのメディアが、後追いでこの件の報道を開始した。最初に発見したのは、やはり川嶋さんだった。

 「これで事態が変わるかもしれないですね」

201X年9月7日 atmark-IT
利用者逮捕に続き個人情報流出――T市立図書館、原因はまたも五堂テクノ

 Web蔵書検索システムをダウンさせたとして、悪意のない利用者が5月に逮捕された神奈川県T市立図書館をめぐり、新たに個人情報流出が発覚した。

 同図書館は、五堂テクノロジーサービス(GTS)の図書館向けパッケージ<LIBPACK>を採用している。GTSは同パッケージを、T市立中央図書館の利用者情報247人分を含めた状態で、他の12カ所の図書館に販売した。その結果、他の図書館のシステムを通じて、利用者情報がインターネットに流出することとなった。

 この問題を発見した、産業技術総合研究所の情報セキュリティ研究センター、高村ミスズ研究員によれば、流出元になったのは、GTSの100%子会社で<LIBPACK>システムの保守・運用を委託されているファイブスター株式会社のFTPサーバだ。同社のFTPサーバには、流出した個人情報データの他、図書館毎の設定が記録されたファイルなどが、パスワードなしでアクセス可能な状態にあったという。

 GTSの広報担当は、本誌の問い合わせに対して、「現在、ファイブスター株式会社の担当者に詳細を確認中」と答えたが、「個人情報の流出は事実と思われる」と責任を認めた。一方で、そもそもの発端となったT市立図書館の事件については「製品としての欠陥とは考えていない。あくまでも想定外の事象」と回答した。
 現在、ファイブスター株式会社のFTPサーバーは停止しており、これ以上の流出の可能性はないという。また、実際に個人情報が第三者に流出したかどうかは、アクセス記録などから調査を行っている。

 ぼくたちは、川嶋さんの席の周りに群がって、モニタに表示されたその記事を読んだ。

 「FTPサーバをanonymousだけで運営してたのか」東海林さんが軽蔑したように言った。「ば~~~~~~っかじゃねぇの!?」

 「今頃、五堂テクノは大騒ぎだろうな」社長は悔しそうな顔を、ぼくに向けた。「もうちょっとずれてれば、その騒ぎを眺められたかもしれんな」

 確かに見物だったかもしれないが、それよりも気になることがあった。

 「事態が変わったっていうのは、どういうことですか?」ぼくは川嶋さんに訊いた。

 「わからないかな」川嶋さんは、4人の男からの放射熱を避けるように、冷たいお茶を一口含んだ。「こういう不祥事起こしたんだから、T市立図書館のコネクション解放漏れを下請けに、つまりうちに押しつけようとしたことが、疑問視されるんじゃないかな、ってこと」

 「もう一度、GTSにアポとって、同じことを要求してみたらどうですか?」黒野さんが社長に言った。「今なら、立場が弱いのは向こうの方ですよ」

 少し考えた後、社長は黒野さんの提案に同意した。

 「そうだな」表情が少し明るくなっている。「向こうは今、浮き足立ってるわけだ。攻めるなら、こういうときがチャンスだな。よし、早速アポを取ろう」

 社長は急ぎ足で自席に戻っていった。黒野さんも、その後についていった。

 「これで何とかなるといいですね」ぼくは隣にいた東海林さんに言った。

 「なるといいけどな」東海林さんは社長ほど楽観視はしていないようだった。

 「何が心配なんですか?」

 「相手はうちの数百倍の規模の大企業だからな」そう言うと、東海林さんは、ぼくの肩をポンと叩いた。「そう簡単に負けを認めたりはしないんじゃないかってこと。まあ、なるようにしかならんけどな」

 「なるようにって?」ぼくは訊いたが、東海林さんは答えず、タバコの箱をつかむと、外に出て行ってしまった。

 「いいかげんに禁煙すればいいのにねえ」川嶋さんは肩をすくめて、ブラウザを閉じた。「さて、仕事しなきゃ」

 「そうですね」

 ぼくも自席に戻ると、気分を切り替えてEclipseを起動した。いつもの習慣で、Eclipseの起動時間を利用して、メールチェックする。ほとんどが、広告メールの類いだったのだが、そのうち1件に注意を引きつけられた。メールの件名が、「T市立図書館の担当者様」だったからだ。差出人は、見覚えのないフリーメールのアカウントだった。

 いぶかしく思いながら開いて見た。本文は短かった。

個人情報だけではなくソースも流出している。

 唖然となったぼくは、不審に思ったらしい川嶋さんが、いぶかしげに声をかけてくるまで、モニタを凝視していた。

(続く)

 この物語は事実を基にしたフィクションです。実在する団体、個人とは一切関係ありません。また司法当局の捜査方法などが、現実のそれと異なっている可能性があります。

Comment(12)

コメント

abc

犯罪行為や違法捜査で手に入れた証拠は、裁判では認定されないと聞いたことがあるけど...
流出した情報だった場合はどうなんだろうなあ。

Nexus

唐突に表れたヒストリエネタで、大爆笑w

qqq

電車の中で電話するのは良くないと思う。

ADI

城之内がこの件も含めてサードアイのせいにしようと画策に一票。
ふっちーと日比野さん登場にニヤリ。
相模ソフトの土屋さんって出てきたかな?

コモエスタ

テレビなどでもいつも疑問に思っていますが、
「その後」についてはほとんど追求されないんですよね
ここでは被害者側の視点で描かれているので
最後にどう補償されるのかがすごく楽しみです
2組とも事業に差し支えがでているわけですからね

ああっと

渕上さんを出すのはまずいんじゃないですかね
前の作品のコメント欄のような罵り合いが再発するのでは

Edosson

あまりにもコメント欄が寂しいがための、
燃料投下かもしれませんね。

半分くらいは推敲コメントなんじゃなかろうか。

こーちゃんマン

どこの世界にも良識のある人はいるもので、JAL123便の事故後にボイスレコーダのコピーが表に出てくるなど。
本文の筋からすると、個人情報の流失はおまけみたいなもので、本当はソースコードを表に出すことではないかと思います。

のなめ

確かにFTPの下りはリアルタイムで「バッカじゃねーの?!」って軽蔑してたわ。
しかし文中の記事がITproの引き写しで大丈夫なんすか(笑)

ほまらら

まさかの現行犯。
城之内の間抜けさ加減は、探偵もやる気なくすレベルですな。

ぐん

ソース流出→みすず女史はじめネットであら探し→開放漏れ該当部分作成者が城之内になっている→次回、城之内死す
って流れなのかな?

ほまらら

>「2のワンペアで勝てるとはな」

これひょっとして、遠回しにブタと罵ったんだろうか。

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