これはピンチな現場に助けに入る、しがないIT傭兵達の物語。

Act12 道筋

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 待ち合わせをしていたコンビニ前で、草薙さんがタバコを口にしてすでに待っていた。

 空いた片手にはブラックコーヒーの缶が2本。私の姿を確認すると、彼はその1本をこちらへ挨拶代わりに小さく投げてくる。運動神経皆無の私でも不意に投げられたそれを軽々とキャッチできた。受け取りやすい手元へうまい具合に投げるものだと、妙な感心をしてしまった。

 

 プルトップに指をかける。空気が抜ける音がして、コーヒーの香りが広がる。夏の熱気が迫りくる時間を感じつつ、私は手短に給湯室で起こった出来事を話しはじめた。

 「なるほどね。これでなんとなく全貌が繋がった、かな」

 草薙さんは少し考えるような目をして、その言葉を口にした。彼が唇の端にくわえた煙草の赤い光が、煙草の先端から根元へと移動していく。草薙さんはめずらしく、少し苛立っている様子だった。

 「お前さんにコピーしてもらった後藤さんのメール、大方目を通したんだ。そこには今まで辞めていった連中を含め、何通もワーニングを訴える内容があったよ。最初のうちは杉野PMにも報告という形で投げられていたんだが、そのうちメールがぱたりと無くなっている。圧殺したんだな。彼は」

 

 「俺は、それを責めるつもりはないよ」。言葉の締めくくりにそう言って彼は煙草をくわえなおす。口の中に煙が吸い込まれていき、それが細く長く吐かれる。ため息にも似たような煙草の吸い方。

 「このまま総力戦で進めても勝てる要素がない。物理的にまず無理だし、なにより士気がまったくない。ひっくり返す案、お前さん、考えられるか?」

 片目だけ閉じて、草薙さんは私に言葉を投げかける。私は缶コーヒーに口をつけながら、その問いに首を左右へ振った。

 「この状況をどう打開できるのか、まだ糸口すら見えないんです。正直、このままじゃいけないことは分かっていますが、優先順位が把握できず、今の作業手順が正しいのかすら判断できない。要件定義書だって古い状態のままで、直近の仕様の揺れについてもアテになる資料がほとんどない。メールで全部拾えるかどうかも……」

 顎に左手をあてて、私は考え込む。状況の分析を終えたら、その次は打開策を考える必要がある。このまま時間が過ぎていけば、選べる選択肢はどんどん狭まっていく。今の状況は、時間制限がある問題集を連続で解答していく感覚に似ている。何冊あるかわからないまま進めていくような、不安感……。

 「こんな状況だが……、まず強引にでも機能ごとの優先順位を付け、絶対にないと困る機能の見切りを明日までに頼めるか?」

 短くなった煙草を缶の端で消し潰して、草薙さんは私の答えを待つ。もちろん完璧なものにはならないが、可能だと私は判断した。

 「機能群で言うと『建設機材予約』が主になってくるはずです。各機能でどれだけ切り落とせるかはもう少し精査しなければわかりませんし、そもそも機能一覧に全て網羅できているかも不明確です。機能群の「各種マスタ管理」なんかは、運用対応で吸収できるので後回しでもよいかとは思いますが……。お客様とお話ししなければなりませんが、まず判断できる範囲で対応します」

 

 スマフォを手に、私は本日から明日のタスクについてメモを取る。

  • 機能一覧の洗い直し
  • 各機能の重要度と重み付け

これらを通して、霧に紛れてしまっている問題を見つける事もできるかもしれない。

 「難しいと思うが、それを明日中に頼めるか? 俺は安藤さんとこれから話をしてみる。現状報告と共にこれからの作戦を練ろうと思うが、やはり多段階リリースの線に持っていかなければダメだろう。お前さんの叩き台ができたらそれを持って安藤社長同席の下、杉野PMと我々で話をしよう。4人で最低限の生命線だけ見切って、そこにリソースを集中させるリカバリプランを立て、再度マスタスケジュール案を作成する。それをもって、ユーザーとの話し合いの元資料にする。多段階リリースまでの道筋を付けなければ、誰も報われないだろうな。ユーザーも、彼らも。そして、俺達も」

 

 今回の目的は1つ。状況を収めることだ。今回の「収める」は、「納期を守り、全て納品すること」ではない。それができれば最良なのだろうが、この状況でベストは目指せないことがはっきり分かった。

 固まっていない要件と揺れ動く仕様。

 破壊された人間関係。

 要員のスキル不足。

 残り少ない時間。

 だからこそ、段階リリースという形で落とし所を作っていくしかないという判断に至った。それをお客様に「飲んでくれ」というには材料が必要だ。その為にまず私が収集・整理する必要がある。そういうことなんだと理解する。

 2本目の煙草に火を付けた後、しばらく黙っていた草薙さんは1トーン低い声で呟いた。

 「俺はな……、人間が大嫌いだ。利己的で自己中心的で。こんな状態になってまで、まだ自分のプライドにこだわっている。支援に来た人間すら煙たがって疎ましげに扱う。こんな状況になって、まだ自分の体裁を取り繕おうとしている人間が大嫌いだよ。俺の部下になんてことは言いやがるんだと思った。でも、それはそれ。これはこれ。そういった悪意すらもすべて平らげて、最良にたどり着こうじゃないか」

 一度、瞳を閉じて怒りややるせなさ、恐れを切り捨てる。恐らく私よりも、化粧室の話は草薙さんの方が腹が立っているんだろう。それを噛み殺して笑うのが、この人なのだ。何も思っていない訳じゃない。炎のような激情を内包した人。

 

 「大丈夫ですよ。そういう、できる上司の部下でよかったと思ってます。コーヒーごちそうさまでした。じゃ、夜、報告しますよ」

 私はひらひらと手を振って背を向け、陽炎を放ち始めたアスファルトの上を歩き始めた。視線を前に向けて。

Comment(3)

コメント

tom

続編キタワァ*・゜゚・*:.。..。.:*・゜(n‘∀‘)η゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*!!!!

00

かっけーなw

な-R

tomさん
ありがとうございます。
すみません、大サボりしてました。
炎上案件も終わりましたので、また、のろのろ書いていきますー!
今後とも、よろしくお願い致します。

 00さん
ありがとうございます。
当社比180%程度美化されております(笑

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