これはピンチな現場に助けに入る、しがないIT傭兵達の物語。

【番外編】来たるべき時(草薙side)

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今回はちょっと趣向を変えて、最近の出来事を草薙目線の番外編としてお送りします。

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【早瀬が会社を去る。】

 いずれ必ずなにかの形でそうなることは理解していたが、いざ現実として直面すると戸惑っている自分に驚く。

いつものチェーンスモークを伴いながら、これまでの事をふらふらと思い出す。
自社オフィスの窓から、一般的なIT系企業のイメージに馴染まない下町の風景を眼下に捉えつつ缶コーヒーで紫煙を喉に流し込む。


それはつい先日、客先オフィスでの出来事。
ここ最近、俺と早瀬はそれぞれ別のプロジェクトに忙殺されていて、数日ほとんど会話をしていなかった。
同じフロアにはいるのだがお互い忙しく、たまにすれ違っても「特に問題なし」のいつものアイコンタクトを交わす程度だった。
忙中閑あり、ふと一息ついて喫煙所でタバコに火をつけようとしている所へ、ヤニ色で汚れたドアを開けて早瀬が追って入ってきた。

「ん〜、どうしたぁ?」

 気の抜けたセリフを口にしつつ、今のプロジェクトで発生しそうなトラブルパターンを咄嗟に想像して、心の構えを瞬時に整える。
早瀬のプロジェクトでは遅れていた進捗を取り戻してきていた様だったが、何かまだ解決できない課題や懸念などがあるのだろう、と。
しかし、早瀬から発された言葉はそういった想像とまったく異なる、予期しない内容だった。

「ボス。実は先週、大手からスカウトの連絡があったんです」

声のトーンはいつも通りなのに、なにか遠い所から聞こえてくる様な感覚。
同時に、あぁ来たか、というどこか腑に落ちる様な理解。

「スカウトぉ?」

来た球を的確に受け止めようとした身構えは想像と異なるものに全く対応できず、単純な聞き返しが反射的に口をついてしまった。
これはもちろん、どこの会社?という意図では無かったのだが、この聞き返しへ応じる様にそのスカウト内容について、いつもの調子で説明し始めた。

この大手は世界的にもとても知名度の高い、ソフトもハードも提供する外資系の日本法人だった。疑う余地の無い、正真正銘の大企業。
早瀬は資格保有数も多く、日頃の活動では幅広くメーカーやベンダーともやり取りしていて、限定的ではあるが顔と名前も売れてきている。
PMOとしてだけではなく、得意としている技術部分も高く評価されたのだろう。
それは上司である俺からみても特に違和なく思える反面、稀に耳にする程度の遠い世界の話が自分の近辺から湧いてきた事に妙なギャップを感じる。

「先方から近々会って話をさせて欲しいって連絡が来たんですよ。ちょうど今ならプロジェクトも落ち着きはじめましたし、業後でもそんなに遅い時間にならないですから。今週中だったら大丈夫かなって思ったんです。どんな話をされるのか興味ありますし、こういう機会って滅多にないじゃないですか?大手で有名な外資だし、どんなオフィスなのかもちょっと見てみたいですよー。キレイなんでしょうね!」

・・・・・こういう時、俺はどういう表情をすりゃいいんだ?

どういう意図で早瀬がこれを俺に報告してきているのかがサッパリわからない。
いつも通りの体裁を意識しつつ、ほぼ相槌を打つのみ。
指先のタバコの灰が伸び、音も無くタイルの敷かれた床に落ちた。

「日程が決まったら、また報告しますね?じゃ、仕事に戻ります。」

明るい表情で一通り話終えて、特にどうという事もなく早瀬が喫煙所を後にする。少しの間をおいて、まだ整理がついていない俺の口をついた独り言。

「超大企業だし、キャリアアップにも良い頃合いか。。。」

漏れた言葉を反芻しつつ。もう1本タバコを付けた自分を打ち切る様に、火を灰皿で押し消してひとまず仕事へ戻った。それ以降、早瀬とは会話らしい会話をせず今に至っている。


 俺は早瀬が抜けた後の計画を立てなければならない。考えていた先の体制に変更を加えなければならない。眼下に広がるいつもの下町の風景を瞳に流しつつ、そう考えようとしても頭がこれまでの出来事を思い返す方へ流れてしまう。


 早瀬は中途採用の転職者だ。前の所属では、俺が関わっていた同じ現場の別チームに参画していて、ある日その所属の社長と連絡が取れないという話を耳にした。何があったかは知らないが、いきなり倒産したらしいという事と、その現場に常駐していた早瀬がそれを知らなかったという事は理解できた。俺がその話を聞いてからほぼ1日、誰に教えられる事もなくいつも通り働いていた早瀬に、別チームという事もあって気が引けたが....

「早瀬さん、ちょっと所属に連絡をしてみたらどうかな?」と帰り支度を始めていた早瀬に声を掛けてみた。

その時の「?」という怪訝(けげん)そうな表情と、その後廊下で何度も電話をかけ直している姿が強い印象として残っている。
結果として、進行中の案件途中に抜けられるのもどうかという判断があり、色々な方々の計らいもあって今のウチの所属に至った。
移籍直後はまだまだ一介の駆け出しPGで、特に秀でた技能があった訳ではなかった。
ただ、この一件をきっかけに「どこででもやっていけるだけの知識・技術を身につけたい」という意識が芽生えたのだろう。それからの早瀬の努力は目を見張った。

その後しばらくは俺と同じ案件に回ったが、そこで関わったものは学んだついでに資格取得にまで繋げてしまう。言語からDB、ネットワーク系やプラットフォーム、ミドルウェアやツールに至るまで、それこそ現場で触れたものを帰宅後や休日を返上して勉強していた。移動中もずっと勉強する徹底ぶりで、話によれば自宅のテレビの電源とアンテナを抜いてまで没頭していたらしい。
職場では人とすぐ打ち解ける社交性を発揮しつつ、2年ほどの間にメキメキ実力を上げていった。今では高難度な国家資格も含め、自分の通ってきた足跡の様に積み上げた資格は、名刺に載せきれない状態となっている。

 それでもやはり、これまで幾度となく現場で苦しんできていた。
数ヶ月のほとんどがビジネスホテル住まいになった、凄まじいデスマーチ案件をメンバー達と乗り切った時。
はじめて開発チームを任されたが、メンバーの意思統一が図れずチーム崩壊した時。
PMとして立ち、ユーザと開発側の間に挟まれ大敗北を喫した時。理不尽な状況に追い込まれ、何度も修羅場を味わっていた時。
折れかけて、つまづいて、それでもここまで続けてきた早瀬を近い所で見てきた俺としては。

・・・だからこそ、次のステップへ送り出すべきだと、思う。

これが世に言う父親の心なのか?という錯覚すら感じる。
ウチの様な規模の会社からすれば、早瀬が抜けるのはたしかに大きい痛手だ。他のメンバーで補っていくにも相応の負担をしていかなければならないだろう。
それでも「こっちは大丈夫だ」と、送り出してやりたい。みんなにもそれをわかってもらわなければならない。

「まぁ...いずれやって来ると思ってた未来が今だったという事だろ」

・・・なんとなく、腹が据わってきた。


ガチャっ☆

「あ、やっぱりここにいたんですねー?」

 据わった腹が一瞬にして吹き飛んだ。
早瀬がノックもせず喫煙所へ入ってきた事で、いつも通りの体裁を取り繕うだけで精一杯の俺。早瀬はどうという事なく言葉を続ける。

「ボスー、スカウトの人と会って来ましたよ?その時の話を聞いて欲しいんですけどー」

やはり来た、その言葉に緊張する。
しかし....

「なんかすごくツマラナイ話されて正直、時間の無駄でした。オフィスも受付のお姉さんもキレイだったんですけどね。担当の人、現場を軽くみてるんですか?って聞きたくなる感じで、ずっと下に見る様な話し方だったんですよ。小さい会社から拾い出してやる、みたいなのが感じられてちょっと腹が立ったりしました。そのクセ報酬聞いたら大したことなくて」

・・・・・へ?

「仕事内容も面白くなさそうなんですよ。お客さんの要望を聞くというより提供している"型"にはめようとする。技術部門だって言ってたんですけど、どちらかというと研究?みたいで。これでキャリアアップになるんですかね?逆に技術者としてはつぶしが効かなくなるんじゃないか?なんて思いましたよ。もう少しおもしろくて役立つ様な話が聞けると思ったんですけど、結局予定時間より前に終わらせてきちゃいました。まぁ勤務時間が今よりは楽になるんでしょうけど」

そういって少し悪戯な表情を見せて、そのまま、好き放題喋った後に喫煙所を彼女は後にする。
話を聞いている間、俺はいったいどういう顔をしていたんだろう。凍っていたものがふわっと氷解した様な、不思議な安堵感とちょっとくすぐったい喜びが口元を緩める。

「まぁ、、、いずれやって来ると思ってた未来はまだ先だった、という事だろ。」

いつも通りの俺が、まだ早瀬と一緒に、今まで通りの傭兵稼業を続けるだけだ。
少し日が傾いて、長い影をいくつも並べている街並みを背に、俺は部屋を後にした。

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最近の動き、いかがだったでしょうか(笑

以下はイベントのお知らせです。
2014/11/26(木) 19:00〜21:00
秋葉原でIT系のみの同業種交流会を主催します。
ITエンジニアさん、営業さんのみの交流会ですので、エンジニアあるあるなどで盛り上がっていただければとても嬉しいです。
よろしければ、あと若干のお席が空いておりますのでお声がけください。

 IT-EN会
http://creative-works.sakura.ne.jp/it-en/

それでは、また!!

Comment(8)

コメント

ナンジャノ

番外編で来ましたか~。
続編でなくてもコラムに書けることは理解していたが、いざ現実として直面すると戸惑っている自分に驚きます。
草薙さんの父親ぷりというか、似たもの夫婦風というか、動揺っぷりに笑えました。
次は、傭兵の活躍を期待しております。

BEL

あー、びっくり。一瞬完結したのかと、エピローグかと思っちゃいました。

>そのクセ報酬聞いたら大したことなくて
これは実感としてありますね。
現場よりというか下流寄りの人間から見ると、中小零細の方がはぶりがよく見えます。
大手ほど下流を評価していないんだなと。まあ大手はそういうフェーズは
外注してるでしょうから、安いものという感覚なのでしょうけど。

haj

ソフトもハードも提供する超大手って月額報酬じゃなくてその福利厚生にメリットがあるんじゃないですかね。
借上社宅や住宅費補助、自社株購入時の補助金に各種施設の優遇価格
クレジットやローンの審査もスルーパス

また
>数ヶ月のほとんどがビジネスホテル住まいになった、凄まじいデスマーチ案件をメンバー達と乗り切った時。
>はじめて開発チームを任されたが、メンバーの意思統一が図れずチーム崩壊した時。
>PMとして立ち、ユーザと開発側の間に挟まれ大敗北を喫した時。理不尽な状況に追い込まれ、何度も修羅場を味わっていた時。
これだけの失敗をしているのは凄いと思いますが、逆に成功した経験って何かあるんですかね?
これが10年選手なら成功はいくつもあるんでしょうが、2年間の出来事という事ですし。

なーR

ナンジャノ様
お世話になります、なーRです。
すみません、遅くなりました。また、地獄の案件に入っておりまして(笑
早瀬にとって草薙はどんな存在なのか。
それは、この先徐々に明らかになっていく感じかと思います。
あ、恋仲では御座いませんw
次は本編の一区切りをつけようかと思っています。


 BEL様
お世話になります、なーRです。
こちらこそ、ありがとうございます。
大手は大手でいいところがあるんですけどね。
でも、自由度がないのはちょっと私には向かないかもしれません(笑
大手に過去いたことがあるのですが、私は大手には向かない人間だと思いました。
また、次もよろしくお願いいたします。


 haj様
ありがとうございます、な-Rです。
遅くなってしまいまして、ごめんなさい。
>その福利厚生にメリットがあるんじゃないですかね。
確かにそうですね。働いているだけでかなりの信用は得られますものね。
その分、しがらみとかもあるんだろうなぁと思っています。
傭兵は傭兵の大変さがあるように、
正規兵は正規兵の大変さがあるんだなぁと最近現場でそう思っています。
どちらもどちらで一長一短であり、
どちらもいなければ今のIT業界は成り立たないのだというのも、私自身は感じています。


>2年ほどの間
こちらに関してはわかりにくくてごめんなさい。
この会社に入った直後から2年、というイメージです。
早瀬は8年生~10年生のイメージで書いています。
ご指摘、ありがとうございました!

なーR

交流会へのご参加、ありがとうございました!
数人の方がこちらの記事をご覧くださり、参加してくださったようです。
(24人の参加があったようでした!)

また、来年行いますのでお近くの方は是非!
よろしくお願いいたします。

愛読者

続き、まだですかねぇ。。。
楽しみに待って&忙しいのも分からなくないですけど、半年に1話ずつしか進まないなら、いつになったらエピローグまで辿り着くことやら。
番外編もいいですけど、始めたものは終わりまでお願いします。。

ナンジャノ

春が来て、桜も咲きました。
本編も一区切りつけていただきますよう、お願い申し上げ奉ります。
なーRさんにも、春は届いていますか?

な-R

愛読者様
お世話になります、なーRです!
遅くなりました!本当にすみません。
本日、基本稿UPしてますので、何も問題なければ今週中にはのるかと。。
でも、おっしゃっていただけて「しまった。。ほったらかしにしちまってる」と
いい意味でプレッシャーいただけました!
最後までたどり着かせていただいてありがとうございます。


 ナンジャノさま
お世話になります!いつもありがとうございます!
本日、基本稿UPしてますので、何も問題なければ今週中にはのるかと思います。
おそくなりました!すみません!
遅くなりましたが

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