これはピンチな現場に助けに入る、しがないIT傭兵達の物語。

Act19 交わり続けなかった道

»

 あれから約1ヶ月。なんとかPJは回っている。

 あの会議の後、何回も業務部・システム部を交えた話し合いが行われ、リカバリ案が詰められていった。
懸念していた役員会では長時間に渡ったものの、なんとかリカバリ案が承認された。

「今後の進捗と品質次第で、エンハンス案件は安西システム以外に任せるかもしれない」

そういう話があったものの、それ以外は最終的に殆ど額面通りのまま。
私達が出したプランであるがゆえ、より一層言い逃れのできない状況となってしまった。


 翌週から復帰した後藤さんと私を中心にするチームが編まれ、「建設機材予約」まわりの仕様を業務部・システム部と協力して洗い直し始めた。またこれと並行して安西さんと草薙さんの社長コンビが連携し、集めた手練れの設計・製造メンバーが入場して現行メンバーからの引継ぎを始めた。

 そして、残念だが、山口さんを含めスキルが不足している現行メンバーは月末で契約終了という形になった。ここまでやってきた上での知識を持っている事は確かなのだが、月末までに新メンバーが引き継いで進める以外に余地は無かった。
できればこれまでのメンバーと最後まで走りきりたかったが…
どうやら安西さんは山口さん達の会社へきちんと道義は通したらしい。
契約満了があまりに急な話となってしまったからと言うことで、翌月の半月分を上乗せしてお支払いする事で落着させたらしい。

「杉野をしっかりコントロールできなかった自分に非がありますから」

そう安西さんは苦しそうに笑っていたが、この人らしいなと感じた。
終了を告げた方も、告げられた方もそれぞれ痛手となった。


 新メンバーは、入場後そつなく引き継ぎをこなして予想以上の早さで機能し始める。
さすが手練れのメンバー達というべきか、以前にもチームを組んだ事のある顔ぶれでもあって、連携しながら現状把握するのにさほど時間が掛からなかった。

 ・固まらないうちに製造を見切り発車した最初の頃のプログラムが
  仕様と合っていない。
 ・単体試験のカバレッジを担保しないまま結合試験に入ってしまい
  そこで局所的な視点で故障対応を重ねてしまった為、デグレード
  が広範囲に渡っている。
 ・共通系が場当たり的に追加、変更され、似たようなコードが
  複数存在し、仕様変更について行けていない。
 ・開発標準が守られておらず、例外処理もまちまち。
 ・仕様書の改版が必要となる不具合が多数棚上げになっている。

 不具合件数は100を優に超え、どこから手を付けるべきなのか判断できない程でもあった。そこで仕様の洗い直しを行い、固まった部分から現在のプログラムと照らし合わせ、不具合箇所の整理を始める。すぐ修正作業に入らず、機能単位の調査・分析を行ってそれをまとめ、共通系も含めた全体的な見通しを立て優先順位に従って開発・修正を行う事にしたのだ。仕様の洗い直しは連日深夜にまで及んだが、業務部・システム部の全面的な協力もあって驚くほど急ピッチで進める事ができた。


 実は、このユーザ側と開発側の協力体制が作れたのには訳がある。
新体制となってすぐ、時間の無い中でもと草薙さんの提案で行われた「再キックオフ会」が、「これまでの手打ち」や「これからに向けた決起」という意味で功を奏した。
ユーザ側(業務部・システム部)と製造チーム、さらに山口さん達も加わっての入り乱れた飲み会で、これまでの反省を忌憚無く話す事で人となりが知れ、各ステークホルダー同士の距離感も縮まったようだ。特に業務部とシステム部の間を安西さんと草薙さんが取り持つ様にしているのが印象的だった。私は溜まっている作業を行うため一次会しか参加できなかったが、お酒が飲める人も飲めない人も、多くの人達が二次会に行ったらしい。

案の定...翌日酒飲みの多くの人達が二日酔いで使い物にならなかったが(苦笑

 この日以来、開発側と業務部・システム部の溝がなくなり、後藤さんも週3回の勤務から、しばらくするとほとんどフルタイムで働けるようになった。同じ釜の飯を食う...というか、「教科書」には載っていない「絡め手」もまた必要なんだなと、揃ってお昼に出かける部長達や後藤さんを見てあらためて感じる。


 翌月に入ってさらに仕様の洗い直しとFixが進み、設計・製造チームによる再設計と製造が急速に進められた。機能的に切り出しやすいバッチ部分はCAシステムズへ持ち帰り、別の社内開発をしているメンバーにも支援をしてもらったりした。
作業の合間や残業時間を使って、嫌な顔ひとつせず助けてくれた事がとても嬉しく・頼もしく思える数日だった。


 内外問わず「一枚岩」になったことで再び息を吹き返したPJの勢いも手伝って、総合試験の品質は思ったより悪くない状態にまで至れた。
少し前から始まったユーザ試験でも、課題点はあるが当面の手動対応で回避できる程度に収まり、一応「及第点」が頂けそうな状態にまで盛り返した。
とはいっても、今回のPJだけで見れば安西システムにとっては大幅な赤字になってしまっただろうが。。。

 状態が安定した事を確認した草薙さんは、安西さんへ草薙さん本人と私の撤退を申し入れしたようだ。安西さんは月末まで...と口にしたようだが、草薙さんはそれをやんわりと断ったらしい。私達は安い単価ではない上、元々正常状態に戻す事が役目でもあったので、完了目途が立ったら撤退する。
正規兵ではない、火事場専門傭兵の私達にとっては当然だ。台所事情の厳しい現場にこれ以上いては、無用に圧迫してしまうだけ。山口さん達への支払いも安い金額ではなかっただろうし、私達の会社としても請負分である程度の利益は上がった。

これ以上、ここにいる必要はない。
私達の役目はもう、終わったのだから。


 IDカードを返却し退場手続きを終え、荷物をまとめて現場を後にする。さほど大きな荷物もなく、いつものバッグの中にすっきり収まった。見送ってくれた後藤さん達に挨拶をして、私と草薙さんは身を翻して歩き出す。彼らが見えなくなり、しばらくしてから私は草薙さんに話しかけた。

「安西システムさんの規模がもっと小さかったとき。安西社長と杉野PMの見た未来は、きっとこんなハズじゃなかったはずなのに。どこで掛け違ってしまったんでしょうね」

感傷的になってもそれは無駄だとわかっている。答えのない問いだ。誰にもそれはわからない。それでも、思った言葉をそのまま、私は紡いだ。

「さぁな…。けど俺が思うに。人との付き合いは【悪い面を出させないようにする】ことだ。
常に良い人、良い関係でいてもらうためにはいろんな気配りや努力が必要なんだ。
きっと安西さんは会社の拡大路線へ目が行き過ぎてたのかもしれない。急いでしまったのかも。だから、一緒に歩んでいた杉野さんを見落とし、後藤さんの苦しみに気付かず、追い込んでしまったのかもしれない。その結果、この結末を迎えてしまった様にも思える。」

「金は稼げば取り返せるが、人との関係は戻らない。山口さん達みたいにスキルがちょっと足りないくらいのエンジニアを切り落とさなければならなかったのも、個人的には避けたかったがな。最終的には、彼らを最後まで支えるだけの資金も時間的余裕もなかった。」

 目の前にあったコンビニの喫煙所で立ち止まり、「ちょっと吸わせてくれ」と私に断ったあと、私の返答を待つこともなく胸ポケットの煙草に手を伸ばす。
私はその様子を見つめながら、一巡り今回のプロジェクトであった事に思いを巡らせる。
山口さんの事。杉野さんの事。後藤さんの事。。。

「山口さん達は次の案件決まったんでしょうか。。」

「決まってないみたいだな。まあ、契約終了の時にも安西システムと山口さん達の会社の営業がえらい揉めたらしく、今後のお付き合いは望めないって安西社長も言ってたし。
ああ、お駄賃。アイスでも買ってきな。」

草薙さんは煙草を咥えると、小銭を差し出す。
私はそれを受け取って、コンビニでソーダアイスを買って傍らに戻った。
山口さんが撤退日の最後のあいさつで見せた、少し複雑そうな顔を思い出しながら。

「杉野PMはもしかしたら、今回の案件で頑張って手柄を上げて。昔みたいに安西さんと話がしたかったのかもしれませんよね?」

コンビニ前でアイスの袋を苦戦しながら開けて、徐々に日が落ちつつある空を見上げながらソーダアイスにかぶりつく。

「かもな…。真実は闇の中、もう今となってはわからない。袂を分かった本人同士にも、な。願わくば、いつか。もう一度笑って酒が飲める日でも来ればいいんだけどな。まぁ、なんにせよ、俺達の仕事は終わりだ。報告書出せよ」

草薙さんのクールな一言。
でも、私は気づいている。そういう言い方をするときの草薙さんは、色々考えているってこと。火がついた煙草の煙を吸い、細長く吐き出す。その刹那の間、何かを思い出したように彼は少し遠い目をした。彼の脳裏を過ぎったのは、その手の中から零れ落ちてしまったこれまでの何かのことだろうか。

「ボスは、何故…傭兵をやっているんですか?」

 不意を突いた私の問いに草薙さんは一瞬だけ、困った顔をした。

「俺か?いつの間にか、こういう生き方になっちまったんだよ。元の生き方に戻るにはあまりにも時間が経ちすぎて。元々、どういう生き方をしていたのかすらわからなくなっちまった。そういうお前は?」

切り返されると思っていなかったので、少し面食らいつつ考える。
惰性で続けてきた訳じゃない。自分でも危ういとは感じているが、こういう「丁々発止」な場所に身を置いていないと、多分私は生きている実感が得られない。だめなんだ「普通」じゃ。だけど言葉が出なくて。きっと、私が困った顔をしていたのを見て草薙さんは小さく笑ったのだろう。

「働き方を変えたくなったらいつでも言ってくれ。努力する」
「しばらくはこのままでいいです…。今のスタイルが一番」
「了解。俺は会社まで帰るが、どうする?」
「いえ、今日は迎えを呼んでありますので」
「そうか、じゃ…『彼』に宜しく伝えてくれ」

 いつも通りの笑顔でお疲れさんと告げたあと、草薙さんは振り返らずにそのまま雑踏にとけ込んでいく。きっと今、遠い目をしていたのは『彼』のことを思い出していたのだろう。

私がぼぅっとしていると、銀の流線形フォルムの車が歩道に横付けされる。
聞き慣れたエンジン音。小さなクラクションの後、その車の窓が開く。
迎えにきてくれた『彼』の車に乗り、ただいまと声をかけた。
『彼』…須藤はいつもの柔和な笑顔で私を迎えた。

「さっき、この手前の交差点でナギをみたよ。元気そうでよかった。しかし、今回も大変だったみたいだねー」
「ありがとうございます。ええ、それでも楽しかったですよ」

こうして直接会うのは、3週間ぶりだ。
彼、須藤は…草薙さんの元片腕だった人だ。

2年前。
『彼』は今私がいるCAシステムズを退職して、大手SIerに転職した。
草薙さんとの間に何があったかは知らない。
その時に受けた、須藤からの「一緒に来ないか?」という問いに関しては、Noと答えた。
私に大手企業は向かない。一度所属しているから自覚している上、職場恋愛を引き擦るのは嫌だった。

そもそも私に結婚願望がない。
「一度目の失敗」で自分の女としての部分に自信を無くしている、私には。

「ねえ、君はいつまで、こんな傭兵稼業を続けるんだい?」
「私にもそれは分かりません。そもそも、私を選ぶ貴方がおかしいのです」

そう告げながら、話を別の方に誘導しようとする。
不意に彼から伸ばされる手が、私の頬を伝う汗を拭った。
ドキリとして顔を上げれば、須藤は眼鏡越しの目を細めて笑った。

「そういう可愛くない事をいわないでくれ。それに君の誘導が俺に通用すると思わないでほしいね。まあいいさ、久しぶりのデートだ。この後、空いてるんだよな?話してくれよ、今回の戦場のこと」

「守秘義務に反しない範囲で、なら」

車は首都高に入った。
短い休息の時間を今夜はどこかで過ごすのだろう。
今夜は浴びるように酒を飲んで全部忘れてしまおう。
プロジェクトなら、いくつもの問題点を見つめられるのに。
自分のことになると色々なものが捻じ曲がる。

つめた息を吐きながら、私はリクライニングシートを少し傾けた。ふわりと来た眠気に、ごめん、と一言だけ須藤へ伝え。そのまま眠りの世界に意識を委ねた。

******************

大変お待たせいたしました。
大体骨子は書けていたのですが、投稿が遅くなってしまったこと本当に申し訳ありません。

2年少しの間、大分空きながら続けてきた、「傭兵の挽歌」ちょっと余韻を残しながら、
一旦終了とさせていただきます。
ただ、ネタはありますので、暇を見つつまた投稿させていただこうと思っています。


以下はイベントのお知らせです。
2015/06/11(木) 19:30〜21:30
また、秋葉原でIT系のみの同業種交流会を主催します。
ITエンジニアさん、営業さんのみの交流会ですので、エンジニアあるあるなどで盛り上がっていただければとても嬉しいです。
よろしければ、あと若干のお席が空いておりますのでお声がけください。

 IT-EN会
http://creative-works.sakura.ne.jp/it-en/

本当に長い間、待っててくださった方がいらっしゃいましたら、
申し訳ありませんでした。
また、書くきっかけを与えてくださった方、いろいろ関わってくださった方を含めて、
ここまで一旦書くことができたこと、本当に感謝いたします。

IT業界の端っこで、ニコニコ笑いながら、傭兵として戦っている早瀬のような子を見たら、
どうぞ仲良くしてやってください(笑

また、そうもしないうちに、ゆっくり書かせていただくと思いますが、その際にはよろしくお願いいたします!

Comment(2)

コメント

BEL

長い間お疲れ様でした。

1話を見返してみましたが、早瀬さんは休暇を返上していたんでしたね。
ゆっくり休めるといいですが。

『彼』に敬語なのがなんかリアルです。
須藤さんはおかしくなんかなく、早瀬さんのような人に惹かれる人は少なからずいると思いますね。

ナンジャノ

完結おめでとうございます。
ソーダアイスに始まって、ソーダアイスに終わった…(笑)

小生が最も印象に残っている話はAct14の
> 「大丈夫ですよ」と言おうとして、私はすぐその言葉を止めた。少なくとも、その言葉は何の役にも立たないのは分かっていた。
> それは、以前の私も陥った“闇”だったから。
という、火消し傭兵は元脱落兵だった話かな。
優秀だから火事場専門の傭兵なのではなく、その苦しみを知っているから、またそこから始めなければ、進めないのだからという所が兵士らしくて切なかった。

また紙面でお会いできる機会を楽しみにしています。

コメントを投稿する