これはピンチな現場に助けに入る、しがないIT傭兵達の物語。

Act11 温床

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 化粧室。洗面台で手を洗ったあと、ため息を一つついて軽く化粧を直す。

 草薙さんと比べて、自分はまだまだ力不足だなと反省しつつ。しばらくまぶたを閉じて考えごとをする。すると、聞き覚えのある大きな声が近づいてきた。

 「ったく。黙って聞いててやれば好き勝手やりやがって」

 杉野PMの声だ。そっと電気を消し、壁を背にして息を殺す。女子トイレから壁一枚の向こうは給湯室で。恐らく彼らがそこに来たのだろう。私がここにいることは気付かれたくない。絶対に。

 「どんなことを聞かれた?」

 給湯室でお茶を入れながら問いかけているようだ。杉野PMがメンバーの誰かに吐き捨てるように言葉をかけた。

 「このタスクはどのくらいまで進んでいるかとか、設計経験は何年か、とかですねー」

 「仕事増やしやがって、とんだ疫病神が来たなっ。うっとうしいんだよ。ここの仕事を知らないばか女め」

 そうか。これまでこのチームには女性がいなかったから、女子トイレの真横にある給湯室でこんな感じで愚痴ることも、特に気にせずこれまで普通にやってきたのだろう。念のためスマホを録音モードにして、そっと洗面台の横に置く。

 「絶対あれは、社長のコレだな。ああいうのが好みかねぇ、悪趣味なヤツだ」

 言いたい放題だなぁ、おい……と内心突っ込みながら、気配を殺す。草薙さんとは、彼らが思うような関係ではない。上司で、お目付け役で、父親代わりのような人。仕事のイロハを叩き込んでくれて、挫折しかけていた非力な私を救ってくれた人。私が女性でなければ、草薙さんがこんな言いがかりを付けられなくても済むんだろう。それにしても、給湯室で井戸端会議なんていう絵にかいた女々しさ。私はこぼれそうなため息を噛み殺す。

 あれこれと話し込んだあと、「おい、佐藤。必要以上に奴らに情報を回すなよ」「……分かってますよ」そう言いながら靴音が遠ざかる。取りあえず気付かれなかったみたいだ。

 私が思っていた以上にこのプロジェクト、腐っている。メンバーたちは、みんな怯えているんだ。あの人の恐怖に。

【この現場の鬱々(うつうつ)とした状態の原因はなんだろう】

 大きな要因は、この人が与える恐怖。商流の上位会社メンバーによる、陰湿な圧力。これが鬱々とした空気の、温床。私は化粧室で他に誰もいないことを確かめて、草薙さんに電話をかける。

 「あ、草薙さん? ちょっとコンビニまで出られませんか? 話をしたいんです」

 「ああ、俺も展開しておきたいことがある。それじゃ、5分後、外で」

 「分かりました」そういって私はそっと携帯電話を切った。

 「後藤さんはもしかしたら、この空気に押しつぶされてしまったのだろうか」

 私の記憶の中の後藤さんはとても穏やかで。技術的には確かだが、人との軋轢(あつれき)にあまり強いタイプではなかった。もしかするとPMとメンバーの間で板挟みになっていたのかもしれない。

 私はとある1通のメールを化粧室の中で打ち、送信した。届きますようにと祈りながら。

Comment(3)

コメント

BEL

その昔に比べれば女性は働きやすくなったのかもしれません。

しかしこのような女性の敵はやはりどこかには一定の割合で存在するのでしょう。
無意識にか意図的にか、女性の人権をないがしろにする人が。

長く働いていればそういったヤカラに出くわす可能性も高くなります。
案件ごとに相手が変わる働き方をしている人は特にそうでしょう。

(私は男性ですが)女性がそういった問題から完全にフリーになる日はいつくるのでしょうか。。

とある愛読者

そろそろ次が読みたいです。。。

なーR

BELさん
ありがとうございます!
今、戦場に出ていまして、やっと時間が取れました。。
確かに女というだけで甘く見られたり、お目こぼし頂いたりする事は多いですね。
よくも悪くも、女であることはどこかで意識しなければならないのかなと想います。

正直、私は女性として。フリーになる日はこないのではないかと想っています。
どうしても、体の作りからして、男性と女性は違いますからね。。
その上で、共生していけたらいいのですが。。


 とある愛読者さんへ
すみません!今、戦場に来ておりまして、今週末に新しいのを書こうと想います!
しばらくお待ちくださいませ!

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