民間療法としてのロジカル・シンキング

2011/06/22 15:45:25

昨日、私の記事「ロジカル・シンキングは考え方にあらず」が公開されました。それに対して「異議あり」的なコメントをいただいたこともあって、多少の補足が必要なところを解説した記事をブログ「MALT100%」のほうにUPしました。

私自身が「ロジカル・シンキング」という単語をタイトルに含む本を書いておいて、言うのもなんですが、ロジカル・シンキングは民間療法のようなものだなあ、と最近はつくづく思っています。ITエンジニアも、仕事のランクが少しずつ上がるに従って、どうしても議論をまとめたり交渉したりする場面が出てきます。そのために、できるだけ早くから論理を扱える力(リテラシー)を高めるのがよいのですが、なかなか身に付けにくい状況にあります。この状況をまとめた上で、正しく論理リテラシーをつけていくために有用な本を紹介したいと思います。

ロジカル・シンキングが民間療法だとなぜ悪いのか

ここで、ロジカル・シンキングと呼んでいるのは、MECE、ピラミッド・ツリー、ロジック・ツリーなどの外資系のコンサルティング会社由来の議論の構造化テクニックのことです。そして、民間療法に似ていると言っているのは、これらは次の2つの特徴を持つからです。ひとつは基盤となる理論が確固としていないこと、もうひとつは、属人的な要素が大きく、流儀が少しずつ違うテクニックがたくさんあるということです。この2つの特徴にはもちろん関係があります。しっかりした基盤となる理論があれば、そこを中心に流儀も統一できるからです。

あらかじめ断っておきたいことは、私は民間療法を決して低く見たり、ばかにしているわけではないということです。私自身、整形外科では治らなかった椎間板ヘルニア系の腰痛が、保険の効かない整体療法一発で治ったということを経験しています。西洋医学では説明のつかない、本当に使える療法があるのは間違いありません。ただその基礎となる理論が、科学的な臨床データを積み重ねて検証したものではないため、西洋医学と同列に見られないという人が少なくありません。また、個人のスキルの差が大きくいろいろな流派もあるようです。

ロジカル・シンキングもこれと同様の様相を示しています。ロジカル・シンキングは、コンサルタントが使って有用性があったテクニックの集合体です。役に立たないはずがありません。ただ、そこに付けられる理論が、現代的な論理学の緻密な積み重ねとは全く関係がなく、正規の学問の体系に組み入れることができません。そして、論者ごとの力量に負うところが大きく、使うツールも論者ごとにいろいろと違っています。基盤が確固としておらず、種類が多くなると何がいけないかというと、学習効率が悪くなるのです。何か正しいのか判断に迷うため、身に付けるのが大変になります。

私もロジカル・シンキングのの一論者ではあるのですが、できるだけ正規の学問体系である論理学に近づけ、また、属人化してしまう要素を小さくしていきたいと思っています。そのほうが学習効率をずっと高くできるからです。その現時点での成果がMALTというロジカル・シンキングの新しい体系になります。詳しくは私の本「ITエンジニアのロジカル・シンキング・テクニック〔新装版〕 」をご覧ください。

ロジカル・シンキングと論理学は無関係

今から思うとロジカル・シンキングと呼ぶのは誤解を招きやすいので、適切なネーミングではなかったのではないかと思っています。少なくとも、ロジカル・シンキングと論理学には関係がありません。ロジカル・シンキングからの流れで、論理学に興味をもって本屋に行って論理学の教科書を手にとって開くととても悲しい思いをします。

論理式がいっぱい並んでいて、まあ、普通の人はめまいがします(私だってそうです)。 数学によほど慣れている人でもなければ、はっきり言って、この時点で引きます。それでも気をとりなおして、時間をかけて追いかけていっても、やっぱりこりゃわからん、俺の頭じゃわからん、と思って投げ出すタイミングが来ます (私はしつこいので何度もトライしていますが、途中で投げ出すのもこれまた何度も経験しています) 。

ここで正当化の誘惑にかられることがあります。こんな分かりにくいのは説明が下手だからであって、自分の頭が悪いせいではない。よって、こんな理論はないものとして、誰にでもわかる範囲から説明を組立てるべきだ。この気持ちは本当に良くわかります。でも、正規の学問からはすでに忘れ去られているような古典論理学から、三段論法、演繹、帰納などの道具を持ち出してきて、それが基礎になっていると主張するのはあまりよいアプローチとは思えません。扱いきれないのなら「ロジカル」とか「論理」とか言わないほうがよいのに、と思います。

論理リテラシーを高めるために

一方で、論理学の方ももっと分かりやすい説明をしてくれてもよさそうなものです。私は心からそう思っているのですが、これについては、野矢茂樹先生がいくつか非常に良い本を書いて下さっています。ITエンジニアの論理リテラシーを高めて、民間療法のようなロジカル・シンキングの指針に振り回されないためにも、これらの本は非常に貴重なので、紹介しておきたいと思います。

■はじめて考えるときのように―「わかる」ための哲学的道案内 (PHP文庫)

薄くてとても読みやすい本です。考えるということや論理ということについて、実はあまりよく分かっていなかったということに気付かされ、自分から考えていくためのヒントのようなものを得ることができると思います。なにより良いのは、論理式が出てきませんから、誰にでも軽く読み進められるということです。

■新版 論理トレーニング (哲学教科書シリーズ)

この本はタイトルが「論理」で始まっていますが、基本的には文章の書き方の本です。この本における論理のとらえ方は広く、有機的なつながりをもった文章そのものまで含んでいるためです。良いドキュメントを作成するスキルの向上に直結します。こちらも論理式は出てきません。論証図と呼ぶ議論の構造を表す図は出てきますが理解するのは難しくありません。

論理学

論理学について基礎的なところだけでも理解しておきたいという方におすすめです。野矢先生と数百年前の二人の禅僧の仮想的な対話を通じて展開していくので、楽しく読めます。論理式も出てきますし、徐々に難しくなっていきますが、最初のほうはそれほど難解ではないので、わかるところまで読むだけでも論理リテラシーは上がると思います。

これからますますグローバル化が進むにつれて、日本だけでなく海外でも通用する論理的なコミュニケーションスキルが重要になります。ぜひ、将来をになっていくITエンジニアの皆さんには、正しい論理リテラシーを身につけて欲しいと願っています。

プチ・パワハラ講座

2011/04/18 9:24:48

オーバーロード・クライマー現象のツイート連載を開始しました(@ko1hayashi)が、まだまだ遠い道のりなので、前回に引き続き、よく見かける、ちょっと気になる上司部下のコミュニケーションについての雑感です。

前回紹介した「おれは間違ったことを言っているのか?」と同様、私の心に残る台詞(悪い意味でですが…)がいくつかあります。そのひとつが、「おれの言いたいことが何かわかるか?言ってみろ」というパターンです。私もかつての上司から何度もやられましたが、この台詞が出てくるのは、大抵は何かミスをしたときの説教モードのときです。

何が気になるかというと、正しく答えられる見込みがほとんどないところです。私は現在、教育やトレーニングで講師をする機会が多いのですが、そのときに説明した内容の理解を確認するために質問をすることがよくあります。そのときの経験から言うと、自分の思ったとおりの答えをしてもらえることはまずありません。よほど簡単な質問で、よほどうまいタイミングで、よほどうまい聞き方をしたときに限るということです。

圧迫状況下で「おれの言いたいことが何かわかるか?」なんて聞き方をされて、正しく答えられるわけがありません。答えられないと怒りが増すことが予想できるのも厄介です。人によっては、繰り返すこともあります。アルゴリズムで書けば次のようになります。

"おれの言いたいことが何かわかるか?言ってみろ。"と言う;
こたえを聞く;
"ちがう"と言う;
while (まだ気が済まない) {
    "もう一度よく考えて言ってみろ"と言う;
    こたえを聞く;
    "ちがう"と言う;
}

そもそもミスをしてへこんでいるところに、これをされると本当につらくなります。加えて指摘すると、基本的に質問者主導の後出しになっているので、答えが正しくても、あるいは、質問者があらかじめ答えをもってなくても、「ちがう」と言えるということも覚えておきましょう。要するに誰にでもお手軽にできる「プチ・パワハラ」なわけです。

書いていると、なんとなく、パワハラの指南をしているようにも見えかねませんが、私の意図は、あくまで被害者にならないための心理的自衛策の提供にあります。この状況に追い込まれたら耐えるしかありませんが、上のアルゴリズムを思い出して、何回目のwhileループになるかカウントするくらいの心理的余裕を持って臨みましょう。

P.S. ちなみに、気付かれた方はいるかもしれませんが、今回は前回と違って、「です・ます」調になっています。レクチャーモードは「です・ます」調、雑感モードでは「である」調が良いかと思って、前回はやってみたのですが、書いていてあまりしっくりこなかったので、今回は方針を変更しています。

「おれは間違っていることを言っているか?」の裏側にあるもの

2011/04/11 4:54:38

前回までで、長きにわたった「ロスト・スキーヤー現象」の話が無事完結してひと段落した。次は「オーバーロード・クライマー現象」のテーマに進みたいのだが、まだ、現在平行してtweet連載を通じてまとめているところである。いずれこちらのコラムに整理して投稿する予定だが、気になる方はtwitterの私のアカウント(ko1hayashi)を参照いただきたい。

それまでの間、このサイトと「MALT100%」のほうで、毎週、目標的には月曜更新で、補足的な雑感を書いていきたいと考えている。

さて、前々回で紹介した肉食系マネージャとの対話だが、まあ、あそこまでいくと、ほとんどパワハラの一種だろう。特に、気に入らないのが「私は間違ったことを言っているか?」という台詞だ。

私も何度となく、かつての上司からやられたことがあるが、とてもフラストレーションがたまる。その理由は、この台詞の文字通りの意味の裏側にあるメッセージのためだ。言うまでもなくお気づきと思うが、この裏側には「まさか、間違っているなんていわないだろうな。」というメッセージがある。さらに場合によっては、「まさか、おれに逆らうつもりはないだろうな。」という脅しが隠れている。結局、脅されて同意をさせられるのと変わらない。

「間違っています。」と答えて反論を試みたことも何度かあるが、上司の側も反論できないはずということに相当の確信度を持っているので、冷静な議論にはならないことが多い。感情論になりそうなら、やり過ごすしかないが、それでも自分の考えをしっかり堅持し続けることは大切だと思う。

私が何より気になるのは、どうしてそうまでして、無理な説得をして、同意を押しつけないといられなくなるのかというところだ。結局のところ「心から同意して従ってもらう」ということを求めなければならない、という強迫観念があるからではないのか、というのが私の考えだ。

「心からの同意」は確かにできればベストだが、人それぞれ考えは違うので、そもそも無理がある話である。チームとして動くときに不協和音を出してもらっても困るが、「心から」というところまで求めなくとも、支障なくひとつのゴールに向かって進むことはできるのではないかと私は思うのだが、どうだろうか。

ロスト・スキーヤー現象とその悪用(5)完結編~とどめのちゃぶ台返し

2011/04/04 2:29:00

今回は、これまで4回に分けて紹介してきたロスト・スキーヤー現象の悪用手法紹介の完結編として、戦略系のコンサルタントが使う「ちゃぶ台返し」のテクニックを紹介します。このテーマについては、今回で最後になりますが、関連する話題は今後も「MALT100%」のほうでは取り上げていく予定です。

今回紹介する「ちゃぶ台返し」のテクニックは、「ロスト・スキーヤー現象とその悪用(1)」で紹介したタイプのものになります。ここで改めて事例を確認しておきます。

情シス部門からコンサルタントに対して、最初の依頼として「全社規模でのシステムの見直しをしたい」という依頼がされました。ところが、コンサルティングを受けた結果出てきた結論は、なんと最初の課題とまったく異なる「商品戦略を見直す」というものになっていた、というものです。ここまでこの連載につきあって下さった方なら、この理由はおわかりだと思います。そうです。一度、目的のレベルをずっと高く持ち上げて、下ろしてきたからです。この元々示された課題を「そんなことはどうでもいい」と言わんばかりに、別の課題にシフトしてしまうのが「ちゃぶ台返し」です。

◆コンサルタントの提言が「ちゃぶ台返し」になる原理

「悪用」と書いていますが、実際には悪意があってやっているつもりではなく、たいていの場合は、ただコンサルタントの職務に忠実に仕事をすると自然にそうなるだけのことです。まず、コンサルタントたるもの、顧客の持っている問題意識をそのまま鵜呑みにしてはなりません。「全社規模でのシステムの見直しをしたい」という依頼を受けると、「それが真の課題かどうか」は至極当然の、むしろ持たなければならない疑問です。したがって、次のように指摘するのはコンサルタントとして義務に近いものです。「今お話しされたシステムの問題よりも本質的な課題があるかもしれません。」そして、これは定義次第で100%正しくなる指摘です。これまでの説明からおわかりのように、より上位の目的のことを「本質的な課題」として示せばよいからです。

「システムの見直しをする」ことは、会社全体の業績向上といった目的から、ゴールツリーをかなり下のほうまで展開された施策であることはまず間違いありません。「システムの見直し」の目的はよりビジネスに直結する目的の解決をしていくための支援手段と位置づけられます。例えば、顧客管理のためのシステムでも、在庫管理システムでも、結局は商品を購入した顧客の満足度を高めるための手段です。また、営業支援のシステムは商品販売の拡大を、BIシステムであれば商品の企画のための手段となります。つまり、どんなシステムであっても、ビジネスの基本である商品を開発し、販売し、提供して利益を得るというプロセスのどこかを支援しているので、「システムを前提とせずその課題こそ解決すべきです」という提言はいつも可能なのです。

さらに言えば、システム課題をより上位に目的にシフトして別の課題を設定する場合、しばしばそのコンサルタントが得意とする分野の課題になります。これもそのコンサルタントが意図してもしなくても、自然にそうなります。なぜなら、課題を検討する際に、自分がもっとも多く経験して、よく知っている領域についての欠点が目につくに決まっているからです。

◆「ちゃぶ台返し」は良いのか悪いのか

ただし、この「ちゃぶ台返し」つまりシステム課題を上位課題にシフトする提言が説得力を持つには条件があります。それは提言を受ける相手が、元の依頼相手より経営層に近いことです。より上位レベルの目的にコミットしている層に提言するから、より上位への目的展開に意味が出るのです。もし、相手が最初に課題解決を依頼してきた情シス部門の人であれば、「余計なことはいいからシステムの範囲で仕事してください」と言われるだけです。これは社内で社員が提言をした場合も同じことです。自身が直面している問題には必ず上位の経営課題がありますが、一般の社員には、自分の抱える問題を棚に上げて、より上位の経営層に課題解決を求めるようなことはできません。経営層までリーチできるコンサルタントだから、個別の現場的な前提をひっくり返してしまうことができるのです。

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図 関係者ごとの課題の責任範囲の違い

この「ちゃぶ台返し」がはたして悪いことなのかというと、その判断は微妙です。より上位の目的である「商品戦略の見直し」のコンサルティング結果が効果を発揮して業績向上できたとすれば、経営層の視点からすれば、施策の設定を変えたことによって良い結果が出たと言えるでしょう。ただ、通常、コンサルタントは指針まで作りますが、実行するのは依頼会社自身です。コンサルタントによって作成された計画や指針を、実際に実行する現場を巻き込んで進めて成果がでるまでに至るには、延々と努力を積み重ねていく必要があります。いくら経営的な視点から良い計画であっても現場の協力が得られずに、結果が出るまでに至らないことはよくあります。そうなると、結果は「良くなかった」ということになるでしょう。

ここで最初の依頼部門である情シス部門の立場に戻って考えてみましょう。システムの見直しという当初の目的は果たせないので、部門にとって責任範囲である問題は残されたままです。せっかく経営層に掛け合ってつけたコンサルティング費用が自部門とは無関係なところに消費され、しかも結果も出なかったとすれば、迷惑極まりない話です。

◆ロスト・スキーヤー現象に翻弄されないために

以上、ロスト・スキーヤー現象と呼んでいるマネジメントの混乱パターンを紹介しました。このパターンは目的のレベルを上下させる過程で当初予定していたのとは異なる施策を実施してしまうもので、意図しなくても生じますが、混乱を意図的に起こすこともできます。悪用例として「言い訳」「無茶振り」「居直り」「ちゃぶ台返し」を紹介しました。いずれも上位レベルに目的を移すほど抽象的なものになり誰もが合意できるものになること、そして上位目的に責任を持つのが会社の組織上のより上位で権限の大きな人であることが混乱をもたらします。

これらはいずれもテクニックと考えるとあまりお奨めできない種類のものですが、知らないうちに被害者にならない意味では、知識を持っていくことは重要です。ロスト・スキーヤー現象による混乱を防ぐには、ゴール・ツリーをしっかり把握しておくことが大切です。自分が進めようとしている施策の目的を上位レベルまで理解しておくことと、そこから導き出せる施策の代替案について検討しておくことが重要になるのです。

なお、このゴール・ツリーの活用やロスト・スキーヤー現象というテクニックは、かならずしもビジネス上の課題解決のためだけに有用なものではありません。あまり具体的にすると、生々しくなるので詳しい説明はしませんが、例えば、転職を考えるような場合でも、「それは何のため」という上位目的をしっかりさせることで、他の可能性を網羅的に検討することができます。このような人生の重要な意志決定でもゴール・ツリーによる分析は有効ですので、ぜひ使ってみて下さい。

次回は、また少しネタをTwitterで作ってからにしようと思います。こちらの経緯は、別のコラムで書いた記事『「言い訳しやすさ」で人はより能動的になる』をご覧下さい。また、Twitterのタグなどについては、最初に紹介した「MALT100%」のほうを参照下さい。

ロスト・スキーヤー現象とその悪用(4) 肉食型無茶振りと居直り

2011/03/29 1:26:56

 「ロスト・スキーヤー現象とその悪用」の第4弾をお届けします。本当は間を開けずに連投することで、発売予定であった「ITエンジニアのロジカル・シンキング・テクニック(新装版)」の案内や、関連して立ち上げ予定だったロジカル・シンキングのサイト「MALT100%」、さらにプロジェクト管理のサイト「AGUA World」の立ち上げタイミングを合わせて、大いに盛り上げようと目論んでいたのですが、世の中それどころではなくなってしまいました。

 この度の震災によって亡くなられた方のご冥福をお祈りすると共に、被害に遭われたすべての皆様に、この場を借りてお見舞い申し上げます。

 さて、前回はロスト・スキーヤー現象を使って、熱血型のマネージャが無茶振りをするパターンについて紹介しました。「ロスト・スキーヤー現象」というのは、筆者が名付けた典型的な論理の混乱パターンのひとつで、いつの間にか課題解決のために当初想定していたのとは違う行動を選択してしまうというものです。今回は、肉食系マネージャによる無茶振りのパターンを紹介します。併せてこの変形例である「居直り」のテクニックも紹介します。

◆無茶振りパターン≪肉食型≫

 では、肉食系マネージャにご登場願います。状況は前回の熱量型のときと同じです。

  • マネージャ 「私が見ているコールセンター部門のシステム検討のリーダーをお願いしたいのだが」
  • 担当 「ちょっと無理です。今取り組んでいる商品配送部門の作業ミスを減らすためのシステム連携の活動に集中したいのです」
  • マネージャ 「おいおい。君のような責任者レベルがその次元の認識では困るな。配送業務のシステム連携は何の目的でするんだ?」
  • 担当 「作業ミスをなくして効率化するためです」
  • マネージャ 「そんな答えじゃあだめだ。その目的を考えろと言っているんだ」

 肉食系の本領発揮で圧迫です。

  • 担当 「それはお客様に対して商品を間違いなく素早く届けるためです」
  • マネージャ 「まだ、理解が十分じゃないな。その目的は何だ?」
  • 担当 「抽象的ですが、当社の製品を購入したお客様の満足度を高めるためではないでしょうか」

 こうなってしまうともう後戻りはできません。

  • マネージャ 「そう。君の活動の本質はサービスの満足度は製品だけでなく配送からサポートまでトータルで最大化することだ。違うか?」
  • 担当 「そうも言えますが……」。
  • マネージャ 「そのためにコールセンター部門の活動強化は重要だろう?」
  • 担当 「それは確かにそうですが……」
  • マネージャ 「我々の目指すところは結局同じと言うことだな。私は間違ったことを言っているか?」
  • 担当 「いえ、間違ってはいません。」
  • マネージャ 「じゃあ私の活動に協力してもらえるね?」
  • 担当 「……できればそうしたいですが、今の仕事があるので……」

この答えではOKしたも同然です。

  • マネージャ 「わかった。君の上司には私が話をしておく」

となります。

 自席に帰る頃には上司に次のような話が通っていることでしょう。
「彼に私の部門の状況を話したところ、目指すところは同じだという話になって、できることなら協力したいといってくれているんだ。少しこちらの作業に手伝ってもらっていいだろうか?」

 微妙なニュアンスの違いを除けば、この肉食マネージャが上司に言っている内容はすべて事実です。担当者が自発的に進んで言ったのでないというところだけがどこかに行ってしまっていますが、気の毒ですが、本人以外それを重視する人はあまりいません。しかも、頭の痛いことに、肉食系マネージャの頭の中ではまことに好都合にも、担当者が自発的に進んでそうしたと脳内変換されていることも珍しくありません。

 上司が熱血型のケースと肉食系のケースを見てきましたが、2つには共通点があります。目的を上位レベルに持って行ってから、「君と私は目指すところが同じだ」というところに持ち込んでいます。その上で、担当者の想定とは違う実現施策への協力を求めています。

 このテクニックのポイントは、目的を上位に持っていけば必ず、合意できるところがあるということです。上位目的になるほど、抽象的で拒否できないものになります。そこから熱意や権威を使うことで、担当者が元々提案しているとは違う施策にシフトしていくのです。

◆無茶振りによる組織統制

 以上、いったん上位目的に持ち上げて施策をすり替えることを「無茶振り」と名付けて悪用テクニックのひとつとして紹介しました。

 しかし、別に筆者はこの「悪用」は絶対にしてはいけない手口として非難、糾弾するつもりはありません。日本の職場において、現場の合意形成は非常に重要です。むしろ、このくらいの熱意と強引さで周りを巻き込んでいくくらいでなければ、なかなか会社を変革したり、新しいことを進められないという面もあります。ただ、無茶振りされる側として、知らない間に作業がすり替わっていたということがないように気をつけたいものです。

 無茶振りのテクニックは、基本的に上司が部下に使います。論理的で問題意識の高い部下ほど押し込まれやすいと言えます。上位目的は否定しにくいですし、「おれが何か間違っていることを言っているか?」と凄まれて「はい。間違っています。」とはなかなか言えません。

 今時の会社では権威だけを使って、「つべこべ言わずに自分の言うことを聞け」ではなかなか組織の意志統一には至りません。権威に加えてロスト・スキーヤー現象を使った「無茶ぷり」を併用することで、強力な統制を実現している例をしばしば見かけます。

◆居直りパターン

 「無茶振り」の変形テクニックに「居直り」があります。これは、以前に出した指示と別の指示を出すときに使われます。前言った指示と新しい指示は、結局は同じことなのだと主張するわけです。

 「今の指示は前回受けた指示とは違っていると思います。」などと言ってみたところで、やさしめな上司であれば「ひょっとすると、前回の指示でちゃんと目的が伝わっていなかったようで、申し訳ないが、私は別のことを指示しているわけではないんだ」となるでしょうし、肉食系上司であれば「もし、前回の指示と違うように聞こえるのだとすると、それは君が目的をちゃんと理解していないからだ。やるべきことは何ら変わっていないぞ」などと言われます。

 いずれにしても目的レベルの設定を自在に変える上司を持つと部下は大変です。無茶振りや居直りのテクニックで、振り回されるのを避けるにはあらかじめ上位目的を想定し、自分の進めている施策に代替施策がないかを把握することが必要です。そして進めている施策が他のよりもよい施策であることを納得させられる説明を持っておくことが大切です。

 次回、「ちゃぶ台返し」の解説で、「ロスト・スキーヤー現象とその悪用」編を完結します。

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コラムニスト プロフィール

林浩一
ピースミール・テクノロジー代表。ITエンジニアと上流コンサルティングの知見を融合することで、技術者へのコンサルノウハウを体系化したMALTを考案、MALT100%サイトにて展開中。

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