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ロスト・スキーヤー現象とその悪用(4) 肉食型無茶振りと居直り

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 「ロスト・スキーヤー現象とその悪用」の第4弾をお届けします。本当は間を開けずに連投することで、発売予定であった「ITエンジニアのロジカル・シンキング・テクニック(新装版)」の案内や、関連して立ち上げ予定だったロジカル・シンキングのサイト「MALT100%」、さらにプロジェクト管理のサイト「AGUA World」の立ち上げタイミングを合わせて、大いに盛り上げようと目論んでいたのですが、世の中それどころではなくなってしまいました。

 この度の震災によって亡くなられた方のご冥福をお祈りすると共に、被害に遭われたすべての皆様に、この場を借りてお見舞い申し上げます。

 さて、前回はロスト・スキーヤー現象を使って、熱血型のマネージャが無茶振りをするパターンについて紹介しました。「ロスト・スキーヤー現象」というのは、筆者が名付けた典型的な論理の混乱パターンのひとつで、いつの間にか課題解決のために当初想定していたのとは違う行動を選択してしまうというものです。今回は、肉食系マネージャによる無茶振りのパターンを紹介します。併せてこの変形例である「居直り」のテクニックも紹介します。

◆無茶振りパターン≪肉食型≫

 では、肉食系マネージャにご登場願います。状況は前回の熱量型のときと同じです。

  • マネージャ 「私が見ているコールセンター部門のシステム検討のリーダーをお願いしたいのだが」
  • 担当 「ちょっと無理です。今取り組んでいる商品配送部門の作業ミスを減らすためのシステム連携の活動に集中したいのです」
  • マネージャ 「おいおい。君のような責任者レベルがその次元の認識では困るな。配送業務のシステム連携は何の目的でするんだ?」
  • 担当 「作業ミスをなくして効率化するためです」
  • マネージャ 「そんな答えじゃあだめだ。その目的を考えろと言っているんだ」

 肉食系の本領発揮で圧迫です。

  • 担当 「それはお客様に対して商品を間違いなく素早く届けるためです」
  • マネージャ 「まだ、理解が十分じゃないな。その目的は何だ?」
  • 担当 「抽象的ですが、当社の製品を購入したお客様の満足度を高めるためではないでしょうか」

 こうなってしまうともう後戻りはできません。

  • マネージャ 「そう。君の活動の本質はサービスの満足度は製品だけでなく配送からサポートまでトータルで最大化することだ。違うか?」
  • 担当 「そうも言えますが……」。
  • マネージャ 「そのためにコールセンター部門の活動強化は重要だろう?」
  • 担当 「それは確かにそうですが……」
  • マネージャ 「我々の目指すところは結局同じと言うことだな。私は間違ったことを言っているか?」
  • 担当 「いえ、間違ってはいません。」
  • マネージャ 「じゃあ私の活動に協力してもらえるね?」
  • 担当 「……できればそうしたいですが、今の仕事があるので……」

この答えではOKしたも同然です。

  • マネージャ 「わかった。君の上司には私が話をしておく」

となります。

 自席に帰る頃には上司に次のような話が通っていることでしょう。
「彼に私の部門の状況を話したところ、目指すところは同じだという話になって、できることなら協力したいといってくれているんだ。少しこちらの作業に手伝ってもらっていいだろうか?」

 微妙なニュアンスの違いを除けば、この肉食マネージャが上司に言っている内容はすべて事実です。担当者が自発的に進んで言ったのでないというところだけがどこかに行ってしまっていますが、気の毒ですが、本人以外それを重視する人はあまりいません。しかも、頭の痛いことに、肉食系マネージャの頭の中ではまことに好都合にも、担当者が自発的に進んでそうしたと脳内変換されていることも珍しくありません。

 上司が熱血型のケースと肉食系のケースを見てきましたが、2つには共通点があります。目的を上位レベルに持って行ってから、「君と私は目指すところが同じだ」というところに持ち込んでいます。その上で、担当者の想定とは違う実現施策への協力を求めています。

 このテクニックのポイントは、目的を上位に持っていけば必ず、合意できるところがあるということです。上位目的になるほど、抽象的で拒否できないものになります。そこから熱意や権威を使うことで、担当者が元々提案しているとは違う施策にシフトしていくのです。

◆無茶振りによる組織統制

 以上、いったん上位目的に持ち上げて施策をすり替えることを「無茶振り」と名付けて悪用テクニックのひとつとして紹介しました。

 しかし、別に筆者はこの「悪用」は絶対にしてはいけない手口として非難、糾弾するつもりはありません。日本の職場において、現場の合意形成は非常に重要です。むしろ、このくらいの熱意と強引さで周りを巻き込んでいくくらいでなければ、なかなか会社を変革したり、新しいことを進められないという面もあります。ただ、無茶振りされる側として、知らない間に作業がすり替わっていたということがないように気をつけたいものです。

 無茶振りのテクニックは、基本的に上司が部下に使います。論理的で問題意識の高い部下ほど押し込まれやすいと言えます。上位目的は否定しにくいですし、「おれが何か間違っていることを言っているか?」と凄まれて「はい。間違っています。」とはなかなか言えません。

 今時の会社では権威だけを使って、「つべこべ言わずに自分の言うことを聞け」ではなかなか組織の意志統一には至りません。権威に加えてロスト・スキーヤー現象を使った「無茶ぷり」を併用することで、強力な統制を実現している例をしばしば見かけます。

◆居直りパターン

 「無茶振り」の変形テクニックに「居直り」があります。これは、以前に出した指示と別の指示を出すときに使われます。前言った指示と新しい指示は、結局は同じことなのだと主張するわけです。

 「今の指示は前回受けた指示とは違っていると思います。」などと言ってみたところで、やさしめな上司であれば「ひょっとすると、前回の指示でちゃんと目的が伝わっていなかったようで、申し訳ないが、私は別のことを指示しているわけではないんだ」となるでしょうし、肉食系上司であれば「もし、前回の指示と違うように聞こえるのだとすると、それは君が目的をちゃんと理解していないからだ。やるべきことは何ら変わっていないぞ」などと言われます。

 いずれにしても目的レベルの設定を自在に変える上司を持つと部下は大変です。無茶振りや居直りのテクニックで、振り回されるのを避けるにはあらかじめ上位目的を想定し、自分の進めている施策に代替施策がないかを把握することが必要です。そして進めている施策が他のよりもよい施策であることを納得させられる説明を持っておくことが大切です。

 次回、「ちゃぶ台返し」の解説で、「ロスト・スキーヤー現象とその悪用」編を完結します。

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