なめられないITスペシャリストになろう

ロスト・スキーヤー現象とその悪用(5)完結編~とどめのちゃぶ台返し

»

今回は、これまで4回に分けて紹介してきたロスト・スキーヤー現象の悪用手法紹介の完結編として、戦略系のコンサルタントが使う「ちゃぶ台返し」のテクニックを紹介します。このテーマについては、今回で最後になりますが、関連する話題は今後も「MALT100%」のほうでは取り上げていく予定です。

今回紹介する「ちゃぶ台返し」のテクニックは、「ロスト・スキーヤー現象とその悪用(1)」で紹介したタイプのものになります。ここで改めて事例を確認しておきます。

情シス部門からコンサルタントに対して、最初の依頼として「全社規模でのシステムの見直しをしたい」という依頼がされました。ところが、コンサルティングを受けた結果出てきた結論は、なんと最初の課題とまったく異なる「商品戦略を見直す」というものになっていた、というものです。ここまでこの連載につきあって下さった方なら、この理由はおわかりだと思います。そうです。一度、目的のレベルをずっと高く持ち上げて、下ろしてきたからです。この元々示された課題を「そんなことはどうでもいい」と言わんばかりに、別の課題にシフトしてしまうのが「ちゃぶ台返し」です。

◆コンサルタントの提言が「ちゃぶ台返し」になる原理

「悪用」と書いていますが、実際には悪意があってやっているつもりではなく、たいていの場合は、ただコンサルタントの職務に忠実に仕事をすると自然にそうなるだけのことです。まず、コンサルタントたるもの、顧客の持っている問題意識をそのまま鵜呑みにしてはなりません。「全社規模でのシステムの見直しをしたい」という依頼を受けると、「それが真の課題かどうか」は至極当然の、むしろ持たなければならない疑問です。したがって、次のように指摘するのはコンサルタントとして義務に近いものです。「今お話しされたシステムの問題よりも本質的な課題があるかもしれません。」そして、これは定義次第で100%正しくなる指摘です。これまでの説明からおわかりのように、より上位の目的のことを「本質的な課題」として示せばよいからです。

「システムの見直しをする」ことは、会社全体の業績向上といった目的から、ゴールツリーをかなり下のほうまで展開された施策であることはまず間違いありません。「システムの見直し」の目的はよりビジネスに直結する目的の解決をしていくための支援手段と位置づけられます。例えば、顧客管理のためのシステムでも、在庫管理システムでも、結局は商品を購入した顧客の満足度を高めるための手段です。また、営業支援のシステムは商品販売の拡大を、BIシステムであれば商品の企画のための手段となります。つまり、どんなシステムであっても、ビジネスの基本である商品を開発し、販売し、提供して利益を得るというプロセスのどこかを支援しているので、「システムを前提とせずその課題こそ解決すべきです」という提言はいつも可能なのです。

さらに言えば、システム課題をより上位に目的にシフトして別の課題を設定する場合、しばしばそのコンサルタントが得意とする分野の課題になります。これもそのコンサルタントが意図してもしなくても、自然にそうなります。なぜなら、課題を検討する際に、自分がもっとも多く経験して、よく知っている領域についての欠点が目につくに決まっているからです。

◆「ちゃぶ台返し」は良いのか悪いのか

ただし、この「ちゃぶ台返し」つまりシステム課題を上位課題にシフトする提言が説得力を持つには条件があります。それは提言を受ける相手が、元の依頼相手より経営層に近いことです。より上位レベルの目的にコミットしている層に提言するから、より上位への目的展開に意味が出るのです。もし、相手が最初に課題解決を依頼してきた情シス部門の人であれば、「余計なことはいいからシステムの範囲で仕事してください」と言われるだけです。これは社内で社員が提言をした場合も同じことです。自身が直面している問題には必ず上位の経営課題がありますが、一般の社員には、自分の抱える問題を棚に上げて、より上位の経営層に課題解決を求めるようなことはできません。経営層までリーチできるコンサルタントだから、個別の現場的な前提をひっくり返してしまうことができるのです。

_

図 関係者ごとの課題の責任範囲の違い

この「ちゃぶ台返し」がはたして悪いことなのかというと、その判断は微妙です。より上位の目的である「商品戦略の見直し」のコンサルティング結果が効果を発揮して業績向上できたとすれば、経営層の視点からすれば、施策の設定を変えたことによって良い結果が出たと言えるでしょう。ただ、通常、コンサルタントは指針まで作りますが、実行するのは依頼会社自身です。コンサルタントによって作成された計画や指針を、実際に実行する現場を巻き込んで進めて成果がでるまでに至るには、延々と努力を積み重ねていく必要があります。いくら経営的な視点から良い計画であっても現場の協力が得られずに、結果が出るまでに至らないことはよくあります。そうなると、結果は「良くなかった」ということになるでしょう。

ここで最初の依頼部門である情シス部門の立場に戻って考えてみましょう。システムの見直しという当初の目的は果たせないので、部門にとって責任範囲である問題は残されたままです。せっかく経営層に掛け合ってつけたコンサルティング費用が自部門とは無関係なところに消費され、しかも結果も出なかったとすれば、迷惑極まりない話です。

◆ロスト・スキーヤー現象に翻弄されないために

以上、ロスト・スキーヤー現象と呼んでいるマネジメントの混乱パターンを紹介しました。このパターンは目的のレベルを上下させる過程で当初予定していたのとは異なる施策を実施してしまうもので、意図しなくても生じますが、混乱を意図的に起こすこともできます。悪用例として「言い訳」「無茶振り」「居直り」「ちゃぶ台返し」を紹介しました。いずれも上位レベルに目的を移すほど抽象的なものになり誰もが合意できるものになること、そして上位目的に責任を持つのが会社の組織上のより上位で権限の大きな人であることが混乱をもたらします。

これらはいずれもテクニックと考えるとあまりお奨めできない種類のものですが、知らないうちに被害者にならない意味では、知識を持っていくことは重要です。ロスト・スキーヤー現象による混乱を防ぐには、ゴール・ツリーをしっかり把握しておくことが大切です。自分が進めようとしている施策の目的を上位レベルまで理解しておくことと、そこから導き出せる施策の代替案について検討しておくことが重要になるのです。

なお、このゴール・ツリーの活用やロスト・スキーヤー現象というテクニックは、かならずしもビジネス上の課題解決のためだけに有用なものではありません。あまり具体的にすると、生々しくなるので詳しい説明はしませんが、例えば、転職を考えるような場合でも、「それは何のため」という上位目的をしっかりさせることで、他の可能性を網羅的に検討することができます。このような人生の重要な意志決定でもゴール・ツリーによる分析は有効ですので、ぜひ使ってみて下さい。

次回は、また少しネタをTwitterで作ってからにしようと思います。こちらの経緯は、別のコラムで書いた記事『「言い訳しやすさ」で人はより能動的になる』をご覧下さい。また、Twitterのタグなどについては、最初に紹介した「MALT100%」のほうを参照下さい。

Comment(0)

コメント

コメントを投稿する