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デス・マーチ or リビング・トーチ?(2)

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~Which one do you  like,
        the death march or the living torch?~

 デス・マーチとリビング・トーチ、どっちにしますか?


 前回は、コンサルタントが直面する修羅場の状況として、著者が「リビング・トーチ」と呼ぶものがあることを紹介しました。コンサルタントが松明となって燃えているのをイメージして下さい。今回は、この様子をもう少しリアルに説明したいと思います。

 

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◆新人コンサルタントの試練

 リビング・トーチが発生するのは、顧客に対して報告や議論をするためのドキュメントを作成する現場です。準備したドキュメントの質が悪いと上司や顧客から徹底的に絞られます。これがなかなか大変なもので、「おやじにもぶたれたことないのに」な世代以降の草食キャラには、ちょっと厳しい肉食の世界が広がっています。

◇レベル:I 度(epidermal burn)~痛みを感じる

 以下の会話は、新人コンサルタントが顧客に提示する資料を事前に上司に見せてレビューを受けている場面の想定です。

(朝一でのレビュー)

 「こんな細かい技術説明では全然わかりませんね。クライアントに見せられません。書き直して下さい」 

 「どこがわからないんでしょうか?」

 「『So What?』がわかりません。クライアントが聞きたいのは細かい技術の説明じゃないんです。その意味するところが何かを書いてもらわないと」

(数時間後)   

 「どういう意味があるのかを説明してみましたが……」

 「これはロジカルじゃないですね。項目が『MECE』になっていません。やりなおして下さい」

 「あの、どこが具体的におかしいんでしょうか」

 「例えば、この項目はだぶっているし、この項目は足らないでしょう」

(さらに数時間後)

 「いわれたところを修正してきました」

 「これはひょっとして、指摘したところだけ直してきたんですか?」

 「はい……」

 「他のところも同じように直さないといけないくらい気づきませんか? もう少し考えて直してください。言われたことだけやるのなら、きみの頭はなくたっていいってことになりますよ」 

(さらに数時間後、すでに深夜)

 「自分なりに考えて直してみましたが……」

 「さっき、こう直してと言ったところはどうなったんですか? 言われたとおり直すことくらいできませんか?」

 「考えてみた結果、こっちのほうが良いと思ったので……」

 「これじゃ元の方がましです。これ以上は時間の無駄なので、後はわたしが自分でやります。次は同じ手間をかけさせないで下さいよ」 

 こうした厳しいレビューは、新人コンサルタントがまず受ける洗礼です。指導の仕方は人それぞれですし、会社の風土によっても変わります。優しい人、優しい会社もあれば、容赦のない人、容赦のない会社もあります。上の例は、どちらかといえば優しいほうに入ると思いますが、慣れない人にはとても厳しいレビューと感じられるかもしれません。

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◇レベル:浅達性II 度(superficial dermal burn)~肉にまで達する

 言い方が優しくても容赦なくても、レビューでだめ出しを受けると精神的にはダメージを受けます。会社によっては、嘲笑系や罵倒系のコメントを入れるのが、その会社の文化のようになっているところもあります。その場合、受けるダメージは倍増します。

 「論理性ゼロですね。どこをどう考えたらこんなひどいものが書けるのかわかりません」

 「こんなゴミみたいな資料を作るのに、いったい何時間かけているんですか」

 「しかし、幼稚な文ですね。小学生でももっとましな作文を書きますよ」

 「あのね。頭が悪い人にはコンサルタントは向いていなんですよね。それわかってますか?」

 これに加えて、ゴミ箱に捨てる、目の前で破り捨てる、といった定番のパフォーマンスが加わります。

 「随分ひどい言い方をしている」と思われた方もいるかもしれません。多くのコンサルティング会社がそうだというわけでありませんが、「能力の高いコンサルタントは、力量の足りない人に、相手の気持ちなど考えずに何を言っても良い」という文化を持っている会社も少なからずあります。そういう会社の場合はこの手のレビューがいたるところで行われています。

 さて、悲しいことに、こうしたレビューをいくらくり返したところで、なかなかドキュメントの品質は上がりません。多くの場合、その人のスキルの上限を超えているので、いくら頑張ろうがどうしようが、求められているレベルには到達しないのです。そのため、つらい割にはほとんど意味のないレビューのループが生じることになります。ではどうしたら良いのかについてはここでは深掘りしません(気になる方は前回紹介した本をご覧下さい)

 筆者の会社では、このような罵倒系の指導の仕方をすることはありません。ただ、指摘の仕方は優しくても、ドキュメントの社内レビューをしっかりするというところは同じです。それには理由があります。人によっては、こうした社内のレビュー指導だけで、かなりへこんでしまいますが、本当に大変なことはこの先に待っているからです。

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◇レベル:深達性II 度(deep dermal burn)~骨にまで達する

 さらに厳しいのはお客様によるレビューです。お客様の話が理解できていなかったり、整理が不十分であれば容赦なく追求を受けます。お客様の期待値とずれていたりすると大変です。

 「前回、指摘したことが反映されていませんね。本当にわたしの話を理解できていますか」

 「このドキュメントは品質悪いですね。コンサルタントらしく、論理的に書いてもらえませんか」

 「前回と議論が進んでいないように思いますよ。この1週間分の費用が無駄ということですね」

 「どれもこれまで聞いたことのあるような話ばかりですね。コンサルタントなら我々では思いつかないようなすごいアイデアは出せないんですか。正直、期待はずれです」 

 「報告書読みましたが、どこが悪いというか全然ピンときません。高い金を払っているんですからそれに見合うだけのものを出してもらわないと困ります」

 お客さんによっては、圧迫型の人もいます。怒鳴る人、机を叩く人、資料を破る人、ものを投げる人、さまざまです。

 大きな企業の役員ともなると数千人、数万人の競争を勝ち抜いてきている人達です。ただ者ではありません。もう、座っているだけで威圧感があったりします。

 厳しいお客様からのレビューは上司のレビューとは桁違いのストレスです。相手の貴重な時間を使ってもらい、コンサル料をいただいて作業をしている以上、それに見合うものを出せなければならないからです。打ち合わせでさまざまな指摘を受けたものの、それをどうすれば満足させられるかがわからないまま、大荒れ必須の次回の打ち合わせのための準備を行うのは非常に苦痛です。

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 こうした状況が続くと、当然、お客様からの信頼も急速に下がってしまいます。コンサルタントだけでなく所属する会社全体の評価を下げることになりかねません。このような事態を避けるために、お客様にドキュメントを見せる前に、社内で厳しいレビューを行う必要があるのです。社内が通れば、お客様であろうが他の誰であろうが、自信を持って対応できるというくらいのレビューがされていれば、かなり安心できます。

◇レベル:III 度(deep burn)~燃え尽きる

 さて、お客様からドキュメントへの厳しいコメントを受けるのは、信頼低下の危険信号です。プロジェクトの当初から状況を上司と共有していれば、手の打ちようもあるのですが、信頼感を完全に失った段階で、上司に泣きついたところで、打つ手はほとんどありません。すぐにリカバリできないと追加の工数や期間の延長が発生しかねません。通常、コンサルティングは準委任契約なので、決まった期間でサービスが完了しますが、契約や状況によっては、やむを得ずに追加での作業が発生することが起こります。

 こうなってくると、今度は自社のほうからのプレッシャーが加わります。

 「これ以上、品質の悪い成果物で当社の信用を失わないよう、早急にリカバリをお願いします」

 「作業が大変なのはわかりますが、無制限に要員を追加はできません。どのくらいで収束できるのかを、クライアントと調整してください」 

 「そんなことができるくらいなら、もっと前からやっているよ」と言いたくなるような指示を受けてしまうことになります。お客様の信頼を失っている時点で、その人に対する会社からの評価が良いわけはないのですが、ミッションの途中で投げ出してしまえばさらに厳しいものになるのは確実です。そのため、完膚無きまでに叩きのめされることがわかっていながら、打ち合わせに臨んでさらにダメージを受け続けることになるのです。

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 リビング・トーチの悪夢とは、進むこともできず、逃げることもできず、何をしてもダメだと思いつつも、それでも全力で頑張り続けなければいけないところにあります。頑張っているところを見てもらったところで、それで許してもらえほど甘い仕事ではありません。

 しかし、頑張って対応する姿勢くらい見せなければ、何を言われるかわからないという絶望的な状況です。しかも、コンサルタントの場合、お客様に対して個人のパフォーマンスが見えるので、厳しいコメントを個人が受け止めることになります。

 自分のスキル不足が原因で、お客様にも会社にも迷惑をかけているという思いが強くなってくると、精神的にとてもつらくなってきます。このため、人や性格にもよりますが、2週間程度の非常に短い期間でも、心身共に消耗しつくしてしまうことが起きるのです。

 デス・マーチと同じく、このリビング・トーチも誰にとっても絶対に避けたいものですが、コンサルタントの力量とお客様の期待値のレベルによっては、いつでも起こり得る修羅場です。これを未然に防ぐのがしっかりした社内レビューなのですが、コンサルタント本人にもこの状況に耐えられるだけのスキルとマインドが必要になります。

 上の例は、新人コンサルタントのレビュー場面でしたが、次回はある程度ドキュメント作成の経験があるITエンジニア出身者なら、どの程度通用するかについてお話ししたいと思います。

Comment(3)

コメント

ビガー

はじめまして、ビガーと申します。

新人コンサルタントの仕事の実情がよく表現されていますね。
今回の例では、誰(顧客やレビュアー)がどういうもの(顕在的・潜在的)を求めているのか、
それは何のためにいつ必要なのかなどの所謂5W1Hが体系的に理解できていないことが
根本問題と思います。
私はエンジニアからコンサルタントに一時転身してみたパンピー(死語)なので次回の内容は
とても興味深いです。

私自身コンサルタント時代に身に付けたメソッドや考え方は、自営で食べている現在でもとても
有用なものになっていますが、エンジニアとコンサルタントで最も異なる点は、とくにファームがそうだと思いますが、コンサルタントは動くモノを最後まで面倒を見る機会が圧倒的に少ないということ。基盤と思想(ドキュメント)だけ作ってサヨナラでは結局現場のスキルや組織事情次第で不毛になってしまう可能性があります。
この辺りをどう考えられていますか?

ビガーさん、

林です。コメントありがとうございます。理想郷というイメージの職業でもないよ、ということを紹介したくてこの話を書きました。示した状況の問題点についてはいろいろな見方ができると思っています。これについては次回、私の考えを書きます。

エンジニアとの違いですが、確かに一部ファームのIT関連のサービスは、随分初期の構想段階で活動が終わってしまい、実現・定着というゴールまで行き着かないことが多そうだという印象は否めません。これは、欧米と日本の企業でのリーダーシップのあり方の差によるものではないかと思っています。多くの日本企業では、トップが決めた方針であっても、現場が納得しなければひっくりかえってしまいますから、丁寧に最後まで面倒見ないと途中でなんだかわからないものになりがちですね。

一方で、コンサルタントの活動には、第1回で示した「専門知識を使って顧客の抱える課題の解決を支援する仕事」という私の定義だとかなり広い範囲の活動が含まれていてよいことになります。システムの構想を企画するまでではなく、それを実現・定着するための各種調整や発注者側のプロジェクト管理を支援するといった地道なサービスも、コンサルタントが担うべき重要な活動であるという認識が広まって欲しいと思っています。

P.S.
仕事の都合でレスできないことがありますが、その際はご容赦下さい。皆様。

ビガー

レスありがとうございます。

>システムの構想を企画するまでではなく、それを実現・定着するための各種調整や発注者側のプロジェクト管理を支援するといった地道なサービス

上記の各種調整に込められた仕事の内容には、エンジニア出身者が優位を示せるところかと。
個人的にはコンサルタントに転身する際にエンジニアのスキルのどの部分がどう活かせるのかを記述してもらえると参考になります。

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