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エンジニアも「教育に関心がある」と言い出したらエンジニアとしてアガっているか

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 つい先日、話題になった、こちらの記事。

人気ブロガーちきりんさん「教育に関心があると言い出したらその人はアガってる」
http://kabumatome.doorblog.jp/archives/65763976.html

 小さい頃から教師を目指し、IT業界に入ってからも新人研修を担当するなどしていた自分ですが、「教育に関心があると言い出したらその人はアガってる」という意見は、同意です。

 ただ、数年前までの自分だったら、反対意見だったと思います。

 というのも、まだ若い頃の僕自身が教師を目指したりITでも講師をしたりしていたのは、単に教えることが好きだという「教え魔」なところがあったからです。性格的な面に依るところが大きかったです。もちろん、相手がどうあれ教えられる機会があればそれで良いというわけではなく、良い講習にするために自分で企画・計画を立てていましたし教材・資料も作っていました。準備段階から含め、先生として活躍できることが好きでした。

 現在、個人事業主として講師の仕事を委託して行っていますが、自分の中で、教える仕事を受ける上でのマインドが変わってきたように感じています。

■エンジニアとしてアガっている

 そのひとつが、主題である「自分自身がエンジニアとしてアガっている(自分自身の可能性に見切りをつけた)」ように感じているから、というものです。まだ30代前半で、昔から定年説を言われている35歳よりも数年も前ですが。ステテコやサンダルで外出したり飲食店のおしぼりで顔を拭いたりするなどの「おっさん化」は進んでいますが。

 個人事業主として色々な仕事を受けて色々な経験をしたこと、ならびに、社会人時代よりも外に出るようになり沢山の凄い方々にお会いしたから、そう考えるようになったのかもしれません。

 最近では子供向けプログラミングの分野が盛況で、僕も関心があるので関連したセミナーに参加したのですが、中高生でも「アプリDL一位」のアプリの作成者がいたり、シリコンバレーに行ったことがあるという人がいるわけです。場合によっては小学生でも将来が楽しみな子が多いわけです。

 そういった方々を観つつ、これからの日本のIT業界のことを考えると、「自分がイノベーションを起こすサービスを作る」とか「エンジニア(の集団のひとり)としてサービスの構築に関わる」よりも「プログラミングスキルに適性がある人をいかに発掘する(原石を磨く)か」という方面に強い関心が沸いてくるのです。僕の場合。

 自分が無能だとか無能になったとか思っているのではなく、自分の技術力を、ITに適性があるのに燻っている方々を軌道に乗せるために使いたいのです。(ここ最近、そのように感じているのですが、もしかしたら「勉強会初心者のための勉強会」をやりたいと言っていた時点で、もう既にアガっていると感じていたかもしれまん。まあ、深層心理はよくわかりませんが^^;)

■「教え魔」から「支援者」へ

 もうひとつ。以前までは「教え魔」だったのが、今では「支援したい」から講師の仕事をしている、という点も変わりました。具体的には、ここまで書いてきたとおりです。教えたいからではなくて、育てたいから教育の仕事をするようになりました。自分のことを振り返ってみると、これは大きな変化であるように思っています。

 この心境の変化は、教育の世界にも起こっている変化が一因です。初学に最適なツールやオンライン上の学習サイトが増えた現在、ただただ教えるだけの人というのは淘汰されるのではないかと思っています。独学でスキルを伸ばせるところまで持っていくことと、独学できる人に対するメンター的な支援をできる講師が今後のニーズになるのではないかと思います。「知識の伝達」よりも「能動的な学習の支援」です。

 恐らく、上記のサイトで批判していることのひとつが、単純に教える人になるな、ということだと思います。昔、「教師にでもなるか」「教師にしかなれない」という「でもしか先生」という言葉がありましたが、同じように「自分はもうアガっているから教育者にでもなるか(教育者でしかやっていけない)」という考え方は良くない、ということなのでしょう。教育者になるならなるで、どうしたいか、というところが大事なのだと思います。

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 個人事業主として2年目になってから、セミナー講師などの教育の仕事を1年目より増やしています。もし、どこかでお会いすることがありましたら、よろしくお願いいたします(笑)。

 「勉強会初心者のための勉強会」、そろそろ復活したいですが……なかなか……^^;

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