カンボジアにて、独学でWEB技術をもぐもぐしております。

文系新卒、中途半端に食い散らかしただけで何も身につかない。

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独学でプログラムを組もうと色々始めていたが、どれも長続きしなかった。カッコつけてTwitterで勉強実況してたし。やっぱり辞めましたってのは、めちゃくちゃ恥ずかしい。ダサい。有限不実行だし。ダサい。

なんというか、こんなのを挫折と称するのもおこがましいか。悩んで悩んで苦労した結果諦めましたってワケでもないし。色々言い訳も考えたけど、突き詰めるとやっぱり単純に勉強すんのダリぃから止めました、ってだけだった。

異業種に行くから勉強やめます、で済ませるならすごく楽。だけどこれじゃあスッキリしない。区切りというか、勉強中に頼った諸々に対して申し訳が立たない。しょーもない疑問に親切に答えて頂いた諸兄に。汚れなきバージンのまま埃に埋もれであろう参考書たちに。そして勢いで買ったMacBookAir(9万)に。

だから今回は自省の意味も込めて、初心者が独学でプログラムを勉強してから挫折するまでの経緯について書いていく。「独学でプログラミングをゴリゴリ勉強すればIT業界でも余裕だぜ!」と調子こいてる文系新卒たちのタメになれば幸いだ。自分で勉強すんのって意外と難しいんだよ。

社会人になろうが人の根本てそう変わらんよ。周り見ててもそう思う。どこまでいっても自分は自分のまま。未来の自分を担保に借金重ねるようなマネは、あまり良い結果を招かない。

1. とりあえず何か新しいことを始めてみる

今にして思えば、何かを始めたころの私には「今よりいい自分になりたい」というおぼろげな欲があったのかな。面白いと言われたい、もっとワクワクする仕事をしたい、もっとイイものを作ってみたい、もっとお金が欲しい。これって目標とか確固たる信念とかじゃなくて、単なる願望に近いのか。

私の場合は「コラム書くぜ!」「もっとプログラミングやるぜ!」「勉強会にも顔出すぜ!」と意気込んで色々始めた。何か始めればどこか変わるかもしれないという望みがあった。結果だけ見ると、どれも中途半端の尻切れトンボに終わったわけだが。

自主的に勉強を始めたときは「自主的に勉強するなんてすごいなあ」とか「そう思って実行に移すなんて素晴らしい」とか色んなことを言われた。

ちやほやされるといい気になる。私のような純真真っ直ぐ天真爛漫心に一点の曇りなしな人間はすぐに調子に乗ってしまう。内心ちょっとウキウキしつつ「そんなことないっすよぉ~」とか言ってた。この時期はまだ、多少の勉強も苦じゃなかった。

2. 「分からない」というイライラに負ける

何か新しいことを始めるとき、ゼロが1になるのはあっという間。知ること見ること出来ること全てが新しい。空っぽの器がギュンギュン満たされていく感覚が楽しくて仕方がない。私もそんな時期があった。

Ruby、Rails、JavaScript、CSS...色んなものに手を出した。入門書をなぞってコードを書く。実際にモノが動く。最初はとても楽しい。知らない世界を冒険しているかのような気分だった。

しかしそのうち「なんだこれワケわかんねぇ!」という小さなイライラがどんどん積み重なっていった。原因不明のエラー、制御できない動き、説明されない謎用語。調べても調べても正解にたどり着けない。答えがあっても現状の知識じゃ理解できない。答えらしきものが見つかっても、それが本当に正しいかどうかは誰も教えてくれはしない。気が付けば楽しい時間より苦痛な時間の方が長くなっていた

手が止まる時間が増えていく。日をまたいでも疑問点は放置されたまま。なんとなく嫌気が差して勉強から離れていると、苦労して頭に詰め込んだ知識は頭から抜け落ちていった。焦って勉強を再開するが、一度理解したことすらも分からなくなっている。「せっかく勉強したのに、クソが」というアホみたいな行き場のない怒りが沸いてくる。

気が付けば、私は勉強から逃げていた。諦めたのではなく逃げた。「分からない」「できない」という問題に、腰を据えてじっくり向き合うことができなかった。

3. 学校のお勉強とは勝手が違うんだなと理解する

目標なき独学は長続きしないということを思い知らされた。独学は、単なる勉強とはまったく異質のものだった。  

「自ら学ぶ」ということに関して、私は学生目線で軽く考えていたのかもしれない。テストや資格勉強と同じようなものだろう、と心のどこかで思っていた。というかナメてた。

学生のころ、テストは受けざるをえなかった。強制力があったからこそ、嫌でも勉強した。そして努力の成果が数値に直結する。これ以上目に見えてわかりやすい基準はない。なんだかんだ文句を言いながらも、点数で一喜一憂できたことを覚えている。

そういう学生感覚で「自分で勉強すればいいじゃん!」と独学を始めると痛い目をみる。素人が○ヶ月でWEBサービス作っちゃいました、みたいな記事を間に受けて「なんだ全然イケそうじゃん!」と勘違いする。いやいや、あんなの素人じゃないから。バケモノがたまたま素人だっただけだから

勉強は単なる手段であって目的でない。勉強が目的になりえるのは、オタかただの変態だけ。「これが好きなんです!楽しいんです!~~ぶっちゃけオ○ニーです!~~」ぐらいの猛者じゃないと、独学を続けるってのはなかなか厳しい。

変態の素養を持った人が「どうしても○○がやりたい!そのためにはプログラミングを勉強しなきゃいけない!じゃあ勉強しよう!」と野心から本気になる。そういう人たちだけが、素人が○ヶ月でWEBサービス作っちゃいます系の人に進化できるんじゃないかと思う。

私の場合、ぼんやりした願望のみで目標がなかった。○○作りたいとか××が好きだとか、そういう具体的な欲求もなかった。勉強しないと死ぬというキツい環境でもなく、ぬるーい環境にいたために強制力もなかった。だから少しのストレスで勉強を諦めてしまった。

私は、独学を続けるには以下の3パターンしかないと結論づけた。
1. その分野の好きで仕方がないガチオタになる
2. 強制的に勉強せざるをえない環境にいく
3. とてつもない野心(欲求)を持つ

「何か始めただけエラい!」だって?そんなのはウソです

継続できなかった努力なんぞクソの役にも立たない。せいぜい話の種になる程度しか使い道はない。途中で投げ出したという事実が残るだけ。

普通に生きてると諦めることばかり。時期が悪かった、合わなかった、と諦める度に適当な言い訳を探しては自分を納得させている。

私自身、今まで色んなことを始めては諦めてを繰り返した。「チャレンジするだけスゴいじゃないか」と慰めの言葉を頂くこともある。けど、開始でプラス、挫折でマイナス。プラマイゼロ。つぎ込んだ時間を差し引くとむしろマイナスじゃないか?

嫌々ながらも頑張るつもりの新卒たちへ

今回のコラムは「諦めたらそこで試合終了どころかカス以下のゴミ野郎ですよ」ぐらいの論調で書いてたけど、一歩踏み出すことは否定していない。投げ出すと何も残らないんだ、ということを伝えたかった。

多分8割ぐらいは挫折するはず。出来ない分からないつまらない。そんな心の叫びに耐えられる人は限られている。そこで歯を食いしばって踏みとどまれるのは、変態の片鱗を見せる逸材ぐらいのものだろう

就活を適当に済ませ、気づけばIT業界に流れ着き、たいして好きでもないプログラミングをしなければならない。人生の目標とかやりたいことなんてない。そんなろくでもない人たちは、努力を継続することの難しさを誰よりもよーく分かっているはず

そんな奴が「ちょっと頑張ってみようかな」と感じたなら、その気持ちは大切にして欲しい。そして、久しぶりに頑張るのであれば、今一度自分を見直して欲しいとも思う。

働くことが決まった。あるいは働き始めた。そうすると、あいまいだった「自分の人生」が急に形を持ったような気がして、怖くなった経験はないか?心のどこかで「なんとかなる」と思っていたのに、「あれ?これなんとかならないんじゃね?」とうっすら気づく。あの感覚。

その感覚は大事なこと。適当じゃダメなんじゃないか?という危機感が芽生えた証拠だから。今までで一番自分の人生を真剣に考えている証拠だ。

そのタイミングで、私みたいに焦って一歩目を踏み出したあげくに迷走するなんてことにならないで欲しい。まずはじっくり、周りを見ながら頭を冷やすべき。

学生時代の就活をしてたころとは違った見方ができるはずだ。就活の時以上に、地に足ついた状態で自分の人生を考えられる。何がしたいか。どう生きたいのか。自分にとって大切なものは何なのか。

そこまで悩んだ上で新しい何かを始めてみるといい。いやいやながらもIT業界に流れついたのは何か縁だ。時間はあるんだからじっくり考えよう。腰掛けてゆっくり適当に過ごしてみるのもよし。色んな人に話を聞いて世界を広げてみるのもよし。ちょっと本気出して人生変えてみるのもよし。

幸いなことに、この業界は情報発信が積極的だ。自分が発信すれば誰か応えてくれる。これほど人同士がオンラインで繋がる業界は他にない。私のように何も知らない出来ないヤツでも、このコラムのような場が用意されている。

この環境を利用してみるのもいい。積極的に情報を発信してみよう。ネットは基本的にゴミ溜めだが、使いようによっては世界が広がるきっかけにもなる。どうせ匿名で損しないんだから、気軽に何かやってみるといい。ただし継続しないと意味ないぞ、うん。

それでも、どうしても脱出したいなら今は第二の就職活動の期間なんだと開き直ろう。門戸が広いというのは、IT業界のいいトコ。良くも悪くもだけど。出るも入るもそれなりに簡単だ。他業種に比べれば身軽に動ける。いろいろと考えた結果がIT業界じゃなくてもいいのよ。

まとめ

長くなった。やる気のない文系新卒たちよ。とりあえず現状に悲観せずに、働きながらいろいろ*見て感じて考え続けて欲しい。努力しろとは言わないけど、「自分は何がやりたいのか?」っていうアンテナは張っとこう。最悪なのは「何もしない」ではなく「何も考えてない」ことだと、私は思うのです。

Comment(2)

コメント

非現実AR

良くぞ言ってくださいました。

日本の悪しき風潮として「努力そのものに価値があって尊い」なんてのがありますが、そんな訳あるかと。

目標達成に邁進している過程で副産物が生まれ後に生きることもありますが、それは「成果物」であって努力したら自動的に出てくるもんじゃない。
そこんとこを勘違いしている輩が多すぎる。

目標達成できなかった努力が無駄なんじゃなく、何も生み出さなかった努力が無駄でマイナス。
それを認めたくないから、副産物を生み出したケースと混同して努力そのものに価値があると欺瞞する。

わたしは何かにつけて「『勉強した』なら使ってもいいッ!」と言ってますが、勉強する行動そのものに価値を見出してないからです。
成果出してなんぼですわ。但し、得ようとしたモノ"以外"が身についたとしても、それには価値がある。

当初の目標見失ったっていい。居酒屋でどやるネタにしか使えなくたっていい。
どんなことでもモノに出来たら価値がある。

と、ここまで書いておいてなんですが。
目標達成への過程には、殆どの場合"途中成果物"が生まれかけています。

要は、気づくか気付かないか。

その意味でもやはり「努力/勉強はするだけで価値がある」なんて風潮は害悪でしかない。
道端の花を見ようともしなくなる。

僭越ながら6A1Uさんも、得たられたはずのものが見えなくなっていませんか?
手が届いていた脇道の何かがあったかもしれませんよ。

6A1U

> 非現実AR 様
コメントありがとうございます。
努力云々より、やっぱり最終的には「使えるか使えるないか」で評価されますよね。
私の途中成果物はいつ使いどころが来るか分かりません。
もしもその時が訪れたら、このコラムで改めてご報告させていただこうと思っています。

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